真夜中の逃避行

「しゅっぱつしんこ~う」

 僕のママチャリの荷台にまたがった灯里は楽しそうにそう言った。


 キコキコと目的地もなく自転車を走らせ続けること数十分。逃避行といったところで車を持たない僕達が行ける距離など限られている。結局、隣町の丘高くにある公園で力尽きてしまった。


 距離にしてみれば僅かなものだが、それでも灯里にとっては満足のいく逃避行だったようで、ブランコで鼻歌を歌いながらレモンジュースを飲んでいる。


「夜の公園っていうのも結構楽しいものだね。ブランコに乗ったのなんていつぶりだろう? あんたは覚えてる?」


 緩やかな速度でブランコを漕ぐ灯里は、隣で疲れ果てている僕を見ながらそう言った。


「高校時代に友達と黄昏れた記憶がある」

「あはは、なにそれ。告白してフラれたの?」

「確かそうだったような気がする。僕が告白したのか友達が告白したのか覚えてないけど、フラれて黄昏れていた覚えがある」


「あんたモテなさそうだもんね」

「今は婚約者がいる身だからノーダメージさ」

「あ、そうだった。あたしとあんたは婚約者だもんねえ」

「今更やっぱナシはやめてくれよ? 普通に立ち直れない」

「大丈夫だって。なんだかんだいって、あたし結構あんたのこと好きだし」

「ちなみにどんなところが?」


「どんな、か……あたしのわがままきいてくれたり、あたしの遊びに付き合ってくれたり、あたしに初めてを教えてくれるところとか、あたしが落ち込んでたら『どうしたの?』って慰めてくれるところとか……他にもたくさん。言い切れないや」


 なんだ……なんだそれは、女の子にモテた経験がないから僕は事ここに至っても心のどこかで自分は都合のいい存在なんじゃないか、なんて思っていた。だというのに、灯里はこんなにも僕のことを好きでいてくれたんだ。


「……ありがとう。僕も、君のことが大好きだ」

「なにさ、改まって?」

「いや、人に好意を寄せられるっていうのはこんなにも心が温かくなるんだな、と思っただけさ」

「キモッ。あんたのキモ発言、久しぶりに聞いた。キモキモッ!」

「なんとでも言え。今の僕は何を言われてもノーダメージだ」

「まったく……あ、花火……」


 一瞬遅れてドン、ドンと音が聞こえてきた。どうやら遠くの方で花火大会が開かれているらしい。


 丘の上にあるのが幸いして、遠目だけど夜空に輝く大輪の花がここからでも見えた。


「すごい……あんなにおっきい花火が空に上がってるよ」

 灯里はブランコを漕ぐのも忘れて花火に見入っていた。

「そうだね。逃避行の先にたどり着いたのが大輪の花だなんて、ロマンチックじゃあないか」


 ドン、ドン、ドオン。次々と夜空に打ち上がっていく大輪の花は鮮やかな美しさだった。


「ね、あの丘の上に登ったらもっとよく見えるんじゃないかな?」

「かもね。じゃ、登ろうか」


 僕と灯里は公園内の丘の頂上へと登った。滑り台を兼ねているらしいそれの頂上は草原になっていて、二人並んで座るとここからの景色を二人占めしたかのような気持ちになった。


 暫しの間無言で花火を楽しんでいると、不意に僕の手の上に灯里の掌が乗せられた。


「どうしたの?」

 そう尋ねるも、灯里はふいっと顔を背けるばかりで何も言ってくれない。


 ひょっとしてこれは、彼女なりの甘え方だったりするのだろうか。だとするとやはり、彼女はとても猫っぽい。気まぐれで甘えてきて、気が乗らなくなるといなくなる。


「まあ、いいさ。好きなだけ乗せててくれ」

 そう言うと、僕の手は少しだけぎゅっと握られた。


 ドドン、ドドドン、ドーン。一際大きな音を立てて沢山の花火が打ち上がった。どうやらフィナーレが近いようだった。


「ねえ、こっち向いて」

 僕が花火に見入っていると、彼女は不意にそう言った。

「ん? どうし――」


 本当に不意だった。振り向いた瞬間、獲物を前に狙い澄ました猫のように灯里は僕に口づけをしてきた。僕の脳に遅れてチュッという音が入ってきた。


「な、え……?」

「えへへ。なんかやられっぱなしな感じがしたから仕返し。どう? 驚いたでしょ?」

「いやいや、驚いたなんてもんじゃないよ。いきなりキスしてくるなんて思わなかった」


「やったね。サプライズ大成功。せっかくあたしが手を握ってあげてるのに大人っぽくすました顔してるから驚かせてやりたかったんだ」

「……まんまとやられたよ」


「あたしのファーストキスなんだから、しっかり責任取ってよね」

「言われなくても、そのつもりだよ」

「不束者ですが、どうぞよろしくお願い致します……なんてね」

「こちらこそ、よろしく」


 花火が終わってからも暫く、僕達は丘の上で色々なことを語り合った。そのどれもが希望に満ちあふれていて、話せば話すほど僕達は笑顔になった。


 真夜中の廃墟という場所での逢瀬から始まった僕らの旅路は、真夜中の逃避行で一旦の終わりを見せることになる。だけどそれは僕と灯里の新たな旅路の始まりだ。それはきっと、月明かりのように光り輝いた旅路に違いない。

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今日も彼女とごっこ遊び。 山城京(yamasiro kei) @yamasiro

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