蚊に刺された

蚊に刺された

蚊に刺された

蚊に刺された

　痒（かゆ）い。

　ともかく痒い。

　兎（と）にも角（かく）にも痒い。痒くて堪（たま）らないのだ。

　痒みの発信源、いや震源地となっている場所をみれば、赤くこんもりと膨れている。

　そのなだらかさはまるで北海道は美瑛町の如くだ。

　だがこれは、誰もが一度は訪れたいとかいう、そんな素敵なものではない。

　今すぐ肉から削（そ）ぎ落（おと）してしまいたい体からの悲鳴は、出来れば誰もが一生出会いたくないであろう。神様に誓って断言できる。なんなら神様と結婚しても良い。

　蚊。動物界節足動物門昆虫綱ハエ目糸角亜目カ科。ジュラ紀から存在するという人類の天敵にして大先輩。

　そいつにいつの間にか刺されてこの体たらく（ていたらく）である。

　大体どうして彼・彼女らは人間から血を吸うのだろうか。おかしいではないか。

　他にも動物はたくさんいるのだ。犬、猫、ネズミ。

　いや、犬と猫はもふもふだから却下だな。あいつらのもふもふは、何としてでも俺が守らねばなるまい。

　……ああ、そうだ。思い出したことがある。

　確か奴らは産卵をするために、沢山の卵を産むために栄養豊富な人間の血を吸うのだった。吸血するのだった。それもメスだけ。

　そして、沢山いる男の中から俺だけが選ばれたのだ。

　寧（むし）ろ光栄だと思わなければならないのではいか？

　日本一、いや、世界一、蚊にもてる男オブザイヤー。実に素晴らしい響きじゃないか。世界一もてるんだぜ？

　いや、そんなわけないって。無理だから。

　大体、人間の血を吸うと産卵できる数が大幅に増えるって何よ？

　挙句にこっちが痒くなるってどういう事よ？　血を吸うときにバレないように液体を注入してきて、それが痒くなるっていう話だけどさ、男らしくズバッと刺せば良いのになぜに余計な液体を注入するのか、俺は納得がいかないのであります。もしかして人体実験が好きなマッドサイエンティストなのではないか？　どうなんだ？

　それにしても蚊しか儲かってないとはなんと不公平な世の中か。

　でも、俺の血を吸ったということは、あるいは俺はやがて蚊になるその卵たちの父親という見方も出来るんじゃないか？

　お父さんはそんな子に育てた覚えはありませんからね！　もう二度と黙って他人様（ひとさま）の血液を盗んだら駄目ですよ！　返事は？

　そんなことを言って吸血という非人道的行為を悔い改めてくれれば良いのだけど、奴らはどこまでいっても蚊なのである。蚊でしかないのである。蚊にしかなれないのである。蟹になってくれれば良いのに。タラバガニとか、さ。

　ていうか、蚊に刺されたところにバッテン付ける人、いるやん？

　あれって駄目なんだって。ばい菌が入っちゃうかも知れないんだって。だから、水で洗ったりするといいらしいよ。裏のおっちゃんが言ってたから本当だと思う。

　え？　あのおっちゃん嘘ばっかりだって？

　うん、俺も知ってた。でも、たまには良い事も言いよるよ。

　知ってるか？　スーパーで売ってるかき氷のシロップって3種類くらい味あるやん？　あれ、実は全部同じ味やねん。知らんけど。

　え？　知ってた？　なんだお前はつまらんのう。ま、でもこの話はこれで仕舞いやないねん。

　だから、人を見た目で判断したらあかんっちゅう話やねん。おっちゃんが言うにはな。

　ああ、蚊のような小さな生き物にだって人間と同じ魂が宿っているのだ。

　今後は外見に惑わされずに、蚊と共存していこうではないか。

　ぷぅーーん……

　あ、蚊だ！

　えい！

　パン！

　よっし！　撃墜成功！