〝ギャラリーが追加されました〟

 記憶に新しいなんてもんじゃない。ついさっきまで目にしていた光景が再び俺の前に何食わぬ顔して現れたのだ。



「……痛く、ない」



 試しにと触った左の頬に痛みはなく、姿見で確認しても紅葉もみじの跡はない。


 コメディー色が強かったやり取りの、洒落では済まされない強烈な一撃に、俺の意識は確かに途絶えたはずだった。



「……………………」



 姿見の前から離れ、立体的に浮遊している2つの文章の前に俺は立つ。


 内容はさっきと全く同じでふざけちらかしたもの。


 ただ、前回と違う点がある。それは、



「この髑髏どくろマーク……完全に、バットエンドを意味してるよな」



 1の文章の終わりに赤色の不吉なマークが増えていることだ。


 そのたった一つの違いで俺の身になにが起きたのか理解できた。というか、ある程度ADVゲームをかじっていれば容易に想像つく。


 選択を間違いバッドエンドに直行してしまった俺に、どういうわけかセーブ&ロード機能が働いた……それしか考えられない。


 セーブをした覚えもなければロードした覚えもない。だが、現状を説明するには一番しっくりくる。ここがゲームの世界を基にしていることを加味すれば尚更だ。


 ただ、そうなると……。






 2・「どうしても日の出に拝ませたかったんだよ。俺の自慰行為をね……結果、朝の陽光を浴びてのオ〇ニーが言葉に表せないほど気持ちい良いことがわかったよ。あぁん……琥珀の穴を突けたのならどれだけ幸せなことか」と大胆に暴露する。






 必然的にこっちが正解ってことになっちゃうんですが……。



「スウウゥ――――――あり得ないだろこんなのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ! 『灰色の恋模様』はエロゲじゃねんだよギャルゲーなんだよッ! いや、まあ確かにPC版は18歳以上向けだったけれども俺がプレイしたのはコンシューマー版で全年齢対象だったんだよッ! つーか仮にPC版を基に創造された世界だったとしてもこんな選択肢ないだろッ! あったとしてもバッドエンド確定だろッ! ああもうなんで2が悠々と浮かんでんだよ腹立つなッ!」



 文字が集まり下品と化した2の文章に俺はありったけをぶちまけるが、当然のように反応はなく、虚しくなるだけだった。


 その間もカウントダウンは進み、気付けば残りも僅か。



「……そうか、これはつまりあれだな? どっちを選んでも不正解で悩むだけ無駄っていう……んで2つのバッドエンドを踏んだ果てに新たな項目がしれっと増えてるという……そうだ! きっとそうに違いない!」



 となれば臆することはない! 早々に琥珀からの制裁を受けとっとと第三の選択を解放しようじゃないか!


 俺は右側に浮かんでいる2の文章を発光させ――やがて世界は色を取り戻す。



「どうしても日の出に拝ませたかったんだよ。俺の自慰行為をね……結果、朝の陽光を浴びてのオ〇ニーが言葉に表せないほど気持ちい良いことがわかったよ。あぁん……琥珀の穴を突けたのならどれだけ幸せなことか」



 1の時と同様、意思に反して体と口が勝手に動いた。



「……………………」



 ポカンとしている琥珀だが、直に理解して平手打ちが飛んでくることだろう。


 それでいい。そうならなくちゃ困る。あってはならないんだ……こんな馬鹿げた内容が正答だなんて絶対に!


 死を覚悟した俺は琥珀からの平手打ちを誘発するべく、敢えて気障ったらしいポージングのままいた。


 さあこい! いつでもかかってこい琥珀!


 俺は心中でそう叫ぶ…………がしかし、



「そ、そっか、そうだよね。雅也だって……男の子、だもんね」



 逃げるように俺から視線を外した琥珀は、毛先を指でクルクルと巻きながら何故か理解を示してきた。



「わ、私、雅也はそういう……え、えっちなことに無関心だと思ってたからさ、少し意外だったというか……これからは必ずノックしてから部屋に入るね。それから……朝、起こしにくるの止めるから……心配、しないで?」



 な――なんか予想してなかったリアクションが返ってきたんですけどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ⁉


 まさかのまさか、琥珀は恥じらいながらも頑張って男の子の性事情を斟酌しんしゃくするという包容神と化してしまった。


 まるで、息子の自慰行為中に意図せず部屋に入ってしまったお母さんのような対応。


 胸を抉り取るかのような優しさに耐え切れなくなった俺は、バッドエンド逝きを諦め琥珀に誤解だと訴える。



「あ、あはは! うそうそ噓に決まってんじゃん陽光浴びながらとか無理に決まってるじゃん! ちょっと大人ぶってみただけ! というかオ〇ニーってなに? 俺、えっちなことよくわかんないや! えへへ」


「……そう、なの?」



 恐る恐るといった具合にこっちに顔を向けてきた琥珀に、俺はブンブンと思いっきり首を縦に振って見せた。



「そ、そっか」



 そう短く返してきた琥珀は尚も困った笑みを浮かべたまま、瞳を僅かに動かし俺の後方を指差す。



「じゃあ――あれはなんなの?」


「え? あれって――――んなッ⁉」



 琥珀が指し示すのは一体なんなのか、確認するべく振り返った俺の目に――覚えのない光景が待ち受けていた。


 琥珀が来る前までは確かに綺麗なままだった窓に――白い液体が大量にペイントされていたのだ。




〝ギャラリーが追加されました。お手持ちのスマートフォンから確認できます〟




 直後、脳内に機械的な声が無遠慮に響き、俺は更に混乱する。


 は? はあッ? なに、ギャラリー? なんだよそれ、つかなんで窓が汚れてんのッ!




〝ギャラリーが追加されました。お手持ちのスマートフォンから確認できます〟




「だーかーらぁ――ギャラリーがなんだって言うんだよチキショーッ!」



 琥珀の存在を気にしていられるほどの余裕はなく、俺は生気が一切感じられない謎の声の指示に従ってスマホを取り出した。


 ディスプレイを点けホーム画面を確認。随分と簡素と言うか俺の知っているスマホよりも項目が少なく、ギャラリーはすぐに見つかり躊躇うことなくタップした。



「な……なんじゃこりゃ」



 保存されていたのは一枚だけ。そのたった一枚に俺は戦慄する。


 それが――窓を前に全裸の俺が爽やかな汗を周囲に撒き散らし、ガラスに白の銃弾をぶちまけているカオスで覚えのないショットだったから。

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