第3話 伝承

 「どういうことかって聞いてんでしょッッ!!」


 周囲の空気が凍り付いた。竜胆さんは俯きながら拳を握りしめて肩を震わせていた。

 体感時間で10分ほど、実際は2分ほどして誰かが口を開いた。


 「あ、あの・・・・・」


 振り返ると、うちのクラスの女子がおずおずと手を挙げていた。


 「わたし、最初に教室に入ったんだけど、その時点ではすでに書かれていました」

 「・・・証拠は?」


 竜胆さんが訊くと、彼女は


 「ないよ。けど、わたし、そんなに信用ない人に見えてたの?」


 と返した。心なしか、残念そうな顔をしている。


 うーん、彼女って確か1年の頃、クラス長を務めてたんだっけ。誰かが話してるのを聞いたことがある。なら、少なくとも全く信用できない人間ではないはず。だが、そこに落とし穴がないとも限らない。自分の地位を利用して彼女がやったのかもしれない。


 しかし、こっちにも証拠がない。ならこの場は引くべきだ。


 「竜胆さん」

 

 無言だった竜胆さんに声をかけると彼女は顔を上げ、ちらと目だけで俺を見た。それからさっきの女子に視線を移した。


 「白木しらきさん、疑ってごめんなさい。それと、みんなにもごめんなさい。びっくりさせてしまって」


 深く頭を下げ、顔を上げてからもう一度口を開いた。


 「でも、私と黒百合くんは付き合ってないわ」

 

 笑顔でそんなことを言い、竜胆さんはすたすたと自らの席へ向かっていった。


 ****


 その日の2年4組の教室はいつもより騒がしかった気がする。


 「竜胆さんって、あんなふうに怒るんだね・・・」

 「それな。いつも穏やか、というかクールな感じなのに」

 「火のない所に煙は立たぬって言うだろ。実はあのふたり付き合ってんじゃね」

 「でも、あの黒百合だぞ?本ばっか読んで何考えてんのか分からない」

 「そういえば竜胆さんも本、結構読んでたと思うよ」


 こんな感じの会話を何度も耳にした。若干、鬱陶しかったがそれほど気にはならなかった。竜胆さんも席で静かに勉強したり読書したりしていた。

 一人として俺らに先のことを聞いてくる人間はいなかった。はは、友達ほとんどいないのが助かった。


 まぁ、犯人については多少気になるが。もしかしたら学校内に竜胆さんを狙う人間がいないとも限らない。そいつが揺さぶりをかけてきた可能性もある。けれど、現状では断定できることが一つもない。いくら考えても無駄無駄。


 俺は今、市内の大きめの図書館に来ていた。情報収集をするためだ。学校を出るとき、こっそり竜胆さんと話をして図書館に行こうという話になったのだ。


 「お待たせ」

 

 声がした方に顔を向けると、そこには天使がいた。


 え、ちょっと待って私服!?俺、制服のまま来たんだけど。っていうか似合いすぎててやっば。


 俺が内心ドキドキしていると、


 「ん、どうかした?」


 可愛らしくきょとんとした顔で首を傾げた。


 俺は机に突っ伏した。ガゴンという音とともに頭を思いっきりぶつけたが全く気にならなかった。


 「え、ちょっと大丈夫!?」


 ダイジョウブです。多分。


 ****


 「私ね、幼いころに両親を亡くして今はおばさんと暮らしてるの。おばさんは私が生まれた時の事とかほとんど知らないみたい」

 「じゃあ、竜胆さんは親が何してたのかとか知らないんだね」

 「・・・うん」

 「・・・実はさ。俺の母さんも俺が幼稚園くらいのころに死んじゃってんだ。父さんからは病気で死んだって聞かされた。何でか知らねぇけど父さん、家に母さんのものとかひとつも置いてないんだよ。何となく、気持ちは察したけど」

 「・・・そっか。じゃあ、黒百合くんもお母さんの顔とか覚えてないんだ」

 「だね。ほっとんど記憶にないや」


 昔の新聞や雑誌なんかを集めながらそんな会話を交わしていた。


 「お父さんは何してるの?」

 「研究者。まぁ、何を研究してるのかは何度聞いても教えてくれなかったけど。全然、帰ってこないんだよな。年に2回くらいかな」

 「じゃあ、家事はほとんど一人でやってるってこと?」

 「まぁね。最初は苦労したけど、今はもう慣れた」

 「すごい!私なんて、部屋の掃除をしようにもなかなか物を片付けられなくて、料理は『味付けが独特』とか言われるのに・・・」

 「ははは。そうなんだ」

 「笑うな!!」


 軽く拳で殴られた。まったく痛くない。


 意外だなと思った。見た目の雰囲気では「何でもできそうだな」って思ったのに。やっぱり人は見かけによらないんだなとしみじみと思った。


 集めた資料を机に置き、ふたりで手分けして目当ての情報を探した。使えそうなものを見つけたらノートにメモしていった。


 大体、3時間ほどたったところで今日はここまでにしようという話になった。図書館の閉館時間も近かった。


 正直に言って、決定的な情報はほとんど得られなかった。情報収集というのはそういうものだろうけれど。


 ただ一つ、気になるものがあった。それはこの街の伝承だった。


 『大昔、この辺りの土地が出来たばかりの頃、民衆は食料欲しさに争いばかりしていた。だがあるとき一人の英雄が現れ、争いを鎮めた。彼は風を操り、大地を砕き、火を起すことが出来たという。しばらくこの土地で争いが起こることはなく、かの英雄の一族が長となって支配していた。その一族の者もまた不思議な力を持っていたという。しかし、あるとき一族の中で権力争いが起き、かの一族は皆死に絶えたという。この情報を記した書物は後世の者が書いており、どこまで真実であるのかは分からない。本当に英雄の一族は滅んだのだろうか』


 この街にそんな逸話が残されているなんて知らなかった。竜胆さんも同様だった。こんなこと、歴史の授業では習わないから。


 帰り道、二人で歩いていた。夕日は沈みかけで、辺りは少し暗かった。一定の間隔で置かれている街灯が俺たちの足元を照らしていた。


 「黒百合くんは、あの伝承、どう思う?」

 「そうだな・・・一定の真実は含んでいるんじゃないかと、思う」

 「私もそう思うわ。後世の人が書いたとはいえ、国の重要な記録を残すための書物に書かれていたことのようだし」

 「もしかしたら、いるのかな。風を操ったり、大地を砕ける、そんな超能力を持った人間が」

 「かもしれないけれど・・・昭和の頃に超能力ブームがあってからはそういうオカルトじみた話に関する情報はなかったよね」

 「そうなんだよなぁ。まぁ、何にせよもっと情報を集めないとね」


 俺の言葉に竜胆さんは微笑みながら「うん」と頷いた。


 そう言えば竜胆さん、割と露出多めな服着てるな・・・


 ちらと彼女の方を見て、すぐに正面に視線を戻した。


 なんか、なんか目のやり場に困ってしまう。あんまり竜胆さんのこと、直視できないな。


 「ん、今私の事見てたでしょ。どうかしたの?」

 「え、いや、どうもして—」


 ない、と続けようとしたところで俺の意識がブツッと途切れた。背後から襲われたのだと気づいたころには遅かった。


 クソ。クソクソクソッ。このままじゃ、竜胆さんが—


 そんなことを思いながら、俺の意識は深い闇の中へと消えていった。


 

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気になるあの子は死んでも死なない 蒼井青葉 @aoikaze1210

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