操天の巫女

ひでよし/APINA

第1話

「きゃあああ!!!」


森の中に悲鳴がこだました。彼女の目の前には小型の魔物が一体。強すぎて手がつけられない、というほどでもない相手だが、


「急いで逃げるのよ、イオ!」


仲間が現れ彼女の手を取り、二人は一目散にその場を走り去る。


「もう・・・疲れましたぁ・・・!」


イオと呼ばれた女性は人一倍体力がないようで、ひぃひぃ言いながら前を行く仲間に必死でついていく。


「とにかく今は逃げるしかないの!」


「ひえぇぇ~ん・・・!待ってぇ、プレイア様ぁ!」


いたって平凡な魔物相手でも「逃げる」を選択しなければならない二人。プレイア、彼女は実は常人ならざる能力を持っているのだが、今は使うわけにはいかないのだ。彼女は、「どうしてこんなことになったのか」と走りながらに嘆き、この二日間の出来事に思いを馳せるのだった。





魔族と人類が争い、人類の文明が崩壊してから200年が経った、そんな時代。人々は失った文明を取り戻すため励み、都市国家を建設するなどその栄華を取り戻しつつあった。そしてここは、数ある都市国家の中でも最も栄えているナタエから少し離れた所にある寂れた村。


「あぁ・・・。やっと村に着きましたぁ・・・」


そこへ、長く美しい金色の髪をたなびかせた女性がやってきた。長旅をしてきたのか、立派な杖を突いてフラフラと歩いている。白を基調とした履き物や丈の長い立派な上衣は汚れが目立っており、旅の過酷さを物語っていた。


「おや、見かけない顔ですね」


世間話をしていた村人二人が彼女に話しかける。


「あのぉ、わたくしナタエから参った神官のイオと申しますがぁ・・・」


「ナタエといったら、あの大都市の!」


「そんな神官様が、こんなへんぴな村に一体何の御用で?」


イオは一呼吸置いて、こう言った。


「天気を操れるという巫女様を探しておりましてぇ・・・。この村にいらっしゃるはずなのですがぁ・・・」


尋ねられた村人たちは、あぁそれなら、とすぐに頷いた。


「プレイア様のことだね。この道をまっすぐ行った先に住んでいるよ」


探し人がこの村にいることがわかり、ほっとするイオ。でも・・・と、村人の一人が申し訳なさそうに口を開いた。


「せっかく遠い所からはるばる来てもらって申し訳ないけど、プレイア様に天気を操ってもらいたいなら、期待外れになってしまうかもしれませんね」


イオは不思議に思い、どうしてなのか聞き返した。


「プレイア様は、いつからかすっかり天気を操らなくなってしまったのです」


使命から逃げているんだよ、ともう一人の村人がつぶやくと、そう言ってやるなよともう一人が返した。そして二人は旅人のことなどお構いなしに軽く言い合いを始めてしまった。


「なるほどぉ・・・」


イオはどうしたものかと思ったが、とりあえず教えてもらった家まで行ってから考えることにした。


***


「広いおうちですねぇ」


イオは目的の人物、プレイアの家にお邪魔していた。石造のその家は質素ながらに立派で、木造建築が主流の村の中では一際目立っていた。


「お茶です、どうぞ」


プレイアは、肩の下ほどまで伸びた赤毛の髪を後ろで一本に結わいている。その目つきは少し険しく、見知らぬ客人に対して警戒心を露わにしているようだった。


「わぁ、ありがとうございますぅ。長旅でちょうど喉が渇いていたんですよぉ」


差し出されたお茶をゆっくりと口に運ぶ。


「はぁ~・・・。おいしいですねぇ~・・・」


大きく息をつくイオ。


それにしてもこの二人、対照的である。客人のイオは出会って挨拶を済ませたばかりの人の家でも自分の家のように落ち着き払っているが、主人であるはずのプレイアはそわそわしてイオの一挙手一投足を観察している。


「これは何のお茶なのですかぁ?」


観察対象はいたってマイペースで、鋭い視線で舐めまわされていようとお構いなしだ。


「カミツレ花を煎じたものよ」


カミツレ花は山道などに自生する香草で、若干苦くて特徴的な味わいだが煎じて飲むと高いリラックス効果が期待できる。プレイアは普段からこれを愛飲しているらしい。イオは、なるほどぉ、と間の抜けた声で返事をし、くぴくぴと飲み続ける。


「・・・それで、一体何の用で?」


「あぁ、そうでしたねぇ、失礼しましたぁ。私ったら、ついついのんびりしてしまって。いつも怒られちゃうんですよ、神官たるものもっとしっかりしなさいって・・・。この間も・・・」


「あの・・・」


話が脱線しそうだったので割って入るプレイア。


「あ、ごめんなさい~。そうですよねぇ、本題ですよね」


イオは、おほん、と咳払いを一つし、気持ちを切り替えて真剣な口調で切り出した。


「わたくし、とある神託を受けてナタエより参りました」


「神託・・・?」


「『天を操りし者、魔の者を滅ぼし人々に再びの繁栄をもたらす』・・・と」


「・・・」


「そして、この村に天気を操る巫女がいるとの噂を聞きつけて、馳せ参じたのです」

「魔物大戦から200年経った今でも、各地に魔族の残党はたくさん残っています」

「魔族の王を倒し大戦は終わりを告げましたが、魔族たちを滅ぼさない限り、人類に平和は訪れません」

「戦争が終わって今を生きる人類は魔法を使用できません。今魔族を打ち倒せるのは、神の力を持つあなただけなのです、プレイア様」


イオの話を最後まで聞き、しばらく考え、プレイアはやっと口を開いた。


「でも、私は・・・。もう、天気は操りたくないの」


「なぜです?」


押し黙るプレイア。


「神託とは、神のご意思。これは、天から与えられし使命なのです。」


「使命・・・」


使命という単語に引っかかったプレイアだが、心は変わらなかった。


「それでも私は、あなたの期待に応えられないわ。ごめんなさい」


プレイアは心の底から申し訳なさそうに、言葉をふり絞って俯いた。


「・・・そうですか。ではおそらく、神託の解釈を間違えてしまったのかもしれませんねぇ」


イオはプレイアの拒否を素直に受け入れ、張り詰めた空気を解いた。もっと引き下がられるかと思っていたプレイアは拍子抜けし、顔を上げイオの顔をじっと見つめる。


「よくあることなんですよぉ、神託は小難しい言葉で表現されるので、解釈違いを起こしてしまうことが」


だから今回も誤解してしまったのだろう、そう説明してイオは立ち上がった。


「それではわたくしは、他をあたろうと思います」


「・・・」


イオの言う『天を操りし者』とは、正真正銘自分のことだ、プレイアはわかってはいたが、かける言葉が出てこなかった。


「それでは、お邪魔いたしましたぁ。カミツレ花のお茶、とても美味しかったです。ごちそうさまでした」


***


イオが去った後、プレイアは部屋の中で考えを堂々巡りさせていた。


(あんな風に追い返してしまって本当によかったの?神託は、神から与えられし使命・・・。私はまた、使命から逃げるの?)


最初は大人が褒めてくれるから天候を操作していた彼女だったが、次第にそれは村を守る巫女の使命となった。幼くして両親をなくした一人の女の子には、その責任は重すぎた。


(もう、天気なんて、操りたくない・・・)



††



雨が降り続いていた。幼いプレイアは、山にこもって一人泣いていた。


「お母さん、お父さん・・・。うぅ・・・」


プレイアの父と母は、冒険の船旅の途中で、嵐に巻き込まれ帰らぬ人となった。プレイアは、自分の両親の命を奪った嵐が憎かった。


「・・――・・・」


何かの声が聞こえた気がした。


「・・・ないで・・・」


「泣かないで・・・」


気のせいではない。今度ははっきりと聞こえた。


「誰?」


「僕は精霊だよ」


突如目の前に現れたのは、光り輝く火の玉のような存在だった。


「精霊さん・・・?」


「僕は、君の願いを叶えてあげる。君が泣いていると、僕は悲しいんだ」


「悲しい・・・?あなたが・・・?」


「さぁ、君の願いはなんだい。僕は君が願った通りの姿になる。そして、君の望みを叶えてあげる」


「それじゃあ・・・。お父さんとお母さんを、生き返らせて」


それはプレイアの心からの願いだった。


「プレイア、残念だけれどそれはできないよ。君のお父様とお母様は、黄泉の国へ帰られたのだから」


「黄泉の国?」


「そう、神様たちがいる世界さ」


「神様?お父さんとお母さんは、神様に会えるの?」


「もちろん!」


神の使いである精霊が言うことなのだからこれは慰めでも何でもなく、まぎれもない事実。プレイアは精霊というものが何なのかはわからなかったが、それでも彼の言葉には不思議な説得力があり、幼い彼女は何の疑いも持たなかった。


「そうなんだ・・・。それならきっと、二人は幸せだね・・・。よかった・・・」


嵐で亡くなった両親は、どんな最後を迎えたろう。苦しかったに違いない、寂しかったに違いない。そう思っていたが、精霊の話を聞き、プレイアは温かい、優しい気持ちで包まれた。


「さぁ、君の願いはなんだい」


「う~ん・・・。二人が幸せになれたなら、お願い事なんてないなぁ」


「そんなぁ!」


「あ!それじゃあ、この雨を止ませてよ!」


「雨をかい?」


「うん!雨が降っていると、私の心も暗くなっちゃうような気がして・・・」


「お安い御用さ!」


そう言うと精霊は青く光り輝き、火の玉から、美しい水の精霊ウンディーネへと姿を変えた。


「プレイア、今度は私に命令をするのよ」


「命令?」


「簡単よ。私の後に続いて。『水の精霊ウンディーネよ。』」


「え、えぇっと・・・。『水の精霊、ウンディーネよ。』」


「『雨を止ませたまえ』」


「『雨を止ませたまえ』」


プレイアがそう唱えると、ウンディーネは天高く舞い上がった。すると瞬く間に唱えた通りになった。


「わぁ、すごい・・・!本当に雨が止んだ!」


子どもらしくはしゃぐプレイア。戻ってきたウンディーネは元の姿に戻り、こう告げた。


「僕は君が望む姿になって、君の願いを叶えてあげる。だから、もう泣かないで」


「うん、ありがとう!精霊さん!」


***


ひと月ほど経ったある日のこと。村人たちが集まって話をしていた。プレイアが村人の一人に尋ねる。


「みんなどうしたの?」


「あぁプレイアちゃん。いやぁ、最近全然雨が降らなくてねぇ。困ったねぇって話をしていたんだよ」


「雨が降らないと、困るの?」


「そうだよ、雨が降らないと川が枯れて作物が育たなくなってしまうんだ」


「じゃあ私に任せて!私が雨を降らせてあげる!」


「えぇ?どういうことだい?」


「見てて!」


プレイアは群衆から少し距離を置き、目をつぶって精霊に呼びかけた。


「『水の精霊ウンディーネよ。』」


プレイアを水の気が包み込む。


「『雨を降らせたまえ』!」


瞬間辺り一帯を雲が覆い、村には大粒の雨が降り注いだ。しばらくすると枯れかけていた川も以前の姿を取り戻した。


「な、なんということだ・・・!本当に雨が降った・・・!」


「へへ~ん、すごいでしょ!」


「おぉ・・・!あなたが、天気を操る巫女・・・!操天の巫女様だ・・・!」


このようにして、村の人々はプレイアを巫女として崇め、村の守り神のように丁重に扱うようになったのだった。


***


それから数年間、プレイアは何度も天気を操り、村の危機を救った。プレイアはすっかり立派な巫女になっていた。


「それでは巫女様、私は村の外れに止めた馬車を連れてまいりますので、しばらくこちらでお待ちください」


そう言って付き人は村の出口に向かう。この日は所用で隣の村まで来ていた。道中魔物が出現しないとは限らないため、プレイアが外出するときは必ずこのように付き人が一緒だった。


その場でしばらく待っていると、隣村の人たちが世間話をしているのが耳に入ってきた。


「また日照り続きでまいっちまうよな・・・」

「前に雨が降ったのは・・・もう一月も前か・・・?」

「かと思えば先々月は洪水で大変だったからな」

「ここ数年、異常気象続きで作物もロクに育たなくていやになるぜ・・・」


どうやらこの村も天候不順に悩まされているらしい。そう知ったプレイアは、どうにか役に立てないものかと聞き耳を立て続けた。すると別の村人が輪に加わって、話を切り出す。


「よぉ、隣村の巫女の噂、聞いたか?」


「巫女?なんだそれ」


「なんでも、天気を操ることができる巫女がいて、隣村はそれで何度も災害を免れているらしい」


プレイアは、自分のことだ、と思い、少し顔が熱くなった。


「ほぉ~ん。うらやましいことですな」


「最近だとひと月前に日照りが続いた時にも恵みの雨を降らせたらしいぜ」


「へぇ。・・・ひと月前?」


村人の一人が、何かに引っかかったようだ。


「なぁ、他には何をしたか知ってるか?」


「え?あぁ、ふた月前には大雨続きで洪水が起きそうなところを今度は雨を止ませて見せたらしいぞ」


「ふた月前に雨を止ませ・・・。ひと月前に雨を降らせた・・・」


「どうした?」


「なぁ、こうは考えられないか?その巫女は、自分の村の天気を操る代わりに、この村に災いをもたらしている・・・と」


プレイアは、思ってもみなかったことを耳にして、心臓が大きく跳ねたのを感じた。


「どういうことだ?」


「ほら、雲は空を移動してるだろ。だから、向こうで雨を降らせたら、本当はこの村で雨を降らせるはずだった雲がなくなって、こっちでは雨が降らなくなるんじゃないかって」


「たしかに・・・」


「ふた月前に雨を止ませたらこっちでは大雨が続いて、ひと月前に雨を降らせたらこっちでは日照り続き・・・。こんなにきれいに互い違いになるなんて、出来すぎてると思わないか?」


「ってぇと、今ここで日照りが続いているのは隣村で雨を降らせてるからだってのか!?」


「あぁ、そうに違いない・・・!」

「なんてことだ・・・!」

「巫女め・・・許せん・・・!」


村人たちの天気に対する不安は、巫女に対する不満へ、そして怒りへと変わっていった。


(そ、そんな・・・!)


プレイアはショックだった。信じたくなかった。しかし、信じるしかなかった。村のために良かれと思ってやっていたことが、隣の村に災いをもたらしていたという事実を。


そしてそれと同時に、恐怖を覚えた。もし今ここで、自分の正体に気づかれたら・・・。長居してはいけない。そう思い、その場を立ち去ろうとすると、


「巫女様!お待たせいたしました!」


付き人が馬車を引き連れて戻ってきてしまった。


「あ・・・!」


巫女様、という言葉に、噂話をしていた村人たちは一斉に振り返る。


「巫女様ぁ・・・!?」

「今、巫女様っつったか・・・!?」

「ってぇと、そいつが隣村の巫女ってことかい?」


付き人はまったく事情を知らないので、素直に答えるしかない。


「えぇ、彼女こそ操天の巫女、まさしくその人です」


「あ・・・、あ・・・」


プレイアは、身の危険を感じ、後ずさりをした。このままここに残っていたら、何をされるかわからない。


「ちょうどいいところにいるじゃねぇか・・・」

「なぁ巫女さんよぉ・・・。お前が自分の村に雨を降らせている分、俺たちの村は日照りが続いてるんだよ・・・」

「どう落とし前つけてくれるんだ!?」


「き、きゃあぁぁぁあああ!」


プレイアは思わず村の外へ走り出した。


「み、巫女様!プレイア様!」


「待ちやがれ!」


村人たちはプレイアを追いかけた。


***


「はぁ・・・!はぁ・・・!」


「待てーーーー!!!」


「ダメ・・・、追いつかれる・・・!」

「『風の精霊シルフよ』・・・!」


そこまで唱えて、プレイアは続けるのをためらった。風を吹かせて村人たちを追い払おうとしたが、ここで風を吹かせたら、他の地域では何が起こるのか。どこかの村では風が止み、どこかの村では暴風が吹き荒れ・・・。巡り巡って、海で嵐が起きてしまうのではないか?そうすれば、自分のように嵐で両親を亡くした不幸な子どもが生まれてしまうかもしれない。


そう思うと、呪文を唱えることができなかった。


「プレイア様!お乗りください!」


付き人が馬車に乗って村人たちを追い越してきた。プレイアはなんとか走る馬車に乗り込んだ。


「待てーーー!」


村人たちの声が遠くなっていく。


「はっ・・・!はっ・・・!」


馬車の中で呼吸を整えるプレイア。


「一体あいつらはなんだったんだ?」


「はぁ・・・、はぁ・・・」


「プレイア様。あんな連中の言うことなんて、気にしなくていいですからね!」


「・・・」


――お前が自分の村に雨を降らせている分、俺たちの村は日照りが続いてるんだよ・・・。


――どう落とし前つけてくれるんだ!?


「う・・・うげえぇぇえぇええ!」


「プレイア様!?」


プレイアは先ほどの出来事を、彼らの憤怒の形相を思い出し、嘔吐した。



††



それからプレイアは、天気を操ろうとするたびにその時のことが頭をよぎってしまい、とうとう天気を操ることはなくなった。


「もう二度と・・・。あんな思いはしたくない・・・」


ふと、イオの顔が思い出される。


――神託は神のご意思です。これは、天から任された使命なのです。


「私はいつも、使命から逃げている・・・」


天気を操らなくなってからも、村人たちは表向きにはそれまでと同じようにプレイアと接し続けた。しかし、プレイアは村人たちの表情や口調から、「どうして天気を操らないのか」「なぜ使命から逃げるのか」という批判めいた意図を感じ取っていた。


――魔族たちを滅ぼさない限り、人類に平和は訪れないのです。それができるのは、あなただけなのです。


「私にしかできない・・・」


精霊と対話し、精霊に呼びかけ天候を操る。それは選ばれた者にしかできない、まさに神業だ。そんな特殊な能力を、村を、世界を救うために使わないでどうするのか。


――よくあることなんですよぉ、神託は小難しい言葉で表現されるので、解釈違いを起こしてしまうことが。


イオはそう言ってごまかしていたが、プレイアは彼女の真意を読み取っていた。きっとイオはこう思っただろう。こんなに能力を使いたがらないなんて、何かしらの原因があるに違いない。そうであれば、無理に誘うのは申し訳ない・・・。


彼女の寂しそうな顔を思い出す。それでもやはり天気は操れない。天気を操れなければ、魔物退治の旅に同行する価値はない。


「・・・私は一緒には行けないけれど・・・。せめて、別の同行人を見つけてあげよう・・・」


***


村人にイオの行く先を尋ねながら、プレイアは村の外れまで急いだ。


「はぁ・・・はぁ・・・。まだいるかしら・・・」


すると、遠目にイオらしき人影が見えた。


「あ、いた・・・!あの・・・」


声をかけようとして、気づいた。イオが魔物に襲われそうになっていることに。プレイアは急いでイオの元へ駆け寄った。


***


イオは魔物と対峙しながらも相変わらずまったりとしていたが、内心焦っていた。


「まいりましたねぇ・・・。わたくし、戦闘は苦手ですのに・・・」


それはヒト型の魔物で、戦闘力はそれほどないが、女子供にとって脅威であることに変わりはない。魔物が雄たけびを上げる。


「ひっ・・・!」


思わず後ずさりし、尻もちをついて動けなくなるイオ。


「危ない!」


プレイアは、思わず間に割って入ってしまった。


「まぁ、プレイア様!どうしてここに?」


「今はどうだっていいでしょう!とにかく、こいつを何とかしないと・・・」


天気を操れば追い払うことはできるかもしれない。しかし・・・。


――お前が自分の村に雨を降らせている分、俺たちの村は日照りが続いてるんだよ・・・。


――どう落とし前つけてくれるんだ!?


「うっ・・・!」


「プレイア様?ご無理はなさらないでくださいまし」


「で、でも・・・!」


プレイアがイオの方を振り向いたその時、魔物が拳を振り上げ襲い掛かった。鈍い音が響き、プレイアは吹き飛ばされる。


「プレイア様!」


「う・・・」


魔物は標的をプレイアに定め、プレイアの方にじわじわとにじりよる。


「プレイア様!逃げて!」


逃げたくても逃げられない。それに・・・。


「あなたを置いて逃げることはできない・・・」


「でも!プレイア様が!」


魔物がプレイアをいたぶる。プレイアはゆっくりと訪れる痛みの中、これが使命から逃げ続けたことへの天罰かと自省していた。


「プレイア様から離れなさい!」


イオが力なく魔物をどかそうとするが、一蹴されてしまう。


「きゃっ!」


魔物が今度はイオに狙いを定めた。


「イオ・・・!」


目の前の人一人も救えなくて、何が巫女か・・・。


「私の使命は、なんだ・・・」


ボロボロの体に鞭を打ち、ゆっくりと立ち上がる。


「私の力は、なんのためにある・・・!」


プレイアの身を新緑色の気が纏う。


「私は、操天の巫女だ!」


瞬間、魔物に向かって突風が吹き、魔物は派手に飛ばされた。


「これは・・・!」


今のはまぎれもなく、プレイアが天候操作をした結果だった。イオはその様子を見て、何が起きたのかわからない様子だ。


「魔物に対してだけ、風が吹いた・・・!もしかして、範囲を絞って天候を操ることができる・・・?」


魔物が立ち上がり、怒りを露わにプレイアに向かって襲い掛かる。


「プレイア様!危ない!」


対象を定めれば、周囲に与える影響も少なくなるかもしれない。そう思うと、勇気が湧いてきた。


「それなら・・・!『雷の精霊、ヴォルトよ』・・・!」


プレイアが天高く両手を突き上げた。


「『雷鳴を轟かせたまえ』!!!」


すると晴天の中、魔物の頭上だけがたちまち黒雲に覆われ、数瞬の後、空を引き裂く轟音とともに雷が落ちた。


稲光をまともに浴びた魔物は甲高い声を上げ、そして消滅した。


「これが、操天の巫女の力・・・!」


イオが見上げる先には、金色に光り輝く英雄の姿が見えた。


魔物が消滅したことを確認し、気が抜けたプレイアはその場に倒れてしまった。


「あ、プ、プレイア様!プレイア様ぁ!」


***


翌日。二人はプレイアの家の前で話をしていた。


「昨日天気を操った影響は、今のところ近くの村でも確認されていないわ」


プレイアは、自分が天気を操らなくなった理由をイオに語った。自分の汚点を晒すようで恥ずかしかったが、イオは親身になって話を聞いてくれた。


「でもね、あれから何回か試してみたのだけれど・・・。どうしてもうまく力をコントロールできないの。あの時は非常事態で、火事場の馬鹿力みたいなものだったのかも」


プレイアは、イオと共に旅をしたかったが、それは能力を制御出来ればの話だった。力をコントロールできない以上、周囲への悪影響を考えてしまってまたトラウマがよみがえり、天候操作はできないだろう。そうすれば力になるどころか足手まといになってしまうかもしれない。


「だから、この力を制御できるようにならない限り、あなたと同行することはできないわ」


イオは笑顔で頷いた。


「ごめんなさいね。でも、修行をして、いつか必ず自分のものにしてみせるから、その時は・・・」


「プレイア様・・・」


互いに見つめ合う。


「あっ」


イオが突然何かを思い出し、口に手を当てた。そして、俯いて上目遣いで申し訳なさそうに話し出した。


「わたくしぃ、実はもう一つ、神託を承っていたのを忘れておりましたぁ・・・」


「・・・ぷっ。何よそれ、神託を忘れていたって。しっかりしなさいな神官様」


プレイアはイオに対してすっかり心を開き、村人たちには決してしない顔を見せる。


「それで、それはどんな内容なの?」


「『不死の魔女が天を操りし者の賢者となるだろう』・・・という神託ですぅ」


「・・・つまり?」


「多分ですけどぉ、プレイア様が力を制御するための方法を『不死の魔女』さんが教えてくれるのではないか、と・・・」


つまり、この神託は、プレイアが魔族を滅ぼす旅に出るために必要不可欠なもので、それを事前に知っていれば、あんな危険な目に合わなくても済んだのではないか・・・。


「あんたそういうことはもっと早く言いなさいよ!」


プレイアは思わず大声で叫んだ。


「ふえぇ・・・!ご、ごめんなさいぃ・・・!」


「まったく・・・!そうとわかったら、その魔女に会いに行くわよ」


「え、それでは・・・?」


「言っておくけど、世界を救う旅に出ると決まったわけじゃないからね。この力を制御する方法は、一刻も早く知りたいから!それだけ!」


これは、プレイア流の照れ隠しだった。それはイオにも伝わった。


「それで、その魔女の行方はわかるの?」


「この村に来るまでに、いろいろ尋ね回ったのでぇ。『不死の魔女』さんは、どうやら大陸中を旅しているそうなんですぅ。そして、最後の目撃談では、あの山を登っていったと・・・」


「ロモス山ね・・・」


ロモス山は文明崩壊前は神が住む山として知られたが、今や魔物の棲家となってしまっている。


「魔物との戦闘は避けては通れないでしょうね。でも、私はまだ力をコントロールできない。広範囲の天気を操ってしまうと、別の場所に影響が出てしまう。それだけはなんとしてでも避けたいの」


「う~ん、どうしましょう?」


「とっておきの作戦があるわ」


「その作戦とは・・・?」


プレイアは腰に手を当て、堂々と叫んだ。




「『逃げるが勝ち』!」






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操天の巫女 ひでよし/APINA @847hideyoshi

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