第41話 約束

 十二神器の一つ、星剣レオは全てを斬り裂き滅する刃。斬れないものは決してない。だがそれは使用者の力量に依存する。そもそも剣が認めなければ握ることもできないが、剣城が許さなければ力をまともに振るえない。故に、彼女は剣に認められていた。


 「オマエ……」


 魔法も魔術も全て切断される。魔法陣だけじゃない。最高位のもの以外は発動したものまでも全て斬られる。


 「……いや、ありえない。ウォレスと同じわけがない」

 「こちらの番です」


 宙に浮かぶフォルトゥナへ向けて跳躍し斬撃を繰り出す。彼女はそれを魔力壁で防御せずに転移で回避した。全力ならどうかわからないが、ただの魔力壁を出したところで簡単に斬られることは目に見えていたからだ。しかし、


 「まだ!」


 レンは何もないはずの空中を蹴って、再びフォルトゥナに斬りかかる。あまりにも早い切り返しだった。だが、剣が届くよりも先に、突如発生した衝撃波にレンは地面に叩きつけられた。


 「く……!」

 「結局アイツには及ばない」

 「……まだ、やれます」


 立ち上がり、再び武器を構えた。


 「愚かだな」


 星剣レオによる斬撃は魔法も魔術も斬れる。そのため近接攻撃ができないフォルトゥナにとっての天敵になる……というわけでもない。むしろ手数の多いフォルトゥナは相性がいい。というのもレオの効果を使うためにはは『斬る』という行為が必要なのだ。それは使用者が身体を動かして行うものであり、つまりは限界が存在する。単純な話、数が多ければ捌き切れない。


 「オマエが偽物であるということを教えてやろう」


 レンの前方後方に魔法陣が出現。即座に斬ったが、続いて新たに魔法陣が出現する。休む暇なんてない。斬っても斬っても立て続けに新たらしい魔法陣が展開される。

 しかし、レンはそれを耐える。例外なく全てを斬り裂いていく。


 「ならこれだ」

 「な……!?」


 レンを囲むよう、ドーム状に無数の魔力弾が生成された。


 「踊れ」

 「っ……!」


 魔力弾がレン目掛けて動き出した。一斉ではない。時間を僅かにずらし、数発ずつ射出されている。

 レンに逃げ場はなかった。そして被弾するわけにもいかない。一発でも食らえば体勢を崩され、残りの弾に全て被弾することになる。故に彼女は斬った。全てを、まさに踊るように斬っていく。

 約1分もの時間、そうやって彼女は弾幕から自らの身を守り切った。


 「なかなか耐える」

 「はぁ……、はぁ……」

 「だが限界か」


 空中に浮いていたフォルトゥナが地上に降り立った。


 「オマエもこの世界の者じゃないのだろう?」

 「私、以外の人を、知っているんですか……?」

 「知っている。ちょうどそこに倒れている白髪も異世界から来ている。そして、ウォレスもそうだった」


 ウォレス。英雄と呼ばれる彼もまた、この世界の住人ではなかった。他の世界から流れ着いたただの少年だった。


 「ウォレスさんも……?」

 「ああ、そうだ。アイツはただの漂着者だった。オマエはどちらだ? 何故この世界に存在している?」

「私も、流れ着いただけです……」

「そうか。……では、どうしてその剣を振るえている」


 僅かに間をおいて、フォルトゥナの視線は剣に向けられた。


 「『力』を宿すそれは、十二神器の中でも唯一無二の特殊な武器だ。ウォレス以外には持てないようになっている。ただの人間がそれを使えるわけがない」


 力量の話などではなく、それはルールだ。覆すことはできない。


 「……それは、私にもわかりません。でも、頼まれ、たんです……。この剣を、使ってほしいって。あなたを止めてほしいって」


 剣が、光り始めた。

 レンはその剣を天に掲げる。そして、一呼吸置いてフォルトゥナを見据えた。これで倒すという意志が、その瞳には宿っていた。


 「まだやる気か。いいだろう。徹底的に潰す」


 星剣レオ。その弱点は使用者に限界がある。それが最も大きな弱点ではあるが、実際は能力自体にももっと明確で単純な穴がある。それは斬ろうとするものの大きさ。大きすぎるものをレオは斬ることができない。

 現にレンは一番手っ取り早い解決法である、ウォレスを生き返らせるための魔法陣を斬っていない。大きすぎるために斬れないのだ。

 故にフォルトゥナは大規模の魔法を使うことにした。


 「これは私が作れる最大の魔法陣だ。存在ごと消えるがいい」


 彼女の背後に出現したのは50層にも及ぶ超巨大な魔法陣。到底レオの斬撃で斬れるものではなく、食らえばひとたまりもない。


 「──星剣よ」


 対して、掲げられた光の剣はさらなら光を放っていた。その光は虚無から生まれたもの。自然に発生するはずのない神秘の輝き。


 「私は……約束を、果たします」


 溢れ出す光はやがて巨大な刃となり、天へと届くほどの大剣となった。それは星の剣。全てを斬り裂く光の刃。


 「この、光は……」


 見覚えがあった。暖かく、明るい、この世の何もかもを照らす輝き。何ものにも代え難い星の光。これをフォルトゥナは知っている。彼女の心に刻まれている。彼だけが、彼だけに許された輝きだ。もう見ることができるはずがない。そのはずなのに、目の前にそれがある。


 「私が、あなたを止める」


 

 


 「君、なんでこんなところにいるの?」


 少年はそう言った。ただ真っ白な花畑の中で座り込んでいる少女の姿が不思議だっただけで悪気なんて一切ない。けどそれはあくまで言った側の話で、言われた側がそう捉えるかは別問題である。少女は不快に思った。しかし慣れたもので特に何か言う気も起きなかった。


 「あれ、聞こえてない? ねー、なんでここにいるの?」

 「……ここが落ち着くから。それだけ。消えて」


 静寂を求めている少女からすると、少年はあまりにも騒がしい。可能ならばすぐさま消えて欲しかった。


 「いやー、実はそうもいかなくてさ。実は君に用があるんだ」

 「私に……?」

 「そう。集落の人たちに君は唯一魔法が使えるって聞いたからさ。仲間になってほしいんだ。オレの」

 「はぁ?」


 ここで初めて少女は少年に顔を向けた。目を覆う黒い布の下から少年の顔を覗く。映ったのは嘘も偽りもなく、ただ純真な少年の表情。これまでの少女の人生で向けられたことのないものだった。


 「仲間って?」

 「旅の仲間。色々あってさ、強い人と一緒に旅しないといけないんだ。ああ、別に嫌だったら全然断ってもらっていいよ」


 数少ない魔法使い。そんな少女に近寄ってくる者の中にまともな者はいなかった。そして、この少年もまともなようには見えなかった。見える情報が明らかにおかしい。けれど、嫌な感じはなかった。


 「……ワタシの話、聞いてないの?」

 「え? 魔法が使えるってことぐらいしか聞いてないけど。あ、あと目がどうとか」

 「聞いてるのか。その話は事実だ。ワタシは呪われてる。この布の下はあまりにも醜い。だからやめた方がいい。近づくと悪いことばかり起こる」


 少女は普通ではなかった。生まれた時から異常だった。集落の人々はそんか少女を呪われていると言った。それによってハイエルフという高位の存在であるというのに汚いものとして見られ、家族にも見放された。


 「醜い……。醜いか」


 少年は少し何かを考えるそぶりを見せると、少女に近づいて黒い布をすっと少女から取った。あまりにも自然な動きだったため、少女は何もできずに布を取られた。


 「あ、ちょっと!」

 「うーん……」


 すぐさま取り返そうとしたが、まじまじと眺めてくる少年を見て少女は動きを止めた。そして俯いてため息を吐く。


 「……気持ち、悪いだろう」


 黒い布の下にあった瞳は塗りつぶされたように真っ黒だった。まるで瞳の中に闇が広がっているようで、確かに普通ではなく、不気味だと言われるのには十分なものだった。しかしそれは一般的に見ればというものであり、少年は一般的ではなかった。


 「いいや全然」

 「え?」


 もはや嘘だと疑う必要がないほどキッパリとした少年の言葉に、少女間の抜けた声を出していた。


 「むしろ一色って良くない? 濁ってなくてかっこいい。しかもすごい綺麗だ」

 「…………」

 「ほら、それより答えてよ。オレと一緒に旅に出てくれるかどうか、教えて」


 

 そこが始まり。始まった場所。

 少女は差し伸べられた手をとって少年と共に長い旅に出ることにした。

 


 「なぁ、ウォレス」

 「ん、なに?」

 「ワタシは呪われていると言っただろう」

 「あー、初めて会った時?」

 「そうだ。あの時も言ったがあれは事実だ」

 「あ、そう。別にどうでもいいけど」

 「……オマエは本当に人の話に興味を持たないな」

 「いや、だってその話どうでもいいんだもん」


 初めて出会ってから数年後、2人は訳あって再び始まりの場所を訪れていた。


 「はぁ。まあ聞け。あの時も言ったがそれは事実だ。ワタシは呪われている。場合によってはなんらかの形で暴走して道を外れることがあるかもしれない。その時は……」

 「止める。オレが絶対に。だから心配いらないよ、ミラ」


 少年はいつもそうだった。あまりにも眩しくて、暖かくて、近くにいるだけで安心させてくれて、まるで希望を示す星のようで……


 「……ふっ、そうか」

 

 



 「ああ。約束、だったな」


 光の剣が、振り下ろされた。

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