第4話 洋館を出る!


ケビンもハンスもピアノはさわっていないのに、ピアノが鳴った。

「いったい誰がピアノを?」

ケビンは驚きのあまり、本をほおりだした。

ベッドの上掛けシーツがめくれてしまい、懐中電灯がそのベッドを照らした。

「うわっ、何だこれ?」

ケビンの声で、ハンスも近づいた。

ベッドの下敷きシーツの真ん中に、ハティヨ湖の形によく似た、ハートを細長くした形の大きな茶色いシミ。その周囲にもさまざまな形や大きさのシミが何ヶ所か、懐中電灯かいちゅうでんとうに照らされて浮かび上がった。

それは長年、放置されて茶色く変色した血なのではと想像すると、ケビンは震えだした。


そう思わせるほどの大きさのシミ。

ケビンはこの部屋を一刻も早く出たい衝動にかられている。

「ボロン、ボロボロン!!!」

またピアノの音。今度はずいぶん挑発的。驚いたケビンが持っている懐中電灯の光がピアノに向けられた。

「うわっ、誰?」

ピアノの手前のイスに座る長い髪の女性。

ゴスロリっぽい白いドレスを身にまとい、ややふっくらとした後ろ姿。

ピアノと向き合っているようだが、ケビン達には後ろ姿しか見えない。部屋が明るかった頃にはケビンとハンス以外、誰も居なかった。

「あれってもしや?」

懐中電灯の照明以外は何もない。ケビンは恐怖で震えが止まらない。

そして女性は、後ろ姿からゆっくりとケビン達の方向へ振り向き、大きな胸が視界に飛びこむ。

「うわぁ~っ、逃げろ!!!」

ケビンのもつ懐中電灯はピアノから出口へ向きを変え、一目散に部屋を飛びだし、ハンスもケビンの後に続く。もう限界。懐中電灯かいちゅうでんとうを片手に階段を見つけ、足早に階段を駆け降りる。

ケビン達が1階に降りると、2階から足音が聞こえてくる。ケビンは、あの女性が追いかけてくる姿を想像した。恐怖は、まだ続いている。

暗い廊下を走っていたとき、突然、廊下の照明が灯った。

昨夜から続いていた停電が復旧ふっきゅうしたみたいだ。

ケビン達は、談話室へ入ると、カバンを手元へ寄せて、ハンスのパパが迎えに来るのを待つ。

洋館内にはもう、あの足音は聞こえなくなったが、この洋館から一刻も早く出たい。

顔こそ見ていないが、姿からして昨夜階段に居た女性と同じ幽霊だろう。

「ここで過去に何か事件でもあったのかな?」

ケビンの問いにハンスは首を横に振った。

そして、外で車のクラクションが聞こえ、ハンスのパパが叫ぶ声を聞いた時、ケビン達の心の恐怖心は解かれた。

「ようやくこの洋館から出られる!!!」

ケビンは足早にカバンを持ってハンスのパパの車に乗りこんだが、ハンスは洋館を出るとちらっと、洋館の2階の窓を見上げてから車に乗る。

ハンスのパパが洋館内の照明をすべて消し、玄関に鍵をかけて車の運転席につく。


車が動きだし、夜の暗闇に包まれた洋館を後にする。ケビン達は、ようやく恐怖から逃れられ、安心感が戻った。

「この湖畔の周辺は熊が出るらしいな!」

ハンスのパパはつぶやくように言いながら、カーラジオをつけた。

「熊は見てないけど、さっき、洋館の2階で幽霊を見たよ!」

ハンスはそう言うと、ひざの上のカバンから一冊の本を取り出す。あのとき、あの部屋でケビンが読んでた本だ。

「ケビンくん、この本の最後、このページを読んでみて!!!」

ハンスの声は弾んでいた。車内は暗いので、懐中電灯かいちゅうでんとうでそのページを照らすと何か文字が書いてある。

『この冒険から引き返せなくなった。怖い。引き返したい!!!』

その文字は印刷された文字ではなく、誰かがペンで書いた日本語の文字。意味はさっぱりわからないものの、日本語の文字とゆうのは、日系人のケビンにとっては少し興味はある。

シーツの茶色いシミや幽霊を見てしまった衝撃が脳内にこびりついているケビンだが、カーラジオから聞こえてくる陽気な音楽やシアトルマリナーズの試合の話を聴いているうちに眠くなってしまう。

車窓は針葉樹林の森からクラウス市内の街灯を移す。ケビン達が住む住宅街へ入った。

ハンスのパパの車はケビンの家の前で止まると、ケビンはお礼もそこそこに家の中へ。

ママの弾む声を聞いたときはすでに夜11時を少し過ぎていて、パパはすでに寝床についている。

ケビンは少しおなかがすいていたので、ママに頼むと、ごはんとみそ汁、煮魚にざかなを作ってくれた。

「ケビン、洋館は楽しかった?」

あくびをしながら尋ねるママ。

「まぁね!」

さすがに幽霊を見た事は言えなかった。

ママが近くにいると安堵感あんどかんがあるのは年頃の男の子らしい。

ママのパジャマ姿を見ているとふと、あの幽霊が振り向いた時の白いドレス姿に身を包んだふっくらした体つきと大きな胸に母性的ぼせいてきあたたかみを少し感じるケビン。

「ごちそうさま!」ケビンは簡単な食事をすませて寝床へ入って早々と眠ってしまった。

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