『振り向けば 日暮れた道の 白髪かな』

 屋敷の魔術師をついに倒した。

 そいつは「不死者」と呼ばれた、年老いた魔術師だった。仲間の助けもあって、ようやく、倒すことに成功したのだ。


「そこの……箱だ……」


 自分に迫りつつある死を認めながら、憮然とした表情で、魔術師は部屋の片隅の小さな箱を指さした。


『我を倒したる者には、その力を与えん』


 近隣の村や冒険者ギルドに伝わる、この館の主である魔術師を倒した時の報酬だ。

 噂では、金銀財宝の類と言われていたが、剣士には分かっていた。


 そうじゃないはずだ。恐らくは『力の継承』。

 老いた魔術師とはいえ、こちらが狡猾な罠にかけなければ、きっと負けていた。

 それくらい、人間が普通に手にするよりも遥かに強い力を、その魔術師は持っていたのだ。パーティのメンバーも、怪我がない奴が一人もいないほどに、精も魂も尽き果てていた。

 恐らく、魔力を向上させるような付加魔法を使っていたに違いない。

 

 魔術師は、まだ息があるのか、口から血をこぼしながら何かを言っている。


「お主も……きっと儂のような……人生に……なる……」


 剣士は小箱に手をかけた。そしてゆっくりと小箱を開けた。

 小箱は光を発し、剣士を包み込んだ。


 暖かい光に満たされ、剣士は悟った。

 力だ。俺は今、力を得ている。


「まことに……わが……じ……んせい……」


 魔術師の小さなつぶやきを無視した。

 目をつぶると、何か満たされていく感じがする。何かが溢れてくるような……。


 ……ん? 何の力だ? 

 箱からは、何の啓示も神託も訪れない。

 光を失った箱をひっくり返すが、どこにも説明が書かれていない。何の変哲もない、ただの木箱だ。


「おい。じじい。俺は何を得たんだ?」


 息も絶え絶えの魔術師は、途切れかけた息を最後の力で吸い、


「ふし……」


 小声でそういうと、がくりと、魔術師は力尽きた。その口には満足そうな笑いが浮かんでいた。


「不死?」


 ……それは、死なないということか? この魔術師が噂されていた『不死者』としての力を得たと言うことか?

 ……いやまて? 不死……? どういうことだ?

 剣士は考え込んだ。


「……やったのね。強かったわね。で、報酬は? なんだったの? この木箱?」


 ようやく起き上がった仲間たちが剣士の周りに集まった。サブリーダーの女神官が、倒れた仲間の体力を回復し、ようやくひと心地ついたところで、剣士は説明をした。



「ということで、俺……不死になってしまったかも」

「なにそれ? そんなの、報酬というより、呪いじゃないのよ? なによ!」

 女神官は憤慨していた。

「やっぱり、そう思うか?」

 剣士は、少し困惑していた。


「だが、物は考えようともいう。おぬしら、人間は、脆弱だからのう。死なないというだけで、冒険には強いアドバンテージだぞ」

 老練のドワーフが剣士の背中を叩いた。

 頼もしい相棒を見つけたように、我がごとのように喜んだ。

「わしらも、頑丈さでは引けをとらんし、死を恐れはしないが、さすがに、最後は死ぬからな」


 そう考えると、まんざら、悪い能力でも無さそうだ。

 無茶なダンジョン攻略も、死なない前提なら、出来るかもしれない。


「しかし、木箱を開ける前に、仲間を起こして集めるべきだったな。もうこの木箱からは、魔力は感じ取れない。どんな魔法だったかもわからん」


 盗賊が木箱を調べながら面白く無さそうに言う。

 ここまで罠を解除し、逆に罠を仕掛けてくれた、この戦いの最大の功労者だ。物理的な罠も、魔力的な罠も解除できる、ハイスペックな人材だ。


「ああ。すまない。魔術師ももう死にそうだったから、もういいかなって……」

 剣士が詫びると、盗賊はふんと短く笑い、剣士の短慮を攻めた。


「そうじゃない。お前、魔術師に騙されなかったと言えるのか? 本当に不死かどうか、どう確かめるつもりだ?」


 盗賊以外、全員が固まった。


「え? ……不死って話が、嘘かもしれないってこと?」


 剣士の動揺に盗賊は無情にも頷いた。

 すかさず剣士は剣を抜いて、自分の指を切りつけた。

 周りが止める暇すらなかった。


「痛っ」


 指先から血が垂れた。そして剣士は神官を見つめた。

 神官は首をふって、血止めの薬草を傷口に塗って、包帯で巻いた。


「痛みは感じる。血も流れる。でも死ななかったぞ」

「人間が指先を切ったくらいで死んでたら、キッチンで何人死体が転がると思っているんだ? 今日もどっかで死体が出ているぞ?」


 確かにそうだ。


「なら、わしが、こやつの首を刎ねてやろう。それで生きていたら、不死ということでいいのではないのか?」


 老ドワーフが物騒な提案をした。


「待て。待ってくれ。え? それって、蘇生できるレベル?」

「だめよ。不死の呪いにも限界があるもの。さすがに首を刎ねられたら、死ぬわ」

「なんだ。首を刎ねてはいかんのか? 首だけでも生きるのではないのか?」


 老ドワーフは、がっかりしていた。

 剣士も首だけで生きていたいとは思ってない。


「それに……私、前に聞いたことがある。不死の呪文を得た者は、蘇生魔法をかけることで、……その……」

「なんだ? どうなるんだ?」

 神官は伏し目がちに言いにくそうに伝えた。

「天国に行ってしまうって……」


 不死者の最大の敵、最大の弱点は「蘇生魔法」らしい。

 なるほど、神官が「呪いだ」と憤慨したのは、そういうことか。


「回復の呪文もどれくらい使っていいのか……。なるべく薬草や自分の回復力で治すことをお勧めするわ」

 指先を薬草で治そうとしたのも、そういうことらしい。


 突然、盗賊が笑い始めた。

「な、なんだ、なんだ。何が可笑しいんだ」

 剣士が、おろおろと、それを咎めた。

 一人で木箱を開けてしまったことを、今更ながらに後悔していた。


「だって、これ以上、可笑しいことはないだろ? お前、この先、蘇生されないように生きながら、本当に不死なのかどうか知らないまま生きるんだぞ? ははは。治癒魔法も使ってもらえずに、怪我するたびに、じっと耐えて、かといって、不死かどうか確かめる方法もないんだぞ?」


 剣士は歯噛みした。

 しかし、盗賊の言う通りだ。言い返すこともできない。


「それに、見てみろ。この魔術師を」

 盗賊が魔術師の死体を指さした。

「奴は『不死者』と呼ばれていたのに、普通に死んだぞ? お前、この先、この不死の魔術師が何故死んだのか、永遠に考えさせられる羽目になったんだぞ? 死ぬまで悩まされるリドルを与えられたんだ。おっと、お前は死なないんだっけか? あはははははははは」


 馬鹿にされた剣士は盗賊に殴りかかり、ドワーフと神官が必死で二人を止めた。



────それから五十年の時が過ぎた。


 老ドワーフの葬儀に、すっかり老いた剣士は、弟子の肩を借りて現れた。

「お師さまのご友人の葬儀、盛大でしたね」

「ああ。まさか、あやつのひ孫が六十人も来るとはのう。みんな、あやつにそっくりだし。区別もつかん。儂も年をとったものだ」


 結局、あれから、剣士は一度も死ななかった。


 回復魔法や蘇生魔法が使えないと知った剣士は、その日から、稽古に励み、体を鍛え、健康に気を使い、慎重に生きてきた。

 下手に怪我をすれば、数日間、動かずにじっとし、傷口が自然に癒えるのを待った。その時に、この村を利用することもあった。ドワーフたちは魔術を使わず、薬草で彼を支えてくれた。


 強すぎる敵に挑戦するよりも、確実に稼げる依頼を受け続け、「必ず帰ってくる男」として、信頼を得た。


 そして誰よりも体を鍛え、誰よりも技を磨いた。

 ただ、ひたすらに、死ぬような怪我をしたくなかったからだ。

 お蔭で、一度も死ぬような目に遭ってない。


 一方で仲間の神官や盗賊は若くして死に、そして最後の仲間のドワーフの死を見つめることとなった。

 老いた剣士は老ドワーフの墓に花を捧げて、ため息をついた。


「あの魔術師を倒し、今日まで、まだ死なずにいる。まことに、我が人生、不思議な……」


 剣士の脳裏に、あの日、あの時の魔術師の言葉がよみがえった。

 あいつ……なんて言った?


 もしかしたら……あいつも『不思議』と言いたかったのか?

 ならば、あの魔術師も……自分同様に、並々ならぬ努力をしたということか?


 自分のように人間の限界を超えるほどの努力に努力を重ねて、安易に死なないように慎重に生きてきたのでは……。

 だから、あのような驚異的な魔力を持つに至ったのか?

 

 老いた剣士は、長い白髪髭しらがひげの下に、唇が自然と笑うのを感じた。

 なるほど。そういうことか。

 それはそれで、素敵なことじゃないか。


 確かに、力を得ていたのだ。この世界で最も絶対的な力だ。

 それは、不死よりも素晴らしい力ではないか? 

 あの木箱の光に触れた時から、そう運命づけられたのだ。


 それは『努力』という、この世界で最も面白い力だ。


 弟子をちらりと見た。

「お前……儂のようになりたいか?」




『振り向けば 日暮れた道の 白髪かな』

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