第185話 勝機の中に見たもの

時の神クロノス〉と対を成すと言われるアビリティ〈絶好機カイロス〉。


 クロベエが所持するアビリティの中でもひときわ異彩を放つそのレアアビリティはピンチまたはチャンス時に偶発的にその効果を発揮する。


 アビリティ効果の一つでもある〈弱点看破〉。その効果によってクロベエは夜叉丸の弱点が瞳であることを知る。


 そしてまさに今。クロベエに瞳をえぐられた夜叉丸は恐慌状態に陥っていた。ギルにトドメを刺さんとしていた刹那の出来事に右目を押さえて喚き声をあげ続けている。


 クロベエは噪音そうおん鳴りやまない中でも慌てることなく集中力を増していく。視線を瀕死状態のギルに向けると、


変化メタモルフォーゼッ!」


 続けて得意の変化をしてみせる。化けたその姿は――



「――ッ! 酒呑童子さまッ!?」


 黄鬼たちは夜叉丸の命令をも忘れ、条件反射でその場に片膝をついて跪礼きれいする。


 クロベエは鬼の束縛から逃れたギルを酒呑童子の姿のままでさらう。怪しまれる前に再び隠密ステルスを発動すると、ギルもろともその場から姿を消した。


 二階大広間の奥。夜叉丸から大きく距離を取ると、ラヴィアンから渡されていた回復薬を四次元収納4Dストレージから取り出して、呼吸の浅いギルの口の中に無理やりねじ込む。


 しばらくすると、大きく顔を晴らしていたギルの傷はある程度までは元に戻っていく。が、元が瀕死だったためか、全回復には遠く及ばない。



「う……」


「ねぇ、大丈夫かい?」


 薄っすらと目を開けたギルにクロベエが呼びかける。



「……く、クロベエ?」


「やっと起きた。ったくもー。ギルはいっつも最後の詰めが甘いんだよ。で、傷の具合はどう?」


「……はは、だいぶやられちゃったよ。でも、回復薬を飲ませてくれたんだろ? おかげでかなり楽になった」


「そう、ならよかったけど。でもさ、ラヴィがこの回復薬はHPの30%くらいしか回復しないって言ってたから、さっきみたいな攻撃を喰らったら次は本当にやばいよ」


「う~ん、まぁそれはその通りなんだよなぁ」


 ギルとクロベエの透明状態での作戦会議は続いていく。黄鬼たちは相変わらず跪礼していて、夜叉丸の方にチラと目を向けると、一つ目の老鬼が甲斐甲斐しく回復を当てている様子が二人の視界に映る。


 その治療によって、夜叉丸もようやく落ち着きを取り戻していたようだった。



「どうやらあのお爺さん鬼があっちの回復役みたいだね」


「まぁ、あの爺さん鬼は戦いの最中も一切加勢してこなかったしね。――あ、そう言えばさ、さっきはクロベエが助けてくれたんだよね? 一体どうやって?」


 ギルの問いに、クロベエはふふんと鼻を高くして口元にニヤリと笑みを浮かべた。



「あの生意気な鬼の目を思いっきり引っ掻いてやったのさ。前にサキソマと戦った時に見えたのと同じように、今回もどういうわけかあの夜叉丸って鬼の弱点が視えたからね」


「へぇ、クロベエのクセになかなかやるじゃん。てか……それってあれじゃない? 前にクロベエのアビリティを見た時に記されていた〈絶好機カイロス〉って」


 ギルは旅に出てから3年が経ち、だいぶ野生化が進んできていたものの、元は神童と言われるほど学術に優れていた存在だったのだ。その記憶力も常人の比ではない。


 クロベエは、「なにをー! 助けてやったのに、クロベエのクセにとは言ってくれるじゃないかー!」と、爪を立ててギルを引っ掻こうとしていたが、あっさりとその額を手で押さえつけ、ギルは記憶の中のある石板に記述された内容を言葉にしていく。



「確か……カイロスって、


『味方が大チャンス、または敵が瀕死の状態の時に、自身と味方の時間を数秒停止し、敵の急所を光らせて知らせ、さらに味方に有利な状況をランダムで生み出すことがある。戦闘開始から一定時間経過後に発動条件を満たす。時の神クロノスと共鳴する』


 って内容だったよね? あの時はクロノスと共鳴するって方に目が行っていたけど、支援効果としては抜群だって思った記憶はある。ランダム交じりってのがいかにもクロベエらしいとも思ったけど」


「うるさいなー。余計なことはいいじゃないか。でも――さっきまでギルは瀕死だったし、確かに条件にも当てはまるね。じゃあ、やっぱりカイロスの効果が発動中ってことで間違いないみたい。夜叉丸の弱点もしっかり視えるし」


「そっか。ならチャンス到来ってわけだ」


「だね」


「で、ヤツの弱点は目なんだよね? それって両目とも?」


「うん、両目の周りがぼやっと光って見えるからね」


「よし、見てろよ。次こそアイツをぶっ殺してくる!」


 透明状態のギルは勇んで夜叉丸に向かって再び突撃。その背中を見ながらクロベエはボソッと呟いた。


「……まったく。ギルってば、随分とお口が悪くなったよねぇ」


 

 ギルは黄鬼の間を早駆けて夜叉丸に突っ込んでいく。見れば一つ目の老鬼を手で制して、ギルたちを探しているのだろう。視界に捉えた夜叉丸はすっかり回復した様子で視線をあちこちに慌ただしく動かしていた。右目はまだ完全に回復しきっていないようだったが。


 5m、3m、1m。手が届く距離。


 ギルは右手を振りかぶり、夜叉丸の左半身の白い肌に怪しく光る藍色の眼を目がけて手刀を突き出した。


 一瞬の後。【ガイィィン】と言う金属に弾かれたような衝撃と反響音が響く。


 同時にギルの透明状態は解除され、目の前には驚きに目を丸くして、すぐにこちらを見据えて怒りに打ち震える夜叉丸の顔があった。



「てんめぇーーッ!」


 条件反射とも言うべき速さで即殴り掛かってくる夜叉丸。ギルは連続バック転で距離を取ると、大広間の壁を背にした。



「……あっぶねぇ。結界を張ってたのか。へっ、意外と用心深いヤツ。まぁ小者のお前にはお似合いだな。バカ丸」


 悪態をつきながらも警戒は怠らない。いつまた黄鬼に対して号令がかけられるかと懸念し、視界の中に敵の全てを捕捉する。



「っせーな。キャンキャン吠えてねぇでかかってこいよクソ野郎が。テメーは逃げ足しか能がねぇのか? あぁ?」


 夜叉丸は嘲弄を込めた視線をギルに向けると長い舌を出し、両手の中指を突き立てて挑発。



「はぁ、なるほどね。やっぱりお前が茨木の子ってのはウソだな」


「……んだと?」


「お前みたいな下品な輩が茨木の子の訳がねーじゃん。頭がバカすぎて夢でも見てんじゃねーの、バカ丸くん」


 思ったことをそのまま言葉にしただけだった。しかし、その直後。夜叉丸は態度を急変させる。



「……母さまは……オレの母さまだ……」


「え? なに? 聞こえねーよ」


「……テメェみたいなカスが母さまの名を気やすく口にすんじゃねぇッ!!」


 まさしく鬼の形相で夜叉丸が吼える。茨木童子への想い。それは他の誰からも愛情を受けてこなかった夜叉丸に残されていた唯一のであったのだ。


 だがそれはギルの眼には夜叉丸のもう一つの弱点に映っていた。明らかにそれまでとは異なる激昂ぶりの中に勝機を見る。



「そうやっていつまでもほざいてろよバカ丸! テメーはあの世で永遠に茨木の夢を見てろ! ――力強化フォースドライヴ! 敏捷倍速アジリテーション!」


 自身へ補助魔法バフをかけると、ギルは床石を蹴り上げ、粉塵を撒き散らし夜叉丸へ襲い掛かった。



「な!?」


 それは傍から見れば瞬間移動のような速さであった。次の瞬間には目の前にあるのはギルの手刀。夜叉丸の弱点である瞳に向かって、目から脳を貫かんとする勢いで伸びてくる。



「いただきだ! 死ねえッ!」


「引っかかりやがったな。バカが!」


【バグンッ】とギルの心臓が大きく波打つ。これは、まさか……。しかし、気づいた時にはすでに手遅れ。



「かはッ……茨木の……憧術か――」


 夜叉丸の左半身、白い肌。

 その中に藍色に染まる左眼が怪しく光る。


 ギルが憧術をその身に喰らうのは、これでであった。

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聖魔のギルガメス〜呪われた少年は英雄になる夢を諦めない〜 月本 招 @tsukimoto_maneki

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