『すれちがう 遺跡に残る 影氷』
盗賊ギルドからの依頼は、久しぶりに
遺跡の最奥部で取り残された戦士のサルベージだという。
依頼主は女魔導士だった。
少し高圧的な態度をとる、いけ好かない女だったが、報酬は実にいい上に、女魔導士も相当の実力者だった。
俺は遺跡の罠の解除担当だ。
盗賊ギルドは、冒険者ギルドとは違い、罠解除や情報収集、人捜しや、遺体回収などの仕事を請け負う。もちろん、ギルドの信用の為にも、雇い主や隊のメンバーから物を盗むことはない。ご法度中のご法度だ。
遺跡はかつてドワーフが放棄したものだ。この地方じゃあ評判の遺跡で、新月の夜にだけ、最奥部にお宝が出る。同時にアンデッド系のモンスターが出る事でも有名だ。
ただ、新月ではないとき。つまり通常時は、全く普通の遺跡に変わる。しかし、潜ったとしても何も得るものがない。そういう期間限定の遺跡だった。
引き揚げるのは、この女の冒険者仲間だろう。
どういう形で死んでいるかにもよるが、今の時期なら、遺跡内で復活も可能だ。
その為、俺のほかに、蘇生神官が、このサルベージ任務に加わっている。
物理攻撃には弱いメンバーだが、この蘇生神官も相当の腕利きであることは、佇まいからも推測できる。余程の腕前だ。
その蘇生神官ですら、この問題は難しいらしい。
俺たちはいま、最奥部に近い場所にある、小さな部屋の中で、困り果てていた。
ダンジョンにはよくあることだが、完全に石化した人間がいたのだ。
襲ってくるわけではない。
その中に、一人、依頼主の女が捜している戦士がいたというのが問題だった。
「バカね。石化させられているのに、こんなポーズを取って……。ほんと、バカ」
戦士の石像は、剣を前に差し出し、盾を構えて、今にも動き出しそうな姿で固まっていた。
その横には、自慢げに斧を杖代わりに佇むドワーフの石像もあった。
その隣は、崩れかけた、恐らくこれもドワーフと思われる像もある。
今にも動きそうな姿で固まっていることが、逆に、この小部屋の静寂さを際立たせた。
依頼主の女は、この戦士のことを愛していたのだろう。
そっと戦士の石像に抱き着き、静かに泣いた。
「しかし、強固な魔術だな。全く解除魔法が効かない」
蘇生神官は、何度も石化解除の魔法を唱えたが、戦士はおろか、他の石像も、その姿を元に戻すことはなかった。
「こう見えて、私、石化に関しては、かなり研究をしてきたつもりなのですが……」
くたくたになった神官は、そこにあった椅子に座った。
「おい。安易に遺物に触れない方がいいぜ。どこに罠があるかわかったもんじゃないからな」
神官は、その言葉にビクリとしたが、「いや、この椅子、妙に落ち着きがあって、不思議な安心感がある。魔法の仕掛けもないようだし、かつてのドワーフは、相当の腕があったのでしょうかね。しかも、百年以上経っているでしょうに、つい最近作られたの如く、滑らかでぐらつきも……」
と、妙に感心したように、椅子を評価しはじめた。
神官が魔法が架かっていないというのなら、大丈夫なのだろう。余程の名工が作ったと思える。
他に部屋の隅々を見て、石化トラップがないか探していたが、どうやら石化につながるようなものはない。
となると……。
「もしかしたら、メデューサの石化かもしれません」
神官が呟くように女魔術師に伝えた。
コカトリスやバジリスクのように、相手の動きを止めるために石化させる動物よりも、かなり上位の石化が使えるのが、メデューサだ。
詠唱も、毒霧もなしに、見た者をいきなり石化させる。
この遺跡にメデューサが現れたという報告は入っていないが、目の前の生き生きとした石像は、一瞬で石化したようなダイナミックさをもっていた。
この上位石化術は、ほとんど解除方法がない。
神官もお手上げの様子だ。
「石化はかけるのは簡単ですが、解くのはかなり難しいので……」
言い訳のように神官が言うが、冒険者にとっては常識だ。
盗賊の俺でも、石化した人間のいる場所は、すぐに逃げろと教わっている。
長居は無用だ。
「メデューサなら、こいつを村に引き揚げても、解除できないな。置いてくしかないぞ」
俺が言うまでもなく、女魔導士にはそんなことは分かっていたらしい。
「アンタは私が側にいないと、ダメだったよの? 一人で私を魔法陣に放り込んだりするから……」
女魔導士は、石化した戦士に、ずっと愚痴を言い続けていた。
「なあ、帰ろうぜ」
何も出ないと分かっている洞窟遺跡でも、あまり長居をしたい場所ではない。
しかし、その女魔導士は、驚くべきことを言った。
「ねぇ。私を、ここで石化して? あなたなら出来るでしょ?」
神官はぎょっとした。
「私、この人がいないとダメなの。この人も、私がいないと駄目なの。私、ここで、石化して、この人と、永遠に一緒にいたいの」
その眼差しは真剣そのものだった。
殺してくれと言っているようなものだ。
しかし、その大きな瞳から、一筋の涙が流れ、にっこりと笑う女魔導士を見て、その願いを否定することすら、憚られた。
神官も同じ思いだったのだろう。
少し、涙声になりながら、石化に対する覚悟について、問いただすのが精一杯だった。
「いいの。わかっているから」
神官はため息をついて、石化の準備に入った。
「私の知っている最も高度な石化を使います。メデューサ級に、あなたは、永遠の眠りにつく事でしょう。……お幸せに」
永遠の死と、幸せ。
矛盾した言葉だが、神官のその言葉は、俺にもぐっとくるものがあった。
思わず、自分の頬を伝う涙にたじろいだ。
盗賊稼業を初めて数十年。
死を覚悟した人間が、これほどにも美しいとは……。
石化が終わった。
女魔導士は、豊かな胸を押し当て、戦士に抱きつくような形で固まっていた。
何故か、戦士のような石の色にはならず、彩色されたような、まるで生きているかのような姿のまま、石化していた。
「メデューサの石化は、百年。私のフィギュアの魔法も百年。運が良ければ、百年後に、二人は逢えるでしょう。そして、この遺跡を訪れる冒険者は、この二人の立像を見て、涙するに違いありません。我々は、この石像のことを語り継がなくてはなりませんね」
しんみりと話す神官と共に、俺は遺跡を後にした。
前払いで貰った報酬と、女魔導士のカバンに入っていたお宝で、十分な報酬だったが、百年後にも使えそうな宝石の類だけは、女魔導士の体に隠した。
それが俺なりの、愛の形への報酬だった。
神官とは、遺跡で別れた。神官は遠く離れた故郷の恋人に会いに行くという。
こいつなりに、女魔導士の愛に触れて、恋しくなったのだろう。
遺跡の外は冬が訪れていた。
俺たちは、どこか悲しく、どこか清々しい、不思議な気持ちに包まれていた。それは男二人で感じる気持ちではない。
早くひとりになりたかった。これ以上、互いに、泣き顔を見られたくないからだ。
─────
数日後、盗賊ギルドに人捜しの依頼が来た。
女魔導士を探しているとのことだ。
きっと、あの女のことだろう。俺は彼女の結末を知らせる為に、その依頼主が現れるという、酒場で一人待っていた。
一際、人の集まっているテーブルがある。
ドワーフが何か作業しているのを、数人でそのテーブルを囲んで見ているようだ。
その横で、ドワーフの仲間と思われる男が、集まった人たちに何かを見せている。
気になって、そのテーブルを見ると、そこには出来上がったばかりの木彫りの像があった。
……そのひとつに、見覚えがあった。
あ。遺跡で見たドワーフの石像を小さくしたものだ。
ドワーフではないもう一方の男が、カバンから、色々な木像を出し始めた。
「さあ、この精巧な像を、是非、お買い上げください。こちらは、炎竜。こちらは、ピクシー。この女エルフは特に人気ですよ。ほら。この服を透ける下着まで、精巧に彫られた像を見てくださいな!」
「いやあ、これはそそるな。ひとつ貰おう」
酒場で商売をしているらしい。
その顔にどこか見覚えがある……。
「しかし、このドワーフの爺さん、めちゃくちゃ腕があるな」
「でしょ? そこの洞窟の奥底で、何年も何年も、ずっと一人で、彫刻をしていたらしいんで、連れて来たんですよ」
「じゃあ、あんた、元は冒険者かい?」
「ええ。ちょっと前に、洞窟遺跡で取り残されちゃいましてね~。スケルトンから逃げていたら、遺跡内のこのドワーフ爺さんの部屋に迷い込んで。そしたら『お前、ちょっとモデルになれ』って言うじゃないですか?」
ポーズを取った男の姿にどっと笑いが起きたが、ドワーフだけは黙々と手元の木像を作り続けた。
「いや、出来上がった石像をお見せしたかったなぁ。ほんと、命が吹き込まれたみたいな精巧な石像でした。これってドッペルゲンガーかと思うくらいによくできてまして、また、それが色男なんですよ」
再び、笑いが起きた。
「おい。ひとつもらおう。この128ギルのピクシーの木像を」
「はい、えーっとお釣りは……えーっと? 150だと、いくらになるかな?」
「……なんだい、計算も出来ないのか。頼りない男だな」
「いやはや、うちの彼女にも、そう言われる始末でして。愛想つかされたのか、遺跡から出たら、向こうが行方不明なんすわ」
再びどっと、笑いが起きた。
……。
やるせなさと、よくわからない怒りで拳を握りながら、俺は、そのテーブルに近づいた。
彼女の事を教えなくては。だが一発殴ってからだ。
『すれちがう 遺跡に残る 影氷』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます