第9話 お願い
「藤間さん!?」
「……木波くん?」
裕人の声に藤間ミカンは驚き、こちらを振り向き、名前を呼ぶ。
その瞬間、彼女が取ろうとしていたプライズがクレーンゲームの爪の間からこぼれ落ち、シールドに当たってフィールド内に落ちる。
その光景を見た二人は、「「あっ……」」と声を揃える。
「あー、もう!あとちょっとだったのに!!」
クレーンゲームお決まりの、あと少しで取れそうなのに取れない現象に悔しそうな声を上げる。
そんな彼女の姿を見て、裕人は不思議な感覚に陥ってしまう。
お見合いをしてから、やけに表情豊かな藤間さんを見る機会が増えた。しかも、なぜか職場ではないところで……。
特に待ち合わせている訳でも示し合わせている訳でもない。にも関わらず、こうやって眼前にいる藤間ミカンを見て恐ろしくなる。
偶然なのか、必然なのか、それとも故意なのか……。
「……何してるんですか?こんなところで」
先程まで悔しそうな表情を浮かべていた藤間さんの表情が、いつもの無表情に変わる。
「い、いや、連れがトイレにいってるんで、待ってるんです」
「……そう。あぁ、言ってたわね」
無表情で何か納得した様な話をする藤間さんは、再度クレーンゲームの方を向き、小銭を投入する。
「藤間さんこそ、何してるんですか?」
「……見て分からない?このぬいぐるみを取りに来たのよ。悪い?」
「いや……」
さも当然の様な物言いで、クレーンゲームを操作する彼女を見て違和感を覚える。
裕人と酔いどれ御堂がここにいる時間は終電間近……。職場からさほど離れた距離ではないにしろ、こんな時間に会うなんてことがあるのだろうか?
残業で帰るのが遅くなったとか、自分達の様に同僚や友人と飲んでて、そのついでに寄ったと言うのであれば話は分かる。
だが、今は彼女は一人だ……。
「こんな時間に一人なんですか?」
「そうよ。この辺に住んでるから、ついつい来ちゃうのよ。あー、また落ちた!!」
彼女は裕人に話をしながら、一向に取れそうもないそのぬいぐるみに苦虫を噛んでいた。
「……そのぬいぐるみなら」
「いいの?こんなところで油売ってて?」
悔しそうな表情を見せる藤間さんに居ても立っても居られなくなった裕人が助け船を出そうとした瞬間、藤間さんが声を上げる。
「えっ?」
「彼女……、もうトイレから出てるんじゃない?」
クレーンゲームをプレイしながら話を続ける彼女の言葉に、裕人は御堂の存在を思い出す。
「あっ!!」
忘れてたと呟きながら、トイレの方向に向き直り、裕人は歩き始めようとするが、すぐに足を止めて藤間ミカンを見る。
「すいません、忘れてました。じゃあ、お疲れ様でした。また明日」
急に振り返られた藤間ミカンは驚き、クレーンゲームから目を離し、裕人を見る。
「えっ?ええ……お疲れ様」
藤間ミカンが戸惑った表情でそう言うと、裕人はおやすみなさいと言ってその場を後にする。
その場に残された藤間さんはポカンとした表情を浮かべ、しばらく立ち尽くしていた。が、クレーンゲームを操作している途中だった彼女が我に返ったのはクレーンゲームが時間切れを起こし、意図していない挙動を取ったときだった。クレーンゲームの爪は空を切り、プライズを掴むことないまま初期位置に戻っていく。
それに気づいた彼女が、あーっ!!と声をあげるが、その声はゲームセンターの雑踏がかき消した。
一方、裕人はトイレの方へと向かって走っていく。おそらくすでに御堂は出ているだろう。
待たせると何を言われるか……たまったものじゃない。
気が気じゃない思いをしながら、トイレの前に着くと、そこに御堂の姿はなかった。その光景に裕人の背中に冷や汗が流れる。
「……まさか」
一抹の不安が脳裏をよぎる。嫌な予感を覚えながら裕人はスマホをポケットから取り出すと、御堂のラインを表示させると、即座に連絡を入れる。
コール音が1回、2回となり続けるが、御堂は一向に出る気配がない。だんだん不安が増してくる。
一人で帰っていたり、トイレで寝ていてくれたらまだ助かるのだが、悪い奴にお持ち帰りをされたとなると目も当てられない。
しばらく経っても連絡がつかない御堂に連絡を取る手を止め、しばらく立ち尽くす。
確認しようにも、御堂は女性トイレの中なので入りようがない。しばらく考えこむが、ここは店員に事情を話し確認してもらうしかない。
そう決意した裕人はトイレから離れ、店員の姿を探すが、こう言う時に限って見つからない。
サービスカウンターの方にも店員の姿は見えず、次第に閉店を告げる音が店内に響き始める。
その音にますます焦っていたが、裕人はふと、あることを思い出し、その人の元へと藁にもすがる思いで走る。
そう、さっきまでクレーンゲームをしていた藤間ミカンが頼りだった。なんせ御堂と知り合いかつ女性なのだ。後輩のピンチに手を貸してくれない人ではない……だろう。
一抹の不安を感じながら、藤間さんがプレイしていたクレーンゲームの台へと差し掛かる。
だが、そこに彼女の姿はない。
ただあるのは取ろうとしていた景品がクレーンゲームの中にあるだけだった。
そりゃそうだ……。藤間さんと別れて時間は経っていないとはいえ、もう数十分。既に景品がを取り終え、帰っている可能性はあるのだ。
「帰った……か」
一縷の望みが潰えた裕人はトボトボとした足取りで、クレーンゲームを操作する方に歩を進める。
しかし、クレーンゲームの正面にたどり着くと、裕人は信じられない光景を目の当たりにする。
なんとそこには藤間ミカンの姿があった。
クレーンゲームの操作パネルに手を置き、落胆した表情でしゃがみ込んでいるのだ。
「……何してるんですか?」
言わずもがな、分かるであろうことを裕人は口にする。
その言葉に彼女は顔を上げ、裕人に視線を向ける。その顔は今にも泣き出しそうだ。
「……見てわかんない?」
子供の様にほおを膨らませる藤間さんを見て察することができない人間はほぼいないだろう。
プライズが取れていないのだ……。
「うわぁ……」
一番くじの時同様に、裕人は呆れた声をあげる。
「……だって、全然取れないんだよ?穴の近くまで行ったかと思ったら、次で遠くに行くし、また近づけてみても穴の後ろに転がっていくんだよ!?」
悔しそうな表情で声を荒げる藤間さんに、裕人は呆れながら声をかける。
「店員を呼べばいいんじゃないですか?」
「あっ……」
裕人の言葉にポカンとした顔を見せる藤間さんを見て唖然とする。
店員を呼べば取れやすくしたり、アドバイスをくれたりしてくれるのに、彼女はそれをしていなかった。
藤間ミカンという人となりがここ数日、よく分からなくなってきた。
職場では無表情な彼女が見せる喜怒哀楽。そして職場では完璧人間だと評される彼女の抜けた私生活……。
その相対する状況に理解が及ばないのだ。
……一体いくら使ったのだろう。
泣き言を言いながらも再度財布から小銭を取り出し、機械に投入する藤間さんを見て、彼女の財布が心配になる。
それでなくても一番くじの一件があったのだ。心配にならない方がおかしい。
「……それより、彼女はほっといていいの?」
「えっ?」
目を細め、クレーンゲームを操作する藤間さんがポツリと呟く。
「……御堂さんよ、御堂さん。一緒だったんじゃないの?」
「あっ!!」
その一言で裕人は我に帰る。
……そうだ、こんな事をしてる暇はない!!
閉店を告げる音楽が鳴り響くなか、裕人は真剣な眼差しで藤間ミカンに声をかける。
「……藤間さん、お願いがあります!!」
「えっ?」
クレーンゲームをプレイしていた藤間さんはその一言を聞いて、裕人の方を振り向くと同時に
、クレーンゲームの爪からプライズは再びプレイフィールドに落ちてしまうのであった。
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