雀のお宿は大騒ぎ

沢田和早

雀のお宿は大騒ぎ

 あらすじに書いた通り、舌を切られた雀を探して遍歴の旅を続けるお爺さん、ついに雀のお宿を発見しました。

 思った以上の豪邸です。ぐるりと一回りすると敷地の周囲は三〇町ほど。推定敷地面積は七万坪。これは播磨の姫路城内曲輪の大きさに匹敵します。

 お爺さんは大手門の前に立つと呼び鈴を鳴らしました。


「こんにちは、こんにちはー」


 しばらくするとインターホンから返事が聞こえてきました。


「どちらさまですか、チュンチュン」

「お爺さんです。うちのお婆さんが仕出かした粗相そそうを謝りたくて参上致しました」

「ちょっと待ってね、チュンチュン」


 言われた通り待っていると大手門が地響きを轟かせながら開きました。開いた扉の向こうにはカワイイ着物を着た雀が立っています。


「私は案内雀ですチュン。付いて来てください」

「これはこれは御親切に」


 お爺さんはお礼を言うと案内雀に導かれて雀のお宿に足を踏み入れました。

 思った以上に複雑な構造です。お屋敷への道は右に曲がり左に曲がり上ったり下りたりして、まるで迷路のようです。

 道を挟む塀には全て狭間さまが設けられ、いくつも堀があり、あっちこっちに石垣があり、たくさんの門があり、石落としを備えた櫓がありました。絶対に外敵の侵入を許さないという強い意思が伝わってきます。


「まるで戦国時代のお城のようですね」

「平和を守るためには軍事力が必要なのです。サルトルも言っているでしょう。私は暴力に対してひとつの武器しか持っていなかった。それは暴力だ、と。チュン」


 やがてお爺さんと案内雀はお屋敷に到着しました。玄関には七羽の接待雀がお出迎えに並んでいます。


「お爺さん、ようこそおいでくださいましたチュン。熱烈に歓迎します」

「いえいえ、歓迎だなんてとんでもないことです。本日は謝罪に伺ったのです。舌を切られた雀さんの容体はいかがですか。あ、これはお詫びの品です」


 お爺さんは深々と頭を下げると洗濯糊五貫を差し出しました。接待雀たちはうやうやしく受け取ると深々と頭を下げました。


「お心遣いありがとうございます。謝罪をするのはこちらです。大切な洗濯糊をなめてしまったのですからね。さあ、お爺さん、今日は心行くまで楽しんでいってくださいチュン」


 それからは夢のような時が流れました。お爺さんの前には山海の珍味が並べられ、極上の酒が振る舞われ、贅を尽くしたフルコースが供せられました。

 ステージでは三味線や小太鼓が鳴り響き、芸妓雀たちの華やかな舞が披露されました。竜宮城へ行った浦島太郎もかくやと思わせる賑やかさです。


「いやはや、これは愉快愉快!」


 お爺さんは上機嫌です。しかし楽しい時はすぐ過ぎるものです。やがてお開きの時間となりました。


「お爺さん、本日は雀のお宿にお越しいただきまことにありがとうございました。お土産につづらを用意しました。大きなつづら、小さなつづら、どちらをご所望ですか」

「大きいと持ち帰るのが大変ですから小さいのでお願いします」

「ちっ、小さいほうか。運のいいヤツめ」

「えっ?」


 お爺さんは驚きました。突然雀たちの口調が変わったのです。


「おい、ババアに送るのは小さいほうだ。大きいほうにはジジイを放り込んでおけ」

「了解しました」


 宴会場に木偶でく人形がなだれこんできました。そしてお爺さんを捕まえると荒縄で手足を縛り始めました。


「な、何をするのですか。雀さん、やめさせてください」

「うるせえよ。よくもオレたちの仲間に手を出してくれたな。洗濯糊をなめたくらいで舌を切るのはやり過ぎだろ。ふざけんじゃねえよ。ちゅんちゅん組も甘く見られたもんだぜ」


 いつの間にか雀たちは三つ揃えのスーツを着用し黒いサングラスをかけています。どう見てもその筋の方々です。実は雀のお宿とは世を忍ぶ仮の姿。ここはちゅんちゅん組の事務所だったのです。

 ようやく事態が飲み込めたお爺さんは平身低頭して弁明を始めました。


「やり過ぎたのは謝ります。ですからこそ、こうしてお詫びに伺ったのではありませんか」

「アホか。ごめんで済んだら町奉行は要らねえんだよ。寝言は寝てから言え」

「ではどうすれば許してもらえるのですか」

「まずは金だ。おまえを人質にして身代金を要求する。金を持ってババアが来たら捕まえて舌を切ってやる。それでチャラだ」

「そ、そんな。お婆さんは許してあげてください」

「やかましい。口出しするとおまえの舌も切り落とすぞ。おい、さっさとジジイをつづらに入れろ」

「了解しました」


 木偶人形は荒縄で縛られたお爺さんを大きなつづらに押し込みました。この人形は技術雀が開発した人工知能搭載のロボットです。小さな雀にはできない力仕事などの雑務を担当しています。頭部の操縦席にはオペレーター雀が一羽搭乗しており、自動化できない繊細な作業に対して指示を出しています。


「よし。次はババアだ。脅迫文と一緒に小さなつづらをババアに送りつけろ」

「了解しました」


 指示に従う木偶人形。脅迫文は次の通りです。


「前略 ババアよく聞け。ジジイは預かった。返してほしくば金銀財宝をそのつづらに詰め込んで雀のお宿へ来い。ひとりでだ。用心棒を頼んだり奉行に届けたりすればジジイの命はないと思え。期限は二日後の日没まで。約束をたがえればどうなるか、書かずともわかっているよな。草々」


 そして二日後の日没直前、雀のお宿の大手門の前にひとりの人物が姿を現しました。背中に小さなつづらを背負っています。


「親分、ババアが来やしたぜ」

「ふっ、女のくせに大した度胸だ。おい、門を開けてやれ」


 地響きを轟かせながら開き始める大手門。お婆さんはつづらを下ろすとまだ開き切っていない門の中へつづらを投げ込みました。


「な、なんだ!」


 異変を察知した門番雀が外へ飛び出すと、そのつづらは大音響とともに爆発しました。なんということでしょう。お婆さんはつづらの中に爆薬を仕込んでいたのです。


「はっはっは。思いしったかバカ雀ども。鳥類の分際で人間様に楯突こうとは片腹痛いわ」

「血迷ったかババア。ジジイがどうなっても知らねえぞ」

「とっくに平均寿命を超えたジジイの命なんぞくれてやるわ。どうせあと数年も経てば老衰で死ぬんだからな」

「くそっ。木偶人形、やれ!」

「了解しました」


 全ての城壁と櫓と土塁と石垣に木偶弓兵が並びました。その数、約千。弓兵は弦を引き絞るとお婆さん目掛けて一斉に矢を放ちました。雨のように降りそそぐ千本の矢。見ているだけで恐ろしくなる光景です。


「終わったな。愚かなババアだ」


 親分雀はにやりと笑うと葉巻に火を点けました。あれだけの一斉射撃を浴びて生きていられるはずがありません。が、


「おや、蚊でも飛んで来たのか」

「な、なんだと!」


 信じられません。お婆さんはピンピンしています。しかもそれだけではありません。お婆さんは完全武装しているのです。左腰に大太刀、右腰にサーベル、左手にマシンガン、右手にグレネードランチャー、背中にバズーカ砲。そして体中に弾薬ベルトを巻きつけています。


「ジジイ、これはどういうことだ」


 親分雀が大きなつづらを蹴とばすと中からお爺さんの声が聞こえてきました。


「お婆さんはこの世界の者ではないのです。異世界から来た転生者です。転生するに当たり女神様からスペシャルなギフトを与えられたようです。その気になれば国のひとつくらい簡単に滅ぼせると言っておりました。悪いことは言いません。戦うのはおやめなさい」

「ほう、それは奇遇だな。実はオレも転生者なんだ。外見は雀でも中身は魔族なのさ。面白い。転生者同士やってやろうじゃないか」


 ドカーン!


 突然爆発音が響き渡りました。お婆さんが戦闘を開始したのです。


「おい、木偶人形にもマシンガンを持たせろ。こっちも近代兵器で応戦だ」


 ついに攻城戦の火蓋が切られました。完全武装とはいえたったひとりのお婆さん。それに対して相手は人工知能搭載の戦闘型木偶人形千体。どう考えてもお婆さんに勝ち目はありません。

 しかし、戦況は予想を覆すものでした。次々と届く伝令は事態の悪化を知らせるものばかりです。


「ははは、所詮は雀。この程度か」

「三の丸、陥落です」

「ちくしょう、クソババアめ」


「ひゃははは。楽しくてかなわん。皆殺しにしてくれるわ」

「二の丸鉄鋼門、破られました」

「ミサイルを撃ちまくれ。味方に被害が出ても構わん」


「おらおら、ジジイはどこだ。死体でいいからはりつけにして晒してみろ」

「木偶人形の九割が戦闘不能。敵は本丸屋敷に迫りつつあります」

「ジジイ、何とかしろ」


 焦った親分雀は大きなつづらからお爺さんを解放すると、荒縄を解いて屋敷の外に引きずり出しました。


「ここでババアを説得するんだ。成功すれば家に帰してやる」

「わ、わかりました。やってみます」


 そうこうするうちにお婆さんが姿を現しました。傷ひとつ負っていません。ここまで来るともはや化け物です。


「おやジジイじゃないか。まだ生きていたのか」

「婆さんや。これだけ暴れれば気が済んだじゃろう。これ以上の非道に何の意味がある。武器を捨てなされ。そしてわしと一緒に家へ帰り、残り少ない老後を楽しもうではないか」

「はっ、何を言ってんだい。雀如きにバカにされて引き下がれるわけないだろう。この屋敷の雀を根絶やしにしない限り戦いは続くんだ。さあ、そこをどきな」

「どうしても通さないと言ったら」

「そしたらジジイともども皆殺しだ。死にたいのかい」

「そう言うと思ったよ。では、どうぞ」


 お爺さんは素直に道をあけました。こうなることはほぼ予想済みだったのです。

 事の成り行きを見ていた親分雀の怒りは頂点に達しました。


「ぐぎぎ、こうなればオレが直接ヤルしかないようだな。ふおおおー!」


 気合いを入れた親分雀の体が膨れ出しました。門より大きく、物見櫓より高く、本丸屋敷よりも広くなったその体はまるで五層六階の天守閣のようです。


「最終奥義、雀巨大化の術だ。ババア、このくちばしでおまえをついばんでやる」


 巨大化した親分雀のくちばしがお婆さんを狙っています。お婆さん絶体絶命! しかしお婆さんは平然としています。


「ほほう、最終奥義を使ったか、ならばこちらも最終奥義で応えよう。はあああー!」


 気合いを入れたお婆さんの体が膨れ出しました。門より大きく……中略……五層六階の天守閣のようです。


「最終奥義、婆強大化の術だ。この大木のような腕でおまえの首をへし折ってやる」


 ふたつの巨体がぶつかり合いました。轟く激突音、巻きあがる砂煙、耳をつんざく咆哮。もう何が起きているのかさっぱりわかりません。お爺さんはあまりの恐ろしさに気を失ってしまいました。


「はっ!」


 お爺さんが気付いた時にはもう夜になっていました。周囲は静寂に包まれ頭上には月が輝いています。どうやら戦いは終わったようです。


「な、なんということだ」


 月明かりに照らされた雀のお宿は酷い有り様でした。敷地は瓦礫に覆われ、全ての建物が崩壊しています。そこに散らばるのは破壊された千体の木偶人形と息絶えた雀たち。その中には親分雀の遺体もありました。すでに元の大きさに戻っています。


「そうだ、お婆さんは……」


 お爺さんは瓦礫の中を探し回りました。すぐ見つかりました。元の大きさに戻ったお婆さんは弾薬ベルトを巻きつけたまま事切れていました。相打ちだったのです。それでもその顔は安らぎに満ちていました。戦いの中で死ねて本望だったのでしょう。


「ああ、なんてことだ。婆さんや、助けてあげられなかったわしを許しておくれ」


 お爺さんはお婆さんを抱き寄せると、その乾いた唇を洗濯糊で濡らしてあげました。お婆さんの口元が少しほころんだように見えました。


 その後、近くの村人たちの手を借りて雀のお宿は完全に取り壊されて更地となり、その跡地には寺が建てられました。ちゅんちゅん寺です。

 お爺さんは出家してちゅんちゅん寺の初代住職となり、戦いで亡くなった雀たちとお婆さんの菩提を弔いながら残り少ない余生を過ごしたということです。合掌。



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