ワガママ勇者の代わりに魔王を倒したら勝ち組になった平騎士、いまさら慌てても遅いぞ勇者

鏡銀鉢

第1話 魔王を倒して欲しかったら姫と王位をよこせ

「魔王を倒して欲しかったら姫と王位をよこせ」


 王国勇者であるブレイダのあまりな暴言に、謁見の間は水を打つどころか鉄砲水を撃ち込まれたように静まり返った。


 衛兵である俺も、くるみ割り人形のように開いた口が塞がらなかった。

 その静寂を破ったのは、玉座の横に控える大臣だった。


「貴様! 自分が何を言っているのかわかっているのか!?」


 玉座がしつらえられた階段状台座から降りながら、大臣は自慢のカイゼルひげを揺らしながら怒号を飛ばした。


「それでは魔王を倒す意味がないではないか! 頭は大丈夫か!?」


 しかし、ブレイダは片眉を上げて整った美貌を歪めながら、足元を見るようにあごを一撫でした。


「おいおいそれはこっちのセリフだぜ? 500年ぶりに復活した魔王が姫様をさらいに来るんだろ? そうなれば王室の権威は失墜、他国からの信用もガタ堕ちだ。それをオレが救ってやろうって言うんだ。当然の報酬だろ?」


 ブレイダは、そんなこともわからないのかと大臣を馬鹿にするように肩をすくめてみせた。

 その時の表情たるや、人を小バカどころか大バカにしているのが見え見えだ。


「だからと言って貴様のような奴に姫と王位など誰がやるものか!」


 大臣の言葉に、俺は心の中で、そうだそうだとした。

 ブレイダは勇者の子孫で腕っぷしは王国随一だ。

 反面、性格は見ての通り破綻している。

 暗黒街を牛耳る麻薬王の性根の方が、まだ真っ直ぐだろう。


 ブレイダに王位を譲れば暴君となり国民は苦しむだろうし、嫁いだ姫はハレンチ極まりない変態プレイで不幸になるのは目に見えている。


 それでは、支配者が魔王かブレイダかというだけで誰も救われない。

 魔王と魔王のような何か、どちらに姫と国を差し出すか、王様にとっても究極の選択に違いない。

 王様は玉座の上で苦悶の表情を浮かべていた。


 隣では、気丈なことで知られ、姫騎士と謡われるフィオレ様も青ざめてる。

 他の重臣たち、続いて衛兵たちも野次を飛ばすが、ブレイダは気にした風もない。

 それどころか、この状況を楽しんでいるようにすら見える。


「まっ、嫌なら姫を魔王に差し出すんだな。それとも、騎士団総出で魔王とやりあってみるか? ま、無理だろうけどな。じゃあ気が変わったら呼んでくれや。もっとも、次に頼んできた時は土下座よろしく」


 重臣たちはさらに過熱してブレイダの無礼を責め立てる。


 その中を、ブレイダは踵を返すと悠然とした足取りで立ち去った。


 本人がいなくなると、誰もが口々にいっそう激しくブレイダへの不満を吐き捨てた。


「陛下に対してなんだあの態度!?」

「あれが勇者の子孫とは嘆かわしい」

「何故神はあんな男に王国最強の力を与えたのだ!」

「だれがあんな奴の力を借りるか! 騎士団総出で魔王を倒すぞ!」



「鎮まれ」



 活舌が良く通りやすい声に、謁見の間は再び静まり返った。

 声のするほうを誰もが見上げれば、陛下が毅然とした表情で俺らを見下ろしていた。


「まずは私と姫、そしてこの国の未来を憂いてくれたことを嬉しく思う」


 感謝の念を示されて、俺はついかしこまった。

 他の人たちも、背筋を伸ばした。

 逆に、陛下は申し訳なさそうにうなだれた。


「そしてふがいない私を許してくれ。私には、奴に頼る以外に国を守る方法が思いつかない。かといって、奴に姫をやるわけにはいかん。だからこうしよう。王位は譲る、土下座もしよう、代わりに姫だけは他国へ嫁がせてくれと」


「陛下!」

「なりません!」

「それだけは思いとどまり下さい!」


 忠臣たちの訴えを、けれど陛下は首を左右に振って遮った。


「魔王が現れるのは今夜。まだ時間はある。それまでに奴を説得しよう。それしかない……」


 陛下が下した苦渋の決断に、俺らは黙ってうなだれるしかなかった。

 俺は、今日ほど自分の無力を悔いたことはなかった。



   ◆



 謁見の間から出ると、騎士団長たちは拳を握って声を上げた。


「いいか! 国も姫もあのエセ勇者には渡さん! 魔王は我々騎士団の手で討ち取るのだ!」


『御意!』


「では今夜は全一等騎士を以って姫をお守りする! 二等騎士は周辺の警護だ! 三等騎士は城外の見回りだ!」

「総団長!」


 意を決して俺が声をかけると、六人の団長と全騎士団をまとめる総団長が訝し気な表情で振り返った。


「お願いします! 今夜はどうか俺も警護の末席に加えて下さい」


 俺も騎士のはしくれ。

 姫が狙われているとわかっていて、黙ってなんかいられない。

 たとえ役に立てなくても肉の壁になって姫を守る気概で頼み込んだ。

 けれど、


「ハリー、貴様三等騎士の分際で何を言っているか!」


 総団長は眉間にしわを寄せて怒鳴ってきた。


「そもそも貴様は先代総団長の恩人の孫だからと特別に入団を認められただけ、本来ならばレベル1の貴様はここにいることも許されないのだぞ!」


 レベルとは、生物の肉体的強さを大雑把に示したもので、一部の魔法や道具で測ることができる。


 魔獣と呼ばれる、魔力を持った生物を殺すことでレベルは上がるけれど、俺は一度もその経験が無い。


 必然的に、レベルは一般市民と同じ1のままだ。


「17歳の若造でろくに剣は振れない! レベルは1! 実戦経験に至ってはゼロの貴様が魔王相手に戦えるか! 貴様は装備の点検でもしとけ!」


 正論過ぎて俺が何も言い返せないでいると、総団長たちは腹立たし気に背を向けて立ち去ってしまった。


 あとに残された俺は、仕方なく重たい足を引きずるようにして武器庫に向かった。


 装備の点検、それが俺の仕事だからだ。


 ――ついでに、アレを取ってこよう。



   ◆



 雲の隙間から満月が顔を覗かせる頃。


 勇者を説得できたという報告が無いまま、俺は王城の裏門に、同僚と一緒に立っていた。


 魔王が裏門からコソコソと侵入してくるとは思えない。


 つまり、この場にいるのは騎士団の中でもお荷物とされる下っ端騎士ばかりだ。


 くたびれた老兵や明らかに運動不足の太っちょ騎士、他は、勤務態度が不真面目な連中だ。


「あん? おいハリー、お前のそれロングソードじゃなくね?」


 いつも酒を飲んでばかりの同僚が、見とがめるように俺の腰を指さした。


「あー、これはシミター(片刃の湾剣)だよ。さっき武器庫で装備の点検をしている時に持ってきた」


「なんで? オレら三等騎士は全員ロングソードって決まっているだろ?」

「それは――」

「おいおい規則違反かよ! 団長が知ったらお前クビじゃね? まぁお前の誠意しだいじゃ黙ってやってもいいけどな!」


 聞いておきながら、俺の返答を遮るようにまくしたてて拳で頭を小突いてくる。


 人の話を聞かない態度にも、姫が魔王に狙われている緊急事態でも酒代をせびることしか頭にない愚劣さにも、俺は怒りが湧いて仕方なかった。

こんなことを想ってはいけないと知りつつも、こいつらと同列扱いなことが惨めだった。


 俺は毎日鍛えている。


 勤務態度だって真面目そのものだ。


 けれど、田舎から出てきた俺を、総団長や騎士団長たちは煙たがり、毎日雑用を押し付けてくる。


 レベル1の俺が戦いの役に立つわけがない、というのが理由だが、納得できない。


 レベル1だから現場に出してもらえない。

 現場に出してもらえないから戦闘経験を積めない。

 戦闘経験を積めないからレベルも上がらない。

 レベルが1のままだから現場に出してもらえない。


 なんという負の堂々巡りだろう。

 恐怖すら覚える。


 村の怪しげな老婆は「都会は怖いところだよ」とは言っていたが、これは違う気がする。

 単に、総団長たちの人間性の問題だろう。


 ――同じレベル1でも貴族の息子はいつも現場に連れていくクセに。


 と、俺が愚痴を漏らした途端、背筋に言いようのない悪寒が走った。

「!?」


 ぐっと顔を上げて空を仰ぎ見ると、紅蓮の流れ星が目に飛び込んできた。

 同僚たちも、ようやく気づいて騒ぎ出す。


 ――流れ星、じゃない。こっちに来る、あれは攻撃魔術だ!


 大気を引き裂くような鋭い落下音とともにみるみる大きくなる紅蓮の筋は炎の尾を大気に引きながら、城の中央棟に激突。


 けたたましい轟音ともに、城の壁を食い破った。

 同僚たちが悲鳴を上げる中、俺は、一目散に駆けだした。


「姫!」

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