第3話 都会と猫と狸と兎 1-2-後半
その後、思い出話などを話の種に談笑しながらおそらく1人では永遠にやることはなかったであろう荷解きをやり、生活感が出てきた部屋にて2人がかり(2人揃って機械には音痴というほどではないにしろ明るくなかった)でなんとかセッティングに成功したTVをお茶菓子をつまみつつ流し見、気づけば夜の9時前になっていた。
そういえば夜中は色々危ないはずだ、アミナを送った方がいいんじゃないかと思い、「大分暗くなったし家まで送ろっか?」と聞いたところ、昼時と同じドヤ顔で「大丈夫だよ、一瞬だもん」と彼女は胸を張っていた。確かにワープできるならその辺の心配は皆無である。家に帰るのも一発だろう。でも色々世話になったものだし、玄関までは送ろう。そう思いつつ、飲み干したお茶のペットボトルをシンクに持っていこうと立ち上がるとアミナは「帰りの心配、しなくていいよ。そこでいいから」と言う。
彼女の指差した先には物置部屋のドアがある。鍵穴は無い。ワープの時は鍵穴に鍵を差し込んでいたが、どうするつもりだろうか。聞いてみた。
「そっちのドア確か鍵ないよ?」
「んー、無問題無問題《モウマンタイモウマンタイ》家帰るならあの鍵いらないから。見せたげる」
アミナも立ち上がると徐に物置部屋のドアを開け、その先を手でどうぞと指し示す。さすがにあんな超能力(たぶん)を持つ彼女といえど、種仕掛けなしにドアをつなげるなぞ……という甘い考えは、ドアの先を見てからコンマ0秒で吹き飛んだ。
「……私くらいになればこんなのも朝飯前なのだあーっ」
「写真……館……?」
何処となくロココ調のインテリアに独特な丸い小型の額縁、少し色褪せ気味な白いスクリーンとアンティークな雑貨類。それなりに広い部屋のアクセントになっている大きな木枠の窓からは、真夜だと言うのに夕陽が差し込んでいる。その窓の真下には使い込まれたソファ、その上に掛け布団が雑に置かれていた。ソファの隣にはアルバムの載った小さな丸机があった。
「不思議でしょ」
アミナはその空間に足を踏み入れながら言う。
「高濃度に現実存在性が充満する時相軸の連続集合体、その群生の内に存在する隙間——ざっくり言えば時空の狭間ってやつだね——にここは存在するの。だから、ほいっと」
彼女がパチン、と指を鳴らすと共に夕暮れの光は消え、部屋は一気に暗くなる。日が沈んだのだろうか。
「こう言う芸当も可能な訳。時間、っていうのは簡単に言えば一瞬一瞬の『結果』を連続で出力してるだけなの。あーっと、『結果』っていうのはなんちゅーか、その時々の物理演算の結果とか、その瞬間に0だったのか1だったのか……とか、まあそんなもんだと思っといて。ほんでもって、時間の仕組みっていうのはアニメとか、ゲームの仕組みといっしょでして。一つ一つの絵を連続して出すことでアニメとして成立するように、時間も一つ一つの結果を連続して出すことによって、時間として成立するの。ビー玉を指で弾いた時、その分ビー玉はすっ飛ぶでしょ?あれって『弾いた力ぶんビー玉が一気に飛ぶ』んじゃなくて、『弾いた力によって移動して、摩擦によって弾いた時の力がすこしなくなる。そしてその差し引き分また移動する』っていうのを繰り返してるってワケ。この仕組みを使えば、ほんとぉ〜に一瞬のうちに物を連打したり射出したりとかすると、速度が溜まって尋常じゃない速度で飛んでったりするの。いわゆる「ケツ量保存の法則」、ってやつだね。ほんで話を本筋に戻すと、さっきのは午後5時ちょうどの『結果』から夜の9時過ぎ、正確に言うと4月2日21時15分31秒083の『結果』を移植しただけ……ってフィリィちゃーん。おーい。……だめだへんじがない、ただのポンコツさんなようだ」
「誰がポンコツだっ」
「うわ!?さっきまで白目剥いてたのにいきなりキレないでよ怖いって!」
「うるせえポンコツって言うからだこんにゃろぉう難しい話は私無理!一言で言え一言で!」
「時間切り分けてそれコピペ」
「OK!わからん!」
見当もつかない。時間を切り分ける、なんて時点で私からすればファンタジーそのものだ。というよりも、彼女の生活状況が気になった。見たところキッチンや風呂らしきモノは見当たらない。トイレは彼女の一人暮らしのように見える部屋の割に男女別でキッチリある。男子トイレが使われる日は果たして来るのだろうか。
寝床も心配である。いくらフカフカなソファと言えど、横には非常に狭い。油断したら落っこちそうだ。枕らしきものもない。といってもウチには布団はひとつだけ。うーむ……よし。
「今日……うち泊まる?なんかベッドっちゅーかソファっちゅーか……狭そうだし?」
私がそう言った瞬間、アミナはドアを勢いよく閉めたかと思うとキラッキラなおめめと天真爛漫な全力スマイルで顔を近づけてきた。うぉン、恋人の距離。
「いーの!?マジで!?いんやぁ生きてていいこともあるもんだかわいこちゃんとおんなじお布団で朝までぐっすり……最ッ高じゃん……!!!そだ、お着替えとパジャマ持ってこなきゃ!待っててね!」
彼女は一瞬にして閉めたドアを再び開けて一瞬のうちにその先へ消えてしまった。そういえば物置に置いたものはどうなってるだろう、とちょいと開けたところ、そこにはなんともなく、置いておいたぬいぐるみや冬服があった。少しばかり不安だったため、思わず肩を撫で下ろした。そのままドアを閉じた……直後バウンドしてきて顔面を強打。
「ポキュアァ」
「あ゛ごめん!盛り上がっちゃって!」
チカチカする視界の先には両手に着替えとパジャマを持ったホックホクなアミナがいた。嬉しそうで何よりですが次からはドア開ける時はちゃんとゆっくり開けねえとぶちのめすぞ貴様」
「途中から出ちゃってるよ心の声」
「ふふふフィリィちゃんといっしょのおふとんふふふふふ」
「舞い上がらないの、眠れなくなるよ…」
2人揃って風呂に入り、ひとつの布団に2人で入って時刻は午後10時半。ぴっとり私に抱きついて引っ付くアミナをどうどうと落ち着かせつつ寝付こうとする。
「すごいもふもふ……」
「いいでしょ。昔からの自慢なの」
私のモフモフは天下一、と地元でも有名だった。その分やはりと言うかなんと言うか、換毛期はすさまじいくらいの量の毛が抜け落ちる為櫛が手放せない。一度、「こんくらい抜けるなら枕の一つでも作ってみよう」と抜けた毛を丁寧に集めた結果、枕どころか薄めの掛け布団ができたこともあった。逆を返せば、そのくらいモフモフということである。
「フィリィちゃんといっしょなら寂しくないな、私」
「いきなり何言い出すの」
モフモフにうっとり、というような表情でアミナは妙なことを言い出した。
「ずっと私あそこで1人だったからさ、寝る時もずーっとひとり。夜ってさ、ひとりだとなんだかさ、なにか、じぶんの大切なものをもってかれちゃいそうな気分にならない?だけどフィリィちゃんと一緒ならそれがないの。安心するの」
「……」
「きっと私、フィリィちゃんのこと好きなのかもなあ」
「へ!?」
よくみればそう言うアミナの顔はすこし赤い。マジか。恋人同士の距離を連発してたが、ここにきてマジの恋人になろうというのか。ちなみに私はどんな輩だろうとロクデナシでなければバッチコイである。それでも……
「でもいくらなんでもそーゆーのは早すぎると言うかなんというか……」
「あー……そういうわけじゃないけどさ」
……早まって赤っ恥をかいた。そりゃそうだよな、会って即日恋人は無理あるよな。というかそんなこと思う時点で私……まずいこれ以上考えると眠れんくなる。スルーだ、スルー。
「友達ってさ、知り合いとかそういうのと違って、なんてんだろ、多分何があっても友達としていっしょにいれるんだろうな、っていうのがあると思うんだ」
アミナは言う。それについては私も全面肯定だ。じゃなきゃ知己なんていう言葉はない。
「変な話だけど、今日一日でいろいろ一緒にやるうちにさ、フィリィちゃんならそんな友達になれるような気がしたの。フツー、その日に会った人を泊める人なんていないもの」
「ゔ……」
彼女は笑いながら言う。間違いなく泊めた理由の根源にあるのは田舎っぺ特有のおおらかさ。チャリンコ盗まれた原因である。
「心配してくれたんでしょ、私のこと」
「そりゃ……布団とかベッドとかじゃなくソファで、しかも1人であんな広いところ。私じゃなくても寂しいよ」
当然。生き物というものは、根源的、本能的に窮屈な場所を好む。かつて私達という種族が捕食者であったころの生存本能、その名残。目前で同じ仲間が物言わぬタンパク質の塊と化す数々の場面を目の当たりにして、彼らは遺伝子にその恐怖を開けた場所に対する本能的不安として刻みつけたのだ。
ましてやあの写真館の広さ。実のところそうでもないのに、一人きりになった瞬間、その広さが無限なものとなって、それが本能から恐れをDNAより引き出て来るのだろう。彼女にしちゃ慣れっこなのだろうが、それでもあそこで「ばいばい」と送り出してしまうと、それはそれでなんだか寂しい気がした。ある意味、「心配した」なんてのはただの方便で、実のところは私のほうが寂しかったのかもしれない。というよりも、あそこが彼女の生活スペースな時点で、彼女を心配すること自体がただの杞憂で、私が泊めたのはただのお節介だったのかもしれない。
「嬉しかったな」
アミナは言う。
「きっと大体の人ならあそこで「じゃあね」って別れるもの。でもフィリィちゃんはそうじゃなかった。私を引き留めてくれた」
切なさの残る微笑を、浮かべる彼女。
「たぶんだけど、他の人なら心配はすれど『慣れてるだろうし』とか、『迷惑にならないかな』って思って、そのまま送り出すと思うの。でもさ、フィリィちゃん『泊まる?』って言った。思うより先に、言葉が出た」
私の額に、彼女の額が密着する。ほのかに熱をもった感覚は、彼女は背伸びも恐縮もしていない、等身大の1人の少女なのだと、私の脳へ直接主張する。
「フィリィちゃんてさ、自分の正しいと思ったことを、そのまま行動できる人だと思うの。他の人の感情より、自分の感情が先に行く。多分、人によっちゃ『強引』とか『青臭い』とか言うだろうけど、何もしないよりはずっといい」
私を抱く力が、ほんの気持ちだけ、強くなる。
「そりゃ、あそこで長年生活してたんだもん、心配される筋合いってのはないけどさ、でも」
ほんのすこしの時間だけ、静かになった。
「そーゆー優しさ、私大好き」
彼女の顔が、私から離れた。
「あと色々面白いもん、まともならいきなり許嫁ボコボコにしたりベンチ殴らないって」とクスクス笑う彼女の顔からは、先程の熱量はとっくに消えて、昼間のような屈託のない笑顔に戻っていた。
「ガラでもないこと言っちゃったな、そういえば明日入学式かなんかって街中で聞いたけど……おおぅ、顔がガンガン青くなっていく」
やっべえ。忘れてた。
「どうしよう晴れ着ない!というよりまず晴れ着レンタルする金銭的余裕も私にゃない!」
「人っ子一人泊める余裕はあるのに?」
「うっさい布団から蹴り飛ばすわよ!?」
「おーこわこわ」
にしししし、とニヤけるアミナ。つくづく思う。
こやつのテンションの変化幅、尋常じゃない。
「やーべどうしよ、書類とか色々配布されるし休めないんだよな……かと言って周りフォーマル私だけ私服、ってな訳にもいかないし」
「フィリィさん」
「何よ」
アミナは不敵に笑んだ。
「今時の写真館にレンタル衣裳がないとお思いで?」
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