夢日記:地下鉄道の冬

高黄森哉

冬の到来


 地下鉄は静かに混雑していた。外界とは繋がっていない閉鎖された空間が、圧迫する。とても、寒々しい景色だ。地下鉄の荒涼とした空気が普段より深い。冬なのかどうか、それははっきりとしないが、きっと今は冬なのだろう。しかし、今は、夜なのだろうか、それとも昼なのだろうか。


 自分の周りには乗客がいる。集団客であり、グループを作っている。旅行に行くわけではなさそうだが、それならば、どこへ行くのだろう。自分も、その集団の一部であり、別のグループにいる。グループの一員である、目の前にいる彼女は、一度も会ったことはないが、恐れずに自分に語り掛けて来る。


 夢の中での女性の内、特に主要な役割を持つ人物を、アニマ、というらしい。ならば、彼女はアニマなのか。そう言われると、目鼻立ちは見覚えがあった。だいぶ前に、自分は夢の中で彼女と同化したことがあったのだ。それは、性的繋がり、の婉曲的表現法ではなく、単純に肉体として一体化した、ということである。


 その夢では、自分は彼女であり、彼女は自分であった。視点は二つあり、彼女自身と、下からの角度での撮影の、同時進行。やさしさ、が不自然に満ち溢れていて、不安を忘れられるようだ。ずっと、夢の中に居たい、世界には、そう思わせる魅力があった。起きた後も余韻が残った。


 眼の前の彼女は、スカーフを首に巻いていて、口元が隠されている。ああそうか、だから冬だと思ったのか、と夢から覚めた今になって合点がいく。赤いチェックのスカーフの上に、彼女の特徴的な一重がある。一重なのに、眼は大きい。アイツだ。そう直観した。夢の中の彼女は、クラスでいじめられていた、アイツだ。でも、同一人物なのに、別人だ。


 よくよく周囲を観察すると、人混みの一人一人は、中学生の時の同級生である。彼らは大学生に成長しているが、その再現性は、欠けることだろう。人は変わる。本来なら、七、八年あっていない人物の、見分けがつくはずがない。それなのに判別できるのは、ここが夢で、己が作り出したイメージだからだ。



 夢の地下鉄道に冬の予感が吹き込んできた。



 予感は、不可視の霜で、ホームに降りて来る。ここに来た時から感じている冬のイメージが深化した。気温が徐々に降下するのは、嘘じゃない。地下鉄のトンネルからの冷気だ。冬が、雪崩のように吹き込んでくる予知。それは単に予測であるが、確信した。

 

 「ダウンバーストが来る」、眼の前の彼女は確かにそう言った。その気象現象は知らないが、自分もそうだろうと感じていた。吹雪が地下鉄に、猛烈に吹き込んで、全てを氷漬けにしてしまうのは、確定的に思えた。予兆がないにも関わらず、である。


 いずれくる、氷点下の突風から身を守るためにと、自分は、彼女に引かれるまま、地下鉄のホームをさらに下る階段へ、避難することになった。ホームは二層構造になっていて、上と同じくらいの、殺風景な空間がある。そこへいたる階段は、鉄製で所々、錆びかけていた。この階からも、線路が見える。


 少数の人間が、自分達に同調してついてくる。同級生たちはその模様を冷ややかに見ていた。いじめの対象である人間と話しているときのあの視線である。彼らも、予感は感じているらしいが、それが起こり得るとは信じていない様子だ。


 猛烈な風と共に、霜が降りてきた。ホームの下の空間にも風は吹き込んでくる。その時には、皆で寄り添っていたので体温は保たれる。見る見るうちに、身体の表面は凍っていくが、内部は生きている。顔を上げると霜だらけであった。


 突風が止んで、ホームに上がると、意外なことに上階の人間も生き残っていた。しかし、やがて死ぬくらいの被害を受けていることは、夢の理論で理解できた。理由がないのに、結果だけを確信できる、夢の通知で理解できた。全身に霜が降りている。かびみたいだ。


 地上は恐らく、ダウンバーストとかいうので壊滅してしまっているだろうが、家がどうなっているか確認したい。ホームに列車がやって来て、自分は乗り込もうとするが、彼女に停められてしまう。電車は行ってしまった。


 折り返すには乗車券を買いなおさなければ、ならないことを思い出すと、唐突に発券機にの前いる。思えば、先に彼女が引き留めたのは、切符がためだった。発券機にて、まるでとんぼ返りだな、と自嘲的に心で呟いたことから、目的地がどうやらここであったらしいことが知れた。一体なんの用事で、あそこへ行ったのかは、今となっては分からない。券を買うところで、自分は覚醒した。



 部屋の冷房は一晩中、点いたままであった。

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夢日記:地下鉄道の冬 高黄森哉 @kamikawa2001

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