第7話
「ただいま」
『おかえり』
家の奥から母の声。オレンジ色に変わっていた空の下、掃除という名の試着を終えて俺は家に到着していた。メイド服の洗濯やら細かなサイズ調整やらはクリスがするからと言っていた。いつの間にかまた着る前提で話が進んでいるようだ。ていうか店の合鍵渡された……
「いつでも“きて”いいぞって言われたけど……」
服のことか、店のことか? ……まあ良いか。バイト代も貰えたし。一日で1万は結構な額ではないだろうか? まあ、バイトをしたことないから相場はわからないけど。まあ、頂いておこう。
「ふぁぁぁぁ~」
疲れた。ただの掃除かと思えば店内にはクリスの私物が散乱していて、それが一冊三十万もする年代物の魔術書だったりエロ本だったり。俺は読んでも分からなかったが、クリスは魔術書の方が好きらしい。精度の低い所もあるが現代の学術書よりも作為が少ないのが理由らしい。
にしてもそんな本をそこらにポンポンと置かれている事からも、クリスはお金にはそれほど興味が無いらしい。俺が聞くまで魔術書の値段を言わなかったし。自分が見出した価値にしか興味が無いんだろう。
――学校なんかに行くよりもクリスの所に居た方が面白そうだ。
「ラッキーアイテム様々だよ本当に」
自分の部屋にリュックを置くと台所に向かった。のどが渇いていた。
喉を潤したら風呂に入ろう。メイド服を着ていたからと言ってホコリは被っているさっさと綺麗にしよう。
「ふん……」
冷蔵庫を開けると炭酸飲料を見つけた。ペットボトルに手をかけた瞬間、目に入ってきた弁当箱があった。俺のだった。
今日、俺の腹を満たすはずだったものがその役割を全うしないままそこにあった。
母さんが朝早くに起きて作ってくれている弁当。それが毎日あるんだから楽じゃない。中身のいくつかが冷凍食品だったとしても、多少はマシになった所でその大変さに変わりはないだろう。
俺達の好みを考えてくれて買い物してたりしているからそれを考えれば細かな労力は馬鹿にならない。
ありがたいことだ。
コップに入れたジュースを飲み干した。コップを洗ってから俺は風呂に向かった。
風呂を上がり、リビングに行くと母さんが居た。
「……あ、えと、明日は学校行くよ」
「そう、良かった」
あっさりとしたものだった。それだけだった。母は俺に顔を向けた。
「今日の夕飯何が良い?」
「何作れるの?」
「何でも作れるよ」
「ハンバーグとか?」
「あ、牛肉無いや。豚肉はあるし……生姜焼き?」
「じゃあ、生姜焼きで」
「オッケー」
母は立ち上がり台所へと向かう。そこでふと立ち止まった。
「ラッキーアイテム、効いた?」
俺は大きく頷いた。
「うん、メチャメチャ効いた」
俺がそう言うと母は少しだけ口角を上げ、親指を立てた。
「ナァイス。良かったね」
母は改めて台所へと向かった。
そして夕飯とともに弁当を消費した。
――『ふぁぁ~』
翌日、俺はいつもより早く起きた。と言っても七時前だ。昨日ならまだ寝てる時間だ。
今日は登校すると決めたのだ。久しぶりだからか心臓が跳ねる。少し不安を覚えたが、不安程度で居付くなんて気に入らない。から、動く。
「……よし」
朝食を終え顔を洗い歯を磨くと制服に着替えた。そして弁当を持って玄関へ向かった。扉を開けて外に出ると、
――あらら。
雨が降っていた。土砂降りだった。今日は母親の車で登校だ。
人による人のための人の物語 カタルカナ @carl-king
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