第7話  水曜日の朝

「おはようございます。」


「あっ、おはようございます」


「あれ、今日はあまり驚いていませんね」


「えっ、驚くって」


「だって女性の部屋に男の私が、どかどか入ってくるんですよ、普通は驚きますよね。

事実一昨日はかなり驚いていらっしゃった」


「そうなんですか」


「ええ」


「なんか・・・・・。

そういえば、そうなんですけれど、確かに驚いていませんね、なぜかしら、何だかあなたがとても近しい人に思えたのかしら」


「そう言ってもらえると、とてもうれしいですね。

おや今日は笑ってもいますね」


「あら、いやだ、あたくし、笑わない人なのかしら」


「そんなこともないんですがね。

あっ、カーテン開けますね」


「あっ」


「あっ、ごめんなさい、急に開けたんでまぶしかったですか」


「あっ、いえ、ああ、そうですね」


「でもそんなに元気に反応できるということは、今日は体調がいいということですか」


「なぜです」


「だって今日はベッドから起きて、椅子に座っていらっしゃる。

服もきちんと着ているし、何より笑顔だ」


「いつもは違うんですか」


「日によってですね、ベッドに横になって居る時もあるし、今日みたいに起き上がって、きちんと着替えて、椅子に座っているときもある」


「そうなんですか、今日のあたくしは、体調がいいということなんですね」


「ええ、今日のあなたは体調がいいらしい」


「ということを気にするということは、ここは、そういうところなんですね。

たとえばそう、病院とか」


「鋭いですね」


「ではやはりここは病院なんですか」


「はいそうです、と言いたいところですが、厳密にここは病院かと聞かれると、ちょっと違います。

まあ病院みたいなものです。

まあ病院と思ってもらって結構です」


「やあね、まどろっこしい言い方」


「そうですね。

申し訳ありません」


「うふ、謝らせちゃった」


「あなたはいつもそんな感じで素敵ですね」


「嫌だわ、そんなお世辞を言わせちゃって、何だか気を使わせちゃったかしら」


「いえ、大丈夫ですよ」


「良かった」


「では、説明しましょう。

あっ、私も座っていいですか」


「どうぞ」


「はいありがとうございます。

まず結論から。

あなたは病気です。

そして、この病院に入院してらっしゃる。

くどいようですが、厳密にいうとここは病院ではないんですが、この病院に入院されている」


「あたくしの病気はなんですの」


「一言でいうのは大変難しいいんですが。

認知症の一種です」


「難しいいという割に一言ですのね。

あたくし、認知症ですの」


「ということになっていたんですが。

そうでもない。

だから一言でいうのが難しいいですが」


「違うんですか」


「そう認知症というのは様々なことが出来なくなるんですが、あなたはご自分ことはなんでも出来る。

人の顔や昨日のことが思いだ出せない、というのは同じなんですが、他のことは大丈夫、ためしにご自分がいる場所の名前。

いつ来たのか。

なぜ私がここに居るのか、思い出してみてください」



「だいぶ時間が経ちましたが。

ダメですか」


「ごめんなさい、何だか喉元まで出かかっているとかならいいですけれど、まったく取っ掛かりも、何もないの、何も無いことが分かっている場所で、何かをさがしているような」


「そうですか、では今の状況を観察してみましょう、そして一生懸命考える。

今の状況や回りを観察してもいい」


「ではあなたは・・・・、孝一さんは、結婚されているの」


「おっ、うまいですね、私を観察して、私に質問をしましたか」


「お褒めにあずかりまして」


「いいでしょう。

ええ、わたしは、結婚していますよ」


「そうなの」


「ええ」


「それで、奥さまはお綺麗な方なの」


「ええ、私の妻は世界一綺麗ですよ」


「まあ焼けちゃうわね」


「仕方がないですね、では今日は私の妻の話をしましょうか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「それで、奥様はお綺麗な方なの」 帆尊歩 @hosonayumu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ