第38話 超越者と超越者
みんなと合流はできたが、アイン、ティア、フィア、エイデンは疲弊していた。なので、少し用事を済ませてからみんなをモルティスに任せて俺だけ地下に向かった。
本館の地下には教員たちの研究室がある。ドロシーから聞いた話では最下層にはフォルトゥナの研究室があるらしい。目指すべきはそこだろう。
「ゴーレムか」
階段の途中で見つけたのは魔術で作られた非有機生命体。しかも自立型のようだ。俺を目視した瞬間に直進してきた。どうやら地下に向かうのを守っているようだ。
「〈インパクト〉」
殴り、魔術によって生じさせた衝撃波でゴーレムを砕いた。大した強さではない。排除するというより、感知するのが目的な気がする。
「開くのか」
最下層、目の前には大きな扉。厳重な魔術がかけられているのかと思ったらそんなことはなかった。普通に開く。
魔法を使うために解除してるのかもしれない。好都合だ。
「──シン・エルドフォール、か」
扉の先に広がっていたのは、魔術文字を組み込んでいない魔法陣が床に刻まれた空間。俺が断罪の力を使う際に出てくるのと同じ魔法陣だ。
そこを守るように佇む老人が1人。
「副学院長」
バート……フォルトゥナの最初の弟子がそこにはいた。
「ここを守ってるの?」
「そうだな」
「弟子だから?」
「いいや、違う。ただ私はあの人に幸せになって欲しいだけだ」
戦うか。
「……だがな、ウォレスさんは生き返ることなんて望んでいない。それに、私はまたあの人を英雄にしたくない」
敵意が、ない?
「だから好きにするといい。私は何もしない。もっとも、お前にこれを停止させられるとは思えないがな」
「どこに行くの?」
バートは扉から部屋を出ようとしている。どこへ向かうつもりなのか。
「お前の気にすることではない。私は私のすべきことをするまでだ。お前もすべきことをするといい」
パートは部屋を出て階段を登って行った。戦闘がなかったのはありがたい話だが、何をしに行くつもりなのか。これ以上面倒が増えなければいいけど。
******
2人の超越者の戦いの場は屋内には収まらず、建物を離れ海のはるか上、空中で対峙していた。
両者当然のように何もない場所で立っているが、それは高度な魔力操作によって成せる技だ。周囲の魔力を足元に固めて足場を作っている。
「どう? 力を使う機会なんてそんなにないから楽しい?」
フォルトゥナから返す言葉はない。だが、その代わりに彼女は魔法陣を展開した。数にしておよそ500。空を埋め尽くすほどの膨大な量だ。それも全てが五層以上で、同一の文字列のものは一つもない。
魔術師が見れば泡吹いて倒れるような光景を、フォルトゥナはいとも容易く作り出した。対してノレアがした動作は2つ。広げられた手をフォルトゥナの方に向けて、それを握った。それだけ。それだけで500の魔法陣全てが一瞬で消失した。
「凄まじいわね。流石にそれだけ出されると反転相殺ができなかったわ。しかもそれでまだ本気を出していないというのだから恐ろしい」
「…………」
ノレアの言葉はどうでもよかった。それよりもフォルトゥナが考えているのはノレアが魔法陣をどうやって消したのか。
フォルトゥナが知る限りでは魔法陣を無効化する方法は反転魔法陣で相殺するしかない。だがノレアがそれをしている様子はなかった。となるとフォルトゥナの知らない方法になるわけだが、そうなってくると思い至る可能性は一つ。産まれた時に与えられた固有の能力だ。
ではどんな能力なのか。魔術ならばフォルトゥナは見ただけでなんなのか判別できるが、固有の能力は根本から違うもののためそうはいかない。固有の能力の特性から考えて、魔法陣を消すだけの能力な訳がない。であれば思い浮かんでくるのは、魔法陣という存在を抹消した。もしくは魔法陣が発生したという事実を握り潰したのか。色々浮かんでくるが、結局具体的な答えを断定することはできない。
「やめだ」
「何をやめたの?」
「考えるのをだ」
わからない能力に対しての最も効果的な対処法がある。それは限界が来るまで使わせることだ。休むことなく永遠に走れる生物がいないように、無限に能力が使える者なんて存在しない。ならば限界を迎えさせればいい。
「オマエのような化け物には力で押すに限る」
100増えて、展開された魔法陣は600。さらに詠唱型の魔術も並行して発動させてフォルトゥナは完全にノレアを殺すつもりだった。
「同族だっていうのに、失礼ね」
結果は同じ。ノレアは全てを消し去った。
「ふふ、限界はあなたにだってあるでしょう? あなたの体力は私の体力よりも多くあるの?」
フォルトゥナにも限界はある。一般人からすれば途方もないものだが、同じ超越者であるノレアもそれは同じ。
「ないだろうな。長い時間をかけた結果、ワタシの体力はオマエの体力よりも先に尽きるだろう」
「……あぁ、そういうこと」
大量の魔法陣を展開して拮抗状態を作っている目的が、自分を殺すことではないとノレアは理解した。理解したが、何か特別に行動を起こす気はなかった。攻撃を仕掛けたところで攻守が逆転するだけでしかないとわかっているからだ。戦況が傾く訳じゃない。それに少し興味があった。
「この状態を維持して何があるの?」
ウォレスが復活するまでの時間を稼ぐなんてつまらない理由じゃないはずだ。何故なら魔法の発動を容易く妨害しかねない超越者を放置していたいわけがない。フォルトゥナは超越者であるノレアを排除したいはずなのだ。
「終わりがある」
「私の?」
「完成された『人』であるオマエは簡単に終わらないだろう。だから終わるのはこの無駄な戦いだ」
フォルトゥナはこの計画の邪魔をする超越者が1人であれば問題なく対処できると判断していた。自分に実力があるからではない。むしろ一対一で勝利を収めるのは困難であると彼女は思っている。判断した要因はもっと別にある。
「なに……?」
突然ノレアの周囲に出現した。大量の水。それは間も無く手のような形になり、ノレアの体を掴んだ。
「流石のオマエでもこの世界には無力だろう?」
「あなた、まさか神の死体を──」
手は掴んだノレアを下の海へと無理やり引き込んだ。
「海の底でもどうせ死なないんだろうが、時間稼ぎにはなるだろう」
ノレアは海の底に沈んだ。とはいえ殺し切れているとは思っていない。一時的に無力化しただけ。でもそれで十分だった。なぜなら、
「さて、そろそろ終わりが近いか」
もうすぐ世界に穴が開く。
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