第6話 都会と猫と狸と兎 1-5
「あれ?アミナじゃん」
ライル君と2人で駅近の西門に来てみれば、アミナが守衛さんとくっちゃべっていた。どうやら話が弾んでいるらしい、2人ともニコニコ笑顔だ。
「お友達で?」
「うん」
「へぇ……居たんですね」
「まぁ私にかかれば友達の1人や2人ッておいちょっと待てテメェ私をどういう見方してたんだコラ」
絶句して目を逸らす彼と共に歩くうちに、アミナが向こうから声をかけてきた。
「フィリィー!待ってたよーっ」
ぶんぶんと手を振りながら歩んでくる。私は小走りで彼女の元へ向かった。
「面白いねここの守衛さん!」
「何の話してたの?」
「麻雀」
「まぁじゃん……」
うーん、外見とのギャップがやっぱり凄まじい。わかんねえな、この子。
ライル君も早足でこちらに追いつく。
「お友達?」
「クラスメイトです」
ライル君が食い気味で言う。友達というには確かにまだ早い。うん、だから食い気味だったんだろう。きっと。
「へー。で、なんで2人で?」
のほほんとしたアミナの問いに、これまでの経緯をざっくりかいつまんで話す。が、ここでもライル君の腹痛を加速させるような結果になった。
「ぱそ……こん……?」
「助けて……」
そう、アミナはパソコンがわからないどころか、「パソコン」という単語すら聞き慣れていなかったのだった。
ライル君は俯いて助けを乞う。ごめん、私も正直パソコンはわかんない。というか一緒にテレビセッティングしたじゃん。それできるならパソコン知ってるだろ、案外お前はぶりっ子か?
「現像とかで使ったりとか」
「これねえ、フィルム式」
「フィルム式」
「そう、フィルム式。味が出て良いんだ」
「パソコンは」
「パソコン……?(疑問)」
「パソコン……?(驚愕)」
互いが互いを理解できない者どうしの奇怪な空間が巻き起こる。どうしよう、私もよくわからなくなってきた。パソコンってなんだっけ。あれだ、おーえすにこんぴゅーたーをいれるやつだ。わからん。
「ええいやめやめ、私までわかんなくなってきた。ライル君、行こ」
「えっ……ぁあはい、行きましょう行きましょう。あぶね、偏差値50位減りそうになった……」
「私どうしよ」
そういやアミナはどうしよう。連れていっても彼に迷惑かからないだろうか。
「そうだ、アミナ連れていっても良い?」
ライル君は俯いてしばらく逡巡したのち、「いいですよ、2人揃ってお勉強と洒落込みましょう」と両手を軽く、肩の位置まで上げる。確かそれはお手上げポーズのはずだ。貴様、我々まとめて厄介者認定か。
アミナがいえーいショッピングぅ、と飛び跳ねて喜んでいる、私はそんな光景を微笑ましく、ライル君は神妙な面持ちで眺めていたのだった。
あらゆる方向から「いらっしゃいませ」と人々の会話が押し寄せる。
大学から電車で二駅、新築の巨大ショッピングモール。その3階、目的の電気屋のあるフロアでわれら3人、仲良く歩いていた。
近くのファンシーショップに目をやれば、叫び声が聞こえてきそうなほどに押しつぶされたぬいぐるみたちがタワーの中でぎゅうぎゅう詰になっている。取ろうにも爆発してぬいぐるみが溢れかえりそうだ。実際、ぬいぐるみが欲しいのであろう女児とその母親らしき人物は取りあぐねて呆然としている。
向かいの服屋では、カップルだろうか男女が服を見繕っている。注目すべきはその量だ。彼氏らしき人物の顔がすっぽり埋まるほどの服を買うつもりらしい。すこし歩いたのちにアングルを変えてみれば真っ青な彼の顔があった。かわいそうに。
「とりあえず僕、このあと用事あるので素早く済ませましょう。というかレクチャーとかしたら余計なモノ買いそうですし」
「えー?私そんなそんなポンコツさんじゃないもーん」
「パソコンわからなかったくせに……」
「図星ッ!?」
ライル君とアミナがさっきから色々話している。なんやかんやで波長が合うのか、それともアミナがライル君の垂らすすべての釣り針に引っかかっているからなのかはわからない。が、仲良くなれそうならそれが一番だ。
「ここです」
ライル君の差した指の先へ目線をやると、煌びやかな電飾と眩しい照明、白い壁に白物家電。真っ白で高級感漂う、「都会の電気屋」がそこにあった。
「「すげー……」」
アミナと私の声が重なった。
「チェーン店ですが、気合入った店舗で店員数も品揃えもトップクラス。家電壊れたらここに買いに行くと良いですよ」
その通りだ。少し歩いて店内を軽く眺めるだけでも、洗濯機に電子レンジ、ドライヤーにゲーム機までなんでもござれ。PCブースにはノートパソコンの大名行列だ。
どんどんと進んでいくライル君に置いて行かれぬよう、アミナと私も着いて行く。
「すごいねここ」
アミナが小声で言う。
「ね。どこもかしこもぜんぶ家電」
つられて小声で答える。というか2人して思わず縮こまっていた。そのくらいここのインパクトは強かった。全部真っ白で天井からビカビカと白光が煌めく空間は、少なくとも森と自然に囲まれた人生を長らく送ってきた私には十分すぎるほど情報過多だった。
「はい、PCはこのOSのを買えば大丈夫です」
ライル君が近未来的な外見のノートパソコンを指差して言う。画面には「怒涛のメモリ8GB!」と書いてある。すごいんだろうなあ(作者注:8GBはノートパソコンでは一般的です。ゲームとか配信やるなら倍は要ります)。
「そういえば予算は?」
「あっ、そうだ!パソコンっていくらくらいするの!?」
予算のことをてっきり忘れていた。彼のセリフで初めて思い出した、そんな私に後ろからアミナが。
「値札見たけどたぶん買えるほどのお金今ないよ?」
「マジかァー……」
「レポート書けないね」
「うん……」
厳しい現実パート2。大学からPCを借りざるを得ない。私はガックリと肩を落とした。どんまい、とアミナが慰めてくれたが、対照的にライル君は「まぁそうだろうな」と言わんばかりの溜息を吐いていた。都会は厳しい。
「ま、これ買っとけば大丈夫です。写メ撮りました?」
ライル君の問いかけに頷く。結局この場はおひらきとなり、そのまま私とアミナは帰宅。ライル君はそのまま用事に向かうこととなり、店の目の前で別れることとなった。
「じゃ、またガッコで」
気まずい雰囲気に耐えきれず、苦笑いで送り出す。
「では。レポート提出、忘れないでくださいね」
彼の釘を刺すような発言に背筋が冷えた。
「しゃーなし。アミナ、帰ろっか」
とアミナの方を振り返ってみたら、彼女が一点を見つめたまま動かない。
「何ィ?もしかして、妬いちゃってるのォ?」
空元気でアミナのほっぺをつつきながら惚けてみる。が、反応はない。
「さっきからどうしたの?何かあったなら」
私の問いかけの返答は、到底信じられるモノではなかった。
「ライル君の……すぐ近くの……男の狐の人……拳銃……持ってた……」
アミナの手を強引に掴んですぐさま彼の向かった方へ走る。もし見間違いでなければ、最悪命を落としかねない。幸い種族柄足は速い。もうすぐ追いつく———
「伏せて!!」
アミナの絶叫に素早く反応し彼女を懐に収めてそのまま伏せる。直後に風切り音と、恐慌状態に陥る人々の声。目線を上げると、腰を抜かしたライル君が這う這うの体で近くのアパレルへ逃げ込むのが見えた。とりあえず彼が巻き込まれないで済んだのは幸いだった。
が、事態はさらに悪化する。明らかにひとつの拳銃じゃ有り得ないほどの銃声が辺り一面鳴り響く。
「集団テロかよクソッたれ…!!」
ライル君が逃げ込んだアパレルから目を離し、目前で拳銃を右手に持った、狐のテロリストの1人に集中する。
「テメエらァ!!!」
絶叫。
「逆らったらなぁ」
そう彼は言い放つと、近くで怯えた羊の女性を捕らえ、そのまま彼女の右手を撃ち抜く。
女性は恐怖と激痛で気絶しその場に倒れ込んだ。
「こう、な」
ヘラヘラとした其奴への怒りを抑えつつ、アミナに気を配ってみれば、彼女は恐怖に埋まる寸でといった状態で荒々しい呼吸を繰り返している。
「おいそこの女共ォ」
アミナが私の手を強く握る。
「立て」
特に拳銃以外の武装は見当たらない。立ち上がりながら確認する。ガタイ的には向こうのほうが背が高いが、絞められない程というわけでもない。
「来い」
目前に迫る命の危機に多種多様な反応を見せる人々の間を抜け、ゆっくりと近づいて行く。
「ウサギ、てめえはそこ座ってろ。猫だけよこせ」
まだ引き付ける。狐から少し離れた位置で止まる。
「其奴だけよこ」
——今。アミナに手を伸ばした一瞬を狙い左手で首を、右手で肩を掴む。上腕骨と鎖骨の隙間に親指を刺し、そのまま捻るように肩から骨を脱臼させ、左手親指で三日月(喉のこと)を一気に締め上げる。拳銃が床に落ち、アミナが素早くそれを近くのゴミ箱へ投げ込んだ。
「て……め」
テロリストは左手で殴ろうとするも、左足で跳躍し両足で首を絞める。
「私のダチに汚ねェ手出すんじゃねェ」
ドスを効かす。
「あんたはね、手前の理想欲しさに現実軽んじて、挙句人の大切なもんにちょっかい出した大馬鹿よ。覚悟決まってんでしょうねェ!?」
「ぅ……ああああああッ!!」
最後の悪あがきと言うわけか、無理矢理背中の方へ倒れ込もうとする。が、これは完全なる悪手。
「なるほど、主に倒れて心中ね。私、付き合わない」
体重をさらに後ろににかける。サマーソルトの要領で天地が逆になった一瞬、後頭部の底に手をかけそのまま跳ねるように離脱し、反作用で野郎はドタマから地面へ叩きつけられた。
べき、と何か折れたような音と共に、野郎はピクリとも動かなくなる。
「生憎手持ちがなくてね。川の渡しにゃ足りないのよ」
震えて座り込んだアミナの元へ走り、抱きしめる。
「大丈夫。あいつやっつけといた」
「ほんとう?」
「うん。それにほら、私がいるから」
「ありがとう……大好き」
そのままゆっくり立って近くのアクセサリーショップの物陰に隠れる。どうやら異変に気付いたのか、ドタドタと援軍が迫る音が聞こえた。後ろにはスタッフルームへの鍵付きのドア。
無茶は承知で、彼女に頼むしかない。
「よく聞いて」
「うん」
弱々しく答える。震える彼女に頼るのはいくらなんでも無茶というものだが、そうする他ない。
「あなたのカギでモールから出られる?」
「たぶん」
「鍵穴のあるドアというドアを出口に繋いで。逃げるための出口にも、機動隊の人が突入する入り口にもなる」
「……」
「当然、私もついていく。武器については……さっき放り込んだ拳銃で」
「でも……」
「ここで下がったらライル君が死んじゃう」
紛うことなき事実。
先程の野郎は拳銃一つであったが故に対処が間に合ったものの、援軍がアサルトにナイフといった武器を持っていたとしたらいくら腕っ節のある私でも鎮圧は難しい。
ましてやモヤシの彼にそんな芸当はできるとは思えない。というより、私が異常なだけなのか。妙な納得が生まれる。
「確かに引きこもれば私らは死にはしないけど、ここで下がったら一生引き摺ることになる」
生は不可逆。社会物理化学科学生物学地理学、そしてなによりも自然に置いて、須く「生」は一度しか無い。そして「死」も。
死は移ろうこともなく、そこで全ての時が止まる。鼓動は止み、シナプスの電気は耐え。主観的な世界は滅び、その意志や記憶も単純な蛋白質の塊に還る。
そして生きる私達は、死を置き去りに生きていく。
「ここで彼を見殺しにしたら絶対、死ぬまで後悔する」
口調を変えぬよう。冷静なまま、残酷な現実を。
「命の責務は、誰も背負えない」
「……」
長い、きっと客観的にはたかたが数秒の、永遠にも思える沈黙。
そして、彼女は大きく深呼吸した。
「できるかどうかわかんないけど、ライル君助けるにはそれしかないもんね。うん。やっちゃおう、それ」
「アミナ、最高だよ」
吹っ切れた彼女の顔は、どこか勇ましかった。
「ライル君は?」
「あそこに見えるアパレルの中。距離的には目と鼻の先だからとりあえずそこから行く。そっからは敵陣突っ込むことになる。とりあえず確認したらここにある鍵付きドアから外の様子確認。突っ込むのはそれからで」
「了解、任せて」
私は壁裏から覗き込むように状況を確認する。
が、それも最低限。それなりに姿を出す以上、撃たれる危険性も考慮せねばならない。さらに狙撃手のいる可能性も視野に入れ、入り口付近の鉄針製のカゴの下に隠れた。そこらにいた客はテナントの通路から死角になるバックルームに避難している。
「もし突っ込むとしたら、構造的に大体の店舗が鍵付きのドアあると思うからまずはそれ狙い。次に倉庫、って感じで大丈夫?」
「うん。トイレの清掃庫も狙うべきかもだけど、狭い通路だから逃げる時に袋小路で撃たれかねないしスルーしとく」
「OK……アサルト5人。武装は……拳銃とナイフ。防弾ベスト着てるっぽい、体のアウトラインが変な膨らみ方してる」
「じゃあなんでさっきの人拳銃だけだったんだろう」
「ただの見せしめ目的で出てきただけ……もしくは客に紛れて状況やらルート探ってたとか?」
「だろうね。トイレとかに隠れて、確認係からの連絡受けてGO、ってところでしょ」
上のガラス部分、向かい、通路左右を確認完了。問題ない。アミナに外の状況を確認してもらう。とててー、と彼女は素早くドアに近づくと、少しだけ開けてその先を覗き込む。そのままゆっくりドアを閉めこちらに戻ってきた。
「色々機動隊とか来てる。突入伺ってる感じ、ネゴシエーション中かな?でもサイレン鳴らしてないの変じゃない?」
「サイレン変なのはそうだけど、まぁ交渉中の線濃厚だね。で、流石に見張もいないってことはないから……って!?」
「貴様!」
背後の気配に振り向けば、先程の拳銃とは対照的に、ゴテゴテとしたチョッキにヘルメット。先に煌めくはバレルつきのアサルトライフル。ストックを体に密着させ、サイトからキッとした目つきで兵士は私達を睨みつけた。
「いきなり……」
「窮地だね……」
アミナのセリフに合わせた私。兵士の背後には援軍の足音。
激戦が、はじまる。
CHILDREN IN THE UNDERGROUND 2番線急行 @2bansen_two
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