勇者一行の道化師、処刑台でかく語りき

コトリノことり(旧こやま ことり)

勇者一行の道化師、処刑台でかく語りき



 紳士淑女の皆様! 親愛なる王都市民たち! 御機嫌よう!

 本日はしがない道化師であるわたくしの処刑にお集まりいただき、ありがとうございます!


 王城前の広場も、三万もの人が集まりぎゅうぎゅうの満員状態。

 あと数分の命しかないこの私のために! こんなにも大勢のかたが時間を割き集まってくださったこと誠に感謝の念が堪えません。恐悦至極!


 さて。私はすでに罪が確定し、処刑人の真白き刃を待つ身。


 ですがですが。この国では刑が執行される前に、女神の慈悲により処刑されるものは五分の最後の告解を述べることを許されております。

 あまり有名ではありませんが王国法にもしっかり書かれていること。なにより女神のヴェールに誓い行われる神聖なものです。


 ですので! 私に許されたこの五分。例え志尊の身たる国王陛下であっても私の口と舌を止めることはできませぬ。なあに、ご心配なされるな。哀れな罪人の最後の弁明、鼻紙の価値もございませぬ。


 皆様は私の首が落ち、灰色の曇天の空を赤い血で染め上げるのを期待していらっしゃることでしょう、が、しばしお待ちを! メインディッシュはあとにとっておくもの。

 いまはこの哀れな道化師――喋るしか能のない遊び人、そして勇者の仲間であった私のお話に少しばかりおつきあいくださいませ。


 女神のご意志と偉大なる国王陛下のもと、選ばれた勇者が一年の旅を経て、悪逆非道の魔王を倒したのはひと月前。

 誰もが喜び、勇者を讃え、希望溢れる未来に沸き立ちました。

 けれど。その光はすぐに曇りました。


――勇者が王女殿下を弑し奉った事件によって。


 我々の希望だった勇者は、一転して反逆者となりました。


 勇者は王女殿下を弑した後、逃亡。現在に至るまで見つかっておりません。

 しかも! その場には魔族の残党の死体があり、勇者は魔族と共謀していたと!

 嗚呼、可憐なる王女殿下は勇者をお慕いしていたという話は有名でございました。姫が勇者に微笑むと、姫の髪飾りの鈴が小鳥のようにりぃんと鳴る姿の愛らしさをよく覚えております。

 魔王討伐の暁にはきっとお二人は結ばれるだろうと噂されていたというのに!


 しかし、このことだけは皆様に信じていただきたい。

 私はまっこと、女神のヴェールに誓って、勇者が魔族と共謀し姫を殺す企みなど知らなかったのです。

 けれども私は唯一の勇者一行の一人。逆賊の仲間として囚われ、反逆者として今日ここで処刑をされることとあいなりました。


 ですがそれで国王陛下や騎士団の皆様を恨み申すことなどいたしません。ええ、例え尋問中に、古傷の上に真っ赤に燃え上がった松明をあてられ、延々と回復魔法を使いながら指を百回折られても、これらはひとえに姫を弑した謀反人を探すため、彼らの崇高なる忠義のため。ですから、私は騎士団の仕事熱心なさまに感心することはあっても、恨み申すなどということはありませんとも。ほんとうですよ?


 けれども残念なことに私はなんにも知らぬのです。「勇者はどこだ」と聞かれても、なにひとつ答えることなどできやしませんでした。そこでまた指がポキンと折れました。


 ああ、しかし。旅を共にしながら勇者の裏の残虐さに気づかなかったのかと言われれば、まったくもってその通り! 残った右目は節穴だったか!


 しかし、しかしですね。旅の最中に怪しい気配がなかったかと言われてみると、おや? と思うようなこともございました。


 まず、私と勇者の出会いから語りましょう。


 あの日、あの時のことはよぉく覚えています。心が暗くなるような、灰色の雲一色で塗りつぶされた、曇天の日でございました。そう、まるで今日のように。

 私はそのころ『賢者』などと呼ばれ、調子に乗って天狗になっておりました。自分だけが優れてると信じ、周りを見下す最低な人間でした。

 愚かなることかな。そのようなものは周囲には害悪でしかありません。

 井の中の蛙は大海どころか樹海にうち捨てられたのです。左目をつぶされて。この一年の道化の化粧は悍ましい傷跡を持つ左目を隠す理由もありました。

 王都から馬車で数日、降りると馬にぐるぐる巻きにされました。騎士の一人が馬の尻を叩きました。驚いた馬は森の奥底へと走り、馬に巻かれた私はなすすべなく連れられていかれました。――禁忌の樹海へと。


 禁忌の樹海は凶悪な魔物がはびこる場所。巨人サイクロプスが地面を揺らし、泉はバジリスクが毒を垂れ流して毒沼に。禁忌の樹海に足を踏み入れるは死と同義。そこに追放されるということは実質的な死刑です。


 その時の私は、もう諦めておりました。


 左目をなくしては自慢の力も使えない。みじめな愚か者は魔物の餌となり朽ち果てるのだと。


 グレートウルフの群れが近づいてきました。一匹だけで私の身長よりも大きい闇の狼が十を超えて、獲物を求めてやってきました。

 先に馬がやられました。私を運ぶことになった運の悪い馬は、哀れ牙と爪の餌食となりました。馬から落ちた私は地面に転がりました。


 頭上にはどこまでも続く灰色の、昏く、重たい雲。周りには腹をすかせた魔物の唸り声。

 私の命は、ここで終わるのだ――そう、まだ動く右目を閉じて観念したときです。


 風が、吹きました。


 鋭い風は雄々しくも、春一番のような優しさがありました。


 思わず目を開きました。

 すると、頭上にあった灰色の雲がぱっくりと割れていました。

 隙間から目が眩むほどの青い空が見えました。

 風と共に重たい雲を切り裂いたのは――輝くばかりの、純白のドラゴン。

 その背に乗った、勇者でした。


 その姿は、まさに、光そのものでした。


 勇者はあっというまに魔物の群れを片づけました。そして私に手を差し出しました。


 命尽きることを覚悟していた私は――光に導かれるように、その手をとりました。


 そのあとはご存じの通り、私は道化師として勇者の旅に同行しました。

 芸を見せて小金を集め、お客や賭博場で様々な情報を集めました。

 無能な遊び人の前では警戒心もゆるくなりポロリと秘密をこぼすものです。

 強力な魔物の居場所、裏で魔王と繋がっていた貴族、秘密の遺物がある遺跡――そうやって魔王討伐の旅をしておりました。


 勇者は人前に顔を出すことを好みませんでした。

 女神の御使いみつかいたる白竜はくりゅうがいるため街中に入れないというのもありますが。ええ、でも、まるで勇者の顔を知られたくない様子でした。

 さらには雑用係の私以外に仲間を引き入れる気もありません。

 勇者は一騎当千どころか万の騎兵にも勝てる実力者です。

 けれども複数人で臨んだほうがいい遺跡や魔物がいるのもまた事実です。勇者の友たるドラゴンは巨大で、洞窟や遺跡にははいれませんし。

 そこまでして人目を避けていたところは、確かに怪しいともいえます。


 ですが急な魔物の発生――災害と呼ばれるスタンピードに襲われる村を御救いなさった時の姿といえば! 威風堂々いふうどうどう威風凛々いふうりんりん威風涼然いふうりんぜん。風で運ばれてくるりぃんという涼やかな音も合わさって、神々しくすらありました。


 しかし勇者は問題ごとを解決すると、さっさと離れてしまうのです。

 そのたびに私は慌てて白竜の尾っぽにしがみついたものですよ。


 勇者は普段からあまり喋るほうではありませんでした。そうですねえ、私と会話するよりも白竜と会話しているほうが多かったくらいです。

 ですが、勇者がポロリとつぶやいたことがあります。


――魔王を討伐したら、自分は殺されるだろう、と。


 それを聞いて私は――おや? 国王陛下、慌てた様子をなすって、如何いかがされました?

 処刑前の罪人が語る言葉を、まさか王都の善良な方々が信じることなどないでしょうに。

 ご自慢の錫杖をそんなに握りしめては壊れてしまいますよ。


 それに私に残された時間はあと一分程ある筈。


 その間、なんぴとたりとも、私の邪魔はできません。死にゆく者が最後に捧げる女神への言葉を邪魔立てすることは、それすなわち女神への背信となるが故に。


 さて、勇者が殺される、という話の続きですね

 いったい、女神に選ばれた勇者を殺せる力を持つものなどいるのか? 殺す理由は?


 さてさて。紳士淑女の皆様方、私の世迷言の妄想におつきあいくださいませ。


 勇者と旅をして、わかったことがあります。


 ひとつ。魔王に与する人間が少なからずおり、権力者に多いこと。

 ふたつめ。前時代の遺物はとても強い力を持つこと。街ひとつ焼くもの、魔物を大量発生させる遺物などなど。勇者はそれらをことごとく破壊するか、再封印していました。

 みっつめ。なぜ人類の希望である勇者がひとりで魔王討伐に向かうのか。

 その理由は、勇者を選んだモノを勇者は信頼していなかったから。

 女神ではなく――そう、王国。国王陛下です。


――陛下! 今は私の告解の時間です! そんな悪鬼のごとき形相で詰らなくてもよろしい。どうせあと数十秒で潰える命です。


 ですが。

 残された時間の中で、今この一瞬を、私は生きているのです。

 夜空で瞬いては消える、綺羅星のように。

 最後の光くらい輝かせてくださいませ。

 

 おっと。時間がもうありませんね、急ぎ足でいきましょう。


 英雄となった勇者は、政治に影響を及ぼす。至高の玉座が揺らぐほどに。王女と結婚すれば次の王にと望まれたでしょう。

 結婚自体には利点があります。英雄がいる国に戦争を仕掛けてくる国はいません。他国に有利な立場をとれます。

 ですが。それらを天秤にかけても勇者の殺害を選んだ――勇者が、すでに王国が魔王に与していたことを知っていたからです。


 勇者を祭りあげる裏で魔王に生贄を捧げ貧しい村を襲う便宜を図っていた。

 魔王が勝てば便宜をはかった分のわけまえとして王国の存続を認めてもらう。勇者が勝てば勇者を持つ国として他国から抜きんでる。


 しかし。そのことに気づかれたならば――勇者に消えてもらうほかない。


 王女殿下が殺された日は、勇者が預かった聖剣を返す日でした。王城にはどうしても戻らなければならなかった。

 それを狙い勇者を暗殺する予定だったのでしょう。王女の持つ、遺物を使って。


 王女の髪飾りの鈴。りいんりいんと綺麗になる音はよく覚えています――なにせスタンピードの折に、イヤというほど風上から聞こえていたものですから。

 王女は魔王のためにわざとスタンピードを発生させた――魔物を呼び寄せ力を増幅させ狂暴化させる。遺物の効果はそんなところでしょう。


 あらかじめ招き入れていた魔族に、遺物で強力化し勇者を襲おうとした。神竜もおらず、聖剣もなく、無辜の市民のいる王城。勇者が全力を出すことはできないと思ったのでしょう。私と勇者の部屋を遠ざけて配置していたのは、勇者が先に逃亡するのを防ぐための策でしょうか? まあ、結果は意味がなかったですが。


 結果は皆さまご存じの通り。王女は返り討ちにあい、死亡。

 勇者は逃亡いたしました。


 王国は勇者を『反逆者』として告知。英雄から一転、卑劣な犯罪者となった。そんな勇者の言葉など信じる者はいない。あとはじわじわ追い詰めながら探すだけ

 それか出やすいように餌を用意する、など。


――例えば、仲間の道化師を処刑する、とか。


 ふふ、ふふっ……ああ、いえ。思わずおかしくて笑ってしまいました。

 尋問という名の拷問にかけても、私が王族と魔王のつながりを知らぬ存ぜぬを通していたので、無知な道化師として処刑台を用意したのでしょう?


――あぁぁー----…ハッハッハッハッハッハハァァァ!


 ここまで綺麗に騙されてくれるとは思ってませんでしたよ!

 ああ、偉大なる国王陛下! 余裕綽々だった貴方様の、青ざめ絶望と恐怖に染まった顔を特等席で見られて、心が歓喜でわいてます!

 左目に魔力を封じられ、勇者に命を救われてからというもの、左目とあわせて勇者の命を狙う貴方に復讐することをずっと望んでいました。


 ふふふふ。虚言だと言うならば堂々としてらっしゃればいい。髪を振り乱し、わめいていては、国王陛下の言葉よりも哀れな道化師の言葉のほうが真実に見えてしまいますよ?

 なにせここには、王都市民三万人がいるのですよ。

 そんな姿を見せれば、善良なる王都市民の方々は、いかに考えるでしょうかねえ?


 ああ。ただ一つ。貴方の誤算がありましたね。

 ここに勇者はきませんよ。

 王都に帰る前に言っておきました――あなたに仕えた道化師は、もう死んだものと思ってくれ、と。


 さあて。いささか悠長に話過ぎました。時間を過ぎてしまいましたね? これは失敬失敬。

 どうしました、処刑人の方々。私の罪状はそのままです。女神への言葉が終わった今、あとは私の首を落とすために、その刃を振り下ろすべきでしょう。


 ここに首をおけばよろしいのですか? うーん、なかなか居心地が悪いですね。しかし三万人もの注目を浴びているのは悪い気はいません。ふふ、彼なら居心地悪そうにするのでしょうが。

 ああ。今日は本当に、あの日と同じような、曇天ですね。


 そう。あの日。昏い雲が、ぱあんと割れて、隙間から青空がのぞいたのです。


 そう、そう。こんな風に。さぁぁっと、春一番のような、強き風が巻き起こって。


 ……ええ、そう、こんな、ふ、うに。


 風、が、ふいて。


 空が、割れて。


 そこに。


 ……なんで。


 なんで、あなたがここにいるんですか。


――バッ…カですか、逃げればいいじゃないですか、私なんて放っておけばいいじゃないですか!

 このまま王国が自滅して、告発した私が死ねば。あなたが求めていた、戦いとも政とも関係のない、平和な暮らしを手に入れられるのに。


 なぜ。


 ……私の復讐を見届けて、私が満足したら迎えに来ればいいと思っていた、と。

 はあ。あなたは……ほんとに、バカですか?


 まったく。見てくださいよ、この惨状。三万の市民は、王国のスキャンダルで混乱しているところに白竜とあなたを見て、鍋がひっくり返ったかのような騒ぎ。国王は泡を吹いて倒れてますし。


 なにより英雄のあなたのそばに――ただの道化師がいられるわけ、ないじゃないですか。


 ほら、見てくださいよ。クソ騎士団野郎に、左目に松明で眼球を抉るほど押しつけられて。

 くそったれ国王に封印されていた『賢者』の力が眼球ごと、なくなっちゃったんですよ。

 だから、いまの私は正真正銘の愚者で、せっかくかっこつけた復讐が、最後にいまいち決まらないダメダメな道化師です。


 ……『だから何?』って顔やめてくださいよ。最近ますます人間離れして白竜や女神側によってませんか?


 はあ。ほんと、仕方ない、人ですね。

 あなたを一人にしたら、ろくな料理も作れないだろうし、白竜と一緒に女神のところに行っちゃいそうですしね。


 あなたが、まだ、人間と一緒にいたいなら。それまでなら。

 あなたを人間でいさせるために……オレはその手を取りますよ。



――さて紳士淑女の皆様方! そうではないかたがた!

 皆様が待ち望んでいた処刑を見せられないことは残念無念。

 ですが。


 私がかつて見た、とっておきの、輝かん光を見たこと。

 一生の誉といたしなさい。


 さあ、皆様。


――くそったれ! ざまぁみやがれ! それでは御機嫌よう!


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