第40話 レオ
白い花畑。まるで楽園のようなその場所で、一人の少年が倒れた。彼が死なないように治癒の魔術をかけ、フォルトゥナは空を見上げた。
バートもアインもウォレスの復活には賛成していないが邪魔をしてくることはない。超越者に届きうる謎の戦士の気配が本館からするが、帝国の騎士……だったものが戦っているようだからこの島には来ない。ノレアも海の底からはまだ上がってこないはずだ。
もう戦う者はいない。あとは待つだけでいい。
「これは、無理をしすぎたか……?」
突然出た咳は空気と一緒に血を吐き出した。
体の終わりが近づいてきている。これは魔法で再生のしようがない。確実な終わりだ。だが、始まりももうすぐそこにある。
「……会えるのか、オマエと」
再び点を見上げて、手を伸ばす。
再会はもうすぐだ。彼女の声音には喜びと呼べる感情が表れていた。
そんな彼女の感情をかき消すように、花畑に一筋の光が差した。
「なに……?」
フォルトゥナは目を細める。
自分の何も関係していない事象が目の前で起こったからだ。
「──ここですね」
光は消え、代わりにそこには白い剣を持った黒髪の少女が立っていた。
「死んでは……いないか。よかった」
少女は自分の背後にうつ伏せで倒れている少年の様子を見て、生きていることを確認して安堵の溜息をついた。それからすぐに視線をフォルトゥナに向ける。目に敵意はない。探っているような目だ。フォルトゥナという存在を見定めている。
一方でフォルトゥナはただ呆然と少女を見ていた。明らかに部外者で以上な存在である少女に対して攻撃を仕掛ける瞬間はいくらでもあったが、彼女はそれをしなかった。いや、出来なかった。それどころではなかったからだ。
「何故、何故……それを持っている……?」
少女の手に握られた神秘的な白い剣。フォルトゥナはそれに見覚えがあった。実際に見るのはおよそ100年振りだ。
「何故、レオを持てている……?」
少女が持っているのは十二神器の一つ、斬撃の超越ウォレスの星剣レオだった。レオは本来持ち主のいない剣だ。例外であるウォレス以外に持つことはできない。できてはいけないのだ。
「叡智の超越、フォルトゥナさんですね? あなたのやろうとしていることは把握しています。今すぐ魔法を中断してください。まだ間に合います」
「なんなんだ、オマエは」
「私は聖教国の聖騎士、レン・ナキリです」
「聖騎士……?」
フォルトゥナは目にしたものについて知ることができる。物はもちろん、人間などの知能と心を持った生物についても、見ただけで初見では知り得ない内側の情報まである程度わかる。これは生まれ持った力だ。彼女の目と脳は人知を超えた場所に繋がっている。
だが、そんな彼女の目を通しても情報を得ることのできない存在が稀にいる。まさに今彼女の目の前にいる少女──レンがそれだった。
「はい。あなたのやろうとしていることは禁忌であり、未知の被害がこの世界に及ぶ可能性があります。なので今すぐに中断してください」
「中断? ふざけるな。するわけがない。消え去れ、イレギュラー」
魔法陣を展開した。数は50。全て五層以上の攻撃魔術。常時であればもう既にどうしようもない。
「やめてください」
一閃。
レンは剣を横に振るった。それだけ。それだけの行為で魔法陣は全て消失した。
星剣を完全に使用できている。それがわかる一撃だった。
「失われたものは戻ってきません。戻ってはいけないんです。死者が蘇るという現象がまかり通ってしまえば、私たち生命に宿る命という概念はやがて壊れる」
「だとしても厭わない。ワタシはアイツを蘇らせる」
「何故? それは、英雄ウォレスが望んでいることなんですか?」
蘇らせる本人がこの世に再び舞い戻ることを望んでいるか否か。死者の声は普通聞けない。だからそれの答えを直接聞くことはできない。しかし、フォルトゥナは知っている。生き返らせたい男の出すであろう答えを。
「……バートにもアインにも、色んな者に言われたことがある。アイツは望んでいないと。ああ、確かにアイツは生き返ることなんて望んでないはずだ。そういう人間じゃなかった。そういう終わり方じゃなかった」
「それがわかっているのなら……」
「なら、なんだ? 死んだ者が生き返ることを望んでいないなら、残された者は死んだ者との再会を望んではいけないのか? それはあまりにも理不尽だろう?」
「…………」
「それに、この世界にはアイツが必要だ。他の誰でもないアイツが」
知っている。わかっているんだ、全て。
それでも尚、彼女は止まらない。斬撃の超越ウォレスをこの世に呼び戻すまで。
空に、亀裂が入る。もう間も無くだ。
「……わかりました。私が、あなたを止めます」
レンはようやく剣を構えた。
******
「なんなんだ、お前は……!」
消え入るような声に反して、ビクターは俊敏な動きでイナニスに攻撃を仕掛けていた。
「なんでそんなに──」
「31」
「いっ、あ……」
魔力を纏った剣がビクターの体を切り裂く。これで31回目だ。もうビクターの体のほとんどは消え失せて、赤銅色の鎧になり変わっている。
「ぼ、くは……勝者、なんだ」
欠けた部位を鎧が補う。終わったあとは綺麗に取り繕われているが、途中経過はあまりにも醜い。普通の生きていて目にできる光景ではなかった。
「超越者に、なる」
同じように言葉を繰り返してるだけ。きっと思考能力はない。体はもはやビクターが動かしているのか、鎧が動かしているのかわからない。
「哀れだな」
手も、足も、剣も、木の根も、何もイナニスには届いていない。確かにビクターは神器の力を覚醒させ強くなったが、それでも届かない。そこが彼の限界だ。
「終わりだ」
迫ってきたビクターに対して、上から剣を振り下ろす。もはやビクターはそれを避けることはなく、彼の体は真っ二つになった。
鎧は体を修復する。間も無く完全に身体を修復して、彼はもう動くことはなかった。
「…………」
敵は殺した。次の行動に移る。
シンを手伝いに地下に行くか、おそらく上にいるノレアの手伝いをするか。
「…………剣」
どちらにするか選ぶ前におかしなものを感じ取った。
剣だ。剣の存在を感知した。
何故か懐かしさを感じる。
「レオ、か」
まるで旧友の名を呼ぶように、彼はその星剣の名を口にしていた。
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