花の少女は美しく微笑む

天野創夜

君と僕と花言葉

 その髪を見た。 ――伸びた漆黒の髪は夜風に靡く。

 その目を見た。 ――あまりにも美しい瞳だったから。

 その笑みは花のように美しく、夜に咲く一輪の花の如く儚い。


 ――僕はその日、天使を見た。


 息を忘れるという言葉の意味を、僕は知った。


 ==


「なあ、ここら辺にある廃教会って知ってるか?」


 日の暖かさに、僕は眠気に苛まれながら机に突っ伏していると、いきなり後ろから声が掛かった。


「何だよ、いきなり……アレだろ、少し山奥にあるちょっとボロいやつ」


 僕は瞼を擦りながら、後ろを振り返る。

 田舎の高校には似つかない金髪にカラコンなのか赤い目。僕の唯一と言ってもいい友達の田中圭斗が、


「そうそう、それでさ、ウチの学校の近くの教会にさ、出るらしいぞ」


「出るって……何がさ」


「お前、出るって言ったらアレしか無いだろ……」


 そう言うと、圭斗は俺の肩を掴んで、直ぐそばにある窓を指す。窓からは森と広大な畑。ポツポツとある家と視界の端まである路面電車。この退屈した田舎町は見る人にとっては美しいのだろうけれど、この町で十数年過ごす僕からしてみれば、ネオン輝く東京に憧れてしまう。

 少し上をみれば、空と山との間に、少し白い大きな建造物が立っている。

 あれが──『教会』。遠目から見るだけで行ったことも無い。ただ、行っても何かが起る事は無いだろうと、そう思って行けずにいた。


「幽霊だよ、幽霊!」


「はいはい、どうせいつものホラーだろ」


「良いだろ〜お前、後もう少しで東京、行くんだろ?その前に行こうぜ、教会!」


「──。分かった、行こう」


 高校三年。後もう少しで、僕は念願の東京に行く。

 たまには思い出作りも悪く無いかもな。


 ──後何回しか聞けないチャイムが鳴った。


 ==


「ここかー、なんか曰く付きって感じだな!」


「そうか?廃墟というには結構綺麗なところじゃないか」


 路面電車を乗り継いで、少し山道を登って。

 少々駄菓子屋でお菓子を買いたいとゴネる圭斗に付き合ったりと、そんなこんなで昼頃に出たはずなのが少々夕日が傾く頃になって来た。

 白い外壁に身を包まれた教会は、所々に破損の箇所はあれど、それを加味しても、廃墟というにはあまりにも似合わない。


 教会の扉を開け、礼拝堂へと入る。

 腐敗が進んだ長椅子を見ながら、正面──ステンドグラスへと視線を向ける。

 夕日が傾いて、丁度良い具合に仕上がったステンドガラスは、僕の目を焼き付けて、離さない。


「綺麗だ……」


「だな」


 僕はクリスチャンではない。それは、きっと圭斗もそうだろう。

 しばらくの間、僕達は手を合わせて、ただただその場にいた。


「なんかご利益あればいいな!」


「それは神社だし、そもそも不法侵入している時点で神様に唾吐いてるのと同じだろ」


「お願いします神様、不幸は全部こいつに……」


「おい!」


「冗談だ、それでどうする?このまま帰るか、それとも俺と一緒に夜を迎えるか」


 一回教会を出た俺たちは、近くの草原にて、腰を落ち着かせる。

 圭斗は背中に背負った膨らんだバックを俺に見せながら、腕時計をチラと見る。

 現在の時刻は六時半。路面電車は七時で終発なので、今から向かうには少々急がなくてはならない。


「今日は親に外泊すること言って来た」


「ナイス!んじゃ早速テント貼ろうぜ!」


 圭斗は飛び跳ねて、早速あたりに良い場所がないか探す。

 本来ならいけないのだろう。ここら辺が緩いのは田舎特権である。

 少しして、僕たちはひらけた場所にテントを貼ることに成功した。

 缶詰を食べて、何気ない会話して。そうこうしている内に夜が来た。


「それで、深夜帯に出るんだって?幽霊。そろそろじゃないか?」


 僕は寝袋に包まった圭斗に声を掛ける。しかしはしゃぎ過ぎた結果なのか、「んごっ」というイビキだけが聞こえてきた。


「はあ……しょうがない奴め」


 僕はペットボトルに入っているお茶を一口飲みながら、自分も眠ろうかなと思った時。


「……歌?誰かいるのか?」


 ふと、音が聞こえた。


 ++


 気になった僕は、テントからこっそり出て、辺りを見渡す。

 教会に近づくにつれ、音がやや大きくなっている。

 その事に薄気味悪さを感じる。心なしか、教会が恐ろしく見えた。


 どうやら、音は教会の裏側から響いているようだ。

 流石に礼拝堂から通り抜けることは怖かったので、僕は棒切れを持って裏側まで回る。

 横側から見ると、少し割れた窓ガラスに白壁に改めてここが廃墟だというのを思い知らされる。


「──あら、誰かいるのですか?」


 教会の裏側は、丘になっていて、そこには一面の花畑があった。

 紫色の花びらや、薄桃色の花びら。昼ではパッとしない花たちが、この時だけは輝いて咲き誇っていた。

 その中に──彼女がいた。黒髪に赤い目の、所謂美少女というやつで、春先だというのに、長袖服を着ていた。へたり込んで花畑で花を摘むんでいる姿は──多分、一生忘れないだろうと思うほど。


「人の事をジロジロ見るのは、失礼ですよ」


「え、あぁ……ごめん」


 僕は慌てて視線を外して、頬を掻く。さっきまであった恐怖はもう無くなっていた。

 すると、少女は僕に手招きをした。

 年齢は──僕と同じくらいか、それよりも年下だろうか。

 そんな事を思ってると、はいこれと、手に一つの花を手渡された。


「ゼラニウム。花言葉は『予期せぬ出会い』。貴方と会えたのも何かの縁です、私の名前は楪宮古。古い宮と書いて宮古です。貴方は──?」


「……楓斗。花言楓斗はなことふうと


「楓斗君……ですね。どうしてここに?」


「ここら辺の近くに幽霊が出るとの噂で……」


「あぁそれ、私です」


 少女──宮古はあっけらかんとそう明かした。

 それが、僕たちの出会いだった。

 約三分にも満たない邂逅だった。


 ++


「あら、楓斗君。どうですか、学校生活は」


「やあ、宮古。いつも通り退屈極まりないよ」


 あれから僕は、時間さえあれば度々ここを訪れていた。

 その都度、彼女はここにいた。あれから一週間が経とうとしているが、僕は彼女について何も知らなかった。分かってるのは名前だけ、後、妙に花言葉について知ってる事だ。


「そんな君に、どうぞ」


「ありがとう。ガーベラだね、確か花言葉は『明るい希望』」


「わ、博識〜。凄いですね、どこで覚えたのですか?」


「近くの本屋で、買ったんだよ。それでも、君には敵わないけどね」


 会う度に渡される花は、それぞれにちゃんとした意味があり、それを僕は今でも大事に保管している。

 勉強の合間にと買った物だけど、これが案外面白い。僕はガーベラを眺めながら、腰を下ろす。それからは、他愛も無い話に花を咲かせていた。これが僕の唯一の息抜きの時間だった。


 ++


「また会いましたね、楓斗君。受験生なのに、いけない人」


「手酷いな……一応、残り二週間だからその前にと」


 受験日まで後二週間。流石に外出は控えるべきだろう。すると、彼女は少し残念そうに頬を膨らませた。


「東京の、大学に行くんですよね……寂しくなりますね」


「受験が終わったら、また会えるよ」


「……。これを、貴方に」


「ありがとう……これは?」


 渡された花は、見たことが無かった。


「ずっと……持ってて下さい。調べるのはだめです。答え合わせは、受験が終わる日にしましょう」


「謎解き……って訳か。分かった」


 僕はその花を大事にしまうと、ふと、花たちを眺める。


「……ありがとう」


「どうしたんですか?急に」


「いや、何でもない。行ってきます、宮古」


「はい……応援してます。楓斗君」


 僕は立ち去ろうと歩く。


「楓斗君!」


 その背中に、声が掛かった。


「……私の事、覚えてて」


 ++


 憧れだった東京は、息苦しくて人に酔いそうだった。

 大学は綺麗で、周りの人はみんなキラキラしていて、その中で試験を受けるのは少し大変だった。


「──よっしゃぁ!!」


 そして今日、僕は柄にもなく叫んだ。


 ++


「……野春菊っていうのか」


 僕は自室内で、宮古に会う前に図鑑で花の名称を知った。

 へぇと思いながら、花言葉を見る。


「『別れ』」


『……私の事、覚えてて』


 ……まさかな。そんなの、嘘だ。


 嘘──。


「──ッ宮古!!」


 僕はとあるコラムを見て駆け出した。

 まさか、そんなの嘘だ!

 そのコラムには、花の別名が書かれてあった。

 野春菊の別名──。









 ──『ミヤコワスレ』











 ++



 久しく見る教会は依然と変わらない姿で僕を迎えてくれた。

 少し周って、あの花畑を訪れる。

 しかし、そこに宮古は居なかった。


「宮古……」


 彼女がいつも居た場所には、ミヤコワスレが咲き誇っていた。

 それきり、宮古はパタリと姿を消した。


 ++


 静寂なる月夜。教会の裏側には侵すことさえ許されない神域なる花畑がある。

 その花畑には、一人の少女が座っていた。その指で、花を優しく愛でる。

 それは、一種完成された世界だった。少女だけの世界は、美しく、触れ難い。


 そんな世界に、一人、侵入者が現れた。


「──あら、誰かいるのですか?」


 侵入者は、答えない。

 ただ、少女をまじまじと見つめるだけだった。


「人の事をジロジロ見るのは失礼ですよ」


 男は照れくさそうに頬を掻いた。


「ここで会えたのも何かの縁です。『ゼラニウム』花言葉は──」


「『予期せぬ出会い』」


「──。どうしてここに?」


「……ここには、幽霊が出ると聞いて来てみたんだ。けど──ここには幽霊じゃなくて天使がいたよ」


 男は少女の前に座った。

 男は少し笑って。


「僕の名前は楓斗。花言楓斗。──君は?」


 少女の眦からは一粒の涙がこぼれ落ちた。


「楪宮古。古い宮と書いて宮古。──、楓斗君」


「ただいま──宮古」


 それは、いつの日か交わした挨拶。

 永遠に来ないと思っていた。もう二度と、出会えないと思っていた。

 少年は男になっていた。少女は少女のままだった。


 男は涙を流す少女の涙を拭って笑う。

 その様子を、『再開』の言葉を持つ花が見守っていた。

 男はこれから何度も少女に出会う。その度に恋をする。

 花の少女は花が存在する限り永遠に生きる。

 

 これは、一人の少年と花の少女の物語。




 ※楓の花言葉は『大切な思い出』

  楪の花言葉は『譲渡』

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花の少女は美しく微笑む 天野創夜 @amanogami

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