第4話 都会と猫と狸と兎 1-3

「新入生が退場します。大きな拍手で送り出しましょう」


 キッチリと列に合わせて、ホールの出入り口へ向かって歩く。衣裳に関してはアミナが写真館の奥底から引っ張り出したレディーススーツを軽くアイロンかけてそのまま着た。言ってもない服のサイズを一発で当てるとは、彼女の観察眼はなかなかのものである。


 ホールの上部座席に目をやれば、大砲みたいなレンズを一眼につけたアミナが、パパラッチのごとく私を激写している。隣の父兄はドン引きである。目を凝らすと凄まじい回数でボタンを人差し指で連打していた。人力連写とは凄まじい。1秒間に16連写とかしてそうだ。


 そのまま退場したのち、各々指定された教室へ移動することに私たちはなっている。ちなみに終了予定時間は昼前だったが、校長の長ったらしい話と終始グッダグダの進行のせいで、終わってみれば時間は午後1時をまわっていた。


「それじゃあ各自指定の教室へ向かってくださーい」


 しばらく歩いてからホールを出、ホール前の広場をうろちょろしていると、どこかしらから誘導員(おそらく3年あたりだろう)の声が聞こえた。喋り声がこだまして、雑然としたまま新入生の群れが移動する。すでに生徒間でのグループというかつるみというかが形成されていた。さすが都会、コミュニケーションの速度も一級品である。私には話す相手も仲のいい友人もこの街には(アミナ除き)いない為、ぽけーっとしながら目的の教室へと足を運ぶ。


 「ねーそこのねーさん」


 なんというか、一発で警戒ゲージがマックスになる、軽ーい声色。その声に次いで「へへへへへ」と、あまりの軽さに世紀末か戦国の世であれば、戦いのイントロあたりで脳天を矢でぶち抜かれて死ぬタイプの笑い声。


 声の方向に目をやれば、いわゆる「パリピ」らしき狐やらハスキーやらイタチやらが3人程でつるみながら私を誘っている。スーツはすでに着崩し、サイケデリックな蛍光色で尻尾を染めている。バカじゃ。勉強だけできるバカがここにおる。


 もはや私にとっては祟と比肩するほどの嫌悪対象となったその愚か者共は周りを気にせずウェーイウェイと鳴いている。それどころか他の女子生徒まで手を出そうとしていた。所々卑猥な単語も出ている。こいつらなぞ調子乗ってキッツイ酒一気して急性アル中で強制卒業が関の山だろう。


 そんな阿呆よりも阿呆な者共を目を合わせず沈黙でつっぱねつつ歩く。しかしながらもそのアンポンタン3人衆は「綺麗っすねー」とか「いいの入ったんだよなあ行きつけのバー」とか「俺ら陽キャっしょ」と美辞麗句を並べてついてくる。というかこやつらまだ未成年のはずだ。未成年飲酒までついてくるとはますます救いようもない。というか陽キャは未成年飲酒などやらん。お前らが酒飲んでる間に、陽キャはボランティアなどに精を出しているだろう。それがわからないあたり、さすがというかなんというか。


「おい」


 声色が変わる。男という立場を悪用するか。


「俺らさー、ヤクザとかと関わりあんだけどさー、わかってるよな?」


 暴対法違反(昨日見たバラエティでやってた)まで決めてくるとはこやつら中々である。バカ世界グランプリ優勝候補間違いなしだ。肩を無理やり組んでくるわ顔近づけてくるわで面倒な上に、そろそろ腹も立っていた。大人の対応を決め込みたく、そのまま沈黙を保つ。取り合うだけ無駄である。


「ふーん、従わないんだあ」


 調子乗りの1人が言う。他の面々が私を囲い始める。ただならぬ雰囲気はあるものの、3人の誘導により端の方の目立たない場所へと移動していた。


 が、これについては幸運だった。多くの生徒がホールから各々の目的の場へ向かう最中、人口密度はそれなりに高い。そのような場所で大立ち回りを演じようものなら、流れ弾で無辜の新入生各位が巻き込まれかねない。殴るにしても蹴るにしても投げるにしても、それなりの場所やスペースは必要となる。いくらインファイトといえど、である。それすら利用して戦う域には、まだ私は達していない。


「じゃ、実力行使で」


 別の1人が言った瞬間、3名全員が十徳ナイフを取り出す。肩をかけてきたハスキーが目の前にその刃を私の目前に向けた。


「何する気?」


 試しに聞いてみる。万一警察沙汰になったとしても、ある程度こちらが相手の言葉を引き出せばこちらが優位に立てることもある。いかなる状況でも冷静を失わない。柔道やってた身として、それは当然。焦りは目前の選択肢を曇らせる。


「[いいこと]に決まってんだろ!?」


 腹を煮やしたのか肩を組むハスキーは声を荒げる。


「で?そのいいことってのは」


 そして煽り。向こうのボルテージを上げ、通常ではしないようなことをさせてしまえばこちらの物。被害者救済を重点とするこの国の立法では、被害者の発言が重視され、加害者の発言は信用性に欠けるとされる。これにより冤罪といった悲劇が生み出されてしまうこともまた事実だが、今回はそれを利用させてもらう。


「おいお前ら、ギャアギャア騒いでんのはいいからやるぞ」


 狐が右手のナイフをこちらへ向けて迫り、胸の辺りにナイフを当てた。



 破裂音と共に、狐野郎の手からナイフが弾け飛ぶ。


 外尺沢(手の付け根部分)への裏拳。手首にスナップを効かせつつ、ハスキーの肩組みから軽いホップからの強引な屈みで威力を重ね脱出し、立ち上がる勢いを乗せて斜めに打つ。腹の底から放り出したような、ネジ切れた狐野郎の悶絶が響く。


 肩の物理的拘束とナイフの威圧で拘束できると思ったら大間違いだ。


 確かに、ナイフなぞ創作上でたまーに目にするような一般人ならじゅうぶんに効果的かもしれないが、武道をそれなりにやれば刃物に対する対応法はそれなりに理解・経験している。護身術などでは実際に刃物(といっても模造だが)を利用した練習も行うこともある。柔道に関しては「スポーツ」の面が強調されたモノであるためあくまでも実戦には不向きと言うほかないが、私はそこから自己流の「柔術」に発展させた。


 幼少期から柔道場と学校と山の往復生活を送ってきた私は、山では野生のバカでかいカマキリを何度も相手取っては仕留めて焼いて食い、道場では交流戦や道場破り(まさか実際にいるとは幼心にも思っても見なかった)を薙ぎ倒してきた。刃物とトーシローのナマモノの組み合わせなぞ、その経験の組み合わせ以前に容易に対処できる。


 倒れ込む狐に右こめかみへの二本抜手を裏拳から返すように打ち、脳震盪を起こさせる。そいつは雪崩のように倒れ込んだ。


 絶句し硬直するハスキーに貫手からの流れそのままに貼山靠(といっても昔作った技が貼山靠そのままだったので名前を拝借しただけだが)を撃ち怯ませたところへ裾と袖に掴みかかり大外刈りを決める。


 パン、と背中の打ち付けで発した破裂音が響く。そのままハスキーも文鎮になった。


「ああ゛ッ」


 チャラついたイタチが腰を抜かしてその場に崩れる。その勢いでそいつの手からナイフがあらぬ方向へ飛んでいった。化粧が流れて取れたのか、奴の滲んだ涙は黒かった。呼吸は随分と不安定。恐怖による過呼吸か。ま、こう言う輩には一度屈辱というか恐怖というかを埋め込んでおかねばならない。無言で迫ってみる。


「へ……へひ……ひゃあ゛っ、ひゃっ」


 おうおう面白いくらいに怯えている。先程のクソ長い癖して中身のない校長の話でイラついていたので丁度良い。いい感じに追い詰めてからふん縛ってやろう。


 そのままもう一歩進んでみたら、「はひ」という小さな断末魔とともに軟弱イタチは気絶した。よく見れば失禁していた。終わってみれば、3人揃って色々ズタボロである。まず私には2度と手を出さないだろう。傷害罪とか色々言われそうだが、まぁ先に手を出した相手が悪いと言うことで、私はトンズラ……


「ちょっと君いいかな」


 ……できませんでした。ふと周りを見れば警官だらけ。下を見ればぶっ倒れてピクリともしない置物2名、しょんべんまみれの分銅1名。うん。これは誰がどー見ても私がワルだ。


「……やっちゃった……」

「ええ!?殺っちゃったの!?」

「違います!!!」




「武術の心得あったんすね……」

「ハイ……」


 綺麗な一流大学で流血沙汰という大騒動を引き起こした私は、ひりついた雰囲気の中、大学からそれなりに離れた警察署の取調室にて事情聴取を受けていた。相手は先日の強面狼警官さんである。


「一応向こうはナイフ持ちで人数有利ともあって、あのくらいやっても正当防衛になると思うッすけど……次は手心加えてくださいね、ホントに殺っちゃうから……」


 正論。武術というのは元々戦場における技術に端を発することが多い。柔道の前身である柔術も、武芸であるとともに、戦場にて相手を仕留めるための技術でもあった。さらには、投げや組みに置いて人体の弱点も同時に知ることになるから、その気になれば素人を一撃であの世行きにすることも、それなりの手練れなら簡単にできてしまう。それゆえに、精神的なことも教えられたりするのだが。


 私の場合、通い詰めていた柔道道場の師範から「お前は技術も腕っ節もあるが殺意が強すぎる」と言われたことがある。元々短気な性分も相まって、一度大会で挑発してきた女相手に思いっきり締めた結果、そいつの肋骨にヒビを入れたこともある。つまるところ、ヒートアップすると大怪我させるまで止まれないのだ。


 一度「精神の修行」として滝行などといった荒行もしたこともあるが、その時のストレスが原因か、しばらくの間凄まじいほどに荒んでしまい、結果「精神論じゃお前の短気を治すのは無理だと分かったからもうお前大人しくしてろ」と説教された。親からも散々引っ叩かれたが、今思えば当然の報いである。なおその後、ストレス発散として家の漬物石を手当たり次第そこいらの田んぼに投げ込んで、もっと怒られたのは別の話である。


「とりあえず、相手の方にはそこまでの怪我はなく、また向こうもナイフを持ち出していたというのもあり正当防衛として処理するッす。結構ド派手にやったように見えて実際そうでもないンすね。柔道やってたって聞いたし、職人技という奴ッすかね、ホントすごい……」

「いやああれは相手が頑丈なだけだったというかなんというか」

「へ?」

「いやいやいやなんでもないですホント、ハイ」


 慌てて否定する。まぁ相手が丈夫だったのは確かである。生き物って脳天打ち付けても生きてるもんは生きてるんだなあ。


「ま、写真の提供もあって、正当防衛の成立はまあ間違いないッす」


 警官さんの言葉の中の「写真」にひっかかる。


「写真?」


 私がそういうと警官さんは「えーと」と、頭の中の記憶を蘇らせるかのように中空を見つめながら話し始めた。


「昼前のドタバタの直後、んーと確かホントに間髪いれず……1分ちょっと位?に、ここに女の子が駆け込んできたらしくて。んでその証拠写真を渡してきたらしいんす。もちろん事件はその現場で処理中で、生徒もケータイの撮影に必死だし教員さんたちもそんな生徒さん抑えるのにドタバタしてたりで通報もされず、事件の話は署の方には行ってなかったんす。それゆえに初めは取り合わせなかったんでしょうけど、そのままその女の子その写真を置いて帰っちゃったみたいなんす。追ってみれば既に居なかったとか、遠くのビルの屋上にうっすらいたとかなんとかって。不思議な子とかって今軽く話題になってるっすよ、予言とかワープとか、いろいろ」


 写真。ワープ。誰だかは一瞬して合点が言った。


「もしかしてその子白猫だったりします?」


 私の言葉に警官さんは目を丸くする。ビンゴだったらしい。


「もしかしてお知り合いとか?」


 警官さんのその言葉に私は自信を持って答えた。


「友達です」


 解放された私は疲れ切った調子で警察署(サツの本場)を後にした。空はとっぷり日が暮れている。確か来た時はまだ昼前だったからかなり長い時間、聴取を受けていたのだろう。取調室はずいぶんと窓も小さく閉鎖的な空間だったから、時間感覚が完全に狂ってしまった。


「よっ」


 ふと聞こえた声の方を向けば、アミナが近くのガードレールに寄りかかっていた。


「あの写真、よく撮れてたでしょ」


 彼女はそういうと満面の笑みをにこーっと浮かべる。


「良いのかはどうか別として……まぁうん、すごい助かった、ありがと」


 おそらく長い時間待ち続けたというのに、元気もりもり100%といった調子のアミナとは対照的な、疲労どっぷりな声色で私は礼を言う。さすがにもう精神的に限界だ。


 「帰ったんじゃなかったんだ」


 警官さんの話によれば帰ったとか何とかだったらしいが、実際に彼女はここにいる。一旦帰ってまた来たのだろうか。


 だとしても待たせたのは私の責任、何か埋め合わせを


「ううん近くのゲーセンでしこたま遊んでた。シューティングのランキング全部私にして軽く荒らしてやったぜ、ふふん」


 ……する必要はなさそうだ。心配をよそにあっけからんと答える彼女に、私の精神的疲弊は加速していく。というか花も恥じらう美少女然としておきながら中身凄腕シューターってそれはそれでどうなんだ。将来が不安。ゲーセンで相方の金注ぎ込みそう。


「まぁ何もなくってよかったよ。とりあえず帰ってもアレだしどっか食べ行く?晩御飯」


 アミナの言葉で気がつく。そうだ晩御飯。さすがに2食抜くのはあまりよろしくない。が、正直外食で気晴らしできるほどの食欲は無い。アミナも察したか、「お惣菜買って帰ろっか、疲れてるもんね」と優しく言ってくれた。前言撤回、こんな優しい子の将来が不安定なわけが無い。良い相手を確実に見つけるだろう。


「そうしよっか」


私は短くそう返すと、彼女は私の手を引いて「早く行こ」と歩を進めるのだった。



「今日も泊まる?」

「うん」



 帰宅からしばらく経ち、夕食を食べ終えた。今は明らかに1人用のえらくミニマムな小型テレビに流れるバラエティを2人、肩を並べて見ていたところだ。ぴっとりとひっついているアミナの温かさが、疲弊し切った私の心身共々癒してくれる。ふと彼女の方に目をやると、すぐに気づいて満面の笑みを返してくれた。純真な笑顔とはここまで優しいものなのかと少し驚く。それと同時に、そんなことで驚くほど疲れ切っていた事実に触れた。今日は早めに寝てしまったほうがよさそうだ。


 今回の一件でアミナに助けられたこともあり、今日も泊めるつもりだったのもあるものの、正直一人暮らしというのは随分と寂しく、私には少々身が重いものであると感じた(初日に地べたで布団も引かず丸めた服を枕に一夜を過ごし、彼女がいなければ荷解きもしなかった可能性が高い、という時点でそれは明白)。それゆえ、泊まってほしいどころか同居したいな、とも思えてきている。先ほどの発言の根源にあるのは、そんな甘っちょろい考えである。そんな考えであるから、即答する彼女には多少、救われた気がした。


「そういやテンションひっくいけどなにかあったの?」


 アミナはこちらを向いてキョトンとした顔で聞く。

 バツが悪い。私はそんな雰囲気で答えた。


「今回の事件、相手が悪くてさ……」

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