『暗闇に 一輪咲きたる ボケの花』

 最早、このブラウンウッド王国が生き残るには、この手しかない。

 我がブラウンウッド家に伝わる秘術、悪魔召喚の魔法陣を使うしかないのだ。150年ぶりに使われるその秘術の為に、必要な準備が……そう。その準備とは、ブラウンウッド家の姫である私そのものだ。


 この王家の召喚術。それは血族の身を犠牲にしたものだと、代々聞かされてきた。生贄として若い娘を供すると。


 いいのです。もう、そこはいいのです。分かっているのです。

 生まれた時から何度も聞かされてきた話。

 そしてたまたま、私が一番妙齢だったというだけ。四つ上の姉も、二つ下の妹も、私が守らなくてはならないのです。

 

 問題は、さっきから、何度もやっているのに、召喚に成功しないことです。魔法陣がうんともすんとも言わないことです。

 召喚の為の地下室でたった一人、ロウソクの灯りで魔法書を読みながら、既に半日もこんなことをしている。一体、何が原因で、召喚がうまくいかないのか。


 いや、私が鼻声で、呪文を詠唱しているから、発音が悪い可能性もある。

 だって、もう冬になろうというのに、私、今、全裸ですから。


 地下室という、誰も見てない環境で召喚術が行われるのは、生贄は裸で供されるから。せめてもの慈悲で、若い姫の裸は、誰にも見せない代わりに、魔法陣も召喚の詠唱も、全て自分でやる必要があり、間違えたら、一からやり直し。


 もう、今日、何回目だろう。やんなってくる。

 いい加減、熱が出てきそう。風邪をひいた生贄でもいいのか、分からないけど、詠唱をするしかない。それしかすることが許されないのだ。


「オー・エルク・マルドレア・ソリン・ド・エスト……えっと……アリシウルス・コン・エルミルドレ。ハールエラ・コソ…こ……へくしょ……コソモリアムル・トク……へくしっ……トクキョ……・コモン・ジゴ・ヘーックション・ロー!」


 もう、くしゃみだらけで、だめだわ。またやり直しね。


「いや、まって! ホント、クローゼットとか、ぜってぇ先輩に見つかるから!」


 その声に、私は、魔法陣を見つめた。

 いったい、いつから、いるのか……。そこには全裸の悪魔が立っていた。年齢は二十? いや、もう少し上の、人間の男のような形をした悪魔だ。もしも悪魔に性別があるとしたら、間違いなく、男だろう。


「……え? 真っ暗……。え? どこ、ここ? なに、このロウソク」


 その悪魔は振り向き、呆然としていた私と目が合った。

 その時、私は悟った。

 成功したんだ! 私、悪魔の召喚に成功した!


「こ、ここは、ブラウンウッド王国の城の地下室でございます」


 先代の悪魔は、たしか、トラックという名の巨大な鉄塊に轢かれそうになった小動物を助けようとして、この世界に、転移したという。

 王国にとっては、心優しい悪魔だったが、敵国の兵をチートとかいう圧倒的な魔力で薙ぎ倒し、滅亡寸前だったブラウンウッド家の国土を回復していった。


 それは地上を地獄に変えるものだった。

 土地という土地は焼かれ、魔獣たちは屈服させられ、敵国は退けられ、ついには敵対する者がいなくなると、悪魔はその知恵で、街の復興にも力を尽くしてくれた。

 そして国に平穏が訪れると「もう、ここ天国だ」と消えた。


 この魔法陣にも、悪魔がもう十分だと思った時の帰還のキーワード「天国」が隠されている。この悪魔が、この世界を地獄に叩き落し、そしてそれを天国に変えるまで、悪魔は居続けることだろう。そして、「ここは天国だ」と口をついた瞬間、魔界に強制転移させられる。


「……あの。それ、どこっすか? ブラ? なんだって?」


 悪魔は全裸だが尻尾はない。尻尾はないが、押さえている前部分は、大きくそそり立っている状態のままだ。


「え、で、お嬢さんは、なんで裸なの?」


 悪魔はじろじろとこちらを見ながら訝しげに聞いてきた。

 なるほど。この状況が理解できないのだろう。当たり前だ。説明せねば、悪魔もその気にはなってくれまい。


「わ、私は、あなたを召喚した生贄の姫です。どうか、その力で、ブラウンウッド家をお救いください!」


 悪魔は目を瞬いた。


「力? あ。……ああ、これって、あれ? あれか。あの……なんだっけ、あれだ。ひょっとして……これが異世界って奴?」

 

 間違いなく成功だ。悪魔の口から、イセカイ、チート、オレツエー、ムショクなどというキーワードが出てくると、予言の書にもあった。


「え。生贄? あー。そういうことね。あっと、俺の名前は、ヒガシダ・ケイスケ。えっと、職業は無職というか、前は東京でホストやってた」


 きた。ムショクだ。ホスト?


「で、今は、ホスト辞めて、ヒモやっているんだ」


 ヒモ? 予言の書にはなかった。


「それは、どのような能力なのでしょうか?」

「ヒモのこと? え、能力というか……なんというか、……コホン。女性を立てて、女性に力を与え、その活躍を裏から支えるというか」

「裏? いえ、表立っていただいてよろしいのです。今すぐ、敵兵を」

「いやいや、働いたら負けというか、あ。いや、そうじゃなくてさ。多くの女性を支援し、身の回りの世話をするのが俺の役目だ」


 ……しくじったか。はずれかもしれない。どうも、後方支援の魔術を得意とする様子だが、生憎あいにく、もはやブラウンウッド王家には、兵がほとんど残っていない。女性兵だけを支援されても、持たせることが出来るかどうか……。


「え、そんながっかりした顔しないでよ。で、お嬢さんは、なんで、裸?」

 悪魔はニヤニヤしながら聞いた。

「そ、そりゃ、……その……私を食べていただく……ためです」

「やっぱりー?」

 悪魔は嬉しそうに笑った。


「いや、エロゲ的な展開かなと思ったんだよねぇ。都合がいいなとは思ったけど、たべちゃっていいの? さすが、異世界だな。え? 君だけ? ここで?」

「こ、ここでもいいですし、食堂でも、どこでも構いません」

「食堂って、人に見られながらってこと?」


 確かに、広間の食堂なら、誰かに見られてしまうかもしれない。あまり残酷な光景を見せると、妹が覗いて、後々、トラウマになるかもしれない。


「あ、あの。あまり……痛くないように……お願いします」

「あー。もしかして、初めて?」

「え? あ……私ですか? そりゃ、そうです」

「そうかそうかぁ。初めての経験じゃあ、緊張するよな。じゃあ、痛くないようにするよ~。大丈夫。俺、割と上手なほうだから」


 悪魔は舌なめずりをした。

 世の中には何回も生贄になる者もいるのかもしれない。


「あ、それと、その食べていいのは、君だけなの?」


 ……。

 硬直した。想定していた質問だったが、それだけは聞かれたくなかった……。

 犠牲は私だけに留めたかったのだ。


「……姉がいます」

「じゃあ、妹は?」


 諦めた。悪魔には何もかもお見通しに違いない。国の為とはいえ、妹にだけは手を出されたくなかった……。だが、頷くしかない。悪魔の協力が得られなければ、敵の慰み者にされるか、悪魔に食べられるかの差だ。


「ええ? いいの? まじで? いや、俺、割と、ケダモノって言われていたけどさ、同時に三人も相手できるかなぁ……」


 なるほど。さすが悪魔。

 ケダモノというからには、変化の魔法で、ドラゴンにでもなるのかもしれない。

 三人も食べるとは、どういう胃袋なのか。もしかしたら、無限の胃袋なのか。


「いや、先輩の彼女と、もう、まさに、ベッドでヤろうとしたら、先輩が急に帰ってきてさ。『終わった。地獄だ』って思ってクローゼットに入ったんだけど」


 悪魔が笑った。


「異世界でお姫様の三姉妹を食べていいとか、なにそれ、まじ天国」


 地下室に静寂が戻った。

 呆然とした私一人を残して。

 




『暗闇に 一輪咲きたる ボケの花』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

【異世界俳人会】ダンジョンの細道【便乗商法!】 玄納守 @kuronosu13

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ