第5話 都会と猫と狸と兎 1-4

「見ろよアイツ」

「え?あぁ入学式の……」


 人の陰口を叩く阿呆男子2名をキッ、と私は睨みつけた。馬鹿共は助けてくれと言わんばかりに逃げていく。他の面々も概ねそんな風に私を避けていた。まぁ、先程から殺意を激らせ周囲に纏っている私も悪いのだが。


 なぜこんなことになっているかというと、昨日ボコした輩3名がそれぞれこの大学の校長、それなりに有力な議員、本も出版している著名な医者の息子達ということが判明、彼らの親の口コミによる拡散が行われたためである。おかげで入学直後からいきなり要注意人物として私は扱われるようになった。


 先ほどの授業の教師など一つも私に目を合わせず、終始何かに怯えるような態度だった。校門の守衛さんは、私を見た途端にフォーメーションを変え囲うような体制に移動、いつでも抑え込めるように動き、生徒はビビって誰も話しかけてこず、挙句学校周りの店では「来るなよ」と顔に書いてあるような態度で店から睨みつけてくる始末である。先程から殺意まみれなのはそのせいでイラついているからである。


 かといって「きにしてませ〜〜〜んえへらへらへら」なんて態度取ろうものなら、「あいつなにもしてこねえぞ」とナメられて迫害される未来が訪れるのは火を見るよりも明らかであるし、それを防ぐためにもこの態度は変えようがなかった。


 留守を頼んだアミナに入学式の阿呆共の正体を話した際には「ほとぼり冷めるまで休んだほうがいいんじゃ」と言われたが、生憎学費関連の書類を受け取らねばならなかった為、行く他なかった。家を出る時の、彼女の心配そうな表情が先程から脳裏をよぎって仕方がない。


 ふと次の講義の場所をスマホでチェックしてみれば、今いる4棟とは真反対の位置にある8棟であることがわかって少し早歩きになる。

 

この大学は超がいくつあっても足りないほどの難関校であるが、同時にちょっとした地方の町一つと同じ程の学生が通うマンモス校でもある。そんなわけであるから建物もかなり多く、円陣を組むようにに設置された4回立ての1〜8棟、通称「講義棟」とその円の中央には部活棟や学生課、研究室に図書館といった主要施設が一緒になった「総合棟」がある。


 講義棟はそれぞれの建物の色が異なり見分けは簡単。しかしながら中央に陣取る総合棟がオフィスビルもびっくりの20階オーバーのタワービルであり、おまけに講義棟自体も横にデカい。そこからして、棟間の移動はかなり時間を食う。一度ローラースケートで移動した生徒が「ここ広いし仕方ないよね」という理由でお咎めなしになったほどだ。休み時間も20分と多めに取っているが、その時間まで食い込む講義が多いせいで休みが10分もない、なんてこともザラにある。そのせいか、カバンを背中で暴れさせながら全力疾走する生徒をよく見かける。レアなものだと電動キックボードに乗ってるやつもいたり。


 はて8棟に到着。4棟とは正反対に位置するのもあり、直線距離も道のりにも一番遠い。腕時計を見れば次の講義まで残り5分。鬼のように混んでいるエレベーターになんとか飛び乗り、4階の講義のある教室へ向かった。



「……以上のことをこの講義では学んでいきます。今は履修登録修正効くから、もし『合わないなー』って人は早めに判断してね」


 教授の長ったらしい話を頬杖ついて聞いてるうちに、眠たくなってきた。この講義は会社法。基本的に座学のみで構成され、延々と教授が判例とか法律とか話してるのを聞いて簡単なレポート出すだけというかなりの楽単なために取った講義であり、それ故に微塵もやる気が出なかった。


 ふと隣の席を見た。いかにももやしっ子な狸の男子生徒が1人。「ザ・内気」というべきオーラを纏っており、淡々とノートを取りながら教授の話を聞いている。そういえば他所の学部の教授が引くほど話題になっていた私に対してコイツは講義始まってからずっとノーリアクションだ。とことん内気なのだろう、猫背と少し垂れた目がそう私に思わせた。


 私は自席に置かれたレジュメを見る。この後は隣の席のやつとの軽いグループワークとして自己紹介か何かをやるらしい。座学メインでなぜこんなことをするのか、密林の奥地にある謎の遺跡よりもミステリーであるが、これ以上目立とうものなら退学もあり得る。大人しく従うことにした。それ以前に隣の引っ込み気味のアイツとも話しておきたい。案外話は通じるのかも知れない。


「なんで名前?」


 フレンドリーに聞いてみる。こういうのは壁を作らぬよう、距離感気持ち近めでアプローチするのが1番だ。


「……ライル……ライル•アルカル……です」


 そう言う彼は明らかに私から目を逸らす。他所に目をやろうにも周りはワイワイとグループ形成真っ最中とあり、目のやり場に困ったか真下を向いている。


「あはは………ゥえーッと……私、フィリィ・ラックス、よろしくー……はは」


 ライル君は真下を向いたまま動きもしない。第一私を警戒した奴らがグループワークを理由に他所の席へ移動し、私らの周りは空席だらけである。件の噂が伝わってないとしても、さすがに警戒されるだろう。警戒心が塊になったような態度を彼は続けている。無理に笑いつつ話してみたが心の中は既に半泣きである。言葉が出ねエ。


「でー……議題は確か【電子帳簿法改正の是非】……だよね。私パソコンとかスマホとかさっぱりでさー、レポートもパソコンとかで書くらしいけどスマホで書けたらなー、なんつって……」

「……」


 うぉォんン息が詰まるゥ。隣の彼からの返答は目線をこちらにやった、それのみである。花も枯らす勢いの彼の目線は、私のメンタルに強く刺さる。今日一日この調子なのか……と落胆する私に対し、彼は突如手を差し出してきた。


「スマホ、見せてください」


 突如のスマートフォン要求にテンパってフリーズする私。言葉足らずだったか、と言わんばかりのため息と共に付け足しの一言を隣の彼は言う。


「OS。違うとレポートの端子違くて提出認められないので」

「なにそれ」


 聞き慣れない単語である。電気屋は電車で片道1時間かかる寂れた商店街にあるような環境で生きてきた私にとって、IT用語など顔も知らない、超遠い都会の親戚のようなものだ。とりあえずそのOSとやらを確認してもらう為に、彼に自分のケータイを差し出す。高校入学時にお下がりでもらったものである。インターネットも見れる優れものだ。多分大丈夫……


「すげえ……動いてるの生で初めて見た……」


 じゃなかった。


「WA-02……!?ALTOSバージョン2.4……!?コレ使い続けるってイカれてんのか!?」


 小声で彼は何かよくわからんことを言っている、が、どんどん蒼白になっていく様子を見るに、とんでもないことを私はしでかしているようだ。


「えーと具体的には何がやば」

「端的に言えばセキュリティも性能的にもというか全部オールラウンドそっくりそのまま石器時代!」


 小声ながらも彼の語気は強くなる。


「なんで10年前のスマホがいまだに使えるものだと思ってンですか!?」

「え!?10年前!?というかそれはハナっからセキュリティソフト入って」

「ウイルスとかそう言うのは年々進化してるからソフト入ったとてアプデ繰り返さなきゃすぐノーガード同然になる!常識!とりあえずアップデートアップデート……まじかよ最新バージョン端末自体が対応してないって……石器じゃん……」


 『打つ手がありません』と患者の家族に告げる医師のような表情のまま彼は固まって動かない。


「私それでレポート出せれば別にいいんだけど……出せそう?」


 深刻そうな(実際深刻)表情の彼に静かに語りかけてみる。彼は表情も姿勢も変えずに呟いた。


「無理。保存する端子のフォーマットがこのOSだと違うからまず無理です。不可能。フォーマットが対応してるソフトもOS古すぎて入れられないので無理です。買い替えて。以上」

「えっと……つまりは」

「ご臨終です」


 ありがとう、我がスマホ。10年選手であることも知らなかった私にはかなり唐突な最期だが、訳の分からない単語ばかりの彼の口ぶりからしたらおそらく天寿なのであろう。合掌。そういえばスマホって天国へ行くのかなあ。


「でー……どうすりゃレポートは」

「パソコン買ってください。ケータイは…最低限通話できればままいいか。とりあえず電気屋で適当なの買えば……適当じゃダメだ、ここまで無知だと店員に誘導されてとんでもないの買いかねないし……今から僕の言うことメモしてください。それ買えば大丈夫です」


 私はすかさずメモ帳を出す。「ここでもアナログか……」と隣のライル君が言った気がするがが気にしない。気にしないったら気にしない。



「……以上です。コレ以外は買わないでください」

「なんで」

「メモと言われてすかさずメモ帳取り出すような方がPC自分で選べると思えないので。スマホにあるでしょう、メモ機能」


 うーん、図星。ライル君の指摘はさすが一流大学の生徒といったところか、ズバリ的確である。コレを言われてしまったら私からはもう何も反論できない。10年前のスマホを古い物と知らずに死体蹴りし続けた身としては、反論するのは悪足掻き他ならないといえよう。だが問題は、全く別のところにある。


「で、これどこで買えるの?」


 隣の彼の顔から正気が一気に抜けた。


「パソコンくらい電気屋に置いてあるとかっていう発想にならないんで……?」

「電気屋ってあの?ないない、うちの田舎からいっちゃん近い電気屋でパソコンなんて売ってなかったもん、やっぱ専門店とか」

「田舎基準でしか物事を考えられないんですか!?というか今時の電気屋ならちょっと奥行けばすぐPCコーナーで」

「奥の方って普通レジじゃないの?」


「……ちょっと待ってください電気屋像がとんでもないくらいすれ違ってますコレ!待ってください今田舎の電気屋調べますから……(検索結果見て)……すみません僕が悪かったですねコレ、そりゃここまで小さいとこならPC置いてなくても納得だわ……」


 私にとっての電気屋とは、車で飛ばして1時間のシャッター多めの商店街の一角にある小さめな店である。おっちゃんおばちゃんが愛想良く家電を薦めてくれる一軒家程度のサイズ。それが私の人生においての「電気屋」であった。ちなみに2階はおっちゃん達の居住スペースである。ベランダを見ると洗濯物がよくかけてあり、盆あたりに行くと息子夫婦が帰ってきたのが洗濯物の量でわかるのだ。


 テレビについても山籠りもありほぼ見ておらず、こっちにくる直前、大学に行く私に気をかけたおっちゃん達に勧められて購入した小型テレビを、アミナとセッティングして観た番組が約10年振りのテレビだった程だ。動画サイトも高校のクラスメイトが話していた物をアパートに着く前にネカフェのPCでアクセスしたのが初めてだ。つまりCMで知ってるだろとかそういう類の文句はお門違いなのである。


 大学についても適当に大学辞典のような物で都会にある大学を受けてここに入った。早い話、私という生き物はメディアに接する機会が今の今まで皆無だったのだ。バイトのweb応募もわざわざPCのある学校まで休みというのに片道2時間かけて行って、センコーに話つけて視聴覚室一室まるまる借りて、詳しいクラスメイトにセッティングしてもらってはじめてできた。


 スマホで地図を確認したのも、初めて開いた時に出るチュートリアルをなぞってようやく、である。ちなみに大学のページは配布された資料に載っていたのもありすぐに覚えられた。多分吸収できる脳は足りてるから、ライル君の言ういろいろもすぐに覚えられる……と願いたい。


「何でそんな物事知らないんですこの学校来てるのに。まさか、勉強ばっかしてて浮世に触れなさすぎたから、なんてことじゃ」

「惜しい」

「惜しいのォ!?」


 ライル君が思わず立ち上がりかけた。そらそうだ、冗談言ったら半分当たってたなんてこと、そうそうない。


「親が厳しいのと腕っ節強くなりたかったからねー、学校行ったら家にバッグ置いて山篭って日が暮れたらそこら辺のカマキリかコオロギ狩って焼いて食って夜になったら帰って風呂入って宿題やって寝てた。テレビとか本なんかに微塵も興味なかったわよ」

「仙人かよ」


 彼が驚き半分呆れ半分の顔でつぶやく。あながち間違いじゃないのが悲しい所。


 実際、私が柔道道場に通い始めた理由も、ただ「強くなりたい」一心だった。物心ついた時から「強くある」事に執着じみた興味を示していたらしく、物置の仰々しい先祖が着てたとかなんとかという甲冑に夢中で、周りが与えてくれる可愛らしい衣服や人形といった可愛らしいものには目もくれなかったという。


 小学生時代も友人関係はほぼ皆無(遊びに行く時間すらも山籠りに徹していたのもあるが)で、唯一仲の良かった友人は高校まで同じであった程に繋がっていたものの、山籠りしていた私は当時その重要性をすっぽぬかしたせいで2人の関係にヒビが入り続けていたらしく、トドメに地元で就職する彼女とここの大学に進学する私とで気持ちが完全に分かれてしまい、結果高2の3月頃には疎遠になってしまった。


 それ程までに私は強くなりたかった。そんな私自身を客観視して、半ば嘲るように「そうかもね」と笑ってみた。


 キンコンカンコン、とテンプレートそのまんまのチャイムが鳴る。どうやらグループワークは尺稼ぎだったらしい。


 が、他の生徒の話を盗み聞きするには、サークルや部活、授業にゼミ等で人間関係を構築しておかないとテストに課題、果ては就活まで影響が及ぶという。そこを考えるとここの教師はかなりいい先生なのかもしれない。


 大学とくれば一つの授業でも100人オーバーはザラというのに、それでもきちんと生徒に気を配るのは善人にしかできない行為だ。授業がつまらないのはこの際スルーしよう。うん。


「ま、とりあえずメモしたのを買えばレポート問題は解決……しないな、確実によくわからんとこ行きそう……いやでもこのあと「集会」が……」


 途端にライル君がぶつぶつと独り言を言い始める。本人的には私に聞こえないと思っているのだろうが、生憎自慢のモフモフ&ロングなお耳がキッチリ捉えている。集会ってなんだ。あとここらへんよう知らんし電気屋にたどり着ける気もしない。


 最悪アミナに頼まァいいか、と私は荷物をまとめバッグを持ち立ち上がる。


「パソコンの事ありがと、電気屋は友達に聞いてみる」

と私が礼を言った直後、食い気味に彼は言った。

「……不安しかないので電気屋まで送ります」

「いいの!?この後集会かなんかって」

「なんで知ってるんでッ……そうか兎だからか聴こえるもんな、流石に……」


 ライル君が小声でちょっぴり愚痴ったがここはあえて突っ込まない。突っ込んだら送ってもらえなくなる。


「あーもういいや、とりあえず店まで送りますんで認めたメモで自力で買ってください。店員さんになにか吹き込まれても無視でいいですからね!」

「それなんか冷たくな」

「冷たくないです!そもそもデカさも客の数も桁違いだから店員もいちいち顔なんざ覚えてませんよ」


 そのままライル君はすっくと立ち上がり、「行きますよ」と教室をツカツカと出ていってしまった。一瞬アッケにとられたが、のんきやってらんないと私も慌て気味の早足でついていった。

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