大空の大樹
月代零
第1話
いつかのどこか。遠い未来か、あるいは昔々の話。
人類は、滅びの時を迎えました。
自らの罪によってか、外的要因によってか、その歴史を覚えているものも、もういません。
けれど、そこに落ちた二つの種から芽吹いた若葉たちは、人間たちのことを覚えていました。人間たちが緑を愛していたこと、彼らもまた、儚くも懸命に生きる人々を慈しみ、共に生きてきたことを。
人間のいなくなった世界は、静かに浄化されていきます。けれど、その光景は彼らにはとても寂しく映りました。彼らの周りには、ヒトも、他の動物もいなかったのです。
そこで、彼らは自分たちで人間の姿を再現しようと思いました。ふたりで力を合わせ、一生懸命土を練り、葉や根を巡らせて、ヒトのように自由に歩いたり走ったりできる身体を手に入れました。それは、小さな女の子の姿でした。髪はふわふわした緑色で、頭のてっぺんからは葉っぱがぴょこんと生えているのは人間と違いますが、そこはご愛嬌。
ふたりは嬉しくなって、あたりをぴょんぴょんと跳ね回りました。でも、やっぱりふたりぼっちであることに変わりはありませんでした。
彼らは旅に出ることにしました。世界は滅びたと言われていますが、どこかにまだ彼らのような生き物がいるかもしれないと思って。
ヒトの姿になった彼らは、荒れた大地の上をずんずんと歩いていきます。水と太陽の光さえあれば、どこまでも歩いて行けるはずでした。
でも、ヒトの姿を作ったことは、やはり無理があったようでした。
彼らは間もなく力尽きて倒れ、動けなくなってしまいました。
その身体は、やがて大地に根を張り、枝を伸ばし、葉を茂らせ、他のどんな木よりも立派な大樹となりました。
豊かな実りをもたらすその大樹には、たくさんの生き物が棲むようになり、やがて――
「――やがてその大樹の根元には、新しい街ができました。街の中心に立つ大樹は、人々をいつまでも見守っているのです」
おしまい、と言って、孫娘に読み聞かせをしていた老婆は、本を閉じました。
「それじゃあおばあちゃん、あの木が今のお話に出てくる木なの?」
いつも目を輝かせながら老婆のお話を聞いてくれる孫は、窓の外を指しながら、そう問いかけます。窓の外には、てっぺんが雲に霞んで見えないくらい高くそびえる立派な木がありました。
「そう言われているわ。あの木の精霊様は、人間も他の生き物も大好きで、ずっと見守ってくれているのよ」
「へえ、そうなんだ」
少女と老婆は、空を見上げます。
街の守り神と呼ばれるようになった彼らは、そんな街の人々を、高い空の上から、今日も楽しそうに眺めているのです。
了
大空の大樹 月代零 @ReiTsukishiro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます