第42話 涙

 「負けた、のか」


 フォルトゥナは花畑の中で倒れ、裂けた空を見上げていた。

 負けたのだ。フォルトゥナは巨大な魔法陣ごと星剣レオの斬撃に斬られた。


 「無事、ですね」


 視界に入ってきたレンがフォルトゥナを見下ろす。表情は疲れ切っているようだった。


 「オマエ、魔力だけを狙って斬ったな……?ふざけたことを」


 巨大な斬撃を受けて尚、フォルトゥナの体は無事だった。レオが斬ったのはあくまで魔力だけだったためだ。


 「まだ、やりますか?」

 「もう無理だ。体内の魔力も斬られたをおかげで、魔力を使って無理やり動かしていた体も動かない。ワタシの負けだよ」

 「そう、ですか」


 安心したのか。レンはその場にストンと腰を下ろした。


 「どうやら限界なのはお互い様のようだな」

 「ですね……」


 レンももう限界だ。力を使いすぎだ。反動で今は剣を振ることもままならない。


 「魔法を止めてください。世界に穴を開けるという行為は間違いなく危険です。あなたや私のような存在は無事かもしれませんが、普通の人にどんな影響があるかはわからない。それに、そんな危険を冒してまでウォレスさんは生き返りたがる人じゃないでしょう?」

 「それでも世界にはアイツが必要なんだよ」

 「あなたは……」

 「でも終わりだ。ワタシが負けた時点で魔法は止められる」

 「え?」

 「ワタシの弟子は今回の件に反対していた。けど感情的な部分では賛成もしていた。だからワタシが誰かに負けた時は魔法の発動を止めるはずだ。ほら見ろ」

 「裂け目が……」


 空に発生していた裂け目が消えつつあった。


 「ふっ、何十年も掛かったが終わってしまえばあっという間だな」

 「……何故ウォレスさんが世界に必要なんですか?」


 フォルトゥナが口にしていた中で最も気になっていた言葉。それをレンはこのタイミングで尋ねる。


 「近いうちに世界が終わる危機が来る。だからそれを防ぐために必要なんだよ」

 「ウォレスさんでなければダメだったんですか? 今生きてる人たちだけじゃ……生き残ってる超越者たちだけでは無理なんですか?」

 「無理だ。3人じゃ足りない」

 「3人?」

 「ああ。戦うのは3人だけになるはずだ。ワタシはこの世界にいないからな」

 「……! どうしてですか……!?」

 「ワタシは今日死ぬ」

 「えぇ!?」


 あまりにも衝撃的な発言にレンは驚きを隠せなかった。確かに今はよ分かっているが、それでも先ほどの戦いぶりを思い出すと今日死ぬと聞いても信じられない。


 「わ、私が斬ったせいですか……?」

 「違う。気にするな。昔とある契約をした代償に寿命をだいぶ持ってかれた。それが尽きる日が今日だ。おそらくそろそろぽっくり逝く。限界だ」

 「ぽ、ぽっくりって……」

 「とにかくオマエは関係ない。気にするな」


 レンの攻撃は特に関係ない。時間は早まったかもしれないが、結局のところ今日フォルトゥナが死ぬことは変わらない。


 「さぁ、オマエの仕事は終わった。どこかに消えろ」

 「見届けさせてはもらえませんか?」

 「何故今さっき会ったばかりのオマエに見届けられなきゃならないんだ」

 「それはそうなんですけど……私の中にある心が見届けたいって言ってるんです。お願いします」


 訳のわからないことを言っている。普通ならばそうなるところだが、フォルトゥナは今の言葉で一つの結論に至っていた。


 「まさかオマエはソウルホルダーなのか?」

 「……ノレアさんにも言われました。多分そうなんだと思います」

 「ああ、そういうことか。最初から向こうにはなかったのか」


 フォルトゥナは力を振り絞り弱々しく手をレンの方へと動かした。レンはその手を両手を使って優しく握る。


 「そこに、いたんだな。通りでレオが使えるわけだ。何も心配いらなかったな。オマエがこの世界を救ってくれる」


 レンの片目から涙がこぼれ落ちた。


 「なぜ泣く」

 「わかりません。……悲しいんです。すごく」

 「悲しい、か。そういえばアイツが泣いたところを見たのは一度だけだったな。これは二度目にカウントしていいものか。ふふっ、最後にいいものを見た」

 「…………」


 思い返してみれば、ウォレスが泣いていたのは無惨に殺された仲間の死体を眺めていた時だけだった。それ以外で彼が涙を見せたことはない。彼はどんな時だろうと前を向いて歩いていた。星のような少年だった。


 「オマエには感謝している。もう見れないと思っていたものを見せてくれたからな」


 再会はできなかった。けれど目にすることはできた。あの時自分を助けてくれたあの光の姿を。だからもう十分だ。危惧するべきことも無くなった。


 「……押し付けるようで悪いが、あとのことは頼む。アイツの力を持つオマエならこの世界を救えるはずだ」

 「────はい。任せてください」


 満足したように、フォルトゥナは笑った。


 「……ああ、何年も経てば気持ちは変わるなんて言っていたが、結局100年経ってもオマエを好きなままだったよ……ウォレス」


 100年を超える恋は、叡智の超越の寿命と共に終わりを迎えた。


 

******

 


 「……ここ、は」


 暗闇に光が差し込む。


 「あ、起きましたね、おはようございます、シン様」


 重い瞼を上げてまず最初に視界に映ったのはアインの笑顔だった。


 「……! フォルトゥナは……!?」


 自分がベッドの上にいることを認識して、ようやくフォルトゥナと戦っていたことを思い出した。慌てて起き上がる。


 「お母様は……花の島にいます。魔法については停止したので安心してください」

 「! 誰かがフォルトゥナを倒したの?」

 「そうみたいですね」


 ならとりあえずよかった。多分ノレアかイナニスがやってくれたんだろう。


 「私の魔力があっても届きませんでしたか」

 「いや、なんとか届きはしたよ。でも全く足りなかった」


 バートと会う前にギアスを破棄してアインと契約をした。おかげで以前よりも遥かに多い魔力を手に入れたわけだが、それを用いてもフォルトゥナに大したダメージを与えることはできなかった。超越者との差を思い知らされた。


 「まだ早かったんですね。ですがいずれはあなたも超越者の中に名を連ねることになります。焦る必要はありませんよ。時間の問題です」

 「……今までも何度か言われたことがある。なんで俺が強くなると思うの?」


 これまで何度か言われてきた。俺は超越車と肩を並べるぐらい強くなるらしい。でも俺はとてもそうは思えない。自分がノレアやフォルトゥナのようになれるところが全く持って想像できない。


 「あなたはやがて英雄になる人だからですよ」

 「俺は、自分が英雄になれるとは思えないけど……」

 「なりますよ。あなたはそういう人です。具体的な証拠を出せと言われると難しいですが、私は知っています。断言できる」

 「……そっか」


 アインは特殊だ。俺には見えてないものが見えてるんだろう。今はそういうことにして納得しよう。多分考えたところで無駄だ。


 「さて、他の皆さんはそれぞれ自室で休んでいます。シン様もまだ疲れがあるでしょう? 休んでいてください」

 「うん」


 確かに疲れている。無茶をしすぎた。

 もうやることはやったんだ。今は休もう。

 俺は目を瞑って、視界を閉ざした。


 

******

 


 「勝手に死にやがって」


 花畑の中、そこに倒れる人形のように美しい死体を眺める悪魔がいた。


 「……会わせてやれなかったな」


 悪魔として、彼に生きる意味はなかった。しかし、他人にしてやりたいことはあった。結局それが叶うことはなかったが。


 「……! 誰だ!」


 セミスの視線を慌てて向けた先から、黒衣に身を包んだ男がゆっくりと近づいてきていた。知らない人物だ。明らかに常人ではないため警戒する。


 「何もする気はない。顔を拝みに来ただけだ」


 男は口にした通り背中の剣を抜く素振りは見せず、死体の前で足を止めた。


 「…………」


 敵意はない。それでも普段なら殺すか意識を奪うためにセミスは攻撃を仕掛けていた可能性は高い。けれど今はそんな気分ではなかった。それに、基本的に人間という存在自体を不快に感じるセミスだが、なぜかこの男に対してはその感情を抱くことがなかった。


 「……で、なんなんだお前」


 少しの静寂を隔てて、再びセミスは尋ねた。返答があるとはあまり思っていなかったが、その質問に対して男は口を開いた。


 「オレにもわからない。それを知れる気がしたからここに来た」


 意味のわからない答えだと思いつつ、男の方に視線向ける。


 「なんで、泣いてる……?」


 フードの下から、雫が流れ落ちるのが見えた。表情までは見ることができないが、男は間違いなく泣いている。


 「わからない。ただ……悲しい」


 わからない。何もわからないまま、意味を見つけられぬまま、男は泣いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

迷い込んだ異世界で、やがて英雄となる 久我尚 @kugasho0517

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ