エイリアンフルイッド

蒼瀬矢森(あおせやもり)

エイリアンフルイッド

廃墟の街中で、トラックにこんもりと積まれたゴミが滝のように流れ落ちた。トラックはゴミを下ろし終わると青いガスを上げて去っていく。トラックがいなくなったのを確認するとひょいと顔をだした少年がいる。


サイズの合っていないシャツに裾のありあまったズボン。穴の開いた靴を履いている。少年はゴミの山を前に目を輝かせた。


「おたからだ!」


ハエのたかるゴミに何のためらいもなく近づき、ゴミ袋を裂いて中身を漁る。丸まった袋を見つけ広げると、食べかけのハンバーガーが出てきた。少年はよだれを垂らしながら、ゴクリと唾を呑む。かぶりつくと「うめぇ!」と大声を上げ、あわてて口を手で塞いだ。


周囲を見渡すが、周囲には誰もいない。ほっと一息つくと少年はハンバーガーをガツガツと頬張った。


「このゴミ、ハンターのだ! すげぇ、すげぇ!」


ゴミの中にはあきらかにものがあった。少年の体ほどある大きさのそれは腕のように見える。昆虫のような節、枝分かれした指先、固い骨格の上を皮膚が覆っており表面はテカテカと光っていた。


少年は腰の巾着から黒いトゲを取り出すと、その皮膚にブスリと突き刺す。引き抜くとそこに口を押し付け、ちゅうちゅうと体液を吸った。


頬が膨らむほど溜め込むと、巾着からペットボトルを取り出し、青い液体を吐き出す。


「うぇっ! うぇっ! まっず!」


少年が咳き込んでいると、ゴミ山の中で何かがもそりと動いた。少年はあわあわしながらナイフを取り出す。音の鳴ったほうへ恐る恐る近づくと先ほど見た腕がある。だがサイズは少年も腕と同じくらいしかなかった。


ぐるりと見渡してみるが、誰もいない。


「……気のせいだったかな? ラッキーだ。これなら引き抜けそう」


少年が腕を掴んで引っ張ると全容が露わとなる。人の胴体に腹から昆虫のような足を腕代わりに生やした生物だった。昆虫と同じく六本ある。頭部もよく人に似ているが、目のついている位置が違う。こめかみのあたりに丸い複眼が付いている。顎の下に口が付いており、鋭利な牙が見えた。


「すっげ! エイリアンの体まるまるじゃん!」


興奮した少年だったが、よく見れば傷を負っている。左の上から二本目の腕はちぎれかかっているし、呼吸も荒かった。


「どうしよう。死んじゃう、死んじゃったら安いよ」


うーんうーんと唸った少年はエイリアン袋に包んで背負う。ふらふらとゴミ山を後にした。



* * * * * *



「……ギュミ?」


エイリアンが起き上がると、少年は飛び跳ねた。


「うわぁ起きた!? ん? いや、いいんだ! やったぁ!」

「……エー、ユー」


エイリアンが顔をよじって体を見るような仕草をした。段ボールで作られた寝床のような上に転がされている。ちぎれかかった腕や穴の開いた傷口にはガムテープが張られていた。口の近くには残飯が転がっている。


「ア、アー……アリガ、ト……」

「へぇー! エイリアンの鳴き声ってアリガトって言うんだ!」

「チガウ、チガう……」

「チガウチガウ? こんな鳴き声まであるんだ。知らなかったなぁ」

「鳴キ声デハ、ナイ」

「うわぁ喋ってるぅううう!?」


少年は巾着からトゲを取り出そうとして、地面に落とす。エイリアンの伸ばした腕がその腕を器用に拾って上に掲げた。


「同胞ノ角。コレデコロス、ムダ。ミジカイ」


そう言うとエイリアンは少年にトゲを返した。少年は受け取ると震える。


「お、オレを殺すのか!?」

「殺サナイ。ワレ、戦ウ意思ナイ」


エイリアンは人の足とよく似た足で立ち上がる。そして少年に向かって頭を下げた。


「救ワレタ、アリガう。ワレ、ギギムゥ」

「ぎぎむ?」

「ソウ。カレ、は?」


エイリアンーーギギムゥは少年に指を向ける。


「か、れ……? ああ、オレか? 俺はダスト」

「ソウ。ダスト、ダスト。ありがトウ」


再び頭を下げたギギムゥを前に少年--ダストは困惑する。言葉の通じる相手を前に売って金にしようという考えは薄れていた。



* * * * * *



「ナルほど。ダスト、ヒトリ。スラムの子。ゴミ漁ル、シゴト」

「そうそう! ギギムゥはエイリアン。かわりもの? でしょ」


ダストとギギムゥはすぐに打ち解けていた。ダストはこれまで碌に会話というものをしたことがない。それでも話すことができるのは盗み聞きをしてきたからだ。会話を交わすことが楽しいのだと、ダストは初めて知った。


「ダスト、話せる。賢イ」

「ギギムゥも話すの上手。どんどんうまくなってる」

「練習、した。デモ、兵士は話デキない」

「……なんでエイリアンって襲ってくるの? 地球って何もないのに」

「ジジジジジジジ!」


ギギムゥは振動し、蝉のように鳴いた。驚いたダストはひっくり返る。


「ワレワレ、取リ返ス。邪魔スルカラ、戦ウ」

「取り返すって……何をさ」

「姫。ワレワレの、姫」



そしてギギムゥは語り出した。エイリアンがなぜ地球に攻めてきたのかを。


エイリアンたちは自分たちがどこにいるのかがわかる。ある日、姫が囚われて救出に向かった。このとき、彼らは地球人をあまり殺さないようにしていた。しかし人間は自分の仲間たちを巻き添えに攻撃してきた。凶暴な種族、殲滅しようと決めたエイリアンたちとギギムゥは対立した。



「ギギムゥ、人間の言葉学ンダ。仲間打タレタ兵士タチ、タスケテ言ッタ。命令されテタ。ダカラ、会話シヨウとシタ。デモ、穴開ケラレタ」

「ハンターはエイリアン倒すよ。仕方ないよ」

「ギュミ……姫、助ケタイ。ソシタラ、モウ来ナイ」

「そしたら僕たち死んじゃうじゃない、どうやって生きればいいの」

「仕方ナイ。定メ」

「仕方ないことあるもんか!」


ギギムゥは首をブブブと音を鳴らして振動する。どうやらそれが疑問を感じているときの反応だとダストは理解した。


「姫、助ケル。手伝ッテ欲しい」

「だめ! そんなことしたらギギムゥなんて売ってやる」

「ギュミ……ソレは困ル。ルルゥムム?」

「どしたの?」

「仲間、キタ。ダスト出ナイ」

「駄目だよ! 出ちゃ駄目!」


ダストがギギムゥを掴んで外に出るのを食い止めていると、外から悲鳴が聞こえた。人の悲鳴ではない、踏まれて死ぬ寸前の蝉に鳴き声の様だった。ギギムゥとダストは恐る恐る外を覗き見る。

一体のエイリアンが四体のエイリアンが襲っていた。

仲間割れでもしたのかとダストは考えたが、ギギムゥの様子がおかしい。震えている。声の振動による震えではない、まるで思いっきり手を握ったときのような震えだった。よく見れば下に人の足が生えている。否、生えているのではない。


人間がエイリアンを背負っていた。幾本ものチューブが繋げられ、人間が腕を動かせばエイリアンの鋭い爪が振るわれる。同胞の爪でエイリアンが屠られていた。


「あれもハンター……?」

「ダスト、アレ見ルの始メて、カ」

「うん……な、なんで、エイリアン背負ってんの」

「武器ダ。ワレワレ燃料ダケジャナイ。生キタママ武器にサレル」

「意識ハ、アル。自分デ体ウゴカセナイ」

「……かわいそう」


ダストは無意識に言葉が漏れた。

エイリアンの体液が無ければ、もはや人類は立ちいかない。そのことがわかっていても、これはあまりにも悪趣味だと気づいてしまった。

また一体のエイリアンが


「助けよう、ギギムゥの仲間を」

「……イイノカ?」

「だって、良くないよ。こんなの」


ギギムゥはこれまでになく大きく震える。始めて見たその動作が、なぜかダストには喜びであることが分かった。


「ダスト、ギギムゥを背負エ。ワレヲ武器ニシロ」

「あいつと同じになれるの? でも、それで勝てる?」

「人に動カサレルト強クナル、ワカッタ。意思の同調アレバ、モット強イ」


ダストはギギムゥを背負う。二本の腕が体に回される。そして頭にぼたりぼたりと何かが落ちてきた。顔の前に白い木の根のようなものが揺れている。


「うわ、なになになに!?」

「ワレの神経。皮膚カラ脳ノ信号トル」


ピタリと神経が体に付着すると、ギギムゥの見ている視界がダストに伝わった。同時に二つの視界がある状態にダストは立ち眩みを起こすが、目を瞑ったことで状態が安定化する。目を瞑っているのに、見えているという未知の感覚にダストは感嘆の声を漏らした。


「声出ス必要ナイ。タダ考エロ」

「え、じゃ、じゃあ……」


跳べ。


そう考えた瞬間、ダストは納屋の天井を突き破り、三メートルは飛び上がった。エイリアンもハンターも驚いて、上を見上げている。


すごい。ダストは高揚感を隠せない。何だってできる気がした。


--ダスト、指示ヲ。


ギギムゥの声が脳裏に響いた。そうだ、呆けている場合じゃない。


爪で攻撃。


落下の勢いをつけ、ギギムゥの爪がハンターを襲う。咄嗟に防御したエイリアンの腕が二本飛んだ。完全には防げなかったようで、胸に袈裟切りに切り傷ができていた。傷口から血が噴き出す。


「ぐあぁああああああああ!?」

「やっ……あ」


確かな手ごたえとともに、人を引き裂いたという現実にダストは心臓を握られる。

今になって、殺すことを躊躇していた。


「アルファ! ベータ! やられた! 子どもを食ってるエイリアンが……」


ハンターは叫んだ。中空に叫んだだけじゃない。ずっと通信を取っていたのだ。ダストは自分の考えが甘かったと気づく。相手はハンターだ。一人じゃない。

止めないと。でも、殺すなんて、自分には……その瞬間、ダストの意思とは関係なく、ギギムゥの爪がハンターを貫いた。


「ア……が……」

「う、うわぁあああああ!! ギギムゥ、殺すなんて聞いてないよ!?」


--マダ来ルゾ。


「こんのクソエイリアンがぁあああああ! よくもガンマを!」


不意の一撃をギギムゥが防ぐ。現れたハンターはエイリアンを背負っている。また殺すのか、ダストは耳を塞いで泣いていた。


やめろ、やめろ、やめろ!


ダストがいくら静止しても、ギギムゥはその爪を振るう。だが動きが鈍い。ハンターの攻撃がダストの腹部を掠めた。


「うわぁあ!」

「な、このガキ生きてやがるのか!?」


攻撃の手が止まった、ハンターにギギムゥは攻勢に出る。防戦一方になったハンターをギギムゥの爪が突き刺さった。


「ぎゃああああ!!」

「わぁあああああああ!」


ダストが目を塞いでも、ギギムゥの視界は血を噴き出して倒れるハンターの姿を捉えている。耳を塞いでも、ギギムゥが音を拾う。こんなことになるなんて思っていなかった。


「ギィイ!!」

「うぎぃ!!」


ギギムゥもダストも声が漏れた。感じたことのない痛み。それはギギムゥの体を貫いた弾丸だった。撃たれた方向を注視すると銃を構えたハンター。だがその距離は遠い。


逃げろ。


ダストがそう念じると、ギギムゥは四本の腕を器用に使い分けて走り出した。森へと飛び込み、木々に腕を引っ掛けて濁流の川の流れよりも早い速度で逃げ出した。



* * * * * *



木に登っても、自分の納屋が見えなくなるほどの場所まで来てようやくダストはギギムゥとの結合から離れることができた。ダストはギギムゥから逃げるように駆け出し、茂みでうずくまる。


「う、おえぇえ」


ダストは吐いた。


殺した。初めて人を、殺した。スラムで過ごしてきたダストだが人を殺めてはいけないという意識だけはあった。


「大丈夫カ、ダスト」

「大丈夫じゃない!」

「何ニ怒ッテル?」

「わかんないのか!? 人を殺したんだぞ」

「同族殺シが、嫌カ? ワレワレニハ仲間ヲ殺サセタノニ?」

「それ、は……」

「殺シタノハ、ワレダ」


ダストは顔を上げた。何がいいたのかわかったからだ。

ギギムゥはダストに手を汚させないためにダストの声を無視した。


「戦イ、止メルカ?」

「……やめないよ。もう、やっちゃったんだから」

「ソウか」


ダストはギギムゥを再び背負う。なぜかギギムゥがずっと重く感じた。









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