【最終話】魔法少女、はじめます。

 翌朝、目を覚ました私は、真っ直ぐ小春ちゃんがお世話している花壇に向かった。

 おまじないの力が消えて、海人くんは小春ちゃんのことを忘れてしまっているらしく、花壇に海人くんは居なかった。

 毎朝の迎えが、今日はなかったらしい。


「寂しいなとは思うけど、私ね、後悔はしていないんだ」

「そうなの?」

「だっておまじないの力じゃなくて、やっぱり私のこと、本当に好きになってほしいから」


 そう言いながらも、笑う小春ちゃんの目元には涙がにじんでいた。


「あ。あれ? おかしいな。……なんで、涙が出るんだろう……?」

「待って。私が」


 私が慌ててハンカチを差し出そうとポケットに手を入れると、私よりもはやく、誰かが小春ちゃんにハンカチを差し出した。


「――……え?」

 その人を見上げて、小春ちゃんと私は目を瞬かせた。


「大丈夫? よかったら、使って」


 小春ちゃんにハンカチを差し出したのは、なんと海人くんだったのだ。


「ここの花、ずっと綺麗だなって思ってたんだけど、君がお世話していたんだね」


 小春ちゃんのことを覚えていない様子の海人くんは、そんなことを呟いた。


「はっ。はい! そう……です」


 小春ちゃんは、ハンカチをぎゅっと握りしめて、震える声で言った。


「じゃあ、僕はこれで」

「……あ、あの!」


 その時、背を向けた海人くんに、小春ちゃんが大きな声で叫んだ。


「私、桜庭小春って言います! 私……海人くんのことが、ずっとずっと好きでした! だから、私と付き合ってください!」


 突然の告白に、海人くんが目を瞬かせる。

 それから彼は、ふっと笑った。


「め……迷惑でしたか?」

「ごめんごめん。からかったわけじゃないんだ」


 海人くんは苦笑いした。


「でも、ごめん。付き合うことは出来ない」

「……そう、ですよね」

 

 小春ちゃんが下を向く。そんな小春ちゃんに、海人くんは言葉を続けた。


「だって今日、名前を聞いたばかりだし」

「……え?」

「これから色々と、桜庭さんのことを知った上でまた返事はしたいんだけど……それでもいいかな?」


 海人くんの提案に、小春ちゃんは目を輝かせた。


「…………はい!」


 そうして小春ちゃんは、心の底から嬉しそうに笑った。


 その時、キラキラと輝く星が、私は小春ちゃんの瞳に見えた気がした。


 オコジョさんは『星』だと言った。クロードは、それを生むのは『種』だと言った。

 誰の心にも、『魔法の種』はあるのだと。


 誰もがうらやむような才能を持つ人は、『星』を持つ人らしい。私はこれまで、その『星』を持ってはいなかった。


 でも私は『種』を開花させて、魔法を使うことが出来た。それは全部、クロードのおかげだ。今の私は、そう思う。

 だから今の私は、クロードが私を選んでくれたことが、心の底から嬉しかった。


「どこ行ってたの?」


 ユメクイ退治を終えた翌日、クロードは一日、私の部屋に帰ってこなかった。

 

「リズベットのところ。今回のことは叱っておいたから、しばらくはけしかけてこないだろう」

「………………『リズベット』?」


 私は思わず聞き返していた。


「リズベットって名前なんだよ。アイツ。動物園で育ったらしくて、可愛いほうがいいだろうってことでつけた名前で。男なのに女みたいな名前つけられて、名前をからかわれて、魔法学校ではよくキレてたな。そのせいで友だちが少なかったのか、何故か俺はよく絡まれてた」


「……もしかして、クロードとオコジョさんって、意外と仲いい?」


 『落ちこぼれ』と呼んでいたし、とてもそうは見えなかったんだけど――。

 クロードは腕を組んで首を傾げた。


「さあな。仲がいいかはわからない。ただ使い魔の学校で、俺とよくいた奴のことをあいつは尊敬していたみたいだったから、それもあって嫌われてる気がする。昔、あいつが迷いの森で迷子になったことがあって、俺が一番に見つけて声をかけたら、『なんでお前が迎えに来るんだ』って罵られながら大泣きされたこともある」

「……」


 もしかしてオコジョさんってツンデレキャラ……? 

 とりあえず、面倒くさい子ということだけは私にも分かった。


 クロードのことをポカポカ殴りながら、大泣きする様子が目に浮かぶ。

 まあクロードはまったく動じずに、安心させようと頭でもなでてあげていそうだけど。

 だとしたらクロードとオコジョさんの関係は、『面倒見のいいお兄ちゃん』に絡む『生意気な弟』、とも言うべきなのかな?


 もしクロードが金色の瞳でなかったら、オコジョさんはクロードのことを、あんなふうには言わなかったかもしれない。

 オコジョさんはきっと、クロードの強さとか優しさには本当は気づいていて、もしかしたら、だからこそ――クロードがみんなから『落ちこぼれ』と呼ばれることに、甘んじてほしくなかったのかもしれないとも思った。

 だからこそオコジョさんにとって、クロードの足手まといとなる私は敵だったのだ。


「オコジョさんは前の名前がそのままなんだね」

「ああ。使い魔の名前は、人間界の時の名前が引き継がれるから」

「? じゃあ、クロードも? クロードもそうだったの?」


 私は、クロードに尋ねた。


『クロ。貴方にこの鈴をあげるね』

 遠い日に、黒猫に鈴をあげた日のことを思い出す。


「……わからない。俺は学校長につけてもらったからから。俺は事故のこともあって、昔の記憶がないし。――でも」


 クロードは、鈴に触れて柔らかく微笑んだ。


「この名前は、俺は昔から気に入ってる」

「……!!」

 

 私は何故かその笑顔を見て、顔に熱が集まるのを感じた。

 だって、クロードがあまりにも優しく、幸せそうに笑うから。

 

 私がクロードを見つめていると、「そうだ」とクロードが何か思い出したかのように声を上げた。


「そういえばヒナのお母さんだけど……たぶん彼女も、『ユメクイ』に取り憑かれてる」

「え?」


 私は、口をぽかんと開けた。

 ――お母さんが、『ユメクイ』に……?


「ヒナのお母さんがああなのは、『ユメクイ』のせいだと思う。ただ、今のヒナの力ではお母さんに取り憑いた『ユメクイ』を倒すことは出来ない」

「……そんな」


 私は、唇を噛んでクロードに尋ねた。

 ユメクイを倒して小春ちゃんが自分を取り戻したのなら、お母さんの中にも本当は、今とは違う『お母さん』が居るのかもしれない。


「ねえ、クロード。……どうにかして、お母さんの『ユメクイ』を倒すことは出来ないの?」

「長く取り憑いたユメクイを倒すのはかなり難しい。魔法少女によって、倒せるユメクイの強さがある。もしそれを倒したいと願うなら――ヒナは、もっと強くならなきゃいけない」


「……わかった。じゃあ私が、もっと頑張ればいいんだね」


 私は、剣を握る手に力を込めた。

 私なら、今を、未来を――この世界を変えられる。そう思うと、私は胸が熱くなった。


「ヒナはいつだって頑張ってるだろ」


 当たり前のように言うクロードに、私は少し笑ってから、目を閉じてお母さんの姿を思い浮かべた。

 私は、今の私のお母さんしか知らない。

 お母さんの本当の気持ちなんて、今の私にはわからない。お母さんも小春ちゃんと同じように、昔夢を、自分を諦めてしまったのかもしれない。


 でも、いつか。

 もし私が本当に、お母さんの中の『ユメクイ』を倒せる日が来たときは、精一杯頑張った私を抱きしめて、そうして私の頭を、お母さんに優しく撫でてほしいと思った。


「……目標もできたし、これからもまた頑張らなきゃだね」


 私なら、きっと出来る。

 私が拳を握って言うと、クロードが驚いたような表情かおをした。


「もっと驚くかと思った」

「空から黒猫が落ちて来る以上に、驚くことなんてそう起こらないよ」

「……そうか」


 クロードは優しく笑う。

 そんなクロードを見て、私はある疑問をクロードに尋ねた。


「そういえば、クロードはどんな願いを叶えたいの?」

「それは――……」


 クロードは、幼い頃私が昔あげた鈴に手を伸ばすと、目を細め、宝物にふれるようにそっとそれを撫でた。

 けれど私の視線に気づくと、鈴から手を離す。


「秘密だ」

「なんでよ! 気になるでしょ!? 教えてよ。御主人様命令っ!」

「残念だが、その命令には従わない」


 ぐぬぬ。

 やっぱり猫生(?)を一度全うしているだけあってか、クロードからは私とは違って少し大人っぽい。

 使い魔になるような生き物たちは、みんな彼みたいに落ち着いてるものなんだろうか。オコジョさんからは落ち着きは感じられなかったし、クロードが特別しっかりしているだけ……?

 

「でもいつか、本当に二人で一番になれたなら――その時はヒナに、一番に聞かせるよ」


 クロードは、私の手を取って笑った。


「……ヒナ? なんで赤くなってるんだ?」

「は、離れてっ!」


 私は慌てて手を引っ込めた。


「わ、私が好きなのは葵くんなんだから! クロードのことなんて、全然好きじゃないんだから! 私が一番になったら、先輩に私に好きになってもらえるよう頼むんだから!」


「おい待て。人の心を変える魔法は駄目だって言っただろ。だいたい今回のことで、身をもってわかったはずだろ!」

「そんなこと知らない!」


 私が顔を膨らませると、クロードは私を見て鼻で笑った。


「その顔、可愛いと思ってるかもしれないけど、いつもより可愛くないからな」

「じゃあ、いつもはもっと可愛いってこと?」

「別にそういう意味じゃない」


 クロードは悪びれる様子もなく即答した。


「クロードの馬鹿! もう知らない!」

「いきなり走り出すなよ。紐が引っ張られるだろ!」

 

 私はクロードに背を向けて走り出す。

 クロードは、縁の紐に引っ張られるみたいに、私を追いかけてくる。

 風に髪をなびかせて、クロードの足音を聞きながら、私は振り返らずに笑った。



 私の使い魔の名前は、クロード・デュッセル。

 彼と私の縁は、どうやら今も昔も、強く結ばれているらしい。

 

 魔法少女の役目は、人の心を、夢を食べてしまう『ユメクイ』を倒して、みんなの夢の力を取り戻すこと。

 そして今のまま私では、まだ強いユメクイを倒すことは出来ない。


 でも、きっと大丈夫。

 今の私はそう思えた。

 だって今の私には、魔法の剣と翼と――そして、隣には彼がいる。

 だから明日はまた、なれるような気がするの。

 昨日より今日、今日より明日。

 今までの私より、少しだけ強い私に。


『――ばいばい。クロ』


 たくさんいた兄弟の中で、一匹だけ残された、足の悪い小さな黒猫。

 吹き飛びそうに儚く脆い、小さな命。

 幼かった私は結局、貴方に手を伸ばせなかった。

 だからもしかしたら貴方は、会いに来ない私を探して、あの箱から出てしまったのかも知れない。

 そして私は、貴方を一人きりで死なせてしまったのかもしれない。


 その思いがあるから、今の私に、クロードに本当のことを告げる勇気はなかった。

 だけどもし、私がいつか魔法少女として一番になれたら、その時は言おうと心に決めた。

 貴方は覚えていないかもしれないけれど、私が貴方に鈴を送った人間なんだよって。

 貴方の今の名前の中には、私が昔呼んていた名前があるんだよって。

 私達はずっと昔に、本当は出会っていて、だからこそ私達は、縁の紐で結ばれていたんだってこと――。


 そしてその時がきたら私は、貴方の願いも聞いてみたい。

 私の大切な黒猫が心から願う、世界で一番、叶えたい夢の話を。

 

「いい加減にしろ! 俺を置いて一人でいくな!」


 縁の紐の結び目が首につけられた鈴を鳴らして、クロードは私を追いかけながらそう叫んだ。

 ぜえぜえ息を荒げるクロードを見て、私は立ち止まって彼に手を差しだした。


「だったらクロードが私に、いつもついてくればいいだけのことでしょ?」


 私が笑ってそう言えば、クロードは目を丸くした。

 お月さまみたいな金色の瞳は、きらきらと光って見える。


「……俺の御主人様は、随分とわがままだな? はあ。……わかった。ついていってやる。これから俺は、ずっとヒナのそばにいる」

「じゃあ早く、一緒に行こう。――クロ」

「……俺の名前は、『クロ』じゃなくて『クロード』だ」


 呆れたように溜め息をつくクロードの手を引いて、私は小さく頷いてから、一歩足を前に踏み出した。



 そんなわけで。

 朝霧ひな、小学四年生。

 私は、私に甘くないこの使い魔と。


 ――今日から魔法少女、はじめます。

 

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魔法少女、はじめます。ーユメクイと甘くない私の使い魔ー 夏生ゆう @okodayooooo

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