第2話 魔王を殺すレベル1平騎士

 田舎を出て騎士団に入団したばかりの頃、俺はいつも辛かった。

 先輩たちからの冷遇、同僚たちからの嘲笑。

 田舎育ちだから、レベル1だから、剣を触れないからとバカにされてきた。

 でも、姫様は違った。


 田舎から出てきたと聞いて、遠路はるばる奉公に来てくれて感謝すると言ってくれた。

 レベル1だと知ると、勇敢だなと言ってくれた。

 剣を触れないと知ると、のびしろたっぷりだなと言ってくれた。


 それは新人騎士へのリップサービスかもしれないし、姫様は覚えていないかもしれない。


 だけど、俺にとっては忠誠を誓うには十分な言葉だった。

 それだけで、この人のために剣を捧げようと思えた。

 この気持ちだけは、本物だ。


   ◆


 目を背けたくなるほどおびただしい数の死体と血の匂いに塗れた通路を駆け抜け、俺は謁見の間に飛び込んだ。


 門が砕け風穴の空いた謁見の間は、死屍累々のあり様だった。


 総団長と6人の団長たちは死んでこそいないが、虫の息だ。


 そんな中、剣を構える姫と、彼女を守るように前に出る陛下に、漆黒のローブをまとった男が歩み寄っていた。


 大きい。


 体格はやや細身だけど、身長は2メートルはありそうだ。


 赤い眼球に囲まれた金色の瞳が妖しく光り、鋭利な爪を姫に伸ばしている。


 怯えた姫の表情に、俺は思わず叫んでいた。


「やめろぉおおおおおおおお!」


 誰かが言った、「レベル1が何をしている」。

 魔王がこちらを振り向いた。

 姫と陛下の視線も俺に注がれた。

 俺が腰からシミターを抜くと、魔王は鼻で笑った。


「脆弱な羽虫が、身の程を弁えるがいい」


 冷たい、重低音の声音と共に魔王は軽く右手を挙げる。

 対する俺は上段に構えたシミターを、全力で振り下ろした。



 千分の1秒の完全脱力ののちに、千分の1秒で全身の筋肉を躍動させた。その落差が力を生み出し、さらに全力の踏み込みで全体重を剣に乗せた。

 全ての筋肉を同時に躍動させることで、剣速は全筋肉の速度の合計値に達し、振る刹那は脱力させていた指を、インパクトの瞬間に硬く握り込むことで剣身をさらに加速させた。

 そのインパクトの瞬間に、全身の筋肉を固めることで全ての衝撃、運動エネルギーを余すことなく敵に伝えきった。



 これこそ、神羅万象全てを切り裂く秘奥義。

 かつて、神が世界を天と地に切り分けたとする神話から押し頂くその名は、


【天地創造】


 父さんが俺に教えてくれた、究極の斬撃技だ。


「は……?」


 欠けたであろう視界で、魔王は口から疑問符を漏らしながら凍り付いていた。


 無造作に挙げた右手は手首から先を失い、シミターの剣身は魔王の額を切り裂き右目に深く食い込んでいる。


 ただし痛み分けだ。


 シミターは剣身が途中から千切れていた。


 俺の振りに、剣身が耐えきれなかったらしい。


 ――しまった!


 俺は急いで魔王から離れると、謁見の間を見渡した。


 すると、床に転がるシミターとダガーを発見した。


 ――よし!


 すかさず右手でシミターを、左手でダガーをつかみ取り、警戒心を高めながら魔王に駆けこんだ。


 ――相手は魔王。騎士団の一等騎士が総出でも勝てなかったバケモノだ。俺に勝てるわけがない。だけど、勝てる勝てないじゃないんだ!


 姫様が俺に声をかけてくれた時に見せてくれた表情を、優しい声を思い出しながら、俺は自分を熱く奮い立たせた。


 ――俺は一人の騎士として! 戦わなきゃいけないんだ!


「!? ッッ小僧ッ!」


 魔王は意表を突かれたように、だけどすぐに敵意を剥き出しにして残る左手を振るってきた。

 俺はその攻撃を半身になって避けながら、カウンターの一撃を首筋に叩き込んでやる。

 それでも流石は魔王。

 傷が浅い。


 ――やっぱり、天地創造じゃないただの剣撃じゃ切れないか。でも。


 ここで引いてやるものかと、俺は果敢に攻め続けた。

 左手の爪の斬撃、それに火炎弾の攻撃魔術を放ってきて、魔王は攻めてきた。

 一発一発が致命の一撃であろう過剰攻撃。


 その猛攻を、俺は紙一重の見切りで避け続けた。

長年培った足さばき体さばき、そのどちらが欠けても即死だったろう。


「姫様! 今のうちにお逃げください! 俺が足止めをしている間に!」

「すごい……え? いや待て、足止めではなくどう見ても」

「破ァッ!」

「ぐぁあああ!」


 再びカウンターの一撃で、さっきとまったく同じ場所を切りつけた。


 回復魔術だろう。


 早くも再生しかけていたけど阻止した。


 ――額を割っても生きている生命力、鋼の皮膚に再生能力。これが魔王か。


 相手の強大さに舌を巻きながら、俺は自分の限界を超える気持ちで加速した。


 ――もっと速く! もっと早く! もっと疾く!


「もっと敏捷〈はや〉く!」


 全力の上段斬りが空ぶった。

 その隙を突いて魔王は黒い光を集めた左手を突き出して来た。


 ――かかった!


 全力で振り下ろした剣を、俺はゼロ秒で今度は振り上げた。

 全力駆動の反対方向に全力駆動するという殺人的な反動に、前腕骨が砕けそうな激痛が走るも意思力で抑え込んだ。


 本来ならあり得ないタイミングで襲い掛かる切り上げに魔王は対応できず、俺の剣身は無造作に突き出された左腕を割断した。


 これぞ、秘剣燕返しだ。


「クッソガッアァアアアアアアアアアア!」


 魔王の口が開き、喉の奥から紅蓮の炎が吐き出された。

 魔王の正面にあるものすべては一瞬で灰塵に帰すも、そこに俺はいない。


 俺はしゃがみながら床を統べるように移動して、魔王の股下をくぐり、背後を取っていた。

 魔王の意識が前に向いている今なら、きっと当たるだろう。


「ッッ!」


 ――喰らえ! 天地創造!


 全体重、筋力、瞬発力が合一して、魔王の首筋に叩き込まれる。


 執拗に重ねた切り傷は未だ再生途中で、強度は大きく落ちる。

 切り傷に直撃した剣身は魔王の首を刎ね飛ばし、その代償に刃は割れて床に落ちた。


 床を転がった魔王の生首は二度、三度とアゴを開閉させてから、憤怒の形相で俺を睨み上げてから動かなくなった。


「死んだ、のか?」


 魔王の体と首がどちらも動かなくなったのを確認すると、緊張の糸が切れたのだろう。

 体から力が抜けて、俺は膝を折った。


「ハリー!」


 けれど、床に倒れる前に姫様が駆け寄り、抱き止めてくれた。

 姫様の体温と匂いに包まれる栄誉に、だが俺は何かを考える前に意識が遠のいた。


   ◆


 目が覚めると、バルコニーから差し込む日差しに目に差し込んできてまぶたをしかめた。


 俺が寝ていたのは、貴賓室もかくやという豪奢な部屋だった。

 ベッドも、まるで貴族が寝るような上等なものだった。


「なんで俺、こんなところで……あ」


 思い出した。

 俺は昨夜、魔王と戦って、そして勝ったんだ。

 無我夢中だった時は気づかなかったけど、変じゃないか?

 俺はレベル1の三等騎士だ。魔王に勝てるとは思えない。

 けれど、こんな立派な部屋に寝かせてもらっていることを考えると、夢ではないだろう。

 そこへ、部屋のドアが開いて可愛いメイドさんが顔を覗かせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る