色街霊話三例

川村人志

色街霊話三例

 地元に、Qと呼ばれる風俗街がある。私は、そこにある風俗店を利用することがある。近年は新型コロナウィルスの影響で、年に一回か二回程度の頻度だが、それ以前は数か月に一回通っていた。入る店は決まっておらず、予約はしない。その日の気分でふらっと入り、パネルを見て選び、偶然の出会いを楽しんでいる。

 私が風俗店に通う目的は、もちろん、サービスを楽しむためではあるが、それ以外にもう一つある。それは、指名した子から怪談を聞くことである。以前、偶然に怪談を話す流れになり、聞いた話が思いもよらず面白いものであったため、以降もそういう話が聞けないだろうかと思ったからだ。

 この習慣を続けていると、気付いたことがあった。特定の店に霊が出る、という話を、まったく面識がなさそうな複数人が語るのだ。それはXという店で、あそこには霊が出ることで有名なのだと。ただし、現れる霊の姿が一致しないのだ。それに気付いてからは、Qの中に幽霊が出る店があるのを知っているか、と聞くようになった。


 話を集めてみると、大きく三つに分類できることが分かった。それらを紹介する。


 一つ目。

 店にいる子はみんな知っているのだが、Xには、髪の長い血まみれの女性の霊が現れる。昔その店で働いていたが、ストーカーに殺されてしまった女性の霊らしい。


 二つ目。

 自分がこの業界に入った直後、先輩から聞いたことがある。

 Xには人気の嬢がいたが、ストーカーに殺され、遺体をバラバラにされ山に埋められた。後日犯人は逮捕されたが、犯人は彼女の左手を自宅に持ち去り、食べたらしい。

 それ以来、あの店には左手がなく、首とか、ひじ周りとか、切断された箇所から血を流す女性の霊が出るらしい。


 三つ目。

 ボーイが開店前に部屋の見回りと準備をしていると、時折、木材が転がる音がする。その音が聞こえると、縁が緑に塗られ、表面にひらがなが書かれている木製の立方体のブロックが目の端に転がって止まるのが見える。ボーイは視線を上げず、必ずそれを無視する。そして、その日は、ブロックが現れた部屋を使用しないようにする。

――視線を上げるとどうなるか? という質問に対して。

 これくらい(そう言って、語り手は、手の平を下にしてひらひらさせ、高さを示した。120㎝くらいだろうか)の、目の端に映ったものと同じ見た目のブロックが積まれた山ができているらしい。


 一つ目、二つ目と、三つ目で、明らかに傾向が異なっていることがわかると思う。

 誰がどの話をするかは、明確に傾向が分かれていた。


 一つ目の話は、年齢の若い人が多く在籍し、短期間でメンバーが入れ替わる店に勤める人から聞くことができた。勤務する人間の回転が速く、多くの人間の間に話が伝わっている中で、長髪の女性、血まみれ、といった、わかりやすい特徴のみが残っていることがわかる。


 二つ目の話は、一つの店に長く在籍する、Qに根付いているベテラン嬢から聞くことができた。こちらは、一つ目の話よりも詳細に語られている。幽霊の見た目が詳細になっており、その理由も説明されている。長く務める風俗嬢は、住まいが店に近いことが多い。怪談に登場する事件について実際にニュースや新聞で見聞きし、井戸端会議のように語られていたのだろう。一つ目よりも生きている話だな、と感じる。


 三つ目の話は、Xの系列店に勤める人からのみ聞くことができた。

 Xは何店舗か系列店があり、系列店の部屋がすべて使用中で使えないときは、Xの部屋を代わりに使用することがあるという。そのため、三つ目の話が一番原型に近いのだろう。


 以上のことから、話がいかに発生し、分化していったかを推察することができる。

 発端は二つ目の話で語られていた殺人事件だろう。ネット上に事件の記事があるか検索してみたが、それらしきものは見つからなかった。ネット記事が発達する前の事件で誰も書いていないためかもしれないし、怪談の中で語られる事件が実際のものと異なるためかもしれない。ただ、事件自体は起こっているのだろう。

 その後、Xに霊が出るようになった。霊の姿は、三つ目の話に登場する緑の木製ブロックである。

 Xに霊が出る、という話だけが外に漏れる。すると、そのときQの中の店で働いていた人たちはこう考えたのだろう。きっとあの事件で亡くなった女性が霊になって店に現れるようになった。被害者はバラバラにされ、左手を犯人に食べられたという。さぞ無念だったろう。そのときの姿で現れているに違いない。そうやって、二つ目の話のような、左手がなく、切断された箇所から血を流す女性の姿として伝えられるようになった。

 その後、Qに新しく来た人に、先輩が怪談の持ちネタとして、Xの話が語り継がれるようになる。年月が経ち、事件の記憶が薄れ、やがて単なる血まみれの霊として、わかりやすい話に変容する。


 ただ、このように怪談の伝播について考えると、不可解な点が一つある。

 すべてのパターンにおいて、一つだけ、共通する点があるのだ。

 その霊と目を合わせると死ぬ。

 一つ目、二つ目のパターンならば、違和感なく聞くことができる。ただ、三つ目のパターンである、緑の木製ブロックの霊が出るという話であっても、目が合うと死ぬと言われたため、驚いた。

「目が合うと、死ぬ? ブロックと? それってどういうことですか?」

 思わず聞いてしまった。

 この質問に対しては、よくわからないが、そういうことだと聞いている、という曖昧な解答しか得ることができなかった。


 実際にその店に行って確かめてみたいとも思ったのだが、その店は利用料金がQの中でもトップクラスに高額で、私の薄給では利用するのに勇気が必要だったため断念した。


 私は、Qの店に行くときは、とある風俗店情報サイトを使用している。そのサイトでは、Qにある店が地図として表示されており、地図上の店名をクリックすることで店舗のページに飛ぶことができ、空き状況や出勤日を確認することができる。

 ある日、そのサイトを閲覧してみると、地図からXの表示が消えていることに気付いた。

 Qは十年ほど前から中央を通る道路を拡張する計画がある。遅々として進んでいないのだが、計画の影響か、道路に面する店が日を追うごとに閉店し、数を減らしている。Xも道路に面していた店だったので、時間の問題だったのだろう。


 翌日、私はQに向かった。いつものようにふらっと店に入り、サービスを受ける。今回はいい話が聞けたな、と思いながら、徒歩で近くの駅に向かっていた。(高級店では駅と店をつなぐ送迎車があるが、その日利用したのは大衆店と呼ばれる安価な店だったため、そういったサービスはなかった)

 途中で、Xがあった場所の横を通ることになった。建物はすっかり取り壊され、土と石だけの空き地になっていた。

 やっぱり、一回この店に行って、自分にも見えるか確かめてみるべきだったかな、と今更ながら後悔した。

 からり、と音がした。空き地に、緑色のものが転がっている。それは、縁を緑に塗られ、表面中央にひらがなが印刷された、木製のブロックだった。もう一度からりと音がして、別のブロックが降ってきた。さらにもう一度からり。

 視線を上げると。空中、おそらく以前は店の二階であっただろう高さに、落ちてきたブロックと同じものが大量に集まった塊が浮いていた。がらがらと音を立て、ブロックたちがすべて落下した。ブロックが剥げた中には目があった。ブロックの塊と同じ幅と高さを持つ、画像加工ソフトで雑に引き延ばされたような、解像度の低い目があった。ぱちぱちと瞼が閉じ、開き、そのたびにぎょろりと黒目が左右に揺れる。

「いや、いや、何、これ」

 目が合った。

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色街霊話三例 川村人志 @arucard66

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