バットエンドは、まだですか?

『じゃ、じゃあ……私は先に学校に行ってるから』


 記憶にない自慰行為が発覚した事で、琥珀に入らぬ気を遣わせてしまった。


 原作ではこの後、琥珀と肩を並べての登校シーンがあり、そこで初めてギャラリーが解放されるのだが……。


 琥珀が先に行ってしまった以上、記念すべき一枚目が解放される事は永遠になくなってしまった。


 挙句、壮大な変態写真が代わりと言わんばかりに追加されてしまったが。



「……取り敢えず、学校に行くか」



 このままここで胡坐あぐらかいてても仕方ないかと俺は腰を上げ、支度を始める。



「――と、その前に」



 クローゼットよりも先にティッシュを数枚手に取った俺は、汚れた窓の前に立った。


 ……この上なく惨めな朝だ。



 ――――――――――――。



 登校路を一枚絵でしか知らず、果たして学校まで辿り着けるのかと本気で不安になったが、何てことはなく、スマホのナビのおかげで余裕を持って到着した。


 えっと、確かクラスは…………ここか。


 2ーCと記された教室札を目にした俺はその場で足を止め、教室内の様子を窺がう。


 琥珀の姿、それから他のヒロインの姿も見受けられた。



「――んなとこで何してんだよ! 雅也ッ!」


「いでッ⁉」



 するといきなり、手加減を知らない強さが俺の背中を襲い、口から思わず声がでてしまった。


 一体誰の仕業だと振り返れば、そこにはチュートリアルフレンドが憎めない笑みを浮かべて立っていた。


 山田やまだ小鉄こてつ。俺よりも一回り体躯たいくが大きく、甘いマスクの持ち主だ。


 顔から下は厳つい事になっているが、優しい心の持ち主でもあり、皆から慕われている。


 個人的に、野球部に所属しておきながら髪を伸ばしているのは如何いかがなものかと思う……フィクションにあれこれ言うのもナンセンスだとは思うが。



「何すんだよ小鉄」


「あっはは! すまんすまん! 挨拶のつもりで軽くやったんだけど、痛かったか?」


「いったいわッ、ボケッ!」



 俺はそう文句をぶつけながら小鉄の腹を小突いたが、却って自分の手が痛くなるだけだった。


 石みたいな腹筋しやがって――チキショウ!



「ところでさ、今日うちのクラスに転校生がくるみたいなんだけど、雅也知ってた?」



 自席に腰を下ろして間もなく、前の席の小鉄が背もたれに腕を置いてこっちに首を回してきた。


 原作での雅也はここで初めて転校生の情報を聞かされるのだが、プレイ済みの俺は当然把握している。



「知ってるよ。確か、女子だっけ?」


「そうそう。しかも、噂によるとかなりのべっぴんさんらしいぞ」


「へえ~。そりゃ楽しみだな~」



 と、あたかも初耳のようにわざとらしく反応して見せる。


 言うまでもない事だが、転校生もまたヒロインの一人である。



「あ、そうそう! 他にも聞きたい事があったら遠慮なく言ってくれよな! 俺に答えられる範囲なら教えるぜ!」



 おいおい急に機械的になったよコイツ……まあ、チュートリアルが役目みたいなものだから仕方ないっちゃ仕方ないが。


 ゲームでは基本、小鉄とのやり取りを飛ばしていたからある意味で新鮮だった。発言のメタさには……目をつぶるとしよう。


 今朝同様、見える景色の全て薄暗くなり、音が消えて眼前にいる小鉄も固まったまま動かなくなった。


 それから程なくして。




 1・「どうしても、思い出せない事がある…………小鉄ッ、教えてくれ! 昨日の夜、俺達の間で一体何があったんだッ!」と、小鉄の胸ぐらを掴み問い詰める。




 俺と小鉄の間――空間に文章とカウントダウンを意味する数字が発現した。



「………………」



 正直、飛ばしていたせいでどんな選択肢だったかは覚えてないが……こういうのは大体『操作説明を聞く』か『今はいい』の二択だろ。




 1・「どうしても、思い出せない事がある…………小鉄ッ、教えてくれ! 昨日の夜、一体何があったんだッ!」と、小鉄の胸ぐらを掴み問い詰める。




「――というかこれッ、選択肢にすらなってねんだけどッ! 意味深な発言するしか道がないんだけどこれッ!」



 そう叫んでも虚しく消えるだけ。カウントダウンを表す数字は着実に減っていき、やがて世界は再び動き出す。



「どうしても、思い出せない事がある…………小鉄ッ、教えてくれ! 昨日の夜、俺達の間で一体何があったんだッ!」



 制御がきかなくなった俺の体は小鉄の胸ぐらに掴みかかり、アホみたいな声量且つ意味深な内容で教室内を黙らせた。



「そ、それは、俺に答えられる範囲の域を越えてるけど…………先っぽだけ、教えるとしたら」



 ぽわっと頬を赤らめ、指をみ、潤んだ瞳をそっと背けた小鉄が、小さな声で――、



「熱い熱い一夜限りの――甲子園だった、とだけ」



 そう言った。





〝新たなギャラリーが追加されました。お手持ちのスマートフォンから確認できます〟





 周囲がどよめく中、脳内にまたあの声が響いた。



 俺は小鉄から手を離し、スマホを取り出して新たなギャラリーとやらを確認する。



「………………」



 記念すべき2枚目は、ベッドの上で四つん這いになっている小鉄と、その後ろから汗を辺りに撒き散らしている俺との――ツーショットだった。


 謎の光に包まれているおかげで肝心の部分は見えなくなっているが……それだけ。何の救いにもなっていない。



「え、鏑城かぶらぎと山田ってそういう関係だったの?」


「まあ、恋愛は人それぞれだしな」



 ヒソヒソとささやかれる内容を他人事のように受け流し、俺は待つ。







 …………バットエンドは、まだですか?

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ギャルゲーの主人公に転生したはいいけど、選択肢がエロゲ(ギャグ)のそれ。 深谷花びら大回転 @takato1017

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