第6話 お礼〜SYURABA〜

「おはようございます」

週明け、いつものように職場で同僚達に挨拶をする。


すでに来ていた御堂未来を含め、同僚達は一様に挨拶を返してくる。


その中には藤間ミカンの姿もある。

だが、彼女だけは仕事の準備を行なっているのか、挨拶は返ってこない。


金曜日の彼女の様子がまるで嘘の様で、少し安心する。


彼女の素の姿がどちらか分からない以上普段と変わらない事は裕人にとって助かるのだ。


会社で金曜日の事を広められたりしたらたまったものではないのだ。


いい年した男がゲームのキャラクターのぬいぐるみを持ってニヤニヤしてる姿を知られたくないのだ。


「おはようございます、木波さん」

にこやかな表情で裕人に御堂未来が話しかけてきた。


「おう、おはようさん!!」

裕人はデスクに鞄を置き、御堂に挨拶を返す。


「この前はどこに行ってたんですか?」


「あぁ、買い物だよ、買い物。ちょっと欲しいものがあってな」


「ええーっ、買い物ですか?それならついて行けば良かった。なんで誘ってくれなかったんですかぁ〜。ご飯も一緒に行けたのに!!」

裕人の言葉を聞いて、御堂は矢継ぎ早に裕人を責める。


「……あぁ、すまん。何件か回る予定だったから、付き合わせたら悪いと思ってな」


「それくらいなら付き合うのにぃ……」

ふくれっ面を浮かべる御堂を見て裕人は苦笑いを浮かべる。


今回は1件目でお目当ての物をゲットできたのだが、見つからなければ何件かコンビニを梯子する予定だったのは事実だ。


それに御堂を付き合わせるのも申し訳ないと思っていた。が、趣味を知られたくないのは変わらない。


「まぁ、ほら……。一人で気ままに買い物をしたい時もあるだろ?」


「それはそうですけどぉ……」

恨みがましい視線を向ける御堂を宥めていると、背後に人の気配を感じる。


「……木波君」


「うわぁ!!」

突如、小声で話しかけられた裕人は驚きの声をあげ、御堂は驚きの視線を裕人の背後に立っている人物に向ける。


裕人は驚きを隠せないまま、御堂の見ている方向に目を向ける。そこには藤間ミカンが立っていた。


「木波くん、おはようございます」


「お、おはようございます……」

藤間ミカンが木波裕人に挨拶をしている。その事実に彼は目を丸くする。


普通であれば驚くことのないシュチュエーションだ。だが、相手が藤間さんという事であれば話は別だ。


彼女は木波はもちろん、他の社員……ましてや男性に話しかける姿を見たものは少ない。


いや、仕事の時に用事があれば話しかけてはくるが、それでも稀だ。


「……ちょっと、驚きすぎじゃない?」


「い、いや……藤間さんから声をかけられるなんて意外で……」


「……そう?」

裕人の答えに彼女は不思議そうな表情を浮かべる。


「で、どうしたんですか?何が用事ですか?」

意外な人物の登場に戸惑っていた裕人だが、何の用事か検討もつかず尋ねてみると、藤間さんは「……そうだった」と言って後ろ手に持っている紙袋を差し出す。


「はい、これ……」


「なんですか、これは?」

差し出された紙袋を裕人は受け取るが、何なのか皆目見当がつかない。


「……この間のお礼」


「この間のお礼……。あっ!!」

この間……、そう、金曜日の事だった。


「……あの、嬉しかったから。受け取って」

と、言って藤間さんからふっとほおを緩める。


会社では表情をあまり見せない藤間ミカンの微笑みに裕人は鳩が豆鉄砲を食ったような感覚に陥る。


そんな彼のことなどつゆ知らず、彼女は渡すものを渡すと早々に自分の席へと戻っていく。その後ろ姿を見ながら、裕人は「別にいいのに」と呟きながらデスクに向き直り、藤間さんからもらった紙袋を置く。


その刹那、職場の空気が変わったのが見てとれる。その室内の異様さに、裕人はその違和感の方を向く。


御堂未来がこちらを殺気に満ちた視線で睨んでいるのだ。


「先輩……、なんですか?これは……」

久々の先輩呼びに背筋が凍る。


大学以来聞いていない言葉だ。

こいつがこう言ってくる時は大抵不機嫌な時だ。


「これは……、その……」

裕人は殺気に満ちた表情の御堂の視線に顔を引き攣らせる。


「藤間さんと何があったんですか」


「ほら、その……」


「どうして藤間さんからプレゼントをもらっているんですか?」

言い訳を言う前から矢継ぎ早に裕人を問い詰める御堂に言葉が出ない。


「ほら、金曜日……」


「金曜日!?」

ようやく絞り出した言葉に、御堂は黒いオーラ全開に裕人の言葉を復唱する。


彼女にとって、その言葉は地雷だった。


「金曜日に何があったんですか!!」


「えっ、あっ、その……」


「私、言いましたよね。一緒にご飯行きましょうって」


「いや、その……たまたま会っただけと言うか……」

一方的に問い詰めてくる御堂に、事実を話す。


本当に会ったのはたまたまだ。

それなのに、御堂の怒りゲージはMAXだ。


「はぁ?会っただけ?会っただけで"あの"藤間さんが何がを先輩にプレゼントするんですか?」


「いや、ほんとたまたま会っただけだって」

まるで不倫現場を押さえられた旦那の様な気持ちになった気分だ。


だがここは職場で彼女は後輩……修羅場になるとは思いもよらなかった。


「……一緒にご飯に行こうって、私いいましたよね」

今にも泣き出しそうな顔をする御堂に裕人はだんだん罪悪感を持つ様になる。


「……すまん、すまんかったって!!ほら、飯だろ?じゃあ、今週末に連れてってやるから、なっ?機嫌直せ?」

何故後輩のご機嫌取りをしなければならないか分からないまま、裕人は御堂の肩を叩く。


だが、未だに彼女は恨みがましい視線で裕人を睨み、「今日……」と呟く。


「えっ?」


「今日って言ってるんです!!何があったか教えてくれないと、気になって1日8時間しか寝れません!!」


「十分寝てるじゃねぇか!!」

余裕があるのか無いのか、ご機嫌斜めなのかそうで無いのか分からない御堂に対し、すかさずツッコミを入れる。


こう言ってくる時は彼女なりの手打ちにしようと言う現れなので、裕人は素直に従う。


「分かった。じゃあ、仕事が終わったらどっか連れてってやるから、今は仕事をしような」


「はい!!」

裕人の言葉に機嫌を直した御堂は、「定時で終わる様にソッコーで仕事を終わらせてくださいね♪♪その時に何があったか取り調べますから」と言って自分のデスクへと戻っていく。


……どうしてこうなった?

裕人は嵐がさった後の様な気持ちだった。


ただ藤間さんに何がもらっただけなのに、何故こんなに問い詰められたのだろう。


そう思いながら、裕人は事の発端である藤間さんを見る。すでに彼女はお仕事モード全開で、他のことは愚か、裕人達に何が起きているのかすら気にしていない。


……一体なんなんだ?

そんな藤間さんを見て、裕人はため息をつく。


その刹那、裕人の後ろに再度人の気配がする。

だが、藤間ミカンは視線の先で仕事に没頭し、御堂未来はさっきと打って変わってご機嫌に仕事の準備をしている。


「…………オホン」

突如、野太い咳払いが彼の背後から聞こえ、裕人は恐る恐るその席の方向を見る。


「ぶ、部長……」

背後に立っていたのはバーコード頭の部長だった。


「いいご身分だね、木波君。職場で堂々と夫婦喧嘩とは……」


「えっ?いえ、その……」

別に夫婦喧嘩をしている訳ではない。

それなのに、御堂はなぜか赤くなった頬を包みながら、「いやん……」と照れている。


その左右……いや、職場全体の男性陣が泣きながら呪詛の言葉を並べている。


「なんであいつだけ……」


「今夜はベッドの上で取り調べだとよ……」


「羨ましい……」


「……死ねばいいのに、死ねばいいのに×10」


……何?この空気!!

恐ろしいほどの怨嗟に包まれた室内に裕人は恐怖を覚える。


「……プライベートを職場に持ち込むんじゃ無い!!仕事をしろ、仕事を!!」


「は、はい!!!!」

部長の怒声が部署中に響き渡り、裕人はただただハイと答える。


嵐はまだ過ぎ去ってはいなかった……。



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