2 彦吉のお嫁さんと(後)

(彦吉さんが妖怪とおったなんて、とても信じられんわ。

うち、あの時どうかしてて、幻でも見たんやね。)

家に戻ってきたお菊さんは、そう自分を落ち着かせていた。

お菊さんの家族は今ちょうど家を出ている時で、お菊さん一人きりだった。


しばらくすると、そこに彦吉がずぶ濡れの姿で訪ねてきた。

その様子を見て、お菊さんは慌てる。

「彦吉さん、こんなに濡れて…」

そう心配しながらも、心の底では安心していた。

(やっぱりからかさお化けを差していたなんていうのは、見間違いだったんね。

もしあれが本当だったら、こんなにびしょ濡れになっているわけないもの)

事実濡れたのは、お菊さんが去って、からかさお化けを差す余裕がなくなってからなのだが…。

彦吉はいつも通りの優しい顔をして、まずお菊さんが忘れていった唐傘を渡す。

「さっきお菊ちゃん、大事な唐傘忘れてったやろ」

さっきまで気が動転していて、お菊さんはすっかり忘れていた。

そういわれてやっと思い出す。

「そういえばそうやったわ。彦吉さん、届けてくれてありがとう」

お菊さんは唐傘を受け取ると、丁寧に片付ける。

彦吉は心を決めて、そんなお菊さんに、穏やかさの中にまじめさが入った表情できりだした。

「それから今日は、お菊ちゃんに友達を紹介しようと思ってな…」

「友達?誰?」

さっき目撃したとこはいえ、まさかそのからかさお化けが友達だとは考えていない。

お菊さんが瞳を丸くして、不思議そうに彦吉を見る。

するとその後ろから、あのからかさお化けが跳び出した。

お菊さんはびっくりして叫ぶ。

「本当にいた!彦吉さん、妖怪に取り憑かれてる!」

そんな怖がるお菊さんとは対照的に、彦吉は首を振って落ち着いていう。

「取り憑かれてはおらん。友達になったんや」

「このからかさお化けと友達?」

妖怪と友達なんて信じられない話に、お菊さんは尋ね返した。

彦吉はからかさお化けの傘に手を乗せて、明るい顔でいう。

「このからかさお化けは、おもしろがって人を驚かしたりもするけど、いいやつなんや。

な、からかさ。お菊ちゃんにあいさつしてみい」

からかさお化けはそういわれて、お菊さんの前にジャンプする。

お菊さんはびっくりして後ろに引く。

そしておびえた表情のまま、その姿勢で止まってしまう。

からかさお化けが元気に跳び回ってみても、お菊さんの様子は変わらなかった。

それを見て、彦吉はため息をつく。

(やっぱり無理なんやろうか。)

さっきまで頑張って作っていた明るい表情もしおれてしまう。

いわれた通りにやったからかさお化けは、彦吉が喜んでいるかと思って、後ろを振り返った。

しかし彦吉は肩を落としている。

からかさお化けもそんな彦吉の様子にがっかりして、傘が前かがみになる。

そんなからかさお化けを、お菊さんはじーっとみていた。

(あら?そんなには違ってないけど、よくよく見るとさっきと表情が変わっているような…?

さっきは笑っているように見えたのに、もしかして今はしょげていると⁉︎)

妖怪がこんなことでしょげている。

そうわかると、お菊さんは楽しくなってきた。

(なんや、気持ちは人と近いんやなあ。そんなに怖いものやないんや。)

お菊さんは思い切って、そーっとからかさお化けの傘にさわってみる。

からかさお化けは不思議そうな顔をして、その間じーっとしている。

彦吉はそんなお菊さんの姿を見て、安心の笑顔になった。

お菊さんがからかさお化けに興味を示してくれたことが、とてもうれしかったのだ。

お菊さんが手を離すと、からかさお化けはまた彦吉を振り返る。

すると今度は、彦吉がとてもうれしそうだった。

からかさお化けもうれしくなって、その場でぴょんぴょんと跳ねる。

そんなからかさお化けに対して、お菊さんはすっかり怖い気持ちがなくなった。

(妖怪っていっても、このからちゃんはええ子なんやなあ。

素直やし、そんなに彦吉さんが大好きなんや。)

そうわかったお菊さんは、にっこりと笑顔になって彦吉にいった。

「ほんまに彦吉さんのええ友達やね。

よろしくな、からちゃん。うちは菊や」

そう優しく話しかけられて、からかさお化けはまたうれしくなった。

さっきよりも高くぴょんぴょんと跳ぶ。

彦吉はお菊さんとからかさお化けが仲良くなれて、一安心だった。


こうして、からかさお化けにまた友達ができた。

町へと帰っていくからかさお化けを、彦吉とお菊さんの二人で見送る。

二人とも晴れやかな気持ちだった。

彦吉はからかさお化けをお菊さんに紹介できて、心のひっかかりがなくなった。

そのうえお菊さんが、そのからかさお化けを気に入ってくれた。

そのうえお菊さんが、そのからかさお化けを気に入ってくれた。

お菊さんは、素直で愉快な妖怪の存在を知ったうえに、仲良くなることができた。

今回のことはそれぞれにとって、予想外のいい出来事だった。

そして一息ついたお菊さんは、彦吉がまだ濡れていたのを思い出した。

それで持っていた布で拭く。

「彦吉さん、濡れたままで。風邪でも引いたら困るやないの。

これから一家の大黒柱になる人なんやから、体を大事にしてや」

その言葉で彦吉は、お菊さんとの結婚の話がなくならなかったことにも気付いた。

彦吉はそれに深い喜びを感じるのだった。

そんな彦吉に、お菊さんは空を見上げて教える。

「見て!からちゃんの行った方に虹が出とる」

からかさお化けの帰っていった町の上に、虹がくっきりとかかっている。

そのきれいな七色が、彦吉にもお菊さんにも、二人の未来のようにみえました。

めでたし、めでたし。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

からかさお化けと彦吉 香橙ぽぷり @katopopuri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ