creep

@10new3

僕とブスとバカの話を聞いてほしい。

 情景もクソもない話だけど聞いてほしい。

 土日に軍鶏とホーリーランドを読んだのがいけなかった、漫画アプリで無料だったんだ、仕方ないだろ。

 月曜の朝から野球部のハゲが教室の中で一番かわいい子の気を引くために僕を馬鹿にしていて、美少女はサッカー部のイケメンを見ていた。ありがちだけど、教室での立ち位置が彼らの、いや僕らの世界の全てなんだと思う。集団生活をしていく上で、人は自分はこういう人間ですよというシグナルは出していかなければいけないらしい、舐められたくないなら舐められない格好で、舐められたら舐めた奴に報復をすることで舐められないようにする。学力やスポーツや容姿で地位を確立できなかった奴らは、舐められない事、他人を舐める事で自分のポジションを確立したんだと思う、それがヤンキーなんだと思う。まぁ悪ぶるだけで地位につけるんだから勉強ができてもスポーツができてもルックスが良くてもみんな舐められないように、大なり小なり悪いフリをした。昔はどこもそうだったと思うし、田舎は今だにこれがまかり通っている。

 僕はと言えばそれすらもできずに、隣の席のブスがTHE BLUE HEARTSを知ってる私はすごいって話を斜め前の席のあだ名が「姉さん」で股を開いて一個上の不細工な先輩の2号になってるだけの癖に男とは何かを語る、特技が授業中の過呼吸の女に話しかけていて、姉さんは「わかる~」と絶対分かっていない相槌を返しながらスマホを見ていた。ドブネズミみたいな顔面だからって共感しなくてもいいのにな、ブルーハーツの歌詞に共感する単純な僕らのどこが多感な時期なんだろうな、そりゃ愛想笑いは上手くできないけど。僕も悪いフリをすれば、美術や技術家庭、音楽の通知表が9から10になるんだろうか。相対評価なので10をもらえる生徒は限られていて、僕よりテストの点が低い人たちが通知表で10をもらい、僕が9だった。9と10の間にある何か、対して授業態度の良くないサッカー部のイケメンが僕よりテストの点が低いのに通知表に10をつけてもらっている現実に鬱屈としながら、僕はクソみたいな中学2年の夏をやっていた。

 4限目国語の時間、大雑把な国語教師がプリントが余ったり足りなかったりしたら一番後ろの席で調整しろ、足りなかったら言えといったので、一番後ろの席の僕はプリントが足りず、プリントが余り持て余している隣の席のブスに貰えないかと話しかけた。ブスは僕をチラッと見て舌打ちをして無視をした。日本語で話しかけたつもりが通じなかったのか、ブス語で話すしかないのか?そう思いながらもう一度話しかけたら、「んっ」とだけ言われプリントが床に落とされた、何が悪かったんだろう、僕のブス語が下手だったんだろうか。言語文化学科にはブス語やバカ語もあるんだろうか?受けたストレスを逃すためかクソみたいな事を考えながらプリントを拾い自分の席に着く、ブスに「笑ってる、気持ち悪い」と言われ、自分の口元が薄笑いを作っている事に気がついた、防衛機制なんだろうなと思うとまた自嘲的に笑ってしまった。

 田舎の街には給食センターなんて立派なモノはなくて、小学校は各学校の給食室で給食を作り、中学は弁当だった。僕はいつも隣の席のブスのワキガと制汗剤の匂いがつらくて別の場所で食べていた。4限目が体育の時なんかは脇が黄ばんだ体操服に8×4とファブリーズをふりかけまくって椅子に干しているので視覚と嗅覚を殺しに来ていた。僕が別の場所でお昼を取っている間、僕の席はいつもバカが座っていた。今日は隣の席のブスはいつもと違うグループと昼食を取るらしく、机の上に筆箱だけ残し移動しようとしていた。久しぶりに自分の席で昼食を取ろうと朝からコンビニで買ってきたツナおにぎりのビニールを剥がして、海苔がビニールに結構残ってしまった事を残念に思ってたらバカが弁当を持って私の横に立っていた。

「早くどけよ」

 ちょっと何を言っているのかわからなかった、急にバカ語で話しかけられても困る。私立中学では体験できない多様性という名の学習教材が目の前に立っていた。

「俺が座るんだよ、早くどけよ」

 バカが大きな声で怒鳴りつけてくる、クラスの陰キャに舐められたら終わりだからなのか、自分の出した大きな声でアドレナリンが出たのかヒートアップしている。胸ぐらを掴んできた。

「僕の席なんだけど?」

 殴られた。

 バカのドッヂボールの女の子投げみたいな不恰好な殴り方がスローモーションで見えた。額を殴られていた。座っている僕に対してバカは上から思いっきり殴ってきた。急に殴られたのには驚いたが、当たった角度と場所がよかったのか意識がはっきりしていた。バカが格闘技も部活も何もやっていないイキっているだけのバカで本当によかった、そしてきっとこの件は教師に適当に まとめられて「ごめんなさい」で済まされるんだろう、教師も自分のクラスで刑事事件なんか抱えたくないもんな、殴られ損か。バカはのうのうと明日も学校に来て、この席で昼食を食べる、そんな事が頭に過ぎるともう全部どうでもよくなってしまった。

 僕はブレーキを踏むのをやめた。

 絶対大ごとにしてやる。

 土日に軍鶏とホーリーランドを読んだのがいけなかった、漫画アプリで無料だったんだ、仕方ないだろ。

 僕は立ち上がると同時にやってしまったという顔をしてぼーっとしているバカの陰毛みたいな髪を右手でつかみ、立ち上がった勢いのままバカを押して、右足をかけ払い腰で隣の席のブスの机に頭から全体重を乗せて押し倒し、そのままの勢いで、つけている意味がわからない整髪料でべっとりとしたバカの髪を左手に持ち替え机に顔を押し付け、空いた右手でバカの顔を殴った。人を殴った事なんてなかったので上手く力が拳に伝わっている気がしなかった、それでも周りの奴か教師が止めにくるまでできるだけ殴っておきたかった。押し付けたバカの頭の横にあったブスの筆箱を掴んでバカの顔に力一杯叩きつけ続けていたら、バカの手が顔の前で交差され、殴り辛くなったので筆箱を捨てて両手で髪を掴んで、机から頭をずらして体重をかけて床に叩きつけ、そのまま頭を持ち上げ床に叩きつけるのを繰り返した。

 事態に気づいて駆けつけた教師が、バスケ部の顧問で鍛えた大きな声で僕の名前を呼びながら僕を羽交い締めにしてバカから引き剥がそうとしていた、教師に状態を起こされる僕に付随して、僕の左手に髪を鷲掴みにされてるバカの体も起きてくる、握った左手を離し、後ろから僕を羽交い締めにしているバスケ部顧問の担任教師の恵まれた体格を利用してバカの顔に思いっきり前蹴りを入れた。バカはブスの机と共に倒れ落ちた。バカのポケットからiQOSが転がっていった。ついでとばかりにブスの筆箱をバカに投げつけた。担任教師が大声で僕の名前を叫んでいた。バカに殴られた額が切れていたのか、僕の夏服の白いカッターシャツは血まみれだった。両手は抜けたバカの髪が大量に張り付いていた。持っていたはずのツナおにぎりがいつどこに消えたのか自分でもわからなかった。損した気持ちになった。担任にとりあえず保健室に行けと言われ解放されたので、自分の席の椅子をバカに投げつけた。また担任が大きな声で僕の名前を叫んでいた。

 最悪な話だけど、この件は本当に両者のごめんなさいだけで済んでしまった。担任と学年主任の頑張りの賜物なのか、相手の親も何も言ってこなかった。自分が監督していた場所での暴力事件なんだし、担任はめちゃめちゃ頑張ったんだと思う。僕の親は「顔はダメ、次からは転ばせて太ももを蹴り続けろ」とクソみたいなアドバイスをくれた、法治国家とはなんなんだろうと思う。僕が座っているところを急に殴られ、額を4針縫ったからだろうか?僕は養護教諭に応急処置をされ、担任に羽交い締めにされながら保健室に行き、その後車で近所の病院へ連れていかれた、額と拳を縫った。近所の病院のおじいちゃん先生に縫われたからか、なんとなく額は痕が残る気がした。右手は大きく腫れ上がり、歯が当たったのか拳は切れたり、拳と拳の間の水掻きの部分が痣になっていた。バカはぐったりしていたのに学年主任の車で病院に連れていかれたらしい、救急車を呼ぶのは外聞が悪いからね、仕方ないね。バカは顎の骨と前歯3本折れていて、頬っぺたをブスのドクターグリップが突き破り、上顎と下顎をワイヤーで固定され、しばらく食事はリキッドタイプのカロリーメイトやinゼリーでしか取れないらしい、ついでに歯並びも直してもらって今度は綺麗にさ行を言えるようになればいいのにね。嘘みたいな話だけど頭も精密検査したらしいが頭には異常がなかったそうだ、殴り方がよかったから前より良くなった可能性があるな。今だに閉じたり開いたりする度に痛む右手を見て、本当になんでこれがごめんなさいで済んだんだろうなと思った。僕が13歳でバカが14歳だったからだろうか?関係ないか。

 僕とバカとの喧嘩を近くで見ていたブスが自分が当事者かの様に話を盛りまくって周りに話回ったせいで、学校の多くの人がこの事を知っていた。学校は前以上に居心地が悪くなると思ったが、オタク扱いより腫れ物扱いの方が人権があるだけマシだった。バカはまだ学校に着ていないが、噂によると、突然座っている人間に意味のわからない理由で殴りかかったのにボコボコにされた最低な奴という扱いらしい、正直「‥‥疼くんだよぉ‥‥」とか言って襲われても困るのでみんなバカが戻ってきたら優しくしてあげてほしい。そして関係ないと思いたいし、後々の話になるのだが、美術や音楽の成績が10になった。人が人を評価するんだし、面倒臭い奴には気を使うんだろうか、いや、関係ないよな、本当に、本当に最悪なので暴力はよくないと思いました。

 次の日学校に行くと、親愛なる隣席のブスが普段より若干高い声と上目遣いの笑顔で話しかけてきた。初めて自分に向けられたブスの笑顔はグリーンゴブリンのようだった、笑顔下手か?

「やっほー!元気?」

 今しがた消え失せた元気を惜しみつつ、昨日との扱いの差に辟易しながら、世界は美しいけど我々は心身共に醜いよという思いを込めて、なれないブス語で返事をした。

ブスはバカの頬を突き破ったドクターグリップを使っていた、拾って洗ったんだろうか、ドクターグリップとブスの心の頑丈さにはドン引きした。ブスの机には朝井リョウの何者の文庫版が置いてあった。そうか、つまり君はそんなやつなんだな。その本は読んだことはないけど、君は唯一無二で最悪だよ、そう思った。1限目は国語だった。

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