死体勝手回収のふたり

吉水ガリ

拾う者、善人なり

「誰も入らない。そんで、誰も出てきやしない」


 日除けを作っていた両手を額から下ろし、ピグーは言う。

 日光を反射している頭を汗が一筋流れた。額を越えて眉を越えて、ぎょろりとした大きな目に目尻から滑り込んだ。

 舌打ちが出た。


「じゃあ、そろそろか」


 相棒の舌打ちを無視して、スモルはひとつ息を吐いた。

座ったままの姿勢で、ぱんぱん、と自分の禿頭を右手で叩く。熱でぼおっとしてきた頭に活を入れた。やはりもっとちゃんとした岩陰でも探すべきだった。

見上げれば、頼りない木々の隙間から覗く日は高く昇ってぎらぎらと輝いていた。草原と森林の境界。空から真っすぐに落ちてくる日差しは風にそよぐ木の枝だけでは防ぎきれていなかった。


 横で、ピグーが頭を振っていた。水浸しになった獣が体を振るうように周囲に汗を撒き散らしている。

「早く入ろうぜ。ここにいるよりは洞窟の中の方がうんと涼しいはずだ。このままじゃ暑さで頭がおかしくなっちまう。もう全部脱いじまいたい気分だ」


 ピグーは自分が身に纏っている服を乱暴に掴んだ。それは丈が長くシンプルな意匠の神官らしい貫頭衣だ。同じ服装のスモルは、その布の下が汗でじっとりと濡れているのがよく理解できた。


「熱気と汗で気持ちが悪い」


 こんな服を着ていれば、身軽な冒険者たちを羨ましく思う。それでも鎧を着込んだ重装備よりはいくらかマシだ。


「何人入ったんだっけ?」

「四組で八人。一、三、三、一だ。もう三日経ってるぜ」

「半分いければ十分だな。全身鎧を着込んだ三人組がいたから、そこを狙いたい」

「踊り子がいたぜ」


 ピグーが言った。


「男ふたりに女ひとりの三人だ。俺はそっちがいいと思う」


 スモルは顔をしかめる。


「私はそうは思わんね。おまえは女の体に興味があるだけだろ」

「心にも興味はあるさ。恋に落ちればもっと嬉しい」

「基準にするのは個人的な欲求じゃなく確かな儲けだ。儲けを出せなければ私たちは野垂れ死ぬ。タダメシにありつけることも寝床を用意してもらえることもない。私たちには帰るべき教会はもうないからな」

「踊り子ってのは装飾品を身につけるもんだ。耳や首元、指には宝石を散りばめたアクセサリー。あのヒラヒラした布でできた服だって、面積が小さい割に高値で売れたりするんだぜ」

「詳しいもんだな」

「興味があるんでね」

「……検討はしよう。あとは、入ってみてからだ」


 スモルは腰を上げた。そして、いままで自分が尻を置いていたモノに視線を落とした。

 大きな棺桶が鎮座している。それはピグーとスモルにとって大事な商売道具だ。


「いざ、ダンジョンへ」

「緊張してるのか?」


 ピグーは両肩を大きく回しながら言った。視線は草原のずっと先、そびえる岩壁にぽっかりと空いた洞窟の入り口に向けられていた。


「もう慣れたよ。緊張はしてない」

「そりゃあよかった。いまさら突然に良心の呵責でも覚えたのかと思ったよ」

「そんなものは覚えないさ。私たちがしていることは、あくまで善行だ」


 スモルは言った。それは半分は本気だ。


「神官が死体を拾う。まさに善行」


 半分ぐらいは、正直な言葉だ。



―――――――― ―――――――― ――――――――



 洞窟に足を踏み入れた時、はぐれ神官ふたりの体はその大きさが倍になっていた。

 背丈が倍で、腕や脚の太さも倍。半端な巨人のような姿になっている。その巨大になった体を生かし、ふたりは棺桶の端と端を持って運んでいた。頭側と足側をそれぞれ支える格好だ。


 この巨大化はピグーの『奇跡の力』によるものだった。

 神官と呼ばれる者たちはその信仰心により、神が持つ力の一端を借り受けることができる。それによって生じるのが奇跡。奇跡の力は人間の傷を癒したり病気を治癒したり、寿命以外の要因で死んだ者を蘇生させたり無から衝撃波を生じさせたり物体を浮遊させたりと様々な現象を起こすことができる。個々の神官によって引き起こせる現象には大きく個人差があるが、治癒や蘇生は神の教えとも合致した慈しみの心が基盤となっており、それら人を癒す奇跡は大抵の神官が用いることができた。


 ピグーが起こす独自の奇跡は、あらゆる物体を巨大化させること。その上限はおよそ倍。逆に、スモルはあらゆる物体を縮小させる。その上限はおよそ半分。教会を出たものの神への信仰心を失ったわけではないふたりは、それぞれそんな奇跡の力を有していた。


「ここは広々としていて本当に助かるな。腰をかがめなくてすむ」

「下も乾燥したままだ。苔で滑って転ぶ心配もないし、明かりも悪くない」


 洞窟内の地面には砕けた岩の欠片が転がるものの、よく乾いていてざらざらとしている。壁面には転々と光石があって、ダンジョン特有の淡い光を瞬かせている。ふたりにとって環境は悪くない。だからこそ、ふたりはここをいくつかある稼ぎ場の内のひとつにしていた。この洞窟にこうして足を踏み入れるのはもう何度目だろうか。


 ふたりはそろそろと足音を消しながら洞窟の中を進んでいく。


「あとは、何人死んでるか。全員生きて酒盛りでもしてたらキレるぜ、俺は」

「冒険者どもがそんなに互いに仲が良いなら私たちはこんなことは始めちゃいない。むしろ、他の冒険者の死体からモノを盗んでるやつがいないかを心配した方がいいんじゃないか? そっちの方が意気投合して酒盛りするよりも余程あり得る」

「おまえはそれが心配か?」

「可能性の話だよ」

「その時はそいつの死体もまとめて詰めればいいんだよ。最後に俺たちのものになればどうだっていいんだ」

「楽観的でいいね」


 そいつが死ななかったらどうするんだ。スモルはぼそっと呟く。スモルたちはダンジョン内で殺しをする気はなかった。過去にもそんな風に手を汚したことはない。


 抜き足差し足、そして小声。ピグーとスモルは洞窟を進んだ。こそこそと。


 入り口から、もうどれほど経ったか。洞窟の内部は網目状にあれこれと分かれ道をいくつも作りながら、深く深く続いている。

 ふたりの視界にはすでにモンスターたちの姿が何度も映っていた。


「ゴブリンってのはどこでも定番だよな」

「いまのはコボルドじゃないか? 鼻を鳴らしていた」

「顔までちゃんと見てねえよ。それに鼻を鳴らすのはゴブリンも同じだ。尖った鷲鼻を真上に向けて鳴らすんだよあいつら。鼻が悪いくせに目で見るんじゃなく鼻を鳴らす。きっと頭も悪いんだ」

「相変わらずスライムもいるな。水溜まりと間違えるなよ」

「見間違いよりも擬態に気をつけな。こういうダンジョンは岩肌に擬態するモンスターが一匹や二匹は絶対いる。いままで出会ってないが、新しく棲みついてるかもしれねえ。油断して壁に触れた瞬間に、ガブリ! 手首から先が消えちまうぞ」

「手は棺桶につきっきりだよ」


 ふたりはモンスターの気配を避けながら、時に立ち止まり時に大きく迂回し、同じ道を二度三度と通りながらも進んでいった。


「飛ぶやつがいないのは助かるぜ。帰りが楽そうだ」

「油断するな。新しく棲みついてるかもしれないって自分で言っただろ」


 ダンジョンとは、モンスターが生息するある限定された空間や領域を指す。

 そこには多種多様なモンスターが蔓延っている。そんなダンジョンに挑戦するのが冒険者だ。冒険者たちが目的とするのは、モンスターの肉体の一部やそのダンジョンに生息する動植物、さらには過去に足を踏み入れて死んでしまった冒険者たちの所持品や装備品だ。


 ピグーとスモルはそんな冒険者ではなかった。ふたりはあくまで神官だ。そんなふたりがダンジョンで目的としているものは、死体だった。

 冒険者たちはダンジョンに挑む。攻略に成功すれば富を得るが、失敗し引き際を誤ればそこで死ぬことになる。冒険者たちの死体をピグーとスモルは求めていた。


「おい、あれ」


 ピグーが気づいた。前方の壁に倒れ掛かるなにかを目ざとく見つけた。


「人だ。あれは私も見覚えがあるぞ」


 胴体があって、ひとつの頭にふたつの腕にふたつの脚。革鎧を身に着けているそれは、人型のモンスターではなく間違いなく人間だった。ふたりはその姿を草原で見ていた。


「ひとりでここに入った男だ。同行者は誰もいなかった」

「チャンスだ。モンスターが周りにいない。急げ、スモル」


 ふたりは辺りをきょろきょろと見回しながら倒れる冒険者に小走りで近づいた。


「死んでるかな?」


 棺桶をいったん地面に下ろし、ピグーは腰を折って男の顔を覗き込んだ。そして、拳を握っていきなりその腹に叩き込んだ。

 くぐもった音がした。男はなんの反応もしない。


「死んでる。いけるぞスモル」


 ピグーの乱暴な確認を見届け、スモルはしゃがみ込んだ。物言わぬ男に向かって手をかざす。口の中でごにょごにょと文言を唱えると、男の体が淡く白い光に包まれた。見る間に、男の体が縮んでしまう。身に着けていた衣服や革鎧ごと元の半分ほどの大きさになった。

 ピグーが棺桶のふたを開けた。


「足、持て」


 ふたりで男の体を持ち上げ棺桶の中へ。


「端じゃなくて中央でいいんじゃないか?」

「弱気じゃねえか? どうせすぐに次を見つける。端に寄せておいていいだろ」


 ピグーは棺内部の側面に体を沿わせるようにして男を置いた。だらりと、力なく手足が伸びる。

 ふたを閉め、またふたりで持ち上げる。そしてまた奥へと向かって歩き出した。慌てず、取り乱すこともなく。


「大した装備もしてねえし、安目だな。ありゃあ冒険者としても三流か、下手すりゃ駆け出しだ。顔にも覇気がねえ」

「死んでいるんだから覇気もないだろうよ」


 スモルは適当な返事をしながら、辺りを観察する。モンスターに見つからないよう、冒険者の死体は見つけられるよう。

 目を凝らして足を進める。


「こいつは金を払うかね? 男じゃあ身ぐるみ剥いでも楽しくねえぜ」

「私は女だろうが楽しくないね。金にならないなら、なにをしたところで笑えない」


 これがピグーとスモルの食い扶持を得る手段だった。

 ダンジョンに挑んで敢え無く死んだ冒険者たちの死体を回収する仕事。仕事と言っても誰かの指図を受けていたり報酬を貰う約束がされているわけではない。死んでしまった冒険者たちを勝手に回収してダンジョンを脱出し、生き返らせて蘇生分の代金を請求するという仕事だった。

 つまりは蘇生の押し売りだ。

 

 これはなにも悪いことではない。ダンジョンの内部で死んでしまった冒険者は放置されていればそのまま腐るのを待つかモンスターの餌になるのを待つかが関の山。通りがかりの善良な神官に見つけてもらい蘇生してもらうなんて幸運は万にひとつも起こらない。どれだけ高額な代金を請求しようと、生き返らせてやった恩義に報いようと思うのなら文句など出ようはずがないのだ。

 スモルはそう考えている。


 もちろん、冒険者の中には不徳で不遜な者もいる。せっかく助けてやったのに、代金が法外だと腹を立てる。そんな連中に対してはピグーとスモルも強気な態度を取る。その冒険者を改めて殺してやるのだ。

 生き返りたくないのなら死んでしまえ。どんなに戦闘能力に長けた冒険者であれ、蘇生の段階で裸に剥いてしまえば無力だ。そうして、ピグーとスモルは代金の代わりにその冒険者の装備品や所持品を手に入れられる。それを売り払えばどうにか金を得られるのだった。

 有能な冒険者ほど金になる。


「踊り子いねえかな……。うっすら、甘い匂いがしてくる気がするんだよ」

「本気で言ってるのか? その匂い、モンスターが放ってるやつじゃないだろうな。そんなありふれた罠にかかるのは御免だぞ」

「俺が女の匂いを間違えるかよ。限りある青春を禁欲生活に捧げることで得た類稀なる特殊能力だぞ。仮にこれがモンスターの匂いなら、そいつはきっとメスだ」

「飢えるのは勝手だが、死体以外に駆け寄ったりするんじゃないぞ」

 嗅ぐなら甘い腐臭の方がまだマシだ。


 ダンジョン内で近づいていいのは死体だけだ。棺桶を抱えて歩くふたりは圧倒的に無防備。モンスター相手に自衛するだけの能力は持ち合わせているが、そんな面倒をしている余裕はふたりになかった。

 時間も体力も有限で、そのどちらもが仕事では大事になる。


 どんどんとダンジョンの奥深く、洞窟の中へと進んでいくピグーとスモル。


「いた!」


 ピグーが大声を上げた。

 スモルは、ぐん、とピグーの方に棺桶を押しつけた。


「声を落とせ。見つかる」


 言いながら、ピグーの視線の先を確認する。硬い地面の上に死体が三つ転がっていた。辺りにはモンスターの姿はない。


「女だ。やっぱりいたぜ」


 音量こそ小さくなったもののピグーの声は明らかに弾んでいた。嬉しさを隠しきれていない。

 棺桶を引っ張りながら駆け出すピグーに辟易しながらも、スモルは棺桶を持つ手をそのままに大人しくついていく。

 しかしその瞬間、スモルは物音を聞き取った。暗闇の遠く向こうでカチャカチャと金属がぶつかり合うような音が聞こえてきた。


「踊り子に連れがふたり。男連中も装備がなかなかだな」


 死体を見下ろしながらピグーが言う。さっさと棺桶を下ろしてしまい、じろじろと獲物の品定めを始めた。

 だが、スモルにはそんな余裕はなかった。


「さっさと詰めるぞ。おそらく生き残りの冒険者がこっちに向かってくる。おまえの声を聞きつけたんだ」

「そりゃマジか?」

「嘘を言う理由がなにかあるか? 早くふたを開けろ。そいつらは私が小さくする」


 ピグーに端的に指示を出し、スモルは死体の傍にしゃがみ込んだ。ひとりずつ、順に手を触れて肉体を縮めていく。身に着けているものを悠長に眺める暇はなかった。


「もう出るぞ。長居はできない」

「八人もいたのに四つかよ。もっと欲しかったな」

「半分もいれば上々だ」


 残り四人の内、何人かはまだ生き残っている。

 その証拠がだんだんと大きくなっていく鎧のものらしき音だった。それは全身鎧の三人組か。それなら回収できたのは五人中四人。上出来だ。


「それに、踊り子は金になるんだろ?」

「目の保養にもなるぜ」

「私は金しか興味がないな」


 スモルはピグーに指示を出して三つの死体を手際よく棺桶の中へしまった。四人分の死体も、縮んでしまえばひとり分の棺桶で事足りる。地面に転がっていた剣や盾、槍もピグーが拾って投げ入れた。

 そこにあった冒険者の痕跡すべてを棺に納めたのを確認し、スモルはふたを閉める。


「行くぞ。道はわかってるな?」

「当たり前だ。何度来てると思ってるんだよ」

「前回は間違えただろうが。大回りして最奥部へ続く一本道に入った」

「それは俺のせいか? 間違いに気づいたんなら修正しな。棺桶挟んで俺たちは一蓮托生なんだ」

「そりゃそうだな」


 ピグーとスモルは棺の頭側と足側の両端に手をかけ、持ち上げた。死体拾いはもう十分。ここからは帰り道だ。


「よし、それじゃあ」


 と、スモルはもうすぐそこまで来ているであろう鎧の音をかき消すような声で、


「行くぞ」


 叫ぶと同時に、走り出した。


 硬い岩肌の地面を勢いよく駆け出す。背後の鎧の音は一瞬聞こえなくなった。スモルの声に驚き、襲撃されるのを警戒したはずだ。そのために足がいったん止まった。


 いまの内に距離を稼ぐ。ピグーとスモルは走る。冒険者の死体を勝手に回収していることが他の冒険者にばれてしまえば、殺されてしまうこともあり得た。あり得るどころか、十中八九そうなるとふたりは踏んでいた。立場が逆ならそうする。理由は単純明快だった。


 ふたりは駆ける。ピグーの奇跡の力で体は大きく、つまりは脚も長くなっている。ふたりがかりで死体の詰まった重い棺桶を抱えているとはいえ、並の人間が全力で走るのに近しい速度は出せていた。それを維持していれば冒険者たちは追いついてくることはないだろう。


 だが、ふたりにとって障害になるのは生き残りの冒険者だけではない。


「やべえ、頭下げろ!」

「飛んでるやつがいるじゃないか!」


 ダンジョンには当たり前にモンスターがいる。息を潜めることをやめてどたどたと走り回るピグーとスモルはモンスターたちにとって格好の標的だった。


「マズい、ぶつかる」

「頭突きだ! 殺せ。頭だけで殺しちまえ!」

「無茶を言うな!」

「なんのためのハゲ頭だ! 武器にぐらいしか使えねえだろ!」


 ビチャッ!


「……ううっ!」

「馬鹿野郎! スライムを踏んでんじゃねえよ! 俺にもかかったじゃねえか!」

「違う。いまのはおまえがこっちに避けたからだ。おまえに押されて、そのせいで私が踏んだんだぞ!」


 ズリリュッ!

 ピグーがひっくり返った。


「いっで!」

「こけるな!」

「ここ、こんなにスライムいたか?」

「立ち上がれ、ほら走るぞ! あっちの道からゴブリンが来てる! 群れだ!」


 ふたりはモンスターたちの襲撃をかいくぐりながら出口を目指す。


 まとわりつくゴブリンに蹴りを入れ、コボルドの頭に棺桶を叩きつけ、飛び交うコウモリや虫の姿をしたモンスターたちを必死に避けた。


「おい、いったん入るか?」

「なんだって?」

「この間やったやつだよ。止まって、棺桶の中に俺たちも入るか? モンスターをやりすごすんだ」

「馬鹿なこと言うな! あの時は運が良かっただけで棺桶ごと叩き潰されるのがオチだ!」

「でもこいつはそんじょそこらのゴーレムでも叩き壊せないほど頑丈だぜ?」

「却下! 踊り子と添い寝がしたいんならここを出てからにしろ!」


 とにかく出口を目指す。

 ピグーとスモルは冒険者ではない。ふたりはただ死体を回収したいだけ。入ってから出るまでただの一度もモンスターに用はなかった。


「これは……死んでいたのが踊り子たちの方でよかったかもしれないな」

「おまえもやっと魅力に気づいたか?」

「こいつの中身の四分の三が全身鎧だったらこんなに走れやしないだろ」


 スモルの奇跡の力で小さくなるとはいえ、重装備三人分の鎧はずっしりと重たいことだろう。


「これからはもっと女を狙うようにするか?」

「そいつは要相談だな」


 顔に笑みを浮かべているピグーにスモルはそう答えた。こちらの汗まみれの顔はげっそりとしている。頭に顔面に服の中にと、全身がぐっしょりと汗で濡れているがそれとは正反対に大きく開いた口の中はからからに乾いていた。


 グネグネと曲がる道を休みなしに全力で駆けて、そうしてふたりは前方から差し込んでくる光を見た。ぽっかりと開いた出口(入口)へと続く道。光石のものではない日の光で照らされている岩肌。


「後ろは来てるか?」

「ずっといるぜ。モンスターの群れが大行進だ!」

「じゃあ、足は止められないな!」


 ふたりの視界が眩しい光でいっぱいになった。

 見えない。なにも見えない白い景色の中を、それでもふたりは駆け続けた。走る。とにかく足を動かす。前に前に進んでいれば邪魔をするものはなにもなかったはずだ。


 体が熱い。

 そして、髪一本ない頭頂部をじりじりと熱が焦がした。

 濡れた服が体に纏わりつく。それでも走る。棺桶を持つ手に目一杯の力を込めて、地面を蹴る足に目一杯の力を込めて走った。


 そうやって走って走って走って走って、こけた。


 どちらが足を躓かせたか。ピグーとスモルは盛大に草原の上を転がり、棺桶が宙を舞った。


「いっで!」


 大きな声を上げるピグー。

 そんな声も出ないほどに疲れ切っていたスモル。大の字に転がったまま空を見上げ、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返した。


 がばっ、とピグーはすぐに立ち上がった。背後を見やる。


「ついてきてねえな。あいつら縄張り意識は強いからここまで来ることはないだろ」


 ふたりがいましがた出てきた洞窟の入口(出口)には、モンスターの姿はまったくなかった。ただぽっかりと暗い穴がそこには空いているだけだ。


「……棺桶は無事か?」


 息も絶え絶えにスモルが尋ねた。


「ああ。きれいにひっくり返って底が上を向いてるが、上手いこと着地してくれたおかげでふたは閉まったままだ。地面が押さえてくれて中身は飛び出しちゃいねえよ」

「それはよかった」


 スモルは上半身を持ち上げた。地面に尻をつけた体勢のまま、大きく息を吐き出す。


「上々だな」

「俺はもっと欲しかったぜ。三人組が生きてたとしても残りひとりは死体になってた可能性がある。五と四じゃ違わないか?」

「生きて無事に戻れたんだ。上々だろ?」

「そうか? おまえは欲がないな」

「昔からよく言われたよ」


 スモルはそう言って、空を見上げる。


「神様に感謝だな」

「それは同感。無事でいるのも四つも死体を拾えたのもすべては神のご加護のおかげだ」


 そう言いながら、ピグーはひとりで棺桶をひっくり返そうとしていた。

 スモルは立ち上がり、手伝うよ、と棺桶に手をかけた。ふたりで棺桶を正しく置き直し、そしてふたを開けた。

 中には四人の冒険者の死体。それらはある者は抱き合っているような、ある者は平手打ちをしているような、ある者は股に顔をうずめているような、ある者は顔を足蹴にしているような、おもちゃ箱に投げ入れられた人形のように四肢を絡み合わせていた。


 ピグーとスモルはそれを見下ろし、どちらともなく呟く。


「さて、今回の儲けはいくらだ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死体勝手回収のふたり 吉水ガリ @mizu0044

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ