婚約破棄からはじまる戦う母となる女剣士と時代に遅れた国王の物語

藍条森也

婚約破棄からはじまる棘付きハッピーエンド第五段!

一の扉 女剣士は国王に食ってかかる


 「きさまとの婚約を破棄し、追放を申しつける! 二度と余の前に現れるな!」

 国王からの一方的な宣告を受けて、女剣士は鬼の形相で食ってかかった。

 「どういうことですか⁉ なぜ、このわたしが婚約破棄、まして、追放などされなければならないのですか!」

 「そんなことは自分の胸に聞くがいい! 何かにつけ、国王たる余に向かって下らぬことばかり言い立ておって! そのような出しゃばり女は余には必要ない。余が必要とするのは黙って子を産む貞淑な女だけだ」

 「陛下! わたしは、家庭に閉じ込められている女たちを解放して戦力とするよう、進言してきたのです。それのどこがくだらないことだと仰るのですか⁉」

 「そんなこともわからぬか、愚か者め! 魔軍との戦いが長引き、戦死者が増え、人口は減る一方。女たちにはひとりでも多くの子を産み、新たな国民を育ててもらわなければならぬ。その女たちを家庭から引き離し、男同然の仕事をさせるだと? それでは、誰が新しい子を産む? 誰が新しい国民を育む? そんなことになれば人口はさらに減り、魔軍に対する戦力を維持出来なくなる。そうなれば我が国は敗れ、人類は根絶される。自明のことではないか」

 「陛下! わたしとて魔軍との戦いが長引くなかで人口が減り続けていることは承知しております。だからこそ、女たちを家庭から解放するよう進言してきたのです。人口の半分を占める女たちが戦いに出られるようになれば戦力は一気に倍になります。それなのに、男たちだけに任せるなど愚の骨頂! 必要なのは女たちが子を産み、育みながらも戦えるよう、支援体制を整えることであり……」

 「ええい、黙れ! きさまは子育てをなんと心得る⁉ 子育てとはまさに戦争。他のことをしながら果たすことができるほど生温いことではないぞ。だからこそ、女たちは家庭にあって子育てに専念しなくてはならんのだ」

 「陛下、それでは……」

 「ええい、もういい! きさまはすでに追放された身。この場にあってはならぬ存在だ。衛兵! この口さがない女を叩き出せ!」

 国王の命令の下、槍を持った衛兵たちが一斉に殺到し、女剣士を取り囲む。女剣士は衛兵たちを見て歯がみした。腕には自信がある。生命を捨てて戦えば何十人かは道ずれにすることはできるだろう。しかし、自分も死ぬ。そんなことをするわけには行かない。

 ――魔族との戦いのため一兵でも惜しい時期。人間同士の小競り合いで兵を失うわけには行かない。

 結局、女剣士は抵抗することなく衛兵たちに捕えられた。そして――。

 一切の財産を剥奪され、家名を奪われ、着の身着のまま追放された。


二の扉 国王は女たちを閉じ込める


 「まったく、生意気な女だったわい」

 しかし、それももう終わりだ。代々、王家に仕える名家の出だからと言って調子に乗り、国王たる余に楯突いたあの女が愚かなのだ。国王の庇護を失い無力となった身で、女の本分とは何か学び直すがいい。

 国王は目障りな婚約者を追い出してご満悦だった。この足で側室たちの待つ後宮へと向かい、子作りに精を出すのだ。

 「魔族との戦いが長引き、人口が減るさなか、子作りは何よりも重要な仕事だからな」

 国王はホクホク顔でそう呟くと、嬉々として後宮に向かった。その背中に声をかけるものがいた。古くから国王に仕える宰相が国王の後を追ってきていた。

 「お待ちください、陛下!」

 「何事だ?」

 「我が国はいま、重要な危機に直面しております。男たちのほとんどが魔族との戦いに駆り出されるなか、民政の人手が決定的に不足しております。麦を作る人間も、牛を飼う人間も足りないのです。このままでは我が国は破滅します!」

 「わかっておる。なればこそ、女たちにひとりでも多くの子を産むよう布告を出しておるのだろうが」

 「それでは間に合いません! 産まれた子が役に立つようになるまで一〇年以上かかるのですよ⁉ せめて、民生部門だけでも女性を活用し……」

 「女に仕事をさせるだと? きさまもあの女の二の舞になりたいか?」

 その言葉に――。

 宰相は口を閉ざすしかなかった。


三の扉 女剣士は母となる自分を知る


 ――くっ。なぜ、このわたしがこんな目に会わなければならないのか。

 追放された女剣士は屈辱に目もくらむ思いだった。かの人の家は代々、騎士として王家の剣となり、盾となり、王家を支えてきた。その献身ぶりは代々の当主のほとんどが王をかばって戦死してきたという歴史によって証明されている。女剣士の父親にしてからが、かつての戦いでまだ若かった国王をかばい、戦死しているのだ。

 例え、最後のひとりとなろうとも王家のために。

 それが、一族の信条。

 しかし、かの人の父親には息子が出来なかった。八人の子供を設けたが、どういうものかそのすべてが娘だった。

 ――だから、わたしは剣士となった。長女の責任において、代々伝えられた一族の使命を果たすために。王家とともにあるために、言われるままに妃となる約束もした。それなのに……。

 自分ひとりが追放になるだけならまだいい。しかし、これまでの献身と功績を無視され、家名までも奪われ、取りつぶされるとは。こんなことでは、父に、妹たちに、そして、王家のために散った祖先たちになんと申し開きすればいいのか。

 「このまま済ますわけには行かない」

 女剣士は憎悪さえ込めて決意する。

 「必ずや功績を立てて返り咲いてみせる。そして、必ず、お家を再興してみせる」

 そう自分自身に誓った。しかし――。

 「……うぐっ!」

 急に激しい吐き気に襲われた。これまで、病気ひとつしたことがないのに。

 ――まさか。

 女剣士は自分の腹に手を当てて青ざめた。


四の扉 女たちよ、家庭にあれ


 その日、国王の名によって国中に布告が発せられた。曰く、

 本日より女たちの付ける仕事を制限する。女たちよ、家庭にあれ。ひとりでも多くの子供を産み、国民の数を増やすのだ。それが女に生まれたものの務めである。


五の扉 女剣士は女の重荷を知る


 ――体がだるい。吐き気がする。

 何と言う気持ち悪さだろう。こんなひどい気分になったことは生まれてはじめてだ。妊娠というものがこんなにひどいものだなんて……。

 追放され、無一文とされた身では自力で稼がなくては暮らしていくこともできない。そして、剣士である自分にできることと言えば傭兵となって魔物と戦うことだけ。それなのに、このありさまでは……。

 以前なら片手一本で楽々と倒せた相手にさえ手こずる始末。これではまともに稼げない。稼げなければろくに食事もできない。食事が出来なければ体力が続かず、さらに弱っていく。

 悪循環。

 「いまはまだ妊娠初期だからね。もう少しして安定期に入れば楽になるよ」

 医者からはそう言われたが、とてもそんな気がしない。

 ――このままずっと、この気持ち悪さがつづくのか。

 そう思うと自分の腹を切り裂き、体内の異物を取り出したくなる女剣士だった。

 ――妊娠がこんなに辛いなんて。国王の言っていたことが正しかったと言うの?

 「くっ、認めるものか」

 渾身の力を込めて女剣士は呟く。

 「そんなことを認めてたまるものか。女は家庭にあって子を産み、育てることに専念すべきなどと。わたしは負けない。必ず、この子を産み、育てながら、剣士として戦い抜いてみせる」


六の扉 国王はさらに女たちを締め付ける


 決定的に人手が不足しております!

 臣下からのその報告――と言うよりも悲鳴――を受けて国王は新しい命令を発した。

 「国中の出産可能な女たちに外出禁止令を出せ! すべての女を、ひたすらに子を産み、育むことに専念させるのだ!」


七の扉 悪魔。そして、救い


 赤ん坊の泣き声が響き渡る。

 それはまさに悪魔の叫びだった。

 夜中だろうとなんだろうとかまわずに泣き叫び、母親を叩き起こす。一日中、乳を欲しがって泣き叫ぶくせに、いざ乳をやるとほんの少ししか飲まず、すぐに寝入ってしまう。そして、すぐにまた乳を欲しがって泣き叫ぶ……。

 それが悪魔でなくてなんだと言うのか。

 女剣士はすっかりやつれた自分を見て憎悪に刈られた。

 赤ん坊のせいでまともに仕事も出来ず、おかげで毎日のパンにさえ事欠く始末。それでも、我が身を削って必死に乳を搾り出して飲ませているというのに、赤ん坊ときたら一切の遠慮も知らず『もっと、もっと』と泣き叫ぶ。際限のない強盗だ。おかげで自分はすっかりやつれ、まるで老婆のようになってしまった。

 以前の自分はこんなではなかった。こんな惨めな姿ではなかった。若く、美しく、壮健で、鍛え抜いた剣技を武器に颯爽と魔物退治をしていたのだ。それなのに、いまでは……。

 ――こいつのせいだ。

 女剣士の赤ん坊を見る目にはもはや、憎悪以外の何物もなかった。

 ――こいつさえいなければ。

 女剣士は赤ん坊をつかみ挙げた。まるで、汚いものでもつまみ上げるように。そのままフラフラと外に出た。川辺にやってきた。赤ん坊を高く掲げた。放り込もうとした。そのとき――。

 ぽん、と、肩に手が置かれた。振り向いた女剣士の先。そこに、ひとりの中年女性が立っていた。その女性は優しく微笑むとこう言った。

 「辛かったねえ」

 その言葉に――。

 女剣士は女性の胸に顔を埋めて泣いていた。


八の扉 女剣士は道を見つける


 「ここは……」

 女性に連れて行かれた先。そこには何人ものまだ一〇代とおぼしき若い娘たちがいた。娘たちはそれぞれにふたりも三人も子供を抱え、いそがしそうに立ち働いていた。

 「まずはこれでも飲んで落ち着いて。野菜の切れ端を入れたスープしかないけどね」

 赤ん坊を女性に預け、女剣士はスープをすすった。

 「……おいしい」

 思わずそう呟いた。女性の言ったとおり、わずかばかりの野菜の切れ端が浮かんでいるだけの粗末なスープ。味付けと言えば薄い塩だけ。それがこんなにおいしく感じられるなんて。

 「ここはね、若い母親たちのためのシェルターなのさ」

 「シェルター?」

 「そう。国王さまの布告のせいで『子供を産ませるのはいいことだ』って風潮になっちまったからね。おかげでまだ一四、五歳だってのに子供を産まされる娘が跡を絶たないんでよ。ここはそんな娘たちの最後の居場所さ。みんなで協力して子供を育てながら、何とかまともな仕事に就けるよう勉強してるんだよ」

 ――仕事に就けるよう。

 その言葉を頭のなかで反芻したとき、女剣士の頭に天啓が閃いた。

 ――そうか! 先に子育てを済ませてしまえばいいんだ。

 仕事と育児。両方を同じ時期にしようとするから無理が出る。でも、子育てを先に済ませてしまえば? 働き盛りの年代と言えば三〇代、四〇代の時期。そして、子供は一〇歳を過ぎれば親の必要性は劇的に少なくなる。ならば、二〇代の時期は出産と育児に当てて、その間に後の仕事のために訓練を積んでおく。そして、子供が育ち、親を必要としなくなってから、それまで培ってきた能力を爆発させるのだ。そうすれば充分な数の子供を産んだ上に、女たちを戦力にすることができる!

 ――そうだ、それでいいんだ!

 女剣士の心のなかに一気に太陽が輝いた。


九の扉 女剣士は新しい居場所を作る


 そして、女剣士は女たちのための新しい居場所を作った。旧い知り合いを回って強引に金を作り、かつての宮殿を買い取り、そこを女たちの出産と育児の場としたのだ。

 女たちは互いに励まし合い、辛い時期を乗り切り、子供を産み、育てた。そして、その合間に戦士としての訓練を積んだ。子育てを終えた後、戦士として国を守る、そのために。


一〇の扉 母たちの軍団


 それから数年の間に人手不足はさらに深刻になっていった。男たちの多くが戦場にとられ、女たちは家庭に閉じ込められ、子を増やすことに専念させられる。おかげてものを作る人間がいなくなり、慢性的な物資不足に悩まされることになった。そこへ、魔王軍が一気に攻勢をかけてきた。国王は自ら兵を率いて応戦したが、数の少なさと、物資不足から来る士気の低さによる劣勢はどうすることも出来なかった。国王軍は一方的に押されまくり、ついには王都のすぐ近くまで攻め込まれた。

 「進め、進め! やつらさえ蹴散らせば王都は丸裸同然だ! いくらでも人間どもをいたぶり、むさぼり食えるぞ!」

 魔王の叫びに魔物たちは沸き立ち、我先にと襲いかかる。その攻勢を防ぐだけの力はもはや、国王軍には残されていなかった。

 「……もはや、これまでか」

 国王はそう呟き、自らの剣で首を刎ねようとした。せめて、国が滅ぼされる姿を見ずにすむように。そのとき――。

 「そこまでだ!」

 凜とした声とともにきらびやかな甲冑に身を包んだ兵の一団が現れた。その一団は王都を守る壁となって魔王軍の前に立ちはだかった。

 それは、女剣士の率いる母たちの軍団だった。

 「我々はとうせん! その名にかけてこれより先は通しはしない!」

 そして、母たちの軍団は魔王軍に襲いかかった。


一一の扉 とうせん


 この日を境に王国の兵力は一気に倍になった。女剣士の作った居場所は単に、女たちが子供を産む場所ではなかった。子供たちが育っていくための場所でもあった。子供たちはその場で遊び、学び、育っていく。戦場に出た母たちは休暇のたびに帰ってきて子供たちとふれあう。それによって子供の心配をせずに戦うことができるようになったのだ。

 そして、いざ母たちが戦場に出てみると男たちよりよっぽと役に立った。女性と言うことで男の兵士よりも食料が少なくて済んだからその分、補給の負担も少なくなった。男たちよりも辛抱強く、痛みや苦しみに耐える力も強かった。どんな目に会おうとも、

 「出産の痛みに比べればどうってことないわ!」

 という、まさに母親ならではの言葉を持って吹き飛ばすことができた。そして、なにより――。

 母たちの軍団には『子供の未来を守る』という強い思いがあった。それはまさに地獄の苦しみを経て子供を産んだ母親だからこそもてる思い。男たちには決してもつことの出来ない次元での強さの思いだった。

 母たちの軍団の参戦によって戦局は一気に覆り、人の世は安寧に包まれた。


最後の扉


 女剣士は自らの作った居場所を満足気に眺めていた。そこでは今日も若い女性たちが恋愛し、妊娠し、子を産み、育んでいた。そして、やがて戦場に出るための訓練に励んでいた。子供たちも皆で遊び、学び、すくすくと育っていた。そのすべてはこの自分が創ったものなのだ。女剣士はそのことに限りない誇りを抱いていた。

 ある日、そんな女剣士のもとに国王が訪れた。へらへらと愛想笑いを浮かべながら国王は女剣士に言った。

 「いや、どうやら余が間違っていたようだ。母たちの軍団がこれほど役に立つとはな。余も考えを改めた。そこで、どうだろう。改めてそなたを我が妃として迎えたい。我が妃となって余を支えてくれ。もちろん、取りつぶしたそのなたの家は再興しよう。爵位を公爵にまであげてな。そうなればそなたも先祖たちに顔向け出来るというもの。どうだ? 悪い話ではなかろう?」

 自分の提言が受け入れられないわけがない。

 そう信じて疑わない国王に対し、女剣士は言った。

 「帰りなさい。もうわたしにお前は必要ない。いまさら、わたしの夫になろうなどと図々しい」

 女剣士はピシャリとそう言い切った。

 功績を立ててお家を再興する。

 かつてはたしかにその思いを抱いていた。いや、いまでも真剣に願っている。しかし――。

 この期に及んで『余を支えくれ』とは!

 この国王は『考えを改めた』と言いながら結局、女という存在を男のために生きるものだとしか思っていない。そんな男のもとに嫁いで自分たちの成し遂げたことを否定するような真似ができるものか!

 もちろん、ここで国王の申し出を断ればお家最高など不可能になる。それは分かっていた。それでも――。

 それだけは出来なかった。

 そして、国王は怒り心頭に発して帰って行った。当然、女剣士の家系は永遠に取りつぶされたままとなった。それを思えば女剣士の心は痛む。しかし、

 ――父よ、妹たちよ、そして、ご先祖たちよ。わたしの選んだ道をわかってくださいますね?

 父が、先祖たちが守り抜いてきた伝統を自分の手で潰してしまった。その悔いはある。棘となって胸のなかに刺さっている。それでも――。

 闘戦母となった女剣士は自らの道を歩み続ける。

                    終

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