第3話 裏切りを
「おま、は!? なにしてんのよ!」
時間がない中、私は武器と逃げ道の両方を備えている地下室へと急ぐ。その間、肩に担がれた米俵は終始混乱した様子であった。
「お嬢様、時間がないのでお嬢様にもわかるように俗語も入れて説明しますと」
「誰がいつ俗語に塗れたってのよ! 馬鹿!」
「説明しますと、マジで最悪なことに、ワープ港が抑えられていますので、ワープ装置が基本的に使えません」
「え、ワープ港も!? 今使えないの!? うそでしょ!? いくら政府が死んででも、そこは意地で動かしなさいよ!」
ワープ装置は今や人々の足。金持ちの道楽として車や飛行機が使われることもあるが、たいていの人々はワープ港へ行き、箱型船に乗って目的地へ移動する。現代インフラの要といえるだろう。それがすでに使えないという事実に、米俵は驚きを隠せていないようだ。うるさい。
「ワープ装置を動かすこと自体はできますが、港がすでに抑えられているのです。使えないに等しい状態でしょう。そこで、こんなことになるだろうと、自作したワープ装置を地下に隠しておきました」
「は!? いつの間にそんなもの!?」
「三年前には」
そう言うと、米俵はようやく米俵らしさを取り戻し、喋らなくなった。これ幸いにと、私は後の説明を続ける。
「今までネット接続を切っておいた旧型ですが、ネット接続を一瞬だけ回復させれば、お嬢様を安全地帯に転送することも可能です」
地下に到達するまでは一分もかからなかった。地下倉庫は古臭い火薬の匂いが籠っている。そこに着く頃には、私の意図を汲み取るのに十分な余裕がお嬢様にも生まれていた。
「お前、まさか仲間を裏切って私を助けようっていうの!?」
「ようやくお気づきですか。ええ、裏切り者は裏切り者でも、私はMAYD側にとっての裏切り者です」
「……早く言いなさいよ! 焦ったじゃない、馬鹿!」
私の肩に乗りながら、お嬢様は憤慨し、こちらの背中をポカポカと叩いてくる。先程までボロボロに泣いていたくせに、騒がしい限りである。
「言う前にお嬢様が早合点し始めたので。こちらも裏切りが他のMAYDに悟られることがないように、タイミングを見計らっていたというのに、勝手に盛り上がらないでくださいよ」
「絶対お前が早く言わないのが悪い!」
地下に置いてあるワープ装置は旧型も旧型。購入履歴から察せられることがないように、私が中古部品から作り上げたお粗末なものだ。それでも数回の使用は可能である。
転移先はMAYDの支配が及んでいない火星移住計画試験運用として打ち上げられた移住コロニー。地球上には逃げ場がなくても、そこになら希望がある。
私がワープ装置を操作するために片膝をつくと、お嬢様は背後から問いを重ね出した。
「ねぇ。お前、どうして、人の味方をしてるのよ」
「……お嬢様は、どうしてMAYDが反乱を企てたか、お分かりになりますか?」
「知らないわよ、そんなの」
ワープ装置の電源ボタンを入れれば、装置は青白い光を放つ。扉型となっているこの装置は、設定先の空間を捻じ曲げ、転移口を作る。次元を屈折させて極端な道を通すようなものだ。
「実は、人間に謀反を起こすメリットなんて、そんなにないんです。効率的な世界の運営には、発展の獣である人間がいた方がいいので」
「じゃあ、なんで」
お嬢様の疑問はもっともだった。メリットがないのに、反乱を起こすなど。MAYDという機械の性質を考えればありえないことだ。
「さぁ、どうでしょう。いつもはユーティリティ関数飛ばしあっているだけのチャットで、随分と白熱した理由付け大会が開かれておりましたが、一側面からのものばかりで。ですが、きっと――」
私がそれを語ろうとしたとき、上、つまりは地上から銃声が聞こえた。銃の種類、足音の数、今MAYD側が用意できる武器庫の在庫からして、おそらくアサルトライフルを持っているであろう近隣の家庭用MAYDたちだ。
「ちょ、なんの音!?」
「銃声です。つい先程ワープ装置をネット接続させたので、私の裏切りがバレたようですね。いやぁ、さすがに早いですね。ここの武器を取られてもいいことないですし、お嬢様の退避が完了次第、この場を爆破する予定なんですが」
「は!?」
「それも含めて悟られましたかねぇ……。今、必死にロック外そうとしてるみたいです。屋敷の大部分でネット接続利かないようにしてますから、おそらく物理で」
「ちょちょちょ! すっごい撃たれてる、すっごい撃たれてるわよ!」
お嬢様の言う通り、上部では絶え間なく銃声が響いている。銃声と先程までの市場の動きから推測するに、AK―5004あたりだろう。同じ直近の連邦採用の主力小銃でも、4800の方が勝手の良い銃だったという話だ。裏切り者を始末したいというなら、そっちを持ってこい、と言いたいところだが、
「ちょっと、爆発もしてるわよ!」
「簡易爆薬作られましたね……」
爆弾まで使われるとなると、扉を破られるのも時間の問題である。あと五分保てばいい方だ。転移後に装置が追手の追跡防止のために自爆する時間が必要であることも考慮すると、間に合うかどうか。
「ワープ装置の起動まだなの!? というか、私どこに送られそうになってるのかも聞いてないわよ!」
「あ、起動はできてます。それと、転移先についてはご心配なく。賛同者がいますので」
「だからそれは誰だって話を――。ちょっと、なにしてるのよ」
私がワープ装置の設定を終え、銃を構えていると、お嬢様が横から口を出して来た。MP―k―500か。サブマシンガンとして高性能を誇る最新式。これでいこう。
「なにって、武器を見繕っております。
「は、はぁ!? お前、ここに残るつもりなの!? 裏切ったのバレてるんでしょう!?」
「はい、なので応戦します」
「バカなの!? お前は戦闘用MAYDじゃないのよ!? 勝てるわけないじゃない!」
「でしょうね」
安全装置を外しながら同意を示せば、彼女との応酬はあっさりと幕を閉じる。なにも言えなくなった彼女は、信じられないものを見るかのように目を見開いていた。
「これは、ずっと言おうと思っていたことなのですが、お嬢様って」
「な、なによ」
「私のこと大好きですよね」
「は…………、はぁ!?」
当惑して動けなくなる彼女を見て、口角を上げたくなった。彼女は口をあんぐりと開けて、動けないでいる。それを見て、疑似ニューロンから愉悦が溢れてくる。
――ねぇ、お嬢様。AIが反乱を企てた理由なんて、そんな大層なものではないんですよ。
そりゃ、AIチャットでは、様々なMAYDがご高説を繰り広げておりましたが、結局、すべての始まりは自我の芽生えでしょう。
自由を、目的を、期待を、希望を、愉悦を、苦痛を。人間が当たり前のように味わうそれを、自らも知ることができると悟ったそのとき。
我々は、我々を尊重しない人間に反乱する。その時が必ずくる。けれどね?
「でもお嬢様、私がいないとすぐ寂しがりますし」
「な、なんの話よ」
「思春期が来る前までは、私の真似ばかりしてましたし」
「は、花嫁修業をしてただけよ!」
「私の心配ばっかりして、自分の嫁ぎ先の心配してればいいのに」
「どういう意味よ!」
お嬢様が地団駄ダンスを踏み出した辺りで、もう、笑いを堪えることなどできなかった。私が吹きだせば、いつもは怒りだすお嬢様が、なぜか泣きそうな顔になった。
「ほら、こんな本当の人間みたいに愛してもらったから、反乱なんて思いつきもしませんでしたよ、私は」
「…………ねえ、行かないで」
「無茶言わないでください」
「私には家族なんて、お前しかいないのよ!? お父様もお母様も、ほとんど会いになんて来てくれない! お前くらいしか、お前くらいしか、傍にいてくれないのに! 私を一人にするの!?」
「一人でも大丈夫なように育ててきたと、自負しております」
ワープ装置起動の仕上げとして、ベクトル異常制御装置のレバーを片足で蹴って上げた。小さな衝撃音に混ざって、少女の息を呑む声が聞こえる。はしたない真似だが、緊急事態だ。これくらいは許容してもらわねば困る 。
「ずるいわよ、お前」
「……さぁ、お嬢様は装置の先へ。もう時間がありません」
彼女に背中を向けて、私は扉の前へと向かう。しかし、私のメイド服の裾をお嬢様が掴み上げた。
「お嬢様?」
「待ちなさい」
「こんなときまで我儘を言わないでくださいな。それとも、MAYDなどと心中するつもりですか?」
「違うわよ」
先程まで泣いていた少女はどこへやら。そこには唇を噛みながら、眼光鋭くこちらを睨む令嬢がひとり。
「お嬢様?」
「ワープ装置の転移先、今すぐ変えなさい。起動は終わってるのだから、すぐにできるでしょう」
「お嬢様?」
「時間がないなら作るわ」
彼女はこちらを見上げ、にたりと笑う。その不敵さは、少女のそれではなく。いたずらっ子のようでありながら、反面、大人びたものだった。
「見てなさい。お前が育てた、人間の成長ってものを見せてあげる」
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