第7話 居酒屋にて
「ひどい目にあった……」
「にしし、いい気味です。社内で人気を二分する二人からアプローチを受けてるんですから
ズタボロの裕人を見た御堂はケラケラ笑いながら、片手に持つハイボールを軽く飲み干す。
「そうなのか?」
「そうですよー。あの人、ああ見えて男性人気高いんですから。あの体型と何を考えているか分からないミステリアスな感じが堪んないって言ってるのを聞いちゃったんです」
「へぇ〜、そうなのか?」
確かに低身長で細くのに童顔巨乳と言う体型が庇護欲を唆る。その割に無口で塩対応な彼女が何を考えているのか分からない。
そのギャップに惹かれてる男は多いだろう。
「やっぱり先輩も気になるんですか?」
「いいや、そんな事はねぇよ」
「ほんとかなぁ〜」
酔いの回った御堂のジト目が裕人を襲う。
気にならないかといと嘘になる。
会社での彼女とお見合いの時の彼女、そして金曜日にコンビニで見た時の彼女……どの顔が本来の彼女なのだろう……。
「ってか、さりげに自分も人気ですよ?みたいな言い方だな、おい?」
ふと、御堂が自画自賛していることに気が付き、ツッコミを入れる。
「むぅ……、信じて無いですね?私、こう見えてもモテるんですよ?」
自分がモテるアピールを頬を膨らませながらしてくる御堂を見てため息をつく。
御堂未来がモテる事は大学時代から知っている。モデルの様な体型に高嶺の花と言われるほど美しい顔には似つかわしくない人懐っこい性格がどこか危なっかしいのだ。
「ほら、この前なんて同じ課のビッグボスにデートに誘われちゃったんですよ?」
「そうなんだ〜、気をつけろよ」
そう言いながら裕人は、ハイボールを口にする。その様子を見た御堂は口を手で覆いにやける。
「あれ、妬きました?妬いちゃいました?」
「心配してんだよ。あの人は粉かけるのがうまい人だから、お前は引っかかりそうじゃん」
「まさか〜、あんな人に引っかかるほど……」
「アホだろ。あの時だって……」
言いかけた裕人は言うのをやめる。
二人にとっては苦い記憶だ。
「すまん……」
二人の間に重い空気が流れ、裕人は慌てて謝る。
「……ならもう少しちゃんと見てくれたらいいのに」
「えっ?」
不機嫌そうに御堂が何が呟くが、居酒屋の雑踏がその声をかき消し、裕人は聞き返す。
「気分が悪いって言っただけです!!」
「大丈夫か?水、頼むか?」
「いい……」
「まだそんなに飲んで無いだろ?体調悪いんじゃないか?」
「誰かさんのせいでね……」
体調の心配をする裕人の様子に不貞腐れた様な表情で腕をテーブルに置き、掌の上に顎を乗せながら、御堂は呟く。
「……ほんとビッグボスには参るよな」
「ほんとに……」
他人事の様に人を悪く言う裕人に呆れながら、御堂は大きなため息をつく。
そして顔をテーブルにつけ、学生が寝る時の様に腕を枕にする。
「はぁ……。あの人みたいに小さくて可愛かったらちゃんと見てくれたのかな?」
「なんだって?」
「藤間さんみたいに小さかったらよかったのにって言ったんです!!」
「はぁ?なんで藤間さんが出てくるんだよ?」
「別にぃ〜。ただ、先輩って背の小さい女が好きじゃないですか……」
テーブルに突っ伏したまま、御堂は裕人の好みを話し始める。
「別にそんな訳じゃないぞ?ってか、なんで俺の話になるんだよ?」
「それは……。ただ、あの女みたいな子と付き合ってたのに、今では恋愛の一文字も見せなかったじゃないですか……」
……ズキッ。
御堂の言葉に胸が痛む。
御堂との会話で出てくるあの女……。裕人の元カノの事だ。
二人の中では口にも出したくない言葉だ。
「……言うなよ。恋愛なんてもう懲り懲りなんだよ」
……自分の本心を曝け出すのが怖い。
例え長年連んでいるコイツであっても同様だ。
「……わかっています。ただ、この前は急にお見合いなんてしだすし、断ったかと思ってもちゃんと話をしてくれないし」
「それは……」
御堂が顔をあげ、虚な目で裕人を睨みつける。
その視線に裕人は目を逸らす。
話をしようにも、藤間ミカンとの約束で口外できないから仕方がない。そんな裕人の態度に御堂はますます不機嫌になり、ハイボールを一気飲みし、ジョッキを机に叩きつける。
「それに、金曜日なんてご飯誘ったのに、断られたあげく、何藤間さんと仲良くなってるんですか!!」
「あぁ、あれはたまたま買い物の時に会って困ってたから助けただけだ」
「ほんとですかぁ〜。それなのにあのお菓子って、ただ事ではない!!言ってみ、何があったか言ってみ!!」
問い詰める語彙が次第に強くなる御堂に、段々と不安になってくる。
「お、おい……、飲みすぎるなよ!!明日も仕事なんだぞ?」
「うるさーい!!朴念仁は黙ってろー!!おねーさーん、ハイボールおかわりぃ!!」
「もうやめとけって」
居酒屋の店員にハイボールを頼む御堂を止めようと試みるも、興奮した犬の様に威嚇をしてくる御堂になす術がない。
昔から飲むと情緒不安定になる奴だったが、今日はより一層ひどい。
「で、どうなんです?」
「どうって……」
「藤間さんですよ、藤間さん」
「あぁ……あの人か」
今朝の藤間ミカンの様子を頭に描いてみる。
おそらく彼女の事だ、金曜日のお礼なのだ。
別に善意でやったのだから、裕人にとっては特に何もない。
だが、それを言って彼女が納得をするのだろうか?いや、そもそも自分ですら趣味の話をしていない以上詳しくは話したくない。
そんな事を考えていると、御堂はうつらうつらと船を漕ぎ始める。それに気がついた裕人は彼女の肩を揺らす。
「おい、起きろ。寝るなよ!!」
「起きてますー。酔ってないですー」
寝ぼけながら酔っぱらいの常套句を並べる御堂に裕人は大きなため息をつく。
「起きてるんなら帰るぞ、明日も仕事なんだ」
「やーでーすー!!まだ飲むのー!!」
「あー、もう、鬱陶しい!!」
そう言いながら、裕人は店員におあいそのジェスチャーをする。
「先輩が鬱陶しいって言ったぁー!!先輩が悪いのにぃー!!」
「何でだよ!!しまいにゃ怒るぞ?」
「先輩が怒るって言ったぁー!!」
裕人の言葉にますます過剰な反応を示す御堂に呆れた彼は「幾つだよ、全く……」と呟くと、会計を済ませにレジへと向かう。
レジでは罰の悪そうな表情で店員が裕人をみていた。
「すいません、騒がしいやつで」
裕人が店員に平謝りをすると、店員は苦笑を浮かべながら、「いえ……、会計は6500円になります」と言う。
おそらく、カップルの修羅場と勘違いをしたのであろう好奇な目で裕人を見ていた。
会計を済ませ、裕人が御堂の待つ席へと向かっていくと、御堂はなんと眠っていた。それを見た裕人は、「マジかよ……おい」と言って天を仰ぐことしかできなかった。
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