第23話 たけのこご飯
斗真のマンションは古いけれど2Kと、東京にしては十分に広い。これは氏子さんの税金対策のマンションを格安でお借りしているからだ。氏子さんたちは私たちのこれまでの不運を知っていて、宮司一家に甘い。
「斗真、綺麗にしてるじゃん!」
「そりゃ、掃除したよ。奥の部屋がねーちゃんね。俺とレイはこっちで雑魚寝するから。まず風呂だったね。ねーちゃん、たけのこご飯どこから?」
「実はもう、お米と一緒に炊飯器に入れるだけ」
「さす父!」
たけのこは掘った父によって下ごしらえ済みで、ジップロックに下味までつけて入った状況なのだ。それも小分けにされている。
「え、おばちゃんでなくて、おじちゃんなの?」
レイが普通にうちの両親を親戚呼びしている。よしよし。
「山で採ったやつの料理は父ちゃんが多いかな? ね、ねーちゃん?」
「そうね。オーブン使うような凝ったやつはお母さんだけど」
「……うちの浮気野郎の父方とは大違いだよ……」
ナチュラルにレイの傷をえぐったようだ。レイの地雷はどこかしこに埋まっている。注意しないと。
「じゃあ、レイが料理する男になればいいじゃん。そして俺に作ってくれ。ねーちゃん、お米は流しの下ね。腹減ってるから急速で炊いて」
地雷をモノともしない我が弟に苦笑しながら、キャリーバッグを開け、たけのこジップロックを取り出す。
「じゃあレイ、お米五合洗って」
「……うん!」
レイがおっかなびっくり流しからお米を取り出し炊飯器のお釜で洗いだす。
「お米洗うのなんて、調理実習以来だよ」
施設で台所は勝手に使えなかったのかもしれない。
「レイの家では無洗米使えばいいよ。うちは農家さんと付き合いあるからさー」
「その辺は手を抜いても、なっちゃん的には問題ないの? 俺、大和さんに比べて何にもできない」
「便利なことはなんでも利用すべきでしょ。特にレイは大学と仕事の二足のわらじなんだから。大和さんはお料理本職なんだから比べちゃダメだって!」
なんでここで大和さんが出てくるのか? と思ったり、大和さんにとって珈琲店とお祓い業、どっちが本職なんだろう? と思ったり。
「まあでも、俺も美味しい料理作れるようになりたいから、ちょこちょこ教えてくれる?」
そう言ってレイは私に向かって小首を傾げた。かわいいがすぎる!
「もっちろんよ。じゃあ、たけのこ汁ごと入れて? そして水加減はねえ……OK。はい点火!!」
炊飯器から軽快なメロディーが流れ、私はレイとハイタッチした。
順番にお風呂に入った頃に、たけのこご飯は炊きあがった。焼き鳥をあたためて、インスタントのお吸い物にお湯を入れて、楽しい晩餐のスタートだ。
「「「いただきまーす」」」
私もレイも、斗真のTシャツと短パン姿。つまり三人お揃いだ。ちなみに私はすっぴんです。あの運命の夜、涙で化粧は剥げ、ぐしょぐしょの顔を見せているので今更だ。
「うっま! おじさん料理上手だね」
「そう? 伝えるね。まあ、たけのこ自体が美味しいのが大きいと思うよ。ねえ斗真、こないだの剣道の試合の動画見せてよ」
「あれ? 父ちゃんには送ったんだけど、ねーちゃんまだだっけ。はい見て見て、かっこいい俺」
斗真のスマホをレイと覗きこみながら、ご飯を食べる。動画は準決勝と決勝。斗真の圧倒的勝利だった。
「相変わらずカウンターうまいね。小手かあ」
「強い……マジで男としてそんけー。なっちゃんは剣道しなかったの?」
「したけどさー。やっぱり剣道であれ、なんのスポーツでも体が大きいほうが有利なのよ」
「ねーちゃん、それ言い訳」
「やかましい」
私はテーブルの下で、斗真にキックする。
「やっぱりなっちゃん、強い男が好き? 斗真さんや大和さんみたいに」
またしても大和さん? まあ、私たちの共通の友人名簿は限られているけれど。
「大和さんと斗真は突き抜けてるから、忘れましょう。レイは別の強さを身につけたら?」
「別の強さって?」
「そりゃあ、金だよね、金。富こそ全て!」
斗真が敢えて下品な言い方で言うので、私はまたしてもキックを入れる。
「なら俺ますますダメじゃん。青磁さんに借金してる身だし、奨学金もあるよ……」
レイがはあ、とため息をつく。
「レイなら数年で稼げるようになるって。お金が大事なのは当然だけど、私と斗真は呪いから、レイは過去の呪縛から辛い目に遭ったでしょ。私たちって人よりもうんと用心深いと思うの。そんな私たちの警戒を潜り抜けてくる人がいつか現れたら……いいよね」
「潜り抜けるほどの強い思いがある人なら、好きになる?」
「……呪いで忘れられるのは仕方ないとしても、すぐに別の彼女作っちゃったと聞いたら悲しかったし、実際会うとモヤモヤしちゃった。私も勝手ね」
本当に私を好きだったのなら、忘れたとしても、どこかで新しい恋愛に向かうことへのストッパーがかかるんじゃないだろうか? などと思ったりする。当時の中里さんの状態もわからないのに。
「ははは、モテない女の遠吠えよ」
「……なっちゃん、つまり、もう呪いなくなったけど、さっきの男にアタックしないってこと?」
「100%ない。そりゃ、まだ心の整理はつかないけれど、もう熱はない……つもり。あの彼女も怖いし、彼女の私への言いがかりを止めなかったのも、違うってなった」
「そっか。よかった」
レイがほっとしたように笑った。私がまた傷ついていないか心配してくれたようだ。レイは痛みを知る分優しい。
「レイ、良かったな! それにしてもねーちゃん拗らせてんなあ。まあ、人のこと言えないけどね。呪いがとけたのは嬉しいけど、既にできあがった人格は変わらない。俺も前、告られて付き合って、セーブしてたのにやっぱりその子のこと好きになっちゃったの。でも、そいつ、俺のこと忘れなかった。つまり、俺のこと実は好きじゃなかったわけ。難攻不落の剣道チャンピオンと付き合いたいだけだったらしい」
一気に頭に血が上る。
「……どこのどいつよ。ねーちゃんが頭突きしてきてやる」
斗真は苦笑いして、私の足を軽く蹴った。
「そーゆーことあると、どうしても、臆病になるよね」
すると、レイが辛そうな顔をして声を絞り出した。
「お、俺のことは信じられる?」
「「もちろん!」」
「レイは恩人超えて弟! レイ大好きだ」
「私も! レイのことは全て信じられるよ。私たちは同志で家族でソウルメイト!」
「うわあ、嬉しいけど、嬉しくない……」
「なんでえ?」
こんなに心を開いてるのに心外だ。
「ううん、うそ、嬉しい。俺、高山家と卜部家関係は絶対に裏切らないから。誓うから!」
「いや、卜部家は裏切ると死ぬぞ多分? まあいいや。テーブル片付けてケーキにしようぜ。ねーちゃん、珈琲淹れて」
斗真がひきつりながらそう言って、話を変えた。
「おっけー」
お湯を沸かして大和さん直伝の珈琲をじっくり淹れて席に戻ると、テーブルにはドーンとチョコのホールケーキが載っていた。
なぜかケーキにはロウソクが三本立っていて、煌々と燃えている。
そして真ん中のプレートには、
「新生活おめでとう!」
と書いてあった。
レイは大学入学にモデルデビュー、私と斗真は呪いが消えた、身も心もニューバージョンになった……ってことかな?
「なるほど、間違いない」
「だろ? とにかくねーちゃんにさっきの男は不用だから、新生ねーちゃんにはもっといい男が似合うから。な、レイ?」
「うん。めっちゃいい男になるように、頑張る」
「レイ、私たちといるときはそんな頑張らないでいいんだよ?」
「……むしろ一番の頑張りどころなんだけど」
「ははは、じゃあ三人で吹き消そう! せーの!」
斗真の合図で、三人一緒に火を消した。
シメのケーキと珈琲でお腹いっぱいになり、不穏な東京出張は二人のおかげで楽しい夜に変わった。
【本編終了】呪詛の祓は珈琲店で〜碧子様に憑かれている私〜 小田 ヒロ @reiwaoda
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