鏡の中の王子様

水木レナ

鏡ヨ鏡! 鏡さん!!!

 私には美人のお母様がいる。

 幼いころから、憧れていて、そのふるまいや言葉遣いなどをまねしたりしていた。

 だけど私は美人じゃない。


 どうしてだかはわからないけれど、私はお母様にはちっとも似ていないのだ。

 そのせいで、友だちにからかわれたり、意地悪を言われたりしてきた。

 そう、この魔法学園に入学するまでは。


「鏡ヨ鏡……」


 と、お母様がよく魔法の鏡に呪文をかけているのを見たわ。

 きっとあれが美人になる秘訣なのよ。

 だから、私もきっと鏡の魔法を使えるように、いっぱい勉強するのだ。


 美人に変化する薬や、ほれ薬などはまだまだ初級の私には難易度が高いけど、実はこっそり何度も試してる。

 失敗ばかりだけど、きっとお母様のように美しく。

 なれるよね? だって魔法の力だけは、お母様ゆずりなんだもの。


 けど、そんなことをしていたら、授業の内容が頭に入らなくって先生にしかられてばかり。

 このままではすぐに見放されそう。

 どうしよう。


 学園の図書館の前で途方に暮れていたら……


「どうしたんだ? 気分でも悪いのか? こっちへ来て座れよ」


 と、同期の男子に言われちゃった。

 でも、私……でも私、図書館に足を向けるのも申し訳ないほど、勉強が遅れてる。

 そんなの恥ずかしいことだ。


 だから、どうしてもその子の言葉を受け入れられない。

 泣きそうになって、すぐその場を後にしようとした。


「おい、待てよ」


 どうして止めるのっ。


「おまえ、いつも裏庭でハイレベルな魔法、実験してるだろ?」


 私は言い当てられて、ただ茫然とした。

 なんでそんなこと、知ってるのっ?

 同時に、その子のことが少し気になり始めていた。


「オレはナウっていうんだ。おまえ、マオだろ? 有名だから知ってるぜ」


 ええっ、今日初めて話しかけられた相手に、そんなこと言われるのはちょっと嫌。

 私はうつむき、彼の好奇心をあおらないよう、ちょっとだけ自己開示することに決めた。

 すなわち。


「わたし、美人になりたいの。お母様みたいな」


「えっ、おまえ美人になりたいの? だったらいい方法があるぜっ」


「ええっ、本当!?」


 私は彼に飛びつきそうになって、瞬時に思いとどまった。

 世の中そんなにうまい話があるわけない。

 でも……ちょっとだけ、話を聞いてみるだけならいいかな。


「なんでそんなこと言うの?」


「だって美人になりたいんだろ? 簡単な魔法があるよ」


「そんなのあるわけない」


 そう言うと、その子はけらけらと笑って、一つの手鏡をお尻のポケットから出してきた。


「これに向かって呪文を唱えるんだ」


 それならもう、やっている! うまくいかないから難しいの!


「疑ってるのか?」


「だって、私、あなたのことあまり知らないし」


「なーるほど?」


 彼は、息がかかるほど近くへ寄ってきて、私の顔をのぞきこんだ。


「おまえ、繊細な顔立ちしてるな」


「なっ」


 それって、微妙って意味だ。


「近いから離れてっ」


「そうは言っても、オレ、おまえのこと応援したくなっちゃったし」


「応援?」


「美人になるには鏡の魔法を使うのさ」


 だから! それがうまくいかないのー!


「お母様が使ってるのを見たけれど、どういう理論で組み立てられているのだか、わからないのよ」


「教えてやるよ」


「ホントに!?」


 私はまたも身を乗りだしていた。

 陽もくれそうな図書館に、黄金に輝くガラス窓。

 そのきらめきが、とってもきれいに胸に差し込んできた。


 結論から言って、私に鏡は必要だった。

 魔法に失敗するごとに、壊してきてしまったけれど、その子が私にくれた手鏡はヒビも入らなかったから、だんだん上達してきた。


 お母様は魔法の鏡にこう言って自分の姿を映していた。


「鏡ヨ鏡、この世で最もイケメンな王さまは誰?」


 鏡は応える代わりに、カッコイイナイスミドルな男の人を映し出していた。

 お母様はすぐにうきうきとのぞきこみ、うっとりため息をついた。

 理屈はわからないけれど、あの子が教えてくれた魔法も、あれを応用したものだった。


 私は自分の部屋で、もらった手鏡に向かって呪文を唱えた。


「鏡ヨ鏡、この世で一番、私を愛してくれる王子さまは誰?」


 王子さまは映らなかったけれど、そこには図書館前で出逢ったあの子が映った。

 私は驚いて、王子さまよ? 間違えてない? と鏡にツッコんだ。

 すると、鏡の中のあの子が、得意げに胸を張ってこちらを見た。


 見ただけじゃなくって、私に笑いかけてきた。

 え? え?

 まさか、あちらから私が見えてるわけじゃないよね?


「そのまさかだよ」


 鏡のあの子は白い歯を見せながら、いたずらっぽそうに前髪をかき上げ、こう言った。


「マオはいっつも自分の世界にどっぷりだから、こうでもしないとゆっくり話ができないと思ったんだ」


「なんでそんなこと……」


「さあね、でもマオがもしこの鏡を使い続けてくれたら、きっとオレを好きになるだろう? そうしたら、美人になりたいって願いは意外と簡単にかなうよ。だって、オレが毎日、マオをきれいだって言ってあげる」


 ナウが? きれいって言ってくれる? こんな私を!?

 私はうれしさのあまり涙がこぼれた。

 だって、生まれて初めてそんなこと言われたんだもの。


 ナウが好きになるかは別として、こんなにも優しく心に話しかけられたのが奇跡に思えた。

 だから、きっとこの鏡を大切にして、使い続けようと思った。

 ナウのことも、大事にしようって。


 そのとき私ははっとした。

 どうしてお母様が魔法の鏡にあんな呪文をかけていたのかが、わかったんだ。

 私は今までずっとお母様を誤解していた。


「鏡ヨ鏡、この世でもっともイケメンな王さまはだれ?」


 あれって、お父様のことだったんだ!

 お母様はお父様のことが好きだから、だから鏡の影にあんなにうっとりとして、しあわせそうに微笑んでいたんだ。

 私は愛が人を美しくする理由を知った。


 半信半疑だったけれど、いま私はナウにとっても感謝している。

 鏡の呪文にも。

 私はもう、ただ美しい人になるんじゃイヤだ。


 ナウに愛おしいと思ってもらえる自分になりたいと思い始めている。



 END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鏡の中の王子様 水木レナ @rena-rena

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ