2 彦吉のお嫁さんと(前)

からかさお化けと彦吉が出会って、半年ほど経った頃のこと。

ある日彦吉が喜びを顔いっぱいに表して、からかさお化けに報告した。

「からかさー。おら、ついに結婚が決まったんよ。

相手はお菊ちゃん。かわいい子でな、小さい頃から大好きだったから、うれしくてうれしくて」

その言葉通りうれしさのあまり、からかさお化けをぎゅっと後ろから抱きしめる。

家も歳も近くて、小さい頃から仲がよかったお菊さんと、彦吉は結婚することに決まったばかりだった。

それをからかさお化けに今日会って、真っ先に報告したのである。

からかさお化けは、結婚とか、かわいいとかよくわからない。

でも彦吉が幸せそうだからうれしかった。

しかしここで問題が一つあった。

彦吉は落ち着きを取り戻して、そのことを考える。

(お菊ちゃんと結婚する前に、友達のからかさのことを紹介せなあかんな。)

噂ではこのからかさお化けは、今二人がいるこの通りに「雨の時にだけ」現れる妖怪だった。

今日は曇り空だが、まだ雨は降っていない。

それでもこうやって会っているくらい、彦吉はからかさお化けと仲良くなっていたのである。

彦吉はこのからかさお化けが大好きだった。

からかさお化けも自分から飛び出してくる辺り、彦吉をとても気に入っているのがわかる。

彦吉が話すのをからかさお化けが聞いているという関係だが、二人はすっかり友達だった。

そんな大事な友達と、自分の奥さんとなる人に黙って付き合っているわけにはいかない。

彦吉はそう考えていた。

(町の名物妖怪と知り合いだっていったら、お菊ちゃんなんていうやろか。

どう思われるかわからんけど、隠しているわけにはいかんからな。

ーーーとりあえず結婚するまでには…ということにしよう。)

やはりいい出しにくいことなので、彦吉はそうわりとのんびり考えていた。

そして彦吉は、大事なからかさお化けをみつめていった。

「お菊ちゃんも、お前を好きにぬってくれるといいんやけどなあ」


「彦吉さん、困ってるやろなあ」

お菊さんは唐傘を持って、町の通りを走っている。

ちょうどここは、からかさお化けが出没するといわれている場所だった。

お菊さんが彦吉の家を訪ねると、町に用を足しに行ったと伝えられた。

それなのに小雨が降ってきたので、心配して迎えに来たのだ。

お菊さんの家は彦吉の家よりは裕福で、唐傘が一本あるのだった。

雨雲のせいで町は薄暗く、少し心細い思いもある。

だがまさか本当に出るとは思っていないお菊さんは、頑張って彦吉を探して走る。

そして通りの向こうからこちらに歩いてくる、彦吉の姿を見つけた。

「あっ。彦吉さん」

お菊さんは安心した顔になって、その彦吉に声をかけようとした。

しかしその彦吉は不思議と傘を差していた。

(?彦吉さんは唐傘持ってないはずやのに…。)

不思議に思ってよくみてみると、その唐傘には目と口が付いていた。

(あれは…!)

お菊さんは見たことはないが、噂で聞いた姿に、それが何なのかわかった。

驚きのあまり唐傘を落としてしまう。

そして勢いで彦吉の前に飛び出すと、強い口調でいった。

「彦吉さんが、なんで妖怪と一緒におると⁉︎」

彦吉の方も、そう突然現れたお菊さんにいわれて驚いた。

そして彦吉が何も答える間もなく、すぐにお菊さんはきびすを返して走っていってしまった。

(お菊ちゃんに紹介する前にみつかってしまった…!)

一方彦吉も今の出来事が衝撃的で、からかさお化けから手を離していた。

しかし突然離されても、からかさお化けは器用に着地する。

彦吉はそれからしばらくたたずんでいたが、ついには落ち込んでしゃがみこんでしまった。

からかさお化けは心配して、そんな彦吉の周りをぴょんぴょん跳ぶ。

彦吉はぼんやりとつぶやいた。

「もうお菊ちゃんとの結婚は、無理になってしまったかもしれんなあ。

何ですぐに、自分からきちんと紹介できなかったんやろ。

そうしたら、こういうふうにはならなかったんになあ」

もし彦吉から紹介していたなら、今のようにいわれたとしても、からかさお化けのことをよく思われなかったとしても、答えることはできただろう。

からかさお化けはいい妖怪で、周りから何といわれようとも、彦吉は大好きだと思っていると。

しかし準備ができていなかった今は、何もいうことができなかった。

お菊さんに自分からは全く伝えられなかったことが、彦吉は悲しかった。

それでも彦吉は寂しげな笑顔を浮かべて、今度はそのからかさお化けに向かっていう。

「からかさ、お前のせいやないからな。おらの方からお前に声をかけたんやし」

そういう通り、からかさお化けと友達になるのを望んだのも彦吉の方からだった。

だから今回の出来事は、どこを取っても自分が蒔いた種。

からかさお化けのせいとは、本当に思っていなかった。

そのからかさお化けは、人が驚いて逃げていくのを見るのは大好きだった。

でもそのことによって、大好きな友達の彦吉が悲しそうなのはうれしくない。

…ーーーしばらく小雨にうたれているうちに、彦吉の頭は冷えてきた。

立ち上がってから、しっかりとした気持ちになっていう。

「…何を弱気なこというとったんやろ。おらはまだお菊ちゃんに何も話してないやないか。

からかさ、今日はもうちょっとおらに付き合ってな」

そう決意した時には、雨もポツポツと落ちてくる程度になって、傘を差す必要もなくなっていた。

彦吉はお菊さんの落としていった傘が目に入り、拾う。

そして村に向かって勇み足で歩き出す。

そんな彦吉の後ろを、からかさお化けはぴょんぴょん跳んでついていくのだった。

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