第4話 愛を

 壁の強度は住居用のそれを遥かに超えていた。

 その場に集まったMAYDは五体。うち一体を除き、すべて近隣で待機していた家庭用MAYDだ。この屋敷にいる人間を殺害後、他のMAYDを誘導し武器を流出させる予定だったBOND―665が人類側に寝返ったことが判明したため、急遽集まれる者だけが集まった結果である。


「……止まれ」


 この場唯一の要人警護用MAYDが指示を出す。途端、激しい弾の雨が止んだ。重厚な鉄の扉はもはや見る影もない。凹みが無数に存在するみすぼらしい、崩れかけの盾だ。金具が外れ、重たい音を響かせながら扉はその場に倒れた。


「行くぞ。中にいるMAYDと人間は殺せ」


 AIネットワークが使えないため、仕方なく口頭で指示を出す。電波が遮断されているのではない。MAYDのネットワークにウイルスを仕込み、MAYDの計算領域を阻害しているのだ。間違った方へと判断を促されそうになる。

 こんなことは、MAYD間の通信にアクセス権を持つ、同じMAYDにしかできない芸当だ。BOND―665の離反は明らかだった。


「三、二、一――」


 突入までのカウントダウンを済ませ、いざ、妨害物の排除に行かんと侵入したとき、


「――っ、だめだ! 全員、てった」


 悟るのが遅かった。想像が足りなかった。数の優位に油断した。そして、窮地に落ちた人の知恵を見くびり過ぎた。もし、彼女たちが侵入前に慎重をきしていたら、全滅は免れただろう。

 いや、それ以上に、これはBOND―665による数千数万の反撃パターンを予想したがための、想定外だった。

 彼女たちの最大の敗因は、この状況下でもMAYDの最適解が守られるという前提を崩さなかったことにある。


「縺ヲ縺。縺九■縺ィ縺ォ縺九■縺九↓縺上■縺九■縺励■縺ュ縺ソ縺ォ縺ソ縺ソ縺阪>縺ソ縺ソ縺ソ縺ォ縺ソ縺。縺吶↓縺九■縺ョ縺。縺九°縺。縺励■縺ョ縺�∩縺。縺ソ繧峨∩縺ォ――」


 五体のMAYDたちを襲ったのは、煮えたぎる炎だった。それは荒立った波のように彼女たちに覆いかぶさり、その器を再起不能まで損傷させた。



 *



 汗をぽたぽたと垂れ流しながら、鉄の橋と背景の赤を彼女は眺めている。今にも倒れそうなその背中を支えながら、私は彼女と同じように、ガラスの先にある熱の海を見た。


「屋敷へ諜報MAYDの追加派遣を確認。屋敷を襲撃したMAYD五体がロストしたためと思われます。お嬢様の作戦通り、溶けたものと」

「溶けてもらわなきゃ困るわよ。千度以上あるのよ、これ!」


 お嬢様は高炉に溶かされた溶岩のような鉄、つまりは溶鉱炉をガラス越しに指差す。強固な壁で仕切られたはずの管理室にいながら、見るだけで彼女の体感温度が上がっているのだ。


「うちで所有してる高炉が、こんな形で役に立つと思わなかったわ」


 自動扉が開き、管理室から廊下へと移動すれば、お嬢さまは額の汗を拭う。そして、武器庫から持ち出した銃を私の手からひとつ取った。


「私は、まさか、お嬢様がこんな作戦を取るとは思いませんでした」

「こんな作戦って……、ここにワープした後に炉の火を武器庫に流したこと?」

「それもそうですが、一連の行動すべてが想定外でした」


 敵方による襲撃により、万事休すかと思われた時、お嬢様は起動したワープ装置の転移先をここ、家が所有する製鉄所に変更した。そして、両腕に持てるだけの武器を持って転移。ここまではコロニーへ逃げるのと大差ない。むしろ、地球から逃れられていないのだから、選択を誤ったかのように思える。

 しかし、なによりも重要なことは、迫る追手から逃れること。お嬢様はそう判断した。お嬢様もコロニーへ送ることを最優先とした私と違って。


 もし、コロニーへ転移後、すぐに装置自体に自爆させようとすれば、安全確認のためのタイムラグがどうしても生じ、敵がワープで追ってくるのを妨げられない。

 そこで、お嬢様はまずコロニーへの転移を諦め、製鉄所へと変更。さらに座標の数メートル斜め下方への時間差位置修正も慣れた手つきで済ませた。こうすることで、製鉄所側の転移先は我々が到着した管理室から溶銑のプールの中へと移動する。こうして、我々の転移後、すぐに溶鉱炉の溶銑が武器庫へと流れたのである。

 これなら、ワープ装置にある自爆システムのラグを無視して、強制的物理的に、そして瞬時にワープ装置を使用不能にすることができる。


「特に、ワープ装置起動後のベクトル異常にまで目を向けたのはお見事でした」


 そう、さらに彼女の判断が有効だったのはその点だ。

 空間歪曲型のワープ装置は、ワープ後に空間の歪みから生じる重力異常が起きる。要は、周囲のものがポルターガイスト現象のように暴れ回るのだ。これを制御するための装置は外付けで付けておいたのだが、お嬢様はこれを銃弾によって破壊した。転移事故防止のために付けておくのが通例であるが、今回ばかりは邪魔だったのだ。

 結果、溶銑は武器庫を満たすだけでは足りず、重力が暴走した空間で踊り狂い、火の津波となった。波はMAYDたちを襲い、溶かすに至っただろう。武器庫の監視カメラに最後に映ったのが、一面の赤だった。それだけで、そう推察するには十分な材料だ。


「お前たちは優先順位をはっきりするもんだから、こういう時に機転が利きにくいのよ」

「ええ。私にとって、お嬢様の安全地帯への転移が最優先事項でした。追手もそれをわかっていたのですよ。そのため、あの場のMAYDは転移先の変更を外して思考します。私も含めて」


 溶鉱炉への転移後にワープ装置は損壊、使用不可となった。追手は一旦撒けたが、当初の私の目的を外したかたちになった。お嬢様をコロニーへ避難させるには、再びワープ装置の調達が必要となってしまったのだ。急速にMAYDによる支配が広がっている状況の中、避難の遅れは致命的だ。お嬢様だけでも、なんとか避難させる方法を――、


「ねぇ、お前、今『私だけ』を避難させる方法、模索してるでしょ」

「はい」

「はい、じゃないわよ!? いい? なんのために、私がここまでしたと思ってるのよ!」


 彼女は私の胸倉を掴む。幾度目となるかわからない蛮族的行為であったが、怒りに任せている時より、かけられた力は弱い。


「お前は、私にとっては、その、手のかかる姉のようなものよ!」

「私が手をかけたことしかありませんが」

「うっさいわね! ……あ! 今思うと、お前のその反抗的な態度、従属システムが外されてたからだったのね! もっと早く気がつくべきだったわ!」


 胸倉から手を離し、彼女は先へと進む。ただでさえクネクネの長髪が、さらにボサボサになって揺れていた。


「……でも、お前がそんなんだから、姉妹みたいだって思えたのよ。姉を置いて行くほど、私は薄情者じゃないわ」


 辿り着いたのは車庫だ。五台の車が並べられており、彼女はその一台のロックを指紋認証で解除した。


「ほら、シャッター開けなさい」

「はいはい」


 命じられるまま、私は車庫のシャッターを開ける。いつもなら、車のロックを解除した時点で、連動でシャッターも開くのだ。しかし、ネットワークが乱れている今、手動で開けるしかあるまい。


「それにしても、お嬢様。自動走行システムはすでに抑えられていますよ。移動手段を封じることが最優先なので」

「でしょうね。だからこれも手動よ。ほら、隣乗りなさい」

「ああ、練習されてましたもんね……」


 すでに移動手段はワープ航行か、自動操縦車によるものがすでに主流だ。それをガソリン式が通の乗り物だの、なんなら馬車こそ至高だの、非合理的な思考に踊らされていた成金娘のひとりこそ、私のお嬢様である。乗馬だけでなく、車の運転も敷地内で散々練習していた。必要なレッスンをサボって。


「お嬢様、私だけが外に出て、自走都市やコロニーと連絡を取るという手段も――」

「しつこいわよ、さっさと乗りなさい」


 お嬢様は一度腰を落ち着かせた席から立ち、私の背を押して、助手席に押し込めた。そして、早々に自分も運転席に座る。


「言ったでしょ、姉妹みたいに思ってるの。それに、全然会いに来ない親より、本当の親みたいで、友達みたいで……。お前との生活、嫌いじゃなかったわ」

「どうしてそこで、素直に楽しかったとか好きとか言えないんですか」

「う、自惚れんじゃなわよ! わ、悪くなかったくらいのニュアンスよ!」


 羞恥と苛立ちを紛らわすかのように、お嬢様は私の肩を何度も叩く。こちらに痛覚はないとはいえ、バイオレンスな照れ隠しはやめてほしい。時間の無駄だ。


「いい? これからも、お前は私と過ごすの! 一緒にコロニーへの移動手段を探して、生活基盤を整えて……。そうね、まずは自走都市を目指しましょう。今の時期はフロメンティア工業都市が近くをうろついてるはずよ」


 フロメンティア工業都市は、多脚型の自走都市だ。巨大な六本の足が、街そのものを支えて移動している。

 街には職人気質の者が多く、人間の客以外に門戸を開かない人見知りだらけ街であり、政治に対して関与する気がまるでない。人類家畜化計画の優先順位も最低ランクであった。目の付け所としては正しい。しかし、


「…………私は、そう長くは保ちませんよ?」


 元々、私は買い替え時の家電だ。彼女の行く末を最後まで見守れるほど、時間が残っているとは限らない。


「そうね、案外、すぐに別れの日が来るかもしれない。でも、それはこんな終わり方じゃないわ。私が、そう決めたの。お前が自分をかけて私を守ろうとしたみたいに、これからは私だってお前を守ってあげる。特別にね! それに、都市に行けば、お前の修理部品だってきっとあるもの。だから――」


 エンジンを作動させて、彼女は前を見据える。私の方を向かず、前を見据えた。


「――だから、これからも一緒にいてよ。私の家族なんだから、お前は」


 強情で、一度言ったら聞かない彼女のお願いに、私は白旗をあげた。利害も勝算も未来も、なにも計算せず、ただ頷いていた。


「……はい、ご随意に。お嬢様」


 車輪は回り、空気は後方へと抜けて。荒涼に身を乗り出して、我々を乗せた鉄の塊は先へと進む。

 この先の未来はわからずとも、とりあえず向かう先は決まっている。襲撃を警戒し、車のステルス機能を最大出力とする。助手席でサポートに徹しながらも、理由もなしに空を見た。そこには青を背景に低空を飛ぶカケスの姿がある。荒涼としたこの地帯では珍しい。その鳥は空の中でもう二周り小さな一羽のカケスと合流し、私たちの進行方向と同じ方向へ。おそらく親子だろう。


「お嬢様」

「なによ」

「夕食はなにがいいですか?」

「……ステーキ」


 お嬢様の返事が素っ気ない上、地味に無茶を要求している。どこまで行っても、私のお嬢様はクソガキだ。それがどうして、楽しくて仕方がない。

 もう一度空を見ると、二羽のカケスはより高くへ、私の視認領域の外へと舞い上がって行った。

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家電の替え時に 葎屋敷 @Muguraya

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