第8話 クレーンゲーム

「……重っ」

御堂を抱え、居酒屋から出た裕人は女性に言ってはならない事を口する。


御堂が起きていたら軽く殺されていたであろうが、幸いな事に彼女は今は夢の中だ。


嘘眠だとしたらすぐに拳が飛んできたであろうが、それがないと言う事はガチ寝だと言う事になる。


決して御堂が太っているわけではない。

ただ、裕人より少し小さいくらいなのだ。ガチで寝られると、その負荷は裕人にのしかかってくるのだ。


だからと言って放って帰れるはずもなく、こうやって抱えているのだ。


「……どうしよう」

裕人はこれからの事を考えて悲観にくれる。


酔った彼女が地下鉄で帰れるはずがない。

かと言ってうちとは逆方向の御堂の家に連れて帰るわけにもいかない。


じゃあどうするか……。

選択肢はそう多くない。


うちへ連れて帰るか、ホテルにコイツを放り込むか、タクシーで彼女を自宅まで送るかの選択肢しかない……。


だが、そのどれもに障害がある。

まずはホテルだ。金銭的には支払いは可能だ。


だが彼女一人を泊めてしまい、相手を混乱させるわけにもいかない。だったら一緒に泊まる?


そんな考えが脳裏を過るが、裕人は首を横に振る。


‥‥据え膳食わぬは何とやらと言うが、さすがにそれはできない。


セクハラや暴行罪に問われたくない。


それはうちに連れ帰る事も同様だ。親しき中にも礼儀ありと言いますか……なんしかうちの中を見られたくない。


ならばタクシーを拾うか?

本来ならそれが最善策なのだが、裕人は御堂の家を知らない。


そんな裕人の気も知らず、御堂は幸せそうな顔ですやすやと眠っている。


悩んでいるうちに、軽く殺意が芽生えてくる。


裕人の肩に寄りかかる御堂の額に軽くデコピンをかます。理不尽に責められる人間の身になれってなもんだ。


裕人にデコピンをされた御堂は顔を歪めながら、「痛ぁ〜」と間抜けな声をあげる。


「おい、起きろ?」


「先輩〜、どうしたんですか?」

寝ぼけているのか、御堂はふわふわした声で何事が尋ねてくる。


「どうしたじゃねぇよ。お前こそどうしたんだよ?」


「ええー、どうもしないですよ〜」


「あのなぁ……」

お説教の一つでも言ってやろうと裕人が口を開いた瞬間、御堂が一言、「……ただ」と言いかけて裕人にもたれ掛かっている腕に力を込める。


「……ただ、不安なんです」

裕人の耳元でそう呟く彼女の言葉の意味がわからない。


「何が不安なんだ?」

裕人は肩にもたれ掛かった御堂の顔に目をやる。そこには飲酒で赤くなったであろう整った顔と潤んだ瞳、そしてぷっくりと艶めいた唇が目に飛び込んでくる。


……ドキッ。

艶かしい御堂の表情を見た裕人の心拍数が跳ね上がる。


コイツってこんな顔してたっけ?

大学時代からいつも見ていたはずの彼女の初めての表情に裕人は困惑する。


顔を近づければ唇まで届きそうな距離に御堂はいるのだ。結婚を諦めたとはいえ、やはり裕人も男なのだ。


性欲と理性が交錯する……。

車のライトと繁華街の灯りが夜の街を照らす中、寄り添う二人……このまま。


「……先輩」

御堂の艶かし声が裕人の鼓膜を振動させる。

もはや裕人の理性は限界だった。


だが、そうは問屋が許さない。


「……吐きそう」

突如、御堂の口から衝撃の一言が発せられる。


「……マジ?」


「マジ……」


「うそん……」

その一言に、裕人の理性は蘇った。


裕人は慌ててトイレのある場所を探す。

……が、繁華街とはいえ飲食店以外に空いている店は少ない。


だが。刻一刻と御堂の顔は悪くなる一方だ。

再度裕人は慌てて辺りを見渡すと、道路の反対車線に一つの大型複合施設が見える。


ゲーセンとカラオケとボーリングが楽しめる施設だ。そこなら今でもギリ営業している。


「おい、まだ大丈夫か?」


「……なんとか」.


「わかった、しばらく我慢してくれよ?」

そう言うと、裕人は御堂を抱えて必死に走った。


信号を渡り、目当ての施設に駆け込むとトイレのある方へと向かう。


女性トイレの前に着くと裕人は御堂を下ろして彼女の背中を押す。すると、彼女はふらふらとした歩調で女性トイレへと消えていった。


しばらくトイレ付近で待っていたが、一向に出てくるそぶりはない。おそらく現在進行形で虹色モザイクを放出しているのであろう。


なんとなくトイレ前で待つには気まずくなったであろう裕人はトイレから離れ、ゲーセンないの自販機を探す。


その途中、多目的トイレが目に入ってきた。

あそこなら介助する事もできたのだが、某有名人の粗相のお陰で気が引けてしまった。


それでなくても御堂のあの姿に理性を失いかけたのだ、そんな意識が芽生えても仕方がないだろう。


それにレインボーモザイクを人に見られたくはないだろうから致し方がない。願わくば、彼女が寝落ちしない事を願うのみだった。


裕人は騒がしいゲーセン内を自販機を探し歩く。夜だと言うのに、至る所に人がたくさんいる。


その人達は自分の好きなアニメやゲームなどのキャラクターが鎮座するクレーンゲームに夢中になっている。


その中には裕人の好きなゲームのキャラクターが点在し、新商品も入荷ていた。


事が事でなければ今すぐにでもやりたいのだが、それどころではない。御堂が苦しんでいるのだ。


欲しいプライズの横を通り過ぎ、裕人は自販機を見つけた。そこで、ペットボトルの水を2本買い、一つの蓋を開けて口に流し込む。


自分自身も酔っぱらいなのだ……。

本来なら早々に帰宅して横になりたいのだ。


だからと言って、帰るわけにもいかず裕人は深くため息をつく。


「はぁ……、なんなんだ一体」

今日の御堂の意味深な言葉の意味を探る。


藤間さんの名前が出てきたり、お見合いの話が出てきたりとよくわからない事だらけだ。


ふと、脳裏に同僚の言葉が蘇る。


『今夜はベッドの上で取り調べだとよ……』

その言葉の意味がようやく理解できて、裕人は首を横に振る。


御堂未来……、裕人の大学の後輩で、同じ職場の同僚……。そしてあいつの……。


それを思い出して裕人は不機嫌になり、自販機の横に設置されているゴミ箱に空になったペットボトルを乱暴に投げ入れる。


「くそっ……嫌なもんを思い出しちまった」

軽く舌打ちをしながら、スマホを取り出して画面を見る。


もう吐き終わり、御堂が待っているかもしれない……。そう淡い期待を持つが、残念。通知画面に御堂からの連絡はまだなかった。


「戻るか……」

裕人は重い足取りで元来たルートを戻っていく。


その道中には裕人が欲しがっていたプライズの入ったクレーンゲームがある。そのクレーンゲームに目を向けると、誰かがプライズを取ろうとお金を入れていた。


裕人はその様子を見る。

クレーンのアームの強さや挙動を観察したいのだ。


クレーンゲームをしているのはどうやら女性の様で、あまり得意ではないのが見て取れる。


2〜3回その様子を見ていたが、プライズが爪から落ちた瞬間に表情がコロコロと変わる。


……あれ?

その様子を見て、とある違和感を覚えた裕人はプレイする女性の顔をマジマジと見る。


「ふ、藤間さん……」

その女性の顔に見覚えがあり、ついつい言葉が口から出る。そう、藤間ミカンだった。


何という事でしょう、今の今までは全くエンカウントしなかった人物とお見合いがあった日からどうしてこうも会ってしまうのだろう。


この遭遇の連鎖に、裕人は驚きを隠せないでいた……。




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