第3話 悪いな勇者。もうお前の出番は無いんだ

 あれから、まるで一等騎士のように立派な鎧を着せられた俺は、謁見の間に通された。


 門が開くと、大勢の衛兵や大臣、上級貴族の忠臣さんたちが俺を出迎えてくれた。


 総団長と団長たちもいて、だけど何かを訝しむような、複雑な表情を浮かべていた。

 異様とも言える雰囲気に、俺はわけがわからず混乱してしまう。


 そこへ、陛下の声がかかった。


「第六騎士団三等騎士、ハリー、前へ」

「は、はい!」


 陛下に呼ばれ、脊髄反射でかしこまった。


 左右に並ぶ衛兵たちの視線を一身に受けながら、俺は玉座まで伸びた赤絨毯の上を歩いた。


 毛足の長い絨毯は踏み心地がやわらかいなぁとか、どうでもいいことが頭をよぎった。

 玉座を設えられた階段状台座の下で足を止めると、俺は自然、膝を折って礼の姿勢を取った。


「構わん、面を上げよ」


 顔を上げると、玉座に座る陛下と、そのすぐ横に控えるフィオレ姫と目が合った。

 姫は、なんだか俺に好意的な笑みを見せてくれている。

 それが、なんだか照れ臭い。


「この度の魔王討伐の功績、見事であった。よって、貴君に一等騎士の地位と騎士の爵位を授ける」

「えっ!?」


 騎士の爵位、ということはつまり、騎士爵である。

 騎士と騎士爵は違う。


 騎士は王侯貴族に仕える軍人を指す。

 けれど、爵位としての騎士、騎士爵は、貴族と平民の間に位置する、準貴族と言ってもいい立場だ。


 働かなくても、毎月騎士年金という俸給を受け取ることができるし、貴族とも対等に近い立場になれる。


「何を驚いている。貴君はかの魔王を退け、我が姫、ひいてはこの国を救った英雄だ。むしろ足りないぐらいだと思っている。本来ならどこかよい土地を与え、貴族に取り立てるべきなのだが」


 大臣たちを一瞥してから、陛下は言葉を継いだ。


「先日まで三等騎士だった貴君にそれは荷が重かろう。まずは段階を踏み、出世してもらいたい」

「あ、ありがたき幸せでございます!」


 慣れない場に、俺は無理やりそれっぽいせりふを絞り出した。結果、なんだか変な口調になってしまう。


 ――魔王を倒して俺が一等騎士で騎士爵で将来は貴族? わけがわからない。


 乱暴に門が空いたのは、その時だった。


「よーっす。生きてるかへーか様。昨日は姫さんを魔王に連れていかれて残念だったな。諦めて潔くオレに王位と姫を差し出せばいいのに渋るからこうなるんだぜ。まっ、お前が土下座してどうしてもって言うなら姫を取り返しに魔王のところに行ってやってもいいんだぜ?」


「いや、私はこの通り無事だ。ここにいるハリーが魔王を倒してくれたからな」

「はい?」


 さっきまで調子よくまくしたてていたブレイダは、まばたきをして首を傾げた。

 俺と目が合うと、品定めをするように眺めてから鼻で笑った。


「おいおい嘘だろ! オレ様の鑑定魔術で確認したらレベル23の雑魚じゃねぇか! そいつが魔王を倒したんならそいつはきっと偽物だぜ!」


 ――レベル23!? そっか、魔王を殺したから一気にレベルが上がったのか。


「いや、奴は本物の魔王だった」


 そう言い切ったのは、姫様だった。

 冷静に、凛とした佇まいでブレイダと向き合う。


「残念だが、騎士団の団長たちですら、奴には敵わなかった」


 姫様の言葉に、総団長たちは恥じ入るように歯を食いしばった。


 ――そう言えば、魔王は無傷だったな。


 どうやら、団長たちが魔王の体力を削っていたから俺が勝てた、というわけでもないらしい。


「じゃ、じゃあますますおかしいだろ。なんで騎士団長たちでも勝てない相手にそいつが勝てんだよ!?」


 ブレイダが不貞腐れたように怒ると、姫様も困った。


「それは私もわからない。ハリー、事情を聞いてもいいか? 昨夜のキミの動きは尋常ではなかった。あんな動きは見たことも聞いたこともない」


「はい、あれは俺の家に伝わる剣術です」

「キミの?」


「ええ。俺の家の剣は、相手の攻撃は受けずに避けるか受け流して、あと、刀っていって片刃で細身の湾剣を使うんです。だけど、騎士団に入団したらロングソードで真正面から相手と打ち合ったり攻撃は剣で受け止めるやり方を強要されてしまって……」


「つまり、たとえるなら軽装歩兵なのに重装甲騎士のスタイルを強要されてしまった、ということか?」


「えと、たぶん……」

「なるほど、これで合点がいった。どうやら、キミには我が王国流剣術は合わないらしい。以後は、キミのスタイル通りに戦って欲しい」

「は、はい!」


 騎士団に入団してから、王国流剣術とは違う、という理由で叱られ続けてきた。

 ずっと、自分の家の剣術がおかしいのかと悩んでいたけど、今、凄く救われた気分で嬉しい。


「ちっ、雑魚魔王でよかったな。これで国は平和になってばんばんざいかよ」


 ブレイダが毒づくと、陛下は表情を曇らせた。


「いや、まだだ」


 予想だにしない言葉に、俺は背筋を硬くした。


「実はハリーが気絶した後、魔族からの使い魔が現れてな。どうやら、奴は七大魔王最弱の魔王で、さらに強大な魔王があと六人、控えているらしいのだ」


 その言葉で、謁見の間はにわかに騒がしくなった。

 このことを知っていたであろう総騎士団長と団長たちは悔し気に歯噛みして、大臣たちは目を伏せた。


 衛兵たちは誰もが青ざめ、絶望しながら恐怖を口にした。


「おいおい昨晩だけで何人死んだと思っているんだよ?」

「あれより強いのがあと6人も?」

「オレ、昨日聞いちゃったんだけど、魔王のレベルって100らしいぞ」

「100って、人間の最大値だろ!? 神話の英雄クラスだぞ!」

「終わりだ……」


 その中で、ただ一人、希望に色めき立つ不謹慎な男がいた。つまりブレイダだ。


「はいはいはい、そういう展開ね。おーけーおーけー。つ、ま、り、今度こそ本物の勇者が必要ってことだろ? まっ、後はオレ様に任せておけよ。魔王の首なんてサクっと取ってきてやるよ。その代わり、今度こそ姫と王位を――」

「ハリー」


 ブレイダの言葉を遮るように、陛下は立ち上がりながら俺の名を読んだ。


「は、はい!」


 陛下はまっすぐ、俺の目を見つめながら玉座から、そして階段台座からゆっくりと下りてきた。


 そして、俺の手をしっかりと握る。


「残る6人の魔王討伐を、貴君に任せても良いだろうか。無論、国は全面的に貴君を支援する。そしてこれはこの国だけの問題ではない。私は世界に呼びかけ、各国の英雄を集め、英雄連合を結する所存だ。我が国の代表は貴君だ」


「お、俺が国を代表?」


「キミ一人では行かせない。私も同行しよう。昨夜は情けない姿を見せてしまった、レベル1で魔王と戦うキミの姿に勇気を貰った。これでも姫騎士と呼ばれる身だ。お飾りではないことを証明しよう」


 姫様は腰の宝剣を抜くと、鋭い太刀筋を披露してくれた。


「も、もちろんです。陛下の願いとあれば、それに、姫様とくつわを並べられる栄誉に預かり、大変恐悦至極にございます!」


 聞きかじりの騎士ゼリフをもろパクリしながら俺がまくしたてると、周囲から明るい声が次々上がった。


「凄い、新勇者ハリーと姫様の最強タッグじゃないか!」

「それにハリーのやつ、レベル1から23に上がったんだろ?」

「レベル1でも魔王を倒したんだ。今なら他の魔王もわけないさ!」


 俺の存在がみんなに勇気を与えている。

 そのことが誇らしくて、俺は軽く感動すら覚えていた。

 けれど、そこに水を差す空気の読めない男がいた。やっぱりブレイダだ。


「はぁっん!? おいおいそいつは代表!? 新勇者!? 勇者はオレだろ!?」


 ブレイダは得意げに腰の剣を抜いて見せるが、陛下の態度は冷たかった。


「勇者とは、悪を挫き弱きを助ける正義の使徒だ。貴君のように私利私欲でしか動かない俗物は勇者ではない」


「んなわきゃねぇだろ!? オレは500年前、魔王を倒した勇者の子孫だ! 聖剣だって持っている!」


「ならばなおのこと残念だ。貴君は家名と聖剣を地に貶めた初代勇者が築いた栄華も、貴君の代で終わりだな」

「…………へ?」


「ではハリー、今後の方針について相談なのだが。あー誰か、その無礼者をつまみ出してくれ」


 陛下の指示通り、ブレイダは衛兵に引きずられて、謁見の間から追い出された。


 もう、誰もブレイダのことを見向きもしなかった。


 俺も、ブレイダのことはどうでもよくなっていた。


 彼のことが嫌いだとか、ムカつくだとか、そんな気持ちもない。


 どうやって残りの魔王を倒すか、姫様や他の国の英雄たちと協力するか、俺の頭は、未来のことでいっぱいだった。



   ◆



「ふざけるな! ふざけるな!」


 城からつまみ出されたブレイダは、呪詛のように悪態をつきながら、厩舎に向かっていた。

 王の土下座を見るために意気揚々と愛馬にまたがり屋敷を出たのに、何だこの状況は。


 朝の気分とはうってかわり、今は最低の気分だった。


「オレ様が仮名を汚した? んなわけねぇだろ。オレ様の偉大さもわからずあんなジャリガキを勇者扱いするあの王はクズだ。それも底抜けのクズだ!」


 ブレイダにとって、自分が勇者で英雄でこの世でもっとも正しい存在、という価値観は絶対だ。そこに疑う余地はない。


「こうなったらオレが独自に動いて英雄連合よりも先に魔王を討ち取ってやる。それで世界中の王をひざまずかせてやる。そうだ。そもそもこんなチンケな国の王なんてオレには合わないんだ。オレが目指すべきは各国の姫を愛人にした世界皇帝だ」


 自分の妄想を妙案とばかりにほくそ笑み、ブレイダは怪しい笑みを浮かべた。


「よし、すぐ屋敷に帰って準備だ。口うるさい親父は遊説で留守だし、家宝の魔法道具と金も借りていこう。親父がいない間は、未来の当主であるオレ様が当主代理なんだ、家のものをどうしようとオレの勝手だろう」


 こうして、ブレイダは地獄へ向かって全力疾走していることにも気づかず、ニタニタと怪し気に笑い続けるのだった。

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ワガママ勇者の代わりに魔王を倒したら勝ち組になった平騎士、いまさら慌てても遅いぞ勇者 鏡銀鉢 @kagamiginpachi

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