第39話 暖かな光

 巨大な魔法陣が部屋を埋め尽くすその空間で、俺は中央に立っていた。

 今はこれを無力化する方法を探っているわけだが、なかなか思いつかない。

 単純に反転相殺をできればよかったんだけれど、今見えてるのはおそらく魔法陣の一部だ。全てがわからないと反転相殺はできない。あるいは魔法陣の中心……起点となった場所を見つけられればまだなんとかなるかもしれないが、少なくともここではない。


 「どこだ……」


 ここは最深部。起点がある場所の可能性が最も高いのはどう考えてもここしかない。他にナルダッドで適した場所なんてあるのか?


 「……花畑」


 そうだ。フォルトゥナが最も大事にしているであろう場所があった。

 起点を見つければなんとかなると断言できるわけじゃないが可能性はある。とりあえずあそこに行こう。と言ってもどう行くか。アインが回復してたらいいんだけど。


 「なんだ。せっかく来たのにもう行くのか」

 「……!」


 背後にフォルトゥナが現れた。

 慌てて距離を取る。


 「ノレアと戦ってなかった……?」


 よく知ったノレアの気配とフォルトゥナの気配が対峙していたのを感知していた。戦闘が始まったんだと思っていたが、何故ここにフォルトゥナがいるんだ? ノレアが負けた? いや考えにくい。ノレアが負けるところを想像できないし、決着がついたにしては早すぎる。ならなんらかの理由で戦えなくなったと見たほうがよさそうだ。


 「アイツは今頃海の底だ。死んではいないだろうがな。それより、また会うとは思っていなかった。オマエがここにいられているということはバートはやはりあちらの選択をしたようだな。困った弟子だ」

 「あの人はウォレスを蘇らせるのに反対してるみたいだったけど」

 「ああ。そのようだな」

 「どうして? 何かデメリットがあるの?」

 「思い浮かばないが、世界に穴を開けるなんて前例がそもそもない。故にないと断言はできないな。まあバートが気にしてるのはそこじゃないだろうが」


 ウォレス自身に関しての話か。


 「で、どこに行くつもりだ?」

 「花畑」

 「……アインに連れていかれたんだったな。やはりこれを止めるつもりか」

 「うん」


 俺の短い返事を聞くとフォルトゥナは疲れたようにため息をついた。


 「何故止めようとする?」

 「禁忌だから」

 「ふむ。だとしてもこれは必要なことだ。結果的に世界は救われる。なのにダメなのか? 世界を救う行いが何故許されない」

 「……そう言われるとわからない」


 モルティスの時もそうだったが、死者を蘇らせることが悪だとはオレは思えない。フォルトゥナに関してはモルティスのように深淵の力に頼ることなく復活をしようとしている。ならば他人に危害を及ぼす可能性は今のところない。ならば別に止める必要なんてないんじゃないか。その結論に行き着く。だが、違う。


 「でも嫌な予感がするんだ。多分ウォレスが生き返ってもいいことが起こらない」

 「根拠は?」

 「ない。勘」


 予感がする。それだけだ。本能が叫んでるような感じだ。時間が経つにつれて叫び声が大きくなっている。


 「なるほど。勘、か。どこかで聞いたことがある台詞だ。ワタシの英雄もたまに勘をあてにして行動していたよ。で、何故かその勘はいつも正しい。オマエの勘はよく当たるか?」

 「どうだろう。わからない」

 「ふっ、その自信の無さまでアイツと同じだ。オマエもやがて英雄になるのかもしれないな」


 フォルトゥナが指を鳴らした。魔術が飛んでくるかと身構えたが、起こったのは転移。黒い地下の空間から視界は白い花に埋め尽くされた。


 「──ここは始まりの場所を模して作った。ここで終わり、新たに始める」

 「起点はやっぱりここに?」

 「中心は確かにここだな。しかしオマエにはどうにもできない。オマエにどうにかできるような仕掛けにはなってない。でなければこんなところに連れてこない」


 俺には不可能それが本当ならば……いや、そうじゃない。そもそも起点を見つけたところで絶対にどうにかできたわけじゃない。フォルトゥナが目の前に現れた時点で俺の取るべき行動は決まっている。


 「……考えたんだ。どうやったら魔法を無効化できるか。それで1番単純で真っ先に思いつく方法があった。でもそれは難しい。だから諦めようと思ったけど、やるしかないみたいだからやるよ」


 息を吸って、大きく吐き出した。

 目の前にいるのは敵だと脳に、体に認識させる。ここでフォルトゥナを倒す。


 「なるほど。戦うか。確かにそれはいい。魔術も魔法も使用者が死亡すればどちらも機能が停止する物は多い。単純で効果的な答えだ。だが、最も大きな問題があるな」


 使用者を殺すというのは単純でこれ以上ないほど明確な解決方法だ。しかしこれを行うにあって逃れられない前提条件がある。それは使用者よりも止めようとする側が強いこと。つまり俺は超越者であるフォルトゥナよりも強くなければならない。無理な話だ。でもまだほんの僅かに可能性は見える。


 「勝てるか、ワタシに」

 「やってみるよ」


 他に方法はない。ならばやる。やるだけやる。それでいい。


 「──《異端審問》」

 「少し驚いたな。異端でなくとも効果はあるとは思っていなかった。体が少し重いぞ」


 案の定効果は大してない。余裕が見られる。というか効果まで見抜かれてる。セミスとの戦いはちゃんと見られていたらしい。でもやめない。


 「《汝、終焉を齎す者。我が力を持って、汝の罪を切り裂かん》


 俺の右手に真っ白な大剣が出現した。とても片手で持てるような見た目をしていないが、実際は相当軽い。

 刃は鋸みたいに複数あって、切って裂くという目的のためにあるような形をしている。これは俺の切り裂くという言葉のイメージを具現化した武器だ。

 異端がこれで攻撃を食らえばひとたまりもない。


 「なかなかの武器のようだが、ワタシは異端ではないぞ」


 わかっている。だからさらに加える。


 「《我、終焉を裁く者。断罪の力よ、我に終わりを終わらせる力を》」

 「ほう、白の髪か……」


 力の解放。俺ができる身体能力の最大強化。奥の手だ。最悪体が壊れるがここで使う。本当はビクターとの戦いで使うつもりだったけど、イナニスのお陰でその必要はなくなった。むしろもうここ以外に使う場面がない。


 「見せてみろ。外界の力、造られた力を」


 地面を蹴った。咲き誇る花々をかき分けてフォルトゥナとの距離を詰める。


 「第六階梯に届いているかもな」


 向けられた布の下の瞳。なんらかの魔術の行使だろう。しかし、効かない。


 「面白い」


 薙ぎ払うように大剣を振るった。

 切り裂いたのは空気。ヒットしていない。フォルトゥナの姿が消えている。


 「ただの人間ではなく、断罪する者として存在が上書きされているのか。なるほど。それならオマエに干渉はできないな」


 声は上。フォルトゥナは空に立っていた。


 「魔術師の戦い方を教えてやろう」


 展開されたおよそ100の魔法陣。全て文字列が違うし僅かな時間で文字が変化している。反転相殺は無理だ。


 「《我、終焉を裁く者。断罪の力よ、我が身を守る盾を》」


 大剣を地面に突き刺して、新たに出現させた白い盾を上に向ける。直後、100の魔術が発動した。

 防御に使う盾はただの盾じゃない。目には見えないが一方向ではなく俺を囲うように防御が展開されている。


 「くっ……!」


 長い衝撃に耐え、なんとか防ぎ切った。

 魔術による攻撃を受けたことによって発生した土煙が俺の周囲を覆っている。俺の生存は確認できても俺が何をしてるのかはフォルトゥナから見えないはずだ。意表を突く。


 「《汝、終焉を齎す者。我が力を持って、汝の罪を貫かん》」


 白い銃を取り出した。こちらからもフォルトゥナの位置は感知できている。そこへ向けて引き金を引いた。


 「やるな。だが足りない」

 「……!」


 魔力壁に防がれた。分厚すぎる。貫くという攻撃がそれを成せずに消滅させられた。火力が圧倒的に足りていない。いや、フォルトゥナが俺を上回りすぎている。


 「《断罪、出力解放》……!」


 まだ必要だ。


 「魔法か。まだ見せてくれるんだな、オマエは」


 まだ足りない。


 「《インクリース、三重奏(トリオ)》!」


 壁を消し飛ばす。

 引き金を引いた。出現した3つの通過して光の線はフォルトゥナに向かった。今回も魔力壁にぶつかった。しかし、消えない。


 「これは……」


 魔力壁にヒビが入った。まだ終わりじゃない。フォルトゥナの膨大な魔力による力技で消されるか、フォルトゥナを貫くまで消えない。

 今だ。切り裂く。

 跳躍してフォルトゥナの背後から大剣を振り下ろした。


 「速いな」


 魔力壁に斬撃は防がれる。けどまだだ。このまま押し切る。


 「《断罪、出力最大解放》……!!」


 能力を限界まで解放する。加えて、魔力を放出する。


 「アインの魔力だと……?」


 断罪の力にイナニスと別れた後に契約して得ていたアインの魔力を上乗せする。今の俺にできる最大火力の攻撃。


 「……超えるか、壁を」


 魔力壁が破れた。

 刃は壁の内側に侵入する。その光景を静かにフォルトゥナ目掛けて、そのまま大剣を全ての力を込め、振り下ろした。

 斬撃を受け、フォルトゥナの体が勢いよく落下する。間も無く地面に衝突し、白い花が勢いよく舞い上がった。


 「はぁ……はぁ……」


 俺も着地して膝をつく。

 もう体が動かない。呼吸も苦しい。

 でも斬った。絶対に当たっている。感触があった。

 これで倒れてもあとはノレアたちが──


 「──褒めよう。オマエは今、高みに触れた」


 優しい声が、鼓膜を揺らした。


 「フォル、トゥナ……」


 ノレアのものと同じ、銀色の瞳が俺を見ていた。

 フォルトゥナだ。黒い布の下にあったのは綺麗な銀眼だった。

 目に見える傷はない。当たっていなかった? いや、そんなはずない。当たっていた。それは間違いない。


 「だが悪いな。それでは足りない。再生の魔法陣がワタシには刻まれている。特殊な剣だろうが無駄だ」


 おそらく俺がドクターにやってもらったことがあるのと同種のものだ。傷をつけてもフォルトゥナの体は勝手に再生する。


 「もう十分だ。よく戦った。オマエは強くなる。だがまだその時ではない。眠っていろ。起きた頃には英雄が現れている」


 ダメだ。瞼が重い。体ももう支えられない。どこにも力が入らない。


 「く、ぁ……」


 暗くなっていく視界。意識が遠のいていく。

 負けた。終わりだ。


 「ひ、かり……?」


 視界も思考も暗転する直前、暖かな光を見た。

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