『#DM待ってます』と呟いたらダンジョン・マスターが家に来た

鍋豚

『#DM待ってます』と呟いたらダンジョン・マスターが家に来た


 玄関のチャイムが鳴った。

 扉を開けると、二十代半ばくらいの知らない女性が立っていた。


「なんの用ですか?」


 そのセリフを放ったのは、家主の俺ではない。

 なんと、訪問者の女の方だった。


「それは俺のセリフですが? あなたこそ、なんの用ですか?」

「そちらが私を呼んだじゃないですか」

「はぁ?」


 話が噛み合わず、互いに首を傾げる。先に口を開いたのは俺の方。


「つか、あなた誰ですか?」

「ダンジョン・マスターです」

「は?」

「あなた、ツイッターで呟きましたよね? 『DM待ってます』って。だから来たんですよ、ダンジョンマスターの私が」


 いやダイレクトメッセージだわ。

 誰がツイッターでダンジョンマスターに呼びかけるんだよ。つかなんだよダンジョンマスターって。確実にヤベー女じゃねーか。


「すみません、帰ってください」


 扉を閉めようとしたが、足で阻止されてしまった。


「ちょっと。呼んでおいて追い返すんですか?」

「すみません間違いでした。ダンジョンマスターさんを呼んだつもりはありません」

「はい!?」


 喚き始めるダンマスさん。


「じゃあ『DM待ってます』ってどういう意味だったんですか!? まさか女の子からのダイレクトメッセージを募っていた訳じゃありませんよね!? ネットで知り合った女の子とオフ○コするつもりだった訳じゃないですよね!?」


 おっしゃる通りだよ。深夜のテンションと酒の勢いで『#裏垢男子』とかツイートしちゃったんだよ。てかオフ○コとか大声で言うんじゃないよ。


「そんなツイートで女の子がホイホイ家に来ると思ったら大間違いですからね!?」


 お前ホイホイ来てるじゃねーかよ。ってかよく見たらこの人めちゃくちゃ美人だな。

 整った目鼻立ち。艶々の黒髪ロング。スタイルも抜群。なぜかジャージ姿なのがちょっと残念だが、それを差し引いても有り余る程の美人。俺の心の奥に眠る#裏垢男子が鎌首をもたげた。


「えっと、こんな場所じゃアレなんで、家上がります?」

「あ、どうもどうも。お邪魔します」


 ホイホイ来てるじゃねーかよ。大丈夫かよこの人。


「お茶です」

「どうもどうも」


 ひとまず机を挟んでダンマスさんと対面で座る。


「てか、なんで俺ん家の場所分かったんですか?」

「ツイートと一緒に写真も上げてましたよね?」


 確かに、魔が差して自撮り写真も一緒に上げてしまったが……。


「窓の外の風景、太陽の角度、部屋の間取りから住所を割り出しました」


 こえーよ。


「ダンジョンマスターとして当然のスキルです」


 ダンジョンマスターこえーよ。やっぱ帰ってくんねーかな。


「そもそもダンジョンマスターって何なんすか?」

「ダンジョンマスターはダンジョンにいる人ですよ」


 何なのかは分からなかったが、あんまり頭が良くないのは分かった。


「ダンジョンマスターはダンジョンで何してるんですか?」

「ダンジョンマスターはダンジョンに居ること自体が仕事なのですよ」


 要は何もしないのね。


「ですが、私はまだまだ駆け出しの身。日々修行中なのです。あぁ、早くダンジョンマスターを極めたい」

「極めるとどうなるんです?」

「マスターダンジョンマスターになります」


 マスターダンジョンマスター。


「マスターダンジョンマスターになるためには、師匠から免許皆伝を受ける必要があるのです」

「師匠とかいるんだ……」

「はい、マスターマスターダンジョンマスターです」


 マスターマスターダンジョンマスター。


「私のマスターマスターダンジョンマスターは、とっても頭が良いのですよ」

「学歴は?」

博士卒ドクターです」


 そこは修士卒マスターであれよ。


「私のマスターマスターダンジョンマスターは、スタンフォード卒です」


 ダンジョンマスターなんかやってないでその頭脳を世の中に役立ててくれよ。


「あ、ちょっと失礼。電話がきますた」


 マスター言い過ぎて語尾に影響出てんじゃねーか。


「もしもし? あ、ママ? え? ちゃんとハロワ行ってきたよ! 今日はパチンコ行ってないよ!」


 ダンジョンマスターなんてやってないでちゃんと働こうよダンマスさん。


「もう切るからね! バイバイ! ……ママ……マスターマスターからの電話でした」


 マスターの正体はお母さんなのかよ。つかお母さんスタンフォードの博士卒なのかよすげーな。


「マ、ママとは、マスターマスターの略ですからねっ」


 うるせーよ。


「あああああああああ!!!!」


 急に立ち上がって叫び出すダンマスさん。色んな意味でこえーよこの人。


「なんすか急に」

「私としたことが……人様のダンジョンに上がり込んでしまっていました!」

「はぁ?」

「ママ……マスターマスターに、人のダンジョンに入るなと言われていたのに!」


 え、ダンジョンって家のことなの?

 ちょっと待て。さっきダンマスさんはこう言っていた。『ダンジョンマスターはダンジョンに居ること自体が仕事なのですよ』。いやただのニートじゃねーか。


「ダンマスさんってニートなの?」

「失礼な! ダンジョンマスターですよ!」

「ダンジョンマスターやる前は?」

「自宅警備員でした」


 ニートじゃねーか。ニートの呼び方が自宅警備員から時代を経て今風(?)に変わっただけじゃねーか。


「って、話を逸らさないでくださいよKAZU〜TA@裏垢男子さん!」


 急にアカウント名で呼ぶなよ恥ずかしいだろ。


「私をあなたのダンジョンに引き込んで、一体何するつもりだったんですか!? オフ○コですか!? オフ○コするつもりだったんですか!?」


 そうだよ今さら気付いてももう遅いよ。


「だが残念でしたね!」

「なにが?」

「私……こう見えて……」


 ま、まさか……。


「三日間お風呂に入っていないのですよ!」


 自信満々に言うことじゃねーよ。確かに三日お風呂入ってないと思えないほど綺麗だよ(イケボ)。


「さすがに三日お風呂入ってない女とはオフ○コできませんよね〜? どんまいっ! あ、ドントDon'tマインドMind☆」


 ちょいちょいうぜーなこの人。発音良いのが余計うぜー。さすがスタンフォード卒の娘。

 だが……


「残念だったな、はこっちのセリフだよダンマスさん」

「なんです!?」

「三日間お風呂入ってないだと? むしろちょっと興奮するわ」

「え、きも」


 ドン引きしないでよダンマスさん普通に傷付くよ。


「い、いいですか!? それ以上こっちに近付かないでください! さもないと……」


 ダンマスさんは机から俺宛の封筒ダイレクト・メールを拾い上げ、宛名を確認する。


「さもないと、KAZU〜TA@裏垢男子さんの本名と住所をネットに晒しますよ!? 分かりましたね、マスダカズタさん!?」

「マスタ」

「え?」

「増田って書いて、マスタって読むんだ」

「え、マスタさんって言うんですか?」

「うん」

「結婚してくれません?」


 この人情緒ヤバくない?


「ダンジョンマスターを極め、私も誰かの師匠となり、そしてあなたと結婚することで、私は成れるのです……そう! マスターマスターダンジョンマスター・マスタに!」


 情緒じゃない頭がヤバいんだ。


「そして男の子が産まれた暁には、『ます太』という名前を付けるのです。そうです! 我が子を究極のダンジョンマスター、マスターマスターダンジョンマスター・マスタマスタにするのです!」


 親のエゴが過ぎるよ。


「悪いけど、そりゃ無理だ」

「どうしてですか!? KAZU〜TAさん独身ですよね!? 私の母はスタンフォード卒で年収一億ですよ!? 幸せにしますよ! 母が!」


 他力が過ぎるよダンマスさん。


「違う違う、結婚の話じゃなくて、子供の名前の話」

「と言うと?」

「俺、『数太』って書いて『マスタ』って読むんだよね。親と同じ名前、子供に付けられないでしょ?」


 数学Mathのマスから取ったらしい。

 本名を告げた途端、ダンマスさんが膝から崩れ落ちる。


「ああああ……」


 放心しちゃった。


「既に実在したのか……ダンジョンマスター・マスタマスタ……」


 いや俺ダンジョンマスターじゃないからね。


「ちなみに学歴は?」

修士卒マスター

「あああああああああああ!!!!」


 発狂しちゃった。


「……数太さん。私と一緒に目指しましょう、完全究極ダンジョンマスター……マスターマスターダンジョンマスター・マスタマスタ(マスター)を!」


 目指さねーよ。ただの院卒の完全究極ニートじゃねーかよ。


「完全究極ダンジョンマスターを目指す一番の近道は、私と結婚することです」

「なんでそうなるんだよ」

「お願いします! 私今年で28歳なんです! そろそろ親が本気で心配してるんです!」


 ただダンマスさんが結婚したいだけじゃねーかよ。


「母は年収一億、父は二億。祖父母の資産二十億。家は麻布十番の一等地。ぶっちゃけ、一生遊んで暮らせます」


 この人既に完全究極ニートじゃねーかよ。


「俺は金じゃなびかないから。今の仕事好きだし」

「え、数太さんってダンジョンマスターじゃないんですか? 平日の昼間にご在宅ですし」


 あんたと一緒にするな。ちゃんと働いとるわ。


「仕事、夜からなんだよ」

「なんのお仕事です?」

「バーのマスター」

「あああああああああああああああ!!!!」


 嘘でしょこの人失禁しちゃったよ。


「バーのマスターと言えば……マスターの中のマスター、マスター✕マスターじゃないですか!」


 ハンター✕ハ○ターみたいに言うなよ。


「つまり数太さんは、既にマスター✕マスター・マスタマスタ(マスター)なのですね!?」


 もう訳分かんねーな。


「あなたこそ真のマスター……お願いします結婚してください! 私のご主人様マスターになってください!」


 いよいよ土下座し始めるダンマスさん。失禁した状態で座らないで欲しいなぁ。


「あのなダンマスさん。結婚って、親の資産とか職業とか、表面的な情報で決めるもんじゃないだろ?」

「うっ」

「もっと相手の内面を知ってからじゃないと、俺は結婚したくない」

「ごもっともです……」

「だから、さ。教えてくれよ。ダンマスさんのこと」

「数太さん……」


 上目気味に瞳を潤ませ、頬を赤らめ。

 ダンマスさんが、ゆっくりとジャージのファスナーを下ろす。


「私はGカップの処女です」

「結婚してください」



 こうして、俺がマスターマスターダンジョンマスター兼マスター✕マスター・マスタマスタ(マスター)を目指す物語が始ま——ピンポーン。


「あ、誰か来ましたね。オフ○コおっぱじまるところだったのに」


 そういう生々しいこと言わないでよ。


「私の未開拓ダンジョン(意味深)が攻略されるところだったのに」


 エグい下ネタもやめてよ。


「ごめんちょっと出てくる」


 玄関の扉を開けると、またまた知らない女の人が立っていた。なんかカードの束を持っている。


「え、誰?」

「DMです。呼ばれたので来ました」

「は?」

「デュエル・マスターです」


 もっとヤベー人来ちゃった。


「ベッドの上でデュエル(意味深)するんですよね?」


 話の分かる人だった。

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