episode 010:勝利

 宙に向かって飛び上がって、サソリ型の背中に剣を突き刺した。

 そのあと、サソリ型がし一切動かなくなったのを確認する。そして、湊斗はそれの上に倒れてしまった。

 筋組織がちぎれたような痛みが全身を襲う。

 それでも、湊斗が一番最初に発した言葉は、愚痴でも、歓喜でもなく。


「みんなを助けられて、よかった……」


 安堵だった。

 大きく息を吸って、吐き出す。深呼吸だ。上体を起こすことすらままならない満身創痍の体から、その意識を手放した。


  ♢♢♢


 左手を包む温かくて、少し強い感触。それが心地よくて。その正体はなんなのか。それを見るために、瞳を開くと。

 見知らぬ天井の照明から振りまかれる光に顔をしかめる。

「!? ミナト!?」

 アクセントがずれた自分の名前を呼ぶ聞き覚えのある声。

 再びゆっくりとまぶたを上げる。すふと、そこには、目の下を少し赤くしたシグリチェがいた。


「姫さま。彼は起きましたよ。これ以上は、僕も譲れません。姫さまは本当に休んでください。彼には少し悪いですが、姫さまは重症です」


 金髪の少年が、今にも泣きそうだったシグリチェをなだめる。すると、シグリチェは湊斗から手を離して、立ち上がる。


「最後に一言だけ言わせて」


 彼女は仰向けの俺と目を合わす。


「生きててくれて、よかった」


 それだけを残して、シグリチェは湊斗の視界から消える。足音が遠ざかっていく。


「ミナト。だってな」


 野太い男の声。少し、首をお動かすと予想通り、アンドラがいた。


「門が壊れた時には何事かと思ったが、最終的にいい結果に繋がってよかった。その件については、深く感謝を。本当に、俺らをシグリチェを助けてくれてありがとう」


「いった!」


 上体を起こそうとすると、腹部や腕に痛みが走る。

 その痛みで、おぼろげとしていた意識が覚醒していく。そうだ。シグリチェを助けた後……。

 思い出した記憶。


「寝たままでいた方がいい」


 その言葉に甘えて、湊斗は楽な姿勢になる。


「シグリチェから、話は聞いている。砂漠の上でアーティファクトを無くすなんて──。本当に、シグリチェに拾えてもらえてよかったな」


 違う。一瞬、そう言おうとしてしまった。だが、シグリチェがわざと誤魔化してくれた可能性が頭によぎった。彼女の気遣いを無駄にするわけにはいかない。そう思って、その言葉を口に出すのはやめた。


「これは、あくまでも予想なんだが……。きっと、お前の体は痛みに支配されているだろう。おそらく、その理由は、急な運動にお前の体がついていけなかったから。というのがオレたちの推測だ」


 「だから、無理せず、休んでいろ」そう続けるアンドラ。それにこくりと頷く湊斗。


「今日のところはもう遅い。続きはまた明日話そう」


 そう言って、アンドラは照明を消して、部屋を去っていった。

 体ついてきていない、か。その通りだと思う。昔からそうなんだ。頭では、体をどう動かせばいいのかわかっているのに、体が追いつかない。

 最近、まともに運動をしていなかったからだろうか。昔に比べて、体の痛みが大きい。


「はぁ……」


 なんとも不細工な自分につくづく嫌気が刺す。


「でも、」


 シグリチェにき握ってもらったあの感触は心地が良かった。我ながら、気持ち悪いとはわかっているのだが。それでも、あの心配そうな瞳には、心を打たれた。

 きっと、『特定の行動』は挨拶だ。それも、ただの挨拶じゃダメ。人に対して『よろしく』る類する言葉を言うことで、世界を旅することができる、はず。この仮説が正しければ、すぐに学園都市がある世界に戻ることができる。


『特定の行動は世界を三往復、又は二つの世界で過ごした合計時間が一週間を超えると、その度に別の物へ変わる』


 難しく書かれてはいるが、要は六回、世界を旅するか、一週間以上時間が経つと『特定の行動』が、『挨拶』ではなくなるということ。

 ならば、両方の世界で挨拶をあと三回すると、この魔術世界からはしばらくおさらばできるはずだけど。それは、なんだか名残惜しい。

 だから。この世界にしばらくいる。一週間のタイムリミットが訪れる前に、科学世界に戻れば、二度とあちら側に行けなくなる。いうこともなくなるはずだから。

 一通り、思考をまわしたあと。


「疲れた」


 睡魔に襲われて、湊斗は意識を再び手放した。

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学園都市に転校して来たら、タブー扱いされている神から、世界を旅する力と使命を与えられた件 柊ユキ @hiiragiyuki

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