第39話 共闘①
巨大な拳が嵐のように襲ってくる。
(こりゃ逃げるので手一杯だわ)
風太は斥力を駆使して化け物の攻撃を耐え忍ぶが、局面を打開する術はなかった。とにかく
(早く来いっつーの)
そう心の中で毒づいた次の瞬間には、「風太君、お待たせ!」文音が風に舞って降りてきた。
しかし合流した2人を引き裂こうと、化け物の腕が振り下ろされる。
「こっち!」「おわっ」
文音は風太の手を取り、地面を蹴った。2人の身体を幾層もの風が包み、空高くジャンプした。発地の地面は化け物の拳で粉々に砕け散った。
「あのよう。2人で仕掛けるのはいーんだけど、無理くねえ?」
風太は化け物の暴れる様を見下ろした。機動力に富む文音がいるにしても、暴れ狂う化け物の攻撃をかいくぐって、核を破壊することは不可能に思えた。
「何言ってんですか。班長と
文音が2人に寄せる信頼は厚いらしい。その気持ちが届いたのか、化け物の背後にある廃墟から長戸が早速飛び出してきた。銃身が太い筒状になっている拳銃を手にしている。
化け物に気づかれないうちに標準を定め、引き金を引いた。
バシュッ。
太い筒から弾丸、というにはやや大きい、鶏卵ほどの大きさの球体が、火球の勢いで飛び出した。空中をぐんぐん進み、化け物に激突する一歩手前で卵がパカリと割れる。中から圧入されていた網が放射状に広がり、化け物の身体にまとわりついた。
「あんな網でどうこうなんのかよ」
化け物から少し離れた場所に降り立った風太は、長戸と化け物を危うげに見遣った。しかし隣の文音は自信たっぷりだ。
「大丈夫! あれ、ただの網じゃないんですよ。スパイダーって言うの」
スパイダーは暴徒鎮圧用の非致死性兵器だ。殺傷能力がないからといって、甘く見てはいけない。
スピドロインというタンパク質を主成分とする蜘蛛の糸は、自然素材でありながらその頑強さは飛び抜けて優れている。同じ重さで比べると強靱さは鉄の340倍、仮に鉛筆ほどの太さの蜘蛛糸で編まれた巣があれば、破れることなくジャンボジェット機をキャッチできるほどと言われている。
その蜘蛛の糸を人工的に作り出し、捕縛用のネットとして武器にしたものがスパイダーなのだ。
「おお、スパイダー」
風太は初めて耳にする未知の武器に目を輝かせた。が、すぐにその目は曇ることとなる。
はじめこそ絡まる網に自由を奪われ、苛立った様子の化け物だったが、10本の腕で乱暴に糸を掴んで、ぶちぶちと豪快に引き千切り出した。
「……おいおいおい」
目新しい武器にときめいた青年の気持ちはあっけなく裏切られた。
「でもまあ、祟り神の意識はそれたことだし。良しとしましょう」
厚顔無恥っぷりがはなはだしいが、文音の言うとおり化け物は標的を長戸に替えたらしい。文音たちに背を向けて、怒りの雄叫びを上げている。
「さあ、風太君。チャンスですよ!」
(そうだよな。さっさと【
なぜだか騙されたような気に陥っていたが、気持ちを立て直す。ぐずぐずしてはいられない。風太は50メートルほど先で猛っている化け物に集中した。
「うしっ。いくぜ!」
自分に渇を入れ、中腰に構えた。押し出すように両腕を前に伸ばし、呪文を唱え始める。言の葉に乗って、風太の
「……」
風太が白狩背にやって来て、【双石】は与えられてばかりいた。信仰だけでなない、喜びや悲しみ、そういう生きる中で感じ得る全てのことを、この青年は与えてくれた。自分はそんな風太を白狩背に縛っている存在であるにも関わらず。少なくとも【双石】自身はそう感じていた。
(だが、今は違う。今度は拙僧が与えるターンだ)
風太の手でグリモアとなり、彼の使役する力となった。【双石】は注がれるジンを増幅させて、性質を刻み魔術へと昇華させる。
「
詠唱を終え、昂ぶる【双石】の波を従えながら風太が頷いた。文音は頷き返すと、より分厚い風を身体に纏わせて、ふわっと風太の両手に飛び乗った。ツインダガーは触れるもの全てを切り裂く風刃と化している。
「いつでもいーぜーっ」
浮遊する【双石】の4本腕が、斥力の反動に備えて背面の地面をがっしりホールドした。引き離そうとする力を極限までとどめ、人間砲台となった風太は狙いを定めた。猫のリュカオンは砲台の上で足を折り曲げ、突撃に備える。
「風太君、いくよ!」
文音の掛け声を合図に、風太はとどめていた斥力を一気に解放した。反発する不可視の力が、2人の身体を引き離す。弾き飛ばされそうになる風太を【双石】の献身が支えた。アンカーの腕がコンクリートに亀裂を生み、強大な反発が文音の身体を押し出した。
文音は斥力の塊に乗っかって、化け物めがけて突き進む。
(まだまだっ!)
さらに速く、その先へ。周りの風を従えながら、文音は力の波を蹴り出した。【双石】の魔術と風使いの多段式ロケット。受け取った推進力を速度にかえて、文音は風撃の砲弾と化した。
鈍色レメゲトン 畑中真比古 @mahiko-ha
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