第10話 お持ち帰り

「藤間さん、お願いがあります」


「えっ?」


「御堂がもしかしたらトイレで寝てるかもしれないで、みて来てもらえないでしょうか?」


「はぁ?」

それを聞いて、藤間さんは信じられないと言った表情を浮かべる。


……その気持ちはよく分かります。

まさかゲーセンのトイレで女の子が酔い潰れるなんて誰が考えようか?


だが、現実的にそうなっているのだから仕方がない。


「晩飯を食べに行ったら、あいつ飲み過ぎだようで、店を出てすぐにグロッキーになったんですよ。だからたまたま通りがかったここでトイレを借りたんですが……」

と、裕人がいいかけると、藤間ミカンはとてつもなく嫌そうな表情を見せる。


「あなた、まさかこのまま酔いつぶして……」


「いや、違う。ちがいますよ!!なんだか今日は飲むペースがやけに早くて……」


「……ほんとに?」

まるでゴミを見るかの様な視線を向ける藤間さんが疑いの言葉を投げかける。


その意味を理解した裕人は疑いを晴らすかの様にいい訳をする。御堂未来が飲み過ぎた理由は定かではない。


ただ、酒を煽る原因となった話題のほとんどが藤間ミカンの話題だった……とは口に出してはいえない。


「……まぁ、あなたたちの事だもん。どっちでもいいわ」

藤間ミカンはなぜか納得した様な口ぶりをするが、その納得の意味は裕人には理解できなかった。だが、そんな彼を尻目に、藤間さんは言葉を続ける。


「……で、お願いってなに?」


「御堂がまだトイレから出てこないんです。だから、確認して来てほしいな……と」

裕人がそういうと、「はぁ!?」とあからさまに嫌そうな顔をする。


「なんで私が行かなきゃ行けないのよ?店員は?」


「探したんですけど見つからなかったんです!!俺が入るわけにも行かないし……」


「…………」

否定も肯定もしない藤間さんの視線が痛い。


酔っぱらいの面倒ごとに巻き込んでしまった事に罪悪感が増す。


「それに、連絡しても繋がらないんで心配なんですよ……」


「マジ?」

信じられないと言った表情で裕人の顔を見る藤間さんに裕人は静かにうなづく。


「帰ったんだったらいいんですが、もし変な奴らに連れてかれてたら大変なんで……」


「……それもそうね」

裕人の言葉に藤間さんも同意する。

だが、プライズが取れなかった事が気がかりなのか、彼女はクレーンゲームをチラチラと見ていた。


いくら注ぎ込んだのか見当もつかないが、このまま帰るのも惜しいのだろう。


裕人は黙ってクレーンゲームの前に立ち、おもむろに財布から100円を出して機械に投入する。


「な、何してるの?」

裕人の行動に戸惑いを隠せない藤間さんを無視し、彼はクレーンゲームを操作する。


現状で取れる方法を瞬時に見出してクレーンを動かすと、下降のボタンを押す。すると、クレーンはゆっくりと降下していき、ぬいぐるみを掴む。


その際、脇のあたりにあった隙間に爪が食い込んでおり、クレーンはゆっくりとぬいぐるみを持ち上げる。


そして、クレーンの爪からぬいぐるみは落ちる事なくプレイフィールドを横切りぬいぐるみは獲得の穴に向かっていく。


「えっ?えっ!?」

その様子を見ていた藤間さんは戸惑いの声を上げながら、その光景を固唾を飲んで見守る。


裕人のプレイしたクレーンはプライズを落とす事なく獲得の穴までたどり着くと、ぬいぐるみは獲得口へと吸い込まれる。


「商品獲得、おめでとうー」

プライズをゲットした時に流れる音声が騒がしく裕人達の周囲に鳴り響く。


「え、やったー!!すごいすごい!!」

その光景を見た藤間さんが一番くじの時同様に喜び飛び跳ねる。


だが、その様子を眺める余裕もなく裕人は獲得口からぬいぐるみを取り出すと、それを真剣な眼差しで藤間さんに差し出す。


「これでお願いします」

裕人の圧に押されたのか、藤間さんはたじろぎながら、「わかったわよぅ……」と声を上げる。


その言葉に安堵した裕人は藤間さんと一緒に御堂が待つ?であろう女性トイレへとむかう。


そして彼女が入って数分後、「居たわよ」と言う声がトイレから聞こえてくる。


その声の方向に視線を向けると女性トイレから出て来くる二人の姿があった。


その姿を見て、裕人はほっと胸を撫でる。


「もう……この子ったら、何回呼んでも出てこないんだから……」

半睡状態の御堂を呆れた表情で見る藤間さんから彼女を受け取る。その代わりに裕人は手に持っていたぬいぐるみを藤間さんに手渡す。


藤間さんはようやく手に入ったぬいぐるみを受け取ると、目を輝かせて抱きしめる。


その姿にようやく安心した裕人は藤間さんと一緒に御堂を連れて店外に出る。


既に時刻は0時を回り、人もまばらだった。


「……私は帰るけど、あなた達はどうするの?」

ぬいぐるみを大事そうに抱えながら夜の街を歩く藤間さんに問われ、裕人の悩みが再燃する。


「いや……、終電も間に合わないですし、何処かに泊まろうかと……」


「この子も?」

藤間さんが御堂を指差す。


「……しょうがないんで、連れてこうかと」


「…………そう。まぁ、それもいいんじゃない?」

裕人と御堂を交互にみて、藤間さんは何が納得している。


「……じゃあ、私は帰るわ」


「あっ、送りますよ」


「……いいよ。近くだし」


「いや、流石にこの時間に一人は……」


「こんな状態の子を連れて歩くの大変じゃない?」


「けど……」


「……それにこの子取りに来た時点で遅くなるの覚悟してたから」

裕人が心配そうな声をだしていると、藤間さんは愛おしそうに裕人が取ったぬいぐるみをみながら話を続ける。


その姿は無表情でも感情がないわけでもない。

何処か少女の様であり、母の様な……そんな表情だ。


「じゃあ、家の近くまで送って行くので、お願いを聞いてもらえませんか?」

裕人は唐突に話を……いや、お願いを切り出す。


その突然の言葉に、藤間さんは目を丸くしながら裕人の顔を見る。


「こいつを藤間さんの家に泊めてやってもらえませんか?」


「えっ?どうして?」

裕人の言葉に、藤間さんはギョッとした表情を浮かべる。


「……さすがにこんな状態の御堂をどこかに連れて行くわけにもいかないじゃないですか?」

すうすうと裕人の肩で寝息を立てる御堂の横顔を見る。


「別に、それくらいいいんじゃない?」


「いや、そう言うわけにも行かないですよ。ほら、今の世の中、何がセクハラ案件になるか分からないじゃないですか?それに、犯罪者になりたくないですから」


「なんで犯罪者になるのよ?あなた達、付き合っているんでしょう?」

信じられないと言った表情で裕人を見る。


会社での二人を見るに、やけに距離感が近く思っていた。だが、そうではないらしい。だが、裕人はその言葉を聞いて不思議そうな表情を浮かべながら、「いや?付き合ってないですよ」と言うのだ。


その事にやはり驚きを隠せない。それではこの距離感の近さはなんなのだろう?御堂未来の一方的な好意なのだろうか?


藤間さんは戸惑いを隠せないでいると、裕人は言葉を続ける。


「こいつは大学の時からの知り合いなだけですよ。まぁ、同じ会社に来た時はびっくりでしたけど」


「……そうなんだ。私はてっきり」


「付き合ってたらあの日、お見合いになんて行きませんよ」

付き合っていたと考えられていた事を笑いながら否定し、お見合いの事を持ち出してくる。


その言葉にギョッとした藤間さんは口元に人差し指を当てて、「しーっ」と声を出す。


その声に裕人も自分の発した言葉に気づき、まずいという表情を浮かべながら、御堂未来を見る。


相変わらず幸せそうな表情で眠る御堂がそこにおり、彼らはほっと胸を撫で下ろす。 


「……けど、それとこれとは話は別じゃない?」

藤間さんは眠っている御堂未来を見てそう漏らす。


裕人にとってはただの後輩だとしても、彼女にとってはそれ以上の感情があるはずなのだ。おそらく、彼女もそれを踏まえた上でのこの無防備な姿なのだ。


それを部外者である藤間ミカンが介入していいものか悩んでしまうのも、無理はなかった。


「そんなわけには行かないんですよ……」

そう言って、裕人は顔を上げて夜空を見ていた。



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結婚したくない君と僕!!〜お見合いを断ったもの同士が結婚に至るまで〜 黒瀬 カナン(旧黒瀬 元幸 改名) @320shiguma

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